第18話 力を制御する方法

 ホレスがオウマ君にお願いした、自分が楽しむための無茶振りの数々。そう思っていたけど、本人が言うにはちゃんとした理由があるらしい。

 とはいえ、すぐにはそれを信じられない。


「だって、オウマ君は自分の力を押さえたいって思ってるんだよ。ホレスのやらせたことって言ったら、逆に力を使わせてばっかりじゃない。それとも、そうしたらいいってどこかに書いてあったの?」


 ホレスはうちにある悪魔関係の本や資料のほとんどを頭の中に叩き込んでいる。だけど、悪魔の力を押さえる方法なんてピンポイントなものが載っているかは怪しいものだ。


「直接そうとは書いてなかったけど、分かってる事を照らし合わせたら、自然とそうなるよ。例えば、これを見てみなよ」


 ホレスから渡されたそれは、あるインキュバスの成長記録のようなものだった。全部に目を通すと時間がかかるから、重要そうな部分にだけ絞って読んでみたけれど、幼少の頃は力のコントロールがきかずに、周りの人をとにかく魅了させていったらしい。


「俺と同じだ」

「そういうこと。もっともこの人の場合、俺達くらいの歳になると、力を押さえることも、逆に意識して強くすることもできるようになってたみたいだけどな。一人の女性を心底自分に惚れさせたかと思ったら、別れる時には一切の好意をゼロにする。それどころか、魔法のような力で、付き合っていた記憶すら奪って、一切後腐れなくポイ捨てしてたみたいだぞ」

「……最低だ」


 オウマ君が渋い顔をするけど、そんなのを気にするホレスじゃない。次はこれを見てみろと、いくつかの資料を出してくる。

 その中には、インキュバス以外の悪魔について書かれたものもあった。


「いくつか記録をみたけど、悪魔やその血族が、幼少期に自分の力を上手くコントロールできないのは珍しいことじゃないらしい。だけどほとんどが、成長したら制御できるようになっている」

「じゃあ、オウマ君もそのうちコントロールできるようになるってこと? でも、今のところ全然そんな気配は無いんだよね」


もし成長と共に何とかなるなら、今ごろもう少し制御できるようになっていておかしくないはずだ。


「その人達と俺と、いったいどこが違うって言うんだ」


オウマ君も、答えが分からず困っている。だけどそんな私達を見て、ホレスはフッと息をついた。


「二人とも、少し話がそれるけど、鳥はどうやって飛び方を覚えると思う?」

「えっ。そりゃ、自然に覚えるんじゃないの?」


ホレスがどうしてそんなことを聞くのかは分からないけど、私達人間がわざわざ教わらなくても歩いたり走ったりできるみたいに、鳥だっていつの間にか自然と覚えるものだと思う。


「じゃあ、もしもその鳥が高いところを怖がって、いつまでも飛ぼうとしなかったらどうなる? それでも、他の鳥と同じように飛べると思う?」

「それは……」


 多分、無理だと思う。だけどそれが、オウマ君の力といったい何の関係があるっていうんだろう。

 そう思っていると、次にホレスは、オウマ君だけに尋ねた。


「オウマ君、インキュバスの力って、普段から意識して使ってる? 怖がってばっかりで、とにかく使うべきじゃないって思ってない? まるで、飛ぶのを怖がる鳥のように」

「…………」


 オウマ君は、すぐには何も答えない。だけどその沈黙は、実質頷いているようなものだった。


「……そもそも使う必要なんてない」

「そうかな? 力を押さえるってのも、力の使い方の一種だと思うよ。だから、もっと力を使う練習をして、そのコントロールを覚えれば──」

「力を、制御できるようになるってことですか?」

「全部推測だけどね。やってみる気はある?」


 ホレスの言ってることには、確かな根拠なんてなに一つない。だけどそれは、初めて提示された希望のようにも思えた。

 なのにオウマ君は、すぐにはそれに頷かず、迷うように視線を泳がせる。多分、迷っているのだろう。今まで、怖くてまともに使うことのなかった力。それを自らの意思で使うことに、どうしても躊躇いが出てきてしまうんだ。


「正直、それが必要な事だって言われても、やっぱりこの力は嫌いで、できれば使いたくない。それに、魅了したり生気を吸いとるってなると、俺だけじゃなく、相手をする誰かが必要になる」


 オウマ君の目が私に向けられる。当然、その相手というのは、私以外にいないだろう。


「私は構わないよ。もちろん、生気を全部くれなんて言われたら無理だけど、少し疲れるくらいなら全然大丈夫だから」

「でも……」


 元々、オウマ君の中にあるインキュバスの力を何とかするって言うのが、私の受けた依頼だ。そのためなら、少しくらい大変な目にあうのは覚悟している。

 だけどそれでも、オウマ君は頷こうとしなかった。多分、怖がってるんだと思う。本当に私から生気を吸いとっていいものか、迷っているんだと思う。


 そしてたくさん悩んだ末に、オウマ君は言った。


「悪魔としての力を使っていくってのには、賛成する。でも、人の生気を吸い取るような、誰かを傷つけかねないものは、やめておく。本当は、そうするのが一番の近道なのかもしれない。でもそれは、どうしてもやりたくないんだ。」


 やっぱりオウマ君にとって、人から生気を吸いるってのは、できる限り避けたい事なんだろう。


「悪魔の力ってのは、相手を魅了したり、生気を吸い取ったりするだけじゃないから。例えばさっきみたいに、悪魔の姿になって石を砕くだけでも、力のコントロールは覚えられるかもしれない」

「わかったよ。じゃあ、それらを中心に練習メニューでも考えるか」


 ホレスもそんなオウマ君の気持ちを理解したのか、今度はしつこく促すようなことはしなかった。生気を吸い取る現場を見られないせいか、少しだけ残念そうだったけど、それはこの際どうでもいい。


「ごめん。自分で何とかしたいって依頼しておきながら、こんなこと言うなんて、勝手だよな」

「ううん、そんなことないって。だけど、もし気が変わったたら言ってね。私は、いつでも協力してもいいって思ってるから」


 申し訳無さそうに言うオウマ君だけど、私はそれを責める気はなかった。


 今までの彼を見ていると、誰かに迷惑をかけることを極端に嫌っているのがよく分かる。こんな風に躊躇うのも、無理はないのかもしれない。


「じゃあ、生気を吸い取るかどうかは一旦保留。どのみち今日はもう遅いし、これ以上実験するのも難しいだろう」


 今まで話をまとめるようにホレスが締める。外を見ると、いつの間にか辺りは暗くなっていて、確かに今日はもう解散した方が良さそうだ。


「それじゃ、力を使う練習は明日からになるかな」

「ああ、よろしく頼む」


 学校が終わったら、またこの家に集まって練習する。そう決めたところで、オウマ君とホレスは、それぞれ自分の家に帰っていく。


「上手くいくといいな」


 去っていくオウマ君の後ろ姿を見ながら、気がつけばそんな言葉が漏れた。

 依頼成功のため、何より今までずっと苦しんできたオウマ君の悩みを解決するため、これで何とかなりますようにと思わずにはいられない。


 だけど、同時に思う。インキュバスと言えば、女の子を魅了するのと、その生気を吸い取と言うのが最大の特徴だ。果たしてその最大の特徴を磨かないままで、力を制御するなんてできるのかな?


 それともうひとつ。今の話だと、オウマ君は誰かの生気を吸いとることもなく、一人でできる練習を続けていくことになる。

 だけど、それって私いらなくない? 元々うちが悪魔祓いだから依頼しに来たんだよね。

 抱いた疑問に答えてくれる者は、誰もいなかった。

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