第21話 絶対に許さない
「オウマ君、どうして? 先に帰ったんじゃないの?」
廊下の向こうに立っていたオウマ君は、私と目が合った途端、駆け足でエイダさんの横をすり抜けやってくる。
そして私の肩を掴むと、まるで三人から守るように自らの背中の後ろへと追いやった。
「忘れ物があったから、一度教室に戻ったんだよ。そしたら、シアンがこいつらから呼び出されたって、ちょっとした噂になってた。シアンがよく話していた、あのナントカって子、心配してたぞ」
「ナントカって、パティだよ」
あれだけ堂々と大勢の前で連れ出したんだから、見ていた人がザワついていても不思議はない。
恐らくエイダさん達は、オウマ君が帰ったのを見て仕掛けてきたんだろうけど、たまたまこうして戻って来たのは、彼女達にとって不運以外の何者でもなかった。
そこまで話したところで、オウマ君はエイダさん達の方へと顔を向け、怒気を孕んだ声で問いかける。
「今、シアンに何をしていた」
「あの……私達は、オウマ君に迷惑がかからないようにと思って……」
「そんな建前はどうでもいい。俺は、何をしていたか聞いてるんだ」
取り巻きの一人が慌てて弁解しようとするけど、最後まで言わせてもらうことさえ叶わず、バッサリ切られた上に一睨みされる。途端に、彼女の体がビクリと震えた。
オウマ君の怒ったところを見たのは、これで二度目だ。一度目は、ホレスから、私の生気を吸ってくれないかと頼まれた時だ。
ただそれとの最大の違いは、もっと明確に、相手に向かって怒りをぶつけているというところだ。
「答えられないのか? って言うか、俺に迷惑がかからないようにってなんのことだ? 俺がシアンといて迷惑だって、一度でもそんな事言ってたか?」
「それは、その……」
こうして見ると、怒ったオウマ君ってかなり怖い。
彼がやって来た時点で既に委縮していた彼女達は、その鋭い言葉にただただ狼狽している。
ただ一人、エイダさんを除いては。
「あら? わたくし達が、何かおかしなことをしましたか?」
「なに?」
「わたくしはただ、彼女に身の程を弁えるよう、釘を刺していただけですわ。だって、彼女はどう考えても、オウマ君と釣り合ってはいないでしょう」
この状況にありながら、彼女はまるでそれが当然のことであるように、何の躊躇いもなく言い放った。
「どういうことだよ?」
これにはオウマ君も予想外だったようで、怒りの中に、僅かに戸惑いが混じる。そしてそんな彼に向かってエイダさんは尚も続けた。
「だってそうでしょう。貴族とは言えその位は低く、財産もろくにない。そんな方が、あなたの側にいるのにふさわしいはずがありませんわ!」
「なっ────!」
彼女がそんな風に思っているってのはだいたい分かってたけど、オウマ君の目の前で、ここまでハッキリ言ってくるとは思わなかった。
私は別に、今まで自分の血筋を特別誇っていたわけじゃない。と言うか、つい最近まで、ご先祖様の功績をホラ話だと思っていた。
けどだからと言って、それを理由に自分を低く見てなんていないし、誰と一緒にいようかなんてその人の自由だ。わざわざ家柄なんてものを持ち出し、ふさわしいかどうかを決める今のエイダさんの言葉は、到底納得できるものじゃない。
だけど私がそれを抗議するより先に、またもオウマ君が動いた。
「それ、本気で言ってるのか?」
「当たり前でしょう。あなたにはそんな人よりも、もっとふさわしい人を側におくべきです」
そのふさわしい人というのが、自分なのだろう。多分エイダさんは本気でそう思っていて、それに何の疑問も抱いていない。
だけどそこから先、彼女の言葉が続くことはなかった。次に何かを告げようとした瞬間、オウマ君の腕が伸び、その口に蓋をしたからだ。
「────っ!」
声もあげられず、だけどその表情から、驚いている事だけは十分に分かった。
「あんたには何のことだかわからないだろうけど、俺はお前に対して負い目がある。だから、できることならきつい言葉なんて言いたくない」
負い目。それはもちろん、特別強い魅了の力をかけてしまったことを言っているんだろう。実際、その話をしている時のオウマ君は、とても苦しそうにしていた。
だけど今の彼は、そんな苦しさや罪悪感よりも、怒りの方がずっと勝っていた。
「でもな、もしシアンを勝手な理由で悪く言うなら、手を出そうとするなら、絶対に許さないから」
これには、今まで強気な態度を崩さなかったエイダさんも、さすがに顔色が変わった。表情は一気に青ざめ、オウマ君が手を離した瞬間、震えるながら声をこぼす。
「そんな……」
よほどショックだったのだろう。だけどオウマ君は何も応えず、そんなエイダさん達に背を向け、私の手を握る。
「行こう」
「あ……うん」
私はと言うと、途中から目の前で起きてる事を受け止めるのに精一杯だった。今だって、オウマ君に掴まれた手を引かれるまま、ただその後をついていく。
何も、言葉が出てこない。だけどどういうわけか、オウマ君に手を掴まれてからずっと、私の心臓はうるさいくらいに激しい音を打ち鳴らしていた。
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