第44話 インキュバスは恋をする

 オウマ君のこと、好きなんだと思う。ようやく自分の思いを口にすることができたけど、それを聞いたオウマ君は、しばらくの間何も答えてはくれなかった。ただ、焼けたように顔を赤く染めながら、それを見せまいと手で覆い隠していた。


「なんで? たくさん迷惑かけたし、むしろ嫌われてるんじゃないかって思ってたのに」


 ようやく喋ったかと思ったら、少し前にも言った不安を、もう一度口にする。きっと、よっぽど強く心配していたのだろう。


「だから、そんなことないって。そりゃ色々大変な目にはあったけど、その度に助けてくれたじゃない」


 学校でエイダさんに呼び出され、問い詰められた時。魔法の力で、石の礫が舞った時。そして、エイダさんにさらわれ捕まった時。どれもオウマ君は、駆けつけ、そして守ってくれた。


「むしろ、助けてくれて嬉しかったし、カッコいいと思ったし……多分、好きになった理由って、それだと思う」


 その時は気づかなかったけど、オウマ君に助けられ、胸の奥が熱くなった。私のために必死になってくれたことを嬉しいと思った。今にして思えば、その時感じたドキドキが、彼への思いに繋がっていったんだろう。

 認めるのも、それを本人に伝えるのも、すっごく恥ずかしい。だけど改めて振り返ることで、オウマ君を好きだという気持ちを、よりハッキリ自覚できたような気がした。


 だけどそこまで言って、好きだという気持ちを伝えて、その上で、さらにもう一つ言わなきゃいけないことがある。


「で、でも、だからって別に付き合いたいとかじゃないから。オウマ君は気にしなくていいし、なんなら忘れてくれたってかまわないから」

「……えっ?」


 それを聞いて、オウマ君の顔が一気に固まった。


「な……なんだよそれ? 忘れてかまわないって、どうしてそんなこと言うんだよ」


 信じられないといった感じで、明らかに動揺しながら聞いてくる。好きって伝えた矢先にこんなこと言ったんじゃ、そりゃ驚くよね。本当は、できれば私だってこんなこと言いたくない。

 それでも、言わなきゃならない理由がある。


「オウマ君、さっき部室でホレスと話してた時に言ってたよね。特別女の子と仲良くしたいとか、ましてや恋愛とか、今は全然考えられないって」

「なっ!?」


 これは、二人が話しているのをこっそり聞いて知ったもの。要は盗み聞きだ。決して誉められたことじゃないし、申し訳なく思ってる。だけどこれを知ってしまったからには、無理に自分の気持ちを押し付けようとは思わなかった。


「魅了の力のせいで、女の子が近くにいるのに疲れちゃったんでしょ。せっかくそこから解放できたんだもん。そりゃ、しばらくは恋愛だってしたくなくなるよね。私だって、それくらいはわかるから。だから、私のことは気にしなくていいから」


 それで平気かと聞かれたら、本当は全然平気なんかじゃない。好きって気持ちを自覚したとたんに失恋するんだから、当然、切ないし悲しい。

 だけどそのせいで、オウマ君に余計な気遣いや罪悪感を抱かせたくはなかった。

 だけど──


「…………わかってない」

「えっ?」


 オウマ君の、小さくボソリとした呟きが聞こえた。そう思った次の瞬間、彼の手が伸びてきて、グッと、私の体が彼の元へと抱き寄せられる。


「ちょっと、オウマ君!?」


 半ばパニックになり、ジタバタと暴れるけれど、オウマ君は決してその手を離すことなく、私のすぐそばに顔を寄せ、話しかけてくる。


「ごめん。けど、このままで聞いてくれないか。俺が、恋愛なんて考えられないって言った理由」

「えっ──?」


 どういうこと? さっき私が語った以外に、何か理由があるなんて思いつかない。

 わけがわからず押し黙っていると、オウマ君はそれを肯定と受け取ったのか、再び口を開き、言う。


「俺、好きな子がいるんだ」

「はぁっ!?」


 出てきたのは、実に意外な言葉だった。

 好きな子って、いつの間に? って言うか、それってむしろ、恋愛したいって思うところじゃないの? そもそも、さっき私は、オウマ君のことを好きだって言ったよね。そんな相手の前で、わざわざ好きな子の話なんてするの?


 驚きすぎてパニックになるけど、そんな私を見て、オウマ君はゆっくりと話しだす。


「その子は、俺が落ち込んでいた時、何度も励まして、元気をくれたんだ」


 元気をくれた。そういうところに、オウマ君は惹かれたんだろうか。誰だか知らないけど、そんな話を聞くと、羨ましいと思ってしまう。


「たくさん迷惑をかけたのに、それでもそばにいてくれた」


 たくさんの迷惑。いったい何があったんだろう。

 ──って、あれ? 気のせいだろうか。なんだか、極々最近、そんな話を聞いたような気がするんだけど。


「最初は、魅了の力が効かないってところに興味をもったんだ。だけどいつの間にか、それに関係なく、どんどん自分の中でその子の存在が大きくなっていった」

「ちょっと待って。それって──」


 ハッとして聞き返すと、オウマ君は相変わらず緊張した表情のまま、だけど真っ直ぐに私を見て、さらに続ける。


「だけど、ほんのついさっきまで、その子には嫌われてるんじゃないかって思ってた。仲良くするのも、ましてや恋愛なんて、絶対無理だと思ってた。だからさっきは、全然考えられないなんて言ったんだ」


 自惚れじゃなければ、もう間違いないだろう。そしてオウマ君は、ここにきてようやく、その好きな子の名前を告げた。


「全部、シアンのことだから」

「────っ!」


 それは、今までの話の流れから、容易に想像できたこと。だけど、それを受け止められるかどうかは別問題だ。

 だって、彼のことが好きだと自覚して、同時に失恋したと思って、それから、実は向こうも私のことが好きでしたなんて、とても頭が追いつかない。


「そ……それ、本当に私のことなの? 信じるよ。後で間違いでしたって言われても、無理だからね」

「言わないから。って言うか、そんなに俺の言うことが信用できないのかよ。なら、何度だって言うぞ。俺は、シアンのことが──」

「うわぁぁぁぁっ! 信じる、信じるから!」


 ただでさえキャパオーバーなところに、これ以上好きだのなんだの聞いたら、とても意識を保っていられる自信がない。

 それくらい、嬉しかった。


「その……ありがとね」


 恥ずかしさを押さえながら、ようやくそれだけ絞り出すと、オウマ君もまた、たどたどしい口調でそれに返す。


「俺の方こそ……その、好きって言ってくれて、ありがとう」


 お互い、言葉にできたのはそれまでで、あとは二人とも、さっきまであれこれ言い合っていたのが嘘のように静かになる。

 だけどそれは決して気まずいものではなく、むしろどこか心地いいとすら思えた。


 どれくらいの間、そんな状態が続いただろう。沈黙が続く中、だけど耳には、遠くから賑やかな音楽が届いている。そういえば、今日は聖夜祭で、今はまさにパーティーの真っ最中だったなと、今更のように思い出す。


「ねえ。せっかくだからさ、踊らない?」

「えっ──」


 気がつけば、そんなことを言っていた。

 聖夜祭パーティーのメインイベントとも言えるのが、実質恋人同士でのダンスだ。

 私には無縁のものだと思っていたし、興味もなかった。だけど不思議なもので、こうしてオウマ君と気持ちを伝えあった今なら、やってみたいと思った。


「だめ?」


 もちろん、オウマ君がやりたくないなら、無理にとは言わない。だけどそれを聞いたオウマ君は、私に向かって手を差し出しながら、照れ臭そうに言った。


「いや……実は、俺も同じこと考えてた。シアンと一緒に、踊りたい」


 オウマ君もまた、私と同じ気持ちだったんだ。それだけのことが、なぜか無性に嬉しかった。


「よろしくね、オウマ君」


 差し出されたその手を掴むと、そこからオウマ君は、更にこう言った。


「それと、そのドレス、すっごく似合ってる。その……と、とっても、可愛いから」

「なっ──!?」


 突然そんなことを言われたものだから、ビックリして、思わずオウマ君の手を握る力が強くなる。だけどオウマ君の手は、私以上に固く力が入っていて、緊張しているのだとすぐにわかって、それがなんだかおかしかった。


「ありがとね」


 このドレスは、お父さんのたっての希望で新調したもの。とはいえ正直に言うと、元々オシャレにそんなに興味がなかった私には、特に強い拘りも愛着も持っていなかった。

 だけど、オウマ君が可愛いと言ってくれて、初めて強く、このドレスを着てよかったと思う。


 一通り照れて笑い合った後、ようやく私達は、ステップを踏み始める。音楽は遠くて、見ている人も誰もいない。だけど、そんなものはどうでもよかった。


 オウマ君と一緒に踊っている。それだけで、まるで心が満たされていくように思えた。

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