03 がーるず・きっどなっぷと⁉
広大な鷹月イーグルパークの一角に、関係者以外立ち入り禁止の区画がある。そこはもともと、完全に利用者がいなくなってしまったアトラクション群を集めた場所で、一旦は、新アトラクション開発のために取り壊し工事が開始されたりもした。だが、様々な理由で中断され、今は工事用の足場や機材などが残されたまま、ほとんど忘れさられた廃墟のようになっていた。
その区画内にある、巨大迷路とリアル謎解きゲームがくっついたようなアトラクションの跡地――謎解きゲームの人気に便乗して作られたが、「そもそも迷路の難易度が難しすぎて謎解きが楽しめない」という理由で人気が出なかった――。その中の小さな小部屋の一つに、二人の男女がいた。
「あっははは。まさかキミが、あの有名な千本木のお嬢様だなんてね……。ただ、逃走用の人質が欲しかっただけなのに……ボクってやっぱり、神様に愛されちゃってるのかなー?」
冥島実光はそう言って、無数のカードや高級クラブの会員証などをトランプのように広げる。それは全て、百花の財布から奪い取ったものだ。
「……! ……!」
手足を縛られ、さるぐつわをされている百花。何か冥島を罵倒するような言葉を言っているようだが、その声は届かない。
冥島はそんな彼女の様子に快感を覚え、ブルブルっと体を震わせた。
「あっあー……あんまり、抵抗しないでもらえるかな? あんまり抵抗されちゃうとボク、燃えちゃうんだよね……。それに、あんまり燃えちゃうとボク、キミのこと……うっかり殺しちゃうかもだからさ」
「……っ⁉」
激しい寒気に襲われて、体が委縮してしまう百花。そんな彼女に嫌らしい嘲笑を向けている冥島。
「それにしても……全く、女の子ってのは単純だよね? ボクがちょっと誘惑してやったら、ヒョイヒョイついてきてくれるんだから。自分が、殺されるとも知らずにさ。キミも、どうせそうなんだろ? ボクがこんなにイケメンだから、騙されてついてきちゃったんだろ?」
百花は力強く首を振る。
「ふふふ……。心配しなくても、大丈夫。まだキミは殺さないよ。ボクがちゃんと逃げ切れるまでは、生かしておいてあげる。キミを殺すのは、ボクが完全に逃げ切って……そのあとで、キミを目いっぱい痛めつけて……絶望を味あわせたあとだからさ……」
冥島の顔は、今日一緒に遊園地デートをしたソラと全く同じ、「可愛い弟系イケメン」だった。しかし、その表情からはさっきまでソラに感じていたような温かみや誠実さは全く伝わってこない。
感じるのは、圧倒的な嫌悪感だけだった。
――――――
ソラは、絶望で地面に膝をついてうなだれていた。
それは、さっきまでの自分の姿が、おぞましい殺人鬼と同じだったことを知ってしまったから。そして、それを知った直後に、周囲の客がある会話をしているのを聞いてしまったからだった。
「あれ? あの逃げ出したイケメン殺人鬼の人って……さっき通り過ぎた人と似てない?」
「え? あー、そう言われてみればそうかも。なんかー、派手な金髪の女の子と一緒だったよねー?」
……確証があったわけじゃない。
それでも、もしもその会話から想像できる「最悪の事態」が、実際に起こっていたとしたなら……? そう思ったら、ソラの体は勝手に動いていた。
話していた客を問いただし、その「殺人鬼」を見たという場所を聞き出して、周辺をくまなく捜索した。さらにはパークのキャストも巻き込んで、監視カメラと人海戦術で、それ以外のパーク中も徹底的に探した。
でも、二人は見つからなかった。
見つからなかったのだから、ソラの心配は杞憂だった? 最悪の事態なんて、起こっていなかった?
いや……。
監視カメラをどれだけ調べても、百花がパークを出て行った姿は映っていなかった。それなのに、今現在パーク中のどこを探しても百花の姿がなかったのだ。
もはや、ソラの心配は、ほとんど確信に近いものになっていた。
自分と同じ姿に騙されて、百花が殺人鬼にさらわれてしまった。自分のせいで、自分の一番大切な人が、危険にさらされている。
それなのに……。
今の自分には、何も出来ない。
あらゆる手を尽くしているのに、百花を見つけることが出来ない。
その無力感と自己嫌悪で、ソラは絶望していた。
そして彼女は、最後の手段に出ることにした。
「アシュタちゃん……聞こえるよね?」
いつの間にか自分の頭の中に戻っていた悪魔に、話しかける。
『のじゃー?』
「お願いがあるの。一個目の私のお願いなんて、もうどうでもいいから……。だから、私の新しいお願いを叶えてくれない? それさえ叶えば、私はどうなっても構わないから……」
『むふふっ。悪魔に対して「どうなっても構わない」とは、ずいぶん命知らずなヤツじゃなー?』
「百花ちゃんを、助けて! 百花ちゃんが今どこにいるか、私に教えてっ! 叶えてくれたら、私、何でもするからっ! 魂だってあげるから!」
『じゃからぁ……魂はいらん、と何度も言っておるじゃろーが』
「お願いっ!」
『……』
これまで見たことのないほどの、真剣で切実な表情のソラ。
そんなソラに押されて、それまでおどけていたアシュタも、少し真剣な表情になる。
『ソラ……分かっておるのか? 悪魔のわしが願いを叶えるということは、わしが「面白い」と思えるような魔法をかける、ということなのじゃぞ? これまでのこともあって、わしがお前に対して少しは情もわいているとはいえ……。単純に、お前の願いを叶えてやるようなことはできん。当然、何のリスクもなく千本木百花を助けてやるようなこともせんし……もしかしたら、今よりももっと悪い状況になってしまうかもしれないのじゃぞー? それでも、わしと追加の契約を結ぼうというのかのー?』
「構わないよっ! 百花ちゃんを助けることが出来る可能性が、少しでもあるのならっ!」
『ふん。本当に、人間というのはおかしな種族じゃなー……』
「アシュタちゃん……ありがとうっ!」
そしてソラは、悪魔と新しい契約を交わすことにした。
百花を……自分の一番大切な人を、守るために。
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