第20話 身の程知らず

 エイダさんに連れられやって来たのは、校舎の隅にある行き止まりの通路。つまり、逃げようと思っても簡単には逃げ出せそうにない場所だ。


「えっと、話って何ですか?」


 見当もつかない──ってわけじゃない。もしかしたらと心当たりはあったけど、自分からそれを言うのも嫌で、わざと知らないふりをする。だけど、そんなものは何の意味もなかった。


「アルスターさん、でしたよね。最近、あなたとオウマ君との間に妙な噂が流れていること、知っていますか?」

「な、なんでしょう?」


 もう一度シラを切ろうとして、だけどそれに、すぐさま取り巻き二人が反応した。


「とぼけるのもいい加減にしなさい。ここのところ、オウマ君がお昼休みになると毎日のように姿を消すのだけれど?」

「あなたと一緒にいるのを見たって噂があるんだけど、どういうことなの?」


 やっぱりそうか。それまで私が一人でお弁当を食べていた、中庭の隅にある秘密の場所。だけと最近は、そこにオウマ君が加わった。女の子達から身を隠す目的でやってきては、一緒にお弁当を食べ、たまにおかずの交換もやっている。


 オウマ君の人気を考えると、あまり仲良くしすぎたら、よけいな嫉妬を買うのはわかっていた。だけどあの場所なら滅多に人も来ないし、見られる心配もないだろう。そう思って安心していた。


 だけど、絶対に来ないわけでも、立ち入り禁止になっているわけでもない。誰かに見られる可能性は、十分にあったんだ。

 それが、巡りめぐって彼女達の耳にも入ったわけだ。今さらながら、用心が足りなかったと後悔する。


 動揺する私に向かって、彼女達はさらに迫ってくる。


「それって、アナタが無理やり呼び出しているのよね」

「ふぇっ? ち、違うって!」


 彼女達の圧に屈しそうになるけど、私にだって言い分はある。決して私からオウマ君を誘ったわけじゃないし、そもそも、何か悪いことをしているわけでもない。責められる理由なんてないはずだ。


「わ、私は別に、呼び出してなんかいないから。だいいち、それって何かいけない事なの?」


 オウマ君は確かにモテるし、狙っている女の子はたくさんいる。けれどだからと言って、一緒にご飯を食べるのがいけないことだとは思わない。

 そりゃ、中には抜け駆けだとか言う人もいるかもしれないけど、当のオウマ君本人が言い出した事なんだから、それをどうこう言ってくるのはおかしい。


 だけどどうやら、エイダさん達は、そう思ってはいないようだ。


「その浅はかな考えが、身の程知らずだと言っているのです!」

「──っ!」


 それまで黙っていたエイダさんが、ついに声を上げる。ハッキリ言ってその迫力は、取り巻き二人の比じゃなく、ビクリと肩が震えた。


「オウマ君がこの学校においてどう言う立場か、知らないわけではないでしょう。何人もが彼に想いを寄せていて、だけど近づくことはあっても、決して自分だけが特別になろうとはしていない。その理由が分かりますか」


 それは、女子の間で牽制し合っているからじゃないのかな。特にエイダさんが、抜け駆け禁止と目を光らせているのは大きいと思う。


 だけど、彼女の言い分は違った。


「みんな、自分が彼に釣り合わないと分かっているから我慢しているのよ。だってそうでしょ、容姿も成績も家柄も、どれをとても非の打ち所無し。そんな彼の隣につまらない方がいれば、それを見る人は不快に感じるでしょうし、何より彼自身に迷惑がかかります。例えば、没落した下級貴族の娘とか、側にいるだけで不快になるのではなくて?」

「──っ!」


 没落した下級貴族。それはまさに、私の家を指した言葉だった。それだけじゃない。なんと彼女は、お父さんが今まで金策のために訪ねた先を、ひとつひとつあげていく。そんなの、私だって詳しくは知らないのに。


「あなたのお父様、たくさんの人に頭を下げてまわっているようね。同情するわ」


 今ならわかる。多分エイダさんは、もう少し前から、私とオウマ君が会ってるのを知ってたんだろう。だけどすぐには動かず、まずは私のことを色々調べていたんだ。こうして呼び出す前に、私を攻撃するための材料を揃えるために。


 そして、ここまで調べられているのなら、次に何を言われるのかも、だいたいの予想がついた。


「まあ没落以前に、そもそもの成り立ちからして怪しいものですけどね。あなたの家、元々は悪魔祓いをやってたんですって? どんなものか、一度見てみたいものですわね」


 悪魔祓い。その言葉が出てきたとたん、そばにいる二人がおかしそうに吹き出した。

 その悪魔祓いのおかげでオウマ君と接点が出来たんだけど、言ってもきっと信じてもらえないだろう。


 それにしても、本当によく調査している。オウマ君だって、我が家の事情は調べていたけど、それは魅了の力を押さえるっていう、彼の悲願とも言える目的があったからだ。それと同等以上のことを、たかだか牽制のためにやってのけるエイダさん。そんな彼女に、恐ろしいものを感じずにはいられなかった。


 そしてそ脇にいる二人も、ここぞとばかりに追い詰めてくる。


「私だったら、とても恥ずかしくて、彼の隣に立つこともできないわね」

「私も。オウマ君に迷惑かけたくないし、他の人だって不快になるからね。資産と一緒に、恥まで売り渡したのかしら」


 私はそれを、ただ黙ったまま聞いていた。だけどそれは、反論できないからでも、恐くて竦んでいるからでもない。

 ふつふつと湧き上がってくる怒りを、堪えるのに必死だったからだ。


 だって、エイダさんの言っている事はどう考えても理不尽だ。釣り合うとか、隣にいたら恥ずかしいとか、そんなの他人にどうこう言われることじゃない。そんな気持ちが、表情に出てしまったのだろう。


「なに? なんか文句でもあるの?」


 ある。できることなら、そう大声で叫びたい。

 だけど彼女は、こんなことのためにわざわざ家の事情まで調べ上げてくるような相手だ。ヘタに逆らったらどんな目に遭うか分からないし、最悪、お父さんのやっている金策の邪魔をしてくることだって考えられる。


 オウマ君が言うには、エイダさんには魅了の力がかかりすぎて、思いが暴走している状態なのだそうだ。この一連の行動も、そんな暴走の結果の一つなのだろう。その恐ろしさを、まさかこんな形で体験する事になるとは思わなかった。


「これでわかったでしょう、アルスターさん。自らの行いを謝り、今後二度とオウマ君に軽々しく近寄らないって約束してください。そうすれば、今までのことは全部水に流してさしあげますから」


 まるで、それが慈悲であるかのようにエイダさんは言い放つ。一方私はというと、一言だって発することができなかった。

 意地と怒りと恐怖。それらの思いが混ざりあい、どうすればいいのかわからない。

 だけどその時、突如響いた声が、その場の空気を一変させた。


「何やってるんだよ!」


 それを聞いて、その場にいた全員が一斉に顔を動かす。その、集まった視線の先にあったのは、驚いたように目を見開くオウマ君の姿だった。

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