04 がーるず・めたもるふぉーずど!

 ソラと、ソラの頭の中にいるアシュタは、人があまり寄り付かない場所の女子トイレにやってきていた。


「それで⁉ 私はどうすればいいのっ⁉」

 一刻も早く百花を助けたいソラは、いつもの彼女らしくもなく慌てた様子で叫ぶ。あのあとアシュタに「どこか、鏡があって一人になれる場所に行け」と言われ、ここまでは全速力で走ってきた。おかげで、息もだいぶ上がっている。

 そのくらい、彼女は必死だったのだ。


『まあまあ、そう慌てるでない』

 一方のアシュタは、相変わらずのひょうひょうとした調子だ。やはり彼女自身が言っていた通り、悪魔の彼女の興味はあくまでも、「面白いものが見れるかどうか」でしかないのだろう。最悪、百花やソラの状況が取り返しがつかないくらいに悪化したりしても、悪びれたりはしない。そんな、無邪気で無責任な立場なのだ。

 しかし、今のソラはそんな無責任な存在のアシュタに頼るしかないのだった。


『別に、お前の願いを叶えるために魔法を使うこと自体には、時間はさしてかからん。まばたき一回もせんうちに出来るのじゃー。ただ、その「魔法の効果」をお前が確認するには、鏡があった方がいいと思ってなー。じゃから、ここまで来てもらったのじゃー』

「魔法の、効果……?」

 トイレの洗面台の鏡を見るソラ。そこには、見慣れた自分の姿が映っている。特に変わった様子はなく、せいぜい、ここまで走ってきたことで、髪が少し乱れて汗をかいているくらいだ。

『それでは……いくぞー?』

 アシュタのそんな声が聞こえた瞬間。ソラの頭の中で何かがはじけたような感覚があった。その一瞬は視覚も聴覚もなくなって、真っ白で何もない空間に心だけが放り出されたような気分だった。

 しかし、すぐに視界は真っ白から真っ黒になり、自分がただ目をつむっていただけだと分かった。聴覚も戻っていて、周囲の雑音が聞こえるようになっている。

『ほれ、もう終わったのじゃー』

 そんなアシュタの声が聞こえてきたので、ソラは、ゆっくりと閉じていた瞳を開いた。そして、


「う、うわっ⁉」

 鏡の中にいる人物を見て、驚きで声をあげてしまった。

「あ、あなた……ど、どうしてここにっ⁉ 百花ちゃんは……って、あ、あれ……?」

『にひひ……』

 鏡の中に映っていたのは、さっき緊急速報のニュースに映っていた人物。刑務所から脱走したといわれている殺人鬼。百花の目を通してソラを見たときに見えていたはずの「可愛い弟系イケメン」の、冥島くらしま実光さねみつの姿だった。


「え……? も、もしかして、これって……私?」

 ソラは頬をつねったり表情を変えたりして、そのたびに鏡の中の冥島も自分と同じ動きをすることを確認する。そして、自分の姿が、冥島になってしまっていることを理解した。

「ど、どういうこと……? な、なんで、こんなことに……?」

『どうじゃー? はれて、身も「心も」、千本木百花好みのイケメンになった気分はー?』

 とぼけた調子でそんなことを言うアシュタに、ソラは激昂する。

「ふ、ふざけないでよ、アシュタちゃんっ! 今の私には、こんなことして遊んでいる暇はないんだってばっ! 早く、ちゃんと私の願いを叶えて……」

『のじゃー? わしは、確かにソラ、お前の願いを叶えてやったぞー?』

「え?」

 意味が分からない、というソラの様子を心底おかしそうに笑いながら――もちろん、ソラの頭の中にいるのでソラからはその表情は見えない――、アシュタは説明した。


『さっきのソラの願いは、確か……「千本木百花がどこにいるのか教えろ」じゃったな? しかし、今現在千本木百花の所在を知っているのは、あやつを誘拐したその冥島という男だけじゃー。じゃからな……ソラ。お前自身がその「冥島本人」になれば、お前は千本木百花の所在を知っていることになるじゃろー? じゃってお前は冥島で、冥島は千本木百花をさらったのじゃからなー。

じゃから、さっきわしは「ソラが完全に冥島になる」魔法をかけたのじゃー』

「わ、私が、あの殺人鬼になるって……私の姿が変わったからって、それに一体何の意味が……うっ⁉」


 ソラがアシュタにまた何かを尋ねようとした、その瞬間。

 彼女の頭の中に、見たことのないイメージが浮かんできた。それも、想像や夢のようなあいまいなものではなく、まるで「実際に体験したこと」のようなはっきりとしたイメージだ。


 ……目の前で尻もちをついている百花の姿。

 ……自分の手を、彼女に伸ばす。

 ……百花は何かをつぶやいて、申し訳なさそうに頭をうつむかせている。だが、やがて笑顔で自分の手を握る。

 ……それから自分は百花に何か適当なことを言って、細い人気ひとけのない道へと彼女を連れていく。

 ……百花は何かを尋ねたり首を傾げて不思議がったりしているが、言われるがまま自分のあとをついてくる。

 ……やがて、立ち入り禁止区域を抜けて廃墟の小屋に到着すると、自分は強引にその中に百花を押し込む。そして、近くにあった工事用のロープで彼女の体を拘束して……。


「う、うわぁぁーっ!」

 頭の中に浮かんできた恐ろしい光景に、思わず大声を出して倒れこんでしまうソラ。

「こ、これって……これって、もしかして……」

 アシュタは、頭の中でまた『にひひ……』と笑うと、そのソラの疑問に答えた。

『そうじゃー。それは、「本物の冥島の記憶」じゃー。完全に冥島となった今のお前の体には、本当の冥島本人が今まで経験してきたことがすべて積み重なっておる。体の傷から脳みそのシワ一つに至るまで、今のソラは冥島であり、冥島もソラ……つまり今この世界には、同じ時間に別の場所に、冥島という男が二人存在すると言っても過言ではない状況なわけじゃ。そんな状態のお前なら、「千本木百花を誘拐したときの冥島の記憶を、自分の記憶として見る」ことが出来ても、当然なのじゃー!』

「そ、それじゃあ、やっぱり今のは……実際に起こったこと……」

 落ち着いて、もう一度さっきのイメージを思い出すソラ。

「分かる……。そうか、そんなところに隠れてたんだ……」

 逃亡者の冥島の記憶を手に入れたことで、ソラは冥島がどこに隠れているか、百花をどこに捕らえているのかを、完全に理解した。

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