第31話 ピンチと怒り

 謎の男達に取り囲まれ、意識を奪われた私。

 気がついたのは、それからどれくらいたってからだろう。意識が戻った時、私は自分に何が起きていたのか一瞬忘れていた。


 開いた目に映ったのは、見知らぬ室内。と言うより、どうやら倉庫のような場所らしい。ろくに使われていないのか、周りはガランとしていて、置いてあるものといえば、隅っこにいくつかのガラクタが転がっているだけだ。

 そして私は、手を後ろで縛られた状態で、床に寝かされていた。


「なんで? そうだ、私変な奴らに囲まれて、それから……それから、どうなったんだっけ?」


 ようやく我が身に起こった出来事を思い出し声をあげる。するとそれに応えるように、冷たい声が投げ掛けられた。


「あら、ようやく目が覚めたの。ちょっと薬が強すぎたかしら?」


 その声にハッとするけど、手を縛られているせいで、上手く体を起こすことができない。それでもなんとか顔だけを上げ、声の主が誰なのか確認すると、見覚えのある顔がそこにはあった。


「エイダさん……」


 そこにいたのは、エイダ=フェリスさん。そのそばに、いつも彼女について回っている女子二人の姿はない。

 そのかわり、彼女の周りは数人の男達が立っていて、その中にはさっき私に道を訪ねてきたあの男の姿もあった。


「ちょっと、これってどういうこと? これほどいてよ! その人達だれ?」


 縄で縛られた両手をジタバタと動かし、喚く。いったいどうしてこんな事になったのかは分からない。だけど、どう考えても悪い予感しかしない。


 エイダさんはそんな私を見下ろしながら、愉快そうに笑った。


「そうですわね。まずこの方々の紹介をしましょうか。ご存知かしら? 世の中には報酬しだいでなんでもやってくださる人がいるってことを」


 彼女のフェリス家は、この国でも有数の名家だ。それが、そんな犯罪者まがいの人達と繋がりがあるなんて、いくらなんでもすぐには信じられない。

 だけど実際にこうして拐われているこの状況が、それが真実なのだと何よりも物語っていた。


「さあ、それではこれからが本題。どういうことかって言ってたけど、この期に及んでまだとぼける気? どうしてこんな事になったのか、あなたが一番よく分かっているのではなくて?」

「もしかして、オウマ君と私が付き合ってるって噂のってこと? それは誤解なんだって!」


 今のエイダさんは、まるで罪人に罪を問うているようにさえ見える。彼女をそうまでさせることと言ったら、間違いなくオウマ君のことに違いない。

 だけど、私達が付き合ってるなんて全くの誤解だ。なんとか分かってもらおうと訴えるけど、それで納得してくれるエイダさんじゃなかった。


「黙りなさい! あなたがどんな手を使ったのかは知らないけど、それが噂になったのは事実。そのせいで、私がどれだけ惨めな思いをしたか、あなたに分かりますか!」


 その瞬間、それまで笑っていた彼女の表情が、一気に怒りへと変わる。いや、怒りと言うより、怨みや憎しみと言った方が近いかもしれない。

 その迫力に思わず身をすくめるけど、エイダさんの言葉は終わらない。


「オウマ君があなたなんかに本気にならないのは当然です。だけどその噂が流れることで、私がどれだけ揶揄されてきたことか。みんな言っていますのよ。ずっとオウマ君を慕っていたにも関わらず、事もあろうにあなたみたいな格下に取られたって」

「そんな……」


 それこそ、私にとっては全く知らない出来事だ。怨みを向けるなら、そんなことを言った人にぶつけてほしい。

 だけどエイダさんは、本気でそれが私のせいだと思っている。


 オウマ君が言うには、彼女のには魅了の力が特別強くかかっているそうだけど、好きって気持ちが暴走すると、こんなことまでしてしまうものなのか。


「私をどうするつもりなの? 前に言ってたみたいに、二度とオウマ君に近寄らなければいいの?」


 震える声で訪ねると、エイダさんはそれを私が観念したと受け取ったのか、勝ち誇ったように言う。


「そうですね。今まで釘を刺してきた子達なら、この方々に少々脅かしてもらって終わりでしたけど、あなたはこの私に恥をかかせたんですもの。そんなもので済ませられませんわね。さあ、どんな罰を与えましょうか」


 まるで楽しんでいるようなその様子に、ますます恐怖を感じる。だけどその中に一つだけ、気になる言葉があった。


「今までって、もしかして、私以外にもこんなことしてたって言うの?」

「ええ、そうよ。だって、みんなどうしようもない、身の程知らずのバカばっかりだったんですもの」


 私の言葉をあっさり肯定したエイダさん。そうして口汚い言葉を使うその姿は、普段のお嬢様然とした態度からは、おおよそ想像のつかないものだった。

 だけどそんな悪意の言葉は、次から次へと彼女の口から飛び出てくる。


「そもそも、地位も教養もろくに無い輩が、オウマ君に近づくこと自体が間違っているのよ。彼と釣り合うのなんて、私以外にいるはずないのに。今思うと、あの子達ももっと徹底的にやっておいた方がよかったかしらね」


 言っている事は恐ろしいのに、それを語るエイダさんは実に楽しそう。その異質さに、ある意味自分がこれから何をされるか以上の恐怖を感じる。


 だけどそんな彼女を見て、言っていることを聞いて、同時に恐怖とは違う感情が込み上げてくるのを感じた。

 それは、怒りだ。


「それ、本気で言ってるの? いくらなんでも無茶苦茶じゃない!」

「あなたこそ何を言ってるの? 人にはそれぞれ、分相応な地位や相手がいる。私は、それを忘れて勝手なことをする人に罰を与えているだけですわ」


 まるで、自分にはその権利があるとでも言っているようだった。彼女にとって地位や立場と言うのは絶対で、自分こそがその最上位にいると信じて疑わない。それを無視してでしゃばってくる人達の方が悪だと、本気で思っている。

 そして今も、そんな悪者である私を断罪しようとしている。だけど──


「なによ、それ……」


 彼女の話を聞いて、私は気持ち悪さを感じずにはいられなかった。込み上げてくる怒りを、抑えることができなかった。


「ふさわしいとか、分相応だとか、そんなのあなたに決める権利なんて無いじゃない!」

「なっ──」


 気がつくと、震えるのも忘れて叫んでいた。

 もちろん、怖さがなくなった訳じゃない。こんなことを言って、余計に怒らせたらどうしようって気持ちもある。それでも、言わずにはいられなかった。


「今自分がやってること、オウマ君に言える? こんなことをしたんだって誇れる? もし出来ないって言うなら、そんなのただの独りよがりの、勝手な理屈じゃない!」


 彼女がこんなにも苛烈な行動に走るのは、元はと言えばオウマ君の魅了の力を強く受けたせい。少なくとも、オウマ君本人はそう思っていて、だからこそ悩んでいた。

 だけど彼女がこうなったのは、きっと魅了の力のせいだけじゃない。


 好きって気持ちが強ければ、当然嫉妬だって出てくるだろう。だけど、それで実際に人を傷つけられるかは別の話だ。例えばパティは、私達の仲を誤解して、それでも笑って祝福してくれた。


 エイダさんのように人を見下し、傷つける場面を想像しては楽しむ。いくら好きって気持ちが強くたって、誰もがこんな風になるとは思えない。思いたくない。


「あなた──」


 それまで余裕の笑みを浮かべていたエイダさんに、再び怒りと、そして苦痛の表情が浮かんだ。


「もう止めようよ。オウマ君が好きなら、彼に顔向けできないことなんて、していいはずがないじゃない」


 なんとか思い直してほしくて、エイダさんの良心に訴える。

 恐い思いはしたけど、実際に危害を加えられた訳じゃない。もしここで解放してくれるなら、何があったかなんて誰にも言わない。この時は本気でそう思った。


 だけど……………


「その物言い、本当に不愉快ですわね。まだ分かってないようなら、教えてさしあげますわ。私には、それができるだけの力があるってことを」


 次の瞬間、そんな一縷の望みを断ち切るように、エイダさんはそう言い放った。


「中途半端なことをして、後でオウマ君に泣きつかれると面倒ですからね。二度と彼の前に顔を出せなくなるくらいの、きつーい罰を与えてやりましょう」


 そして、周りの男達に向かって何かを囁く。するとそのとたん、男達が一斉に、私に向かって近づいてきた。


「ちょっ……やめてっ!」


 再び恐怖にかられ悲鳴をげるけど、こっちは手を縛られ自由のきかない身だ。結局、まともな抵抗もできないまま、いとも簡単に床に押さえつけられてしまう。


「心配しなくても、ちゃんとなかった事にはしますわよ。あなたが何を喚こうと全部揉み消しますわ。この方達、そういうことにも慣れていますのよ。そもそも何があったかなんて誰にも、もちろんオウマ君にも言えなくさせてやりますわ」


 エイダさんが勝ち誇ったように言うけど、既に私は、それをまともに聞く余裕もなかった。

 床に転がったままの私の上に一人が馬乗りになり、 ニタリと下卑た笑み浮かべる。


「やっ──!」


 これから何がおこるか、何をされるか、こうなったらさすがに予想がつく。服のボタンが弾け飛び、恐怖と嫌悪感に支配される中、頭の中を一つの言葉が過った。


『何かあったら、絶対助けに行くから』


 それは、かつてオウマ君から告げられたものだった。

 こんな時に、どうしてその言葉を思い出したのかはわからない。それでも、本当にそうなってくれたらと思わずにはいられなかった。彼の名前を、叫ばずにはいられなかった。


「お……オウマ君っ!」


 そう、涙混じりで声をあげたその時だった。


「シアン、無事か!」


 そんな声が聞こえてきて、私の上に乗っていた男が、急に誰かに突き飛ばされ、床へと倒れ込む。そして倒れた男に代わり、それを突き飛した相手の姿が視界に入ってくる。


「うそ…………………………?」


 一瞬、幻じゃないかと思った。そこには、たった今私が名を叫んだ人が、助けに来てと願った人が、エルヴィン=オウマ君が立っていた。

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