第14話 天才幼馴染みはオカルトマニア

 放課後になると、すぐに学校を出て家に帰るか、バイトの当てを探しにいく。最近ではそれが当たり前みたいになっていたけど、今日のところは少し違う。

 私達が普段授業を受けている校舎の隣には、部室棟と呼ばれる、主に文科系の部活が集まった専用の建物がある。そしてそんな部室棟の片隅に、私とオウマ君は来ていた。


「頼りになりそうな人って、うちの生徒だったのか?」 

「うん。多分、この先にある『歴史研究部』にいると思う」

「聞いたことのない部だな」

「目立つことしてる訳じゃないし、確か部員も一人しかいなかったからね。ところで、本当に全部話してもいいんだね?」


 昼休みに尋ねたことだけど、念のためもう一度確認する。


「ああ。信用できる人なんだろ」


 そう言いながらも、オウマ君の表情はどこか固い。できることなら隠しておきたい秘密。それを打ち明けるのは、やっぱり緊張するのだろう。


「少なくとも、無闇に言いふらしたりはしないと思う。信用できる人かどうかは……会ってから決めてね」


 最後の言葉に怪訝な顔をするオウマ君だけど、これ以上は私が話すよりも、直接本人を見た方が早いだろう。


『歴史研究部』。そう書かれているプレートの下がったドアを見つけ、ゆっくりと開く。目に入ってくるのは、乱雑に積まれた本や何かの資料の山。そして、一人の男子生徒の姿だった。


「あれ、シアン。何か用か? って言うか、そいつ誰?」


 オウマ君より少し背の高いその人は、私を見るなり不思議そうな顔をして、それから隣にいるオウマ君に視線を移す。一方オウマ君も、彼の姿を見るなり驚いているようだった。


「なあ。あの人って、二年のホレス=ボルトハム先輩だよな?」

「そうだけど、知ってるの?」

「知ってるも何も、有名人だろ。学年首席どころか、既にいくつもの研究室からお呼びがかかるくらいの天才だぞ。どう言う知り合いなんだ?」

「どう言うって、普通に小さい頃からの付き合いだよ」


 ホレスは、うちの近くに住む私より一つ歳上の男の子だ。他の人から見たら、オウマ君の言うような凄い人なのかもしれないけど、私にしてみれば近所に住んでる幼馴染みのお兄ちゃん。もしくは、彼の持つもっと大きな特徴によって、世間が抱く天才って印象は、すっかり消えてしまっている。

 そして本人も、そんな世間の目には何の興味も持っていなかった。


「主席なんて、一位とったら学費免除って言うからなっただけだぞ。研究室だって、給料出るのはいいけど、興味のないこと延々やらされるのは苦痛なだけ。俺は自分でやりたいって思ったことを思い切りしたいの。で、それより何の用?」

「えっと、それは……」


 初対面の先輩と言うこともあってか、オウマ君は少し緊張ぎみ。あるいは、これからどう話を切り出せばいいのか迷っているのかもしれない。私達家族の前でインキュバスだと打ち明けた時は、さんざん中二病だとか言っちゃったから、不安に思っても無理はない。あの時はごめんね。


 だけど、ホレス相手にそんな心配はいらないと思うよ。


「彼、うちのクラスのエルヴィン=オウマ君っていうんだけど、名前くらい知ってるんじゃないの? 実は彼、インキュバスの子孫で、その力を受け継いでいて困っているんだって」

「ちょっと、シアン。そんな急に──」


 ほとんど何の脈絡もなく話を切り出した私を見て、オウマ君が慌てだす。だけどそれを聞いた瞬間、ホレスの目がスッと細くなる。


「インキュバス……? それって、本物?」

「うん、本物。色々あって、元悪魔祓いの我が家を訪ねてきたの」

「本物……本物の、インキュバス……」


 ホレスの言葉は一度そこで途切れ、屈むように頭を低く垂れる。ワナワナと肩が震え、ギュッと強く拳が握られるのが見えた。


「う……う……」

「あ、あの……先輩?」


 そんなホレスの反応に、戸惑いを見せるオウマ君。だけど気にしないで、いつものことだから。


 そして震えるホレスは、そこから勢いよく顔を上げ、叫んだ。


「うぉぉぉぉっ! インキュバス、生インキュバスだ! やっぱり悪魔は実在したんだな。いるって信じてはいたけど、やっぱり実際に会えた感動は格別だ。よくぞ来てくれた、会えて嬉しいよ。あ、お茶いる? エルヴィン=オウマ君って言うと、あの噂になってるモテ男君だよね。やっぱりそれも、インキュバスの力なの? 俺の知ってる限りでは、他にも色んな能力があるらしいけど、それも全部事実なのかな。よかったらじーっくり話を聞かせてよ。って言うかシアン。やっぱり悪魔は実在したじゃないか。みろ、俺の方が正しかっただろ! 小さい頃から何度言ってもちっとも信じねーんだもん」

「あー、うん。そうだねー」


 オウマ君の手を握り、ハイテンションでブンブンと振り回すホレスと、棒読みで返事をする私。一方オウマ君はと言うと、困惑どころか明らかに引いていて、「助けて」とでも言いたげな目で私を見ていた。


 でもごめん。ホレスがこうなったらもう止められないの。一般的には天才だのなんだの言われている彼。だけど私から見れば、そんなものより、オカルトマニアとしてのイメージの方がずっと強かった。

 私達がまだ小さかった頃、彼は何度も我が家にやって来ては、家族の誰も興味を示さなかった悪魔の資料を読みあさった。今ここで『歴史研究部』なんてのをやっているのも、歴史の影に隠れた悪魔絡みの事件を調べるのがその目的だと言う。


 少し前まで悪魔なんて信じていなかった私にとって、そんなホレスを見て変わった趣味だなとしか思っていなかったけど、今はその知識が役に立つかもしれない。


「それでね、オウマ君の悩みを解決するためホレスにも協力してほしいんだけど、いいかな?」

「もちろん。インキュバス君のためなら、一肌でも二肌でも脱ぐよ」


 具体的な内容を聞く前に即答するホレス。そう言うと思ったよ。


「さあインキュバス君。なんだか知らないけど、俺に任せてね。全身全霊を込めて協力するから」

「は、はい。ありがとうございます」


 お礼を言うオウマ君の顔は引きつっているようだったけど、これは見なかったことにしておこう。

 こうなるって思ったから、ホレスに話していいか迷ったんだよね。

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