07 がーるず・どろっぷと⁉

 その後……。


「『イッツ・ア・ス猛禽ワールド』は、猛禽類によって支配されてしまった近未来世界を旅することができるの! その世界では、人類は猛禽類の奴隷や食料にすぎない。空の王者である鷹やフクロウが本気出したら、私たち人類なんかひとたまりもない、ということを思い知ることのできる、とても教育的意義のあるアトラクションね。あ、ちょっとあそこを見ててね…………ほら今っ! 百五十個目の隠れイーグレッ子ちゃんが、一瞬だけ見えたでしょっ⁉」


 とか……。


「『イーグレッ子ちゃんのまんまるハント』は、ゲストが鷹の巣イーグル・ネスト型のライドに乗って、イーグレッ子ちゃんになった気分でいろんな哺乳類マンマルをハントすることができるの。基本的にはリスやウサギなんかが多いのだけれど、そういう小動物をたくさんハントしていると、そのうちハンティング対象として狐や牛、人類も現れるようになるわ。可愛らしいマスコットのイーグレッ子ちゃんが隠し持つ凶暴な獣の部分が垣間見える、ギャップ萌えなアトラクションよね。もちろん、小さな子供にも楽しめるように、出血や悲鳴は最小限に抑えられていて……」


 なんてふうに……。

 パーク内を知り尽くした鷹パーガチ勢水科千尋のガイドによって、百花とソラはパークを満喫することができていた。


「おーっほっほっほーっ! ワタクシ、実はこういう施設には初めて来ましたのですけれど……なかなかどうして、面白いじゃないの! 完全に、甘く見てましたわっ!」

「そ、そうだね……私も、お父様の仕事の一つとして話はよく聞いてたけど、実際に友達とくるのは初めてだったから……このパークがこんなに楽しいなんて、知らなかったよっ! ありがとうね、水科さん!」

「そ、そう? 二人にそんなに喜んでもらえると、私もガイドしがいがあるわ!」

「さあ、貴女たち⁉ ぐずぐずしてないで、次のアトラクションに行きましょうっ!」

「あ、ちょっと千本木さん⁉ 次に行く予定の『イーグル・クルーズ』は、そっちじゃなくって、こっちだってばっ!」

「あ、あら、そうでしたの?」

「まったく、千本木さんはこんなところでも落ち着きがないのね?」

「ほんとにもーう、百花ちゃんったらー。あはははー…………って」


 しかし、


「…………ちっがーうっ!」

 そこでやっと、鷹月ソラは自分の当初の目的を思い出した。


 いやいやいや!

 私、何普通に、このパーク楽しんじゃってるのっ⁉ 違うでしょっ⁉ 私は、百花ちゃんと遊園地デートして……告白するつもりだったんでしょっ⁉ 完全に水科さんのペースに飲まれて、ただみんなで遊びに来ただけみたいになっちゃってたしっ!

 むしろ、さっきジェットコースター乗ったときなんて……水科さんと百花ちゃんが二人席の隣同士に座って、私、二人の後ろの席で知らない人ソロ客と一緒に座ってたよっ! ああ、もおーう! 完全に、目的見失ってたっ!


「も、百花ちゃん!」

 こんなことをしてる場合ではないと、ソラは慌てて叫ぶ。

「ア、アトラクションもいいんだけど……わ、私、百花ちゃんに言わなくちゃいけないことが……」

 だが、そのときにはすでに、二人の姿はない。

「あ、あれ……?」

「ちょっと、鷹月さーん⁉」

 少し離れたところから、千尋の声が聞こえる。

「そんなところで、何してるのー? ぐずぐずしてると、『イーグル・クルーズ』が出発しちゃうわよー⁉」

「え……?」

 声のほうを見ると、すでに千尋と百花は次のアトラクションのボートに乗り込んでいる。

「あ、え……⁉ ちょ、ちょっと待ってーっ!」

 慌てて、そのアトラクションの入り口に向かうソラだった。




 ………………




「はいはーい! それではほな、これから皆さんを、野生のイーグルちゃんたちがたくさんぎょーさん潜んでいるスリリングなおっかなーいジャングルの旅にご招待しまーすしまっせー! 船長のウチの指示をちゃーんと聞いてねきいてぇなぁー? そーじゃないとせやないと……イーグルちゃんに食べられちゃうタカられてかもししまいまっせー?れないぞータカだけにー⁉」

 スタッフのコミカルで大げさな動作に、客席からドッと笑いが起こる。

「まあ⁉ これまで正統派のクール系や可愛い系イケメンだけで十分満足していたつもりでしたけれど……。ここにきて、関西弁のお笑い系イケメンですってっ⁉ でも結局、最後に選ばれるのって、こういう一緒にいて楽しい方だったりするのですわよね? よくってよ! その話術でもって、このワタクシの百万ドルの笑顔を引き出してごらんなさいっ!」

うふふくそっ千本木さんオレのペット早くもちょっかい虜にするなんて出しやがって……さすがだまらねーと、このオレ見込んだぶっころして船長さんだわっやるからなっ!」

「ううう……」



 ………………



「皆さーん、右手こっちご覧くださーいみてみてやー! 鷹の大群でーすやでー! それからほんで左手あっちご覧くださーいみてみてやー! やっぱり鷹の大群でーすやでー! って……きゃーうぉーい! 囲まれちゃってるーとるやないかーい⁉ 私たちウチらのこと、食べちゃうおいしくたべてなーつもりなのーっ……ってなんでやねん⁉」

いよっごちゃごちゃ名船長っうるせえっつってんだろ!」

「きゃーっ! ワタクシ、鷹に食べられてしまいますわーっ! 助けてー! うふふ……」

「……」

 パーク内に人工的に作られたジャングルの川の中を、百花たちを乗せたボートが進んでいく。

 船長役のスタッフの案内も含めて、そのアトラクションを存分に満喫している百花と千尋に対して……ソラは、一人でイライラしているようだった。


 突然の千尋の登場で、二人きりの遊園地デートという大前提は完全に崩れてしまった。それでも、どこかで百花にいい印象を与えるチャンスがあるならまだしも……。今の百花の視線は、船長や周囲の本格的なジャングル風装飾が施されたコースにくぎ付けになっていて、とてもソラの入る隙なんてない。

このアトラクションが終わったあとだって、経営者の娘である自分よりもパークに詳しい千尋のガイドに戻るだけだ。それでは結局、百花の中の千尋の印象が良くなるだけ。そもそもそのガイド千尋のプランでは、当初ソラが予定していたメインイベントである観覧車は外されてしまっているのだ。ソラが予定していた展開――完璧なシチュエーションで、百花に愛の告白をする――なんて、夢のまた夢だ。

 なんとか軌道修正する方法はないかと、今はひたすら考えを巡らせているソラだった。



 そんなときに……「それ」は起きた。



「皆さーん! 狂暴けったいなイーグルちゃんたちから逃げるために、これから滝の中に突入しまーすツッコむでー! 『えーうそーちょいまってやーそんなの困るよーそんなんこまるわー⁉』ってゆう人は、手をてぇ挙げて下さーいあげてーなぁー?! ……まあ、どうにもなりませんけどねならんのやけどなー」

「え……? た、滝の、中に……?」

「あ、大丈夫よしんぱいすんなよ。この時期は、滝の水がかからないように、キャストさんものヤツも配慮してくれてるからるにきまってんだろだってつーか、もしもわたしたちオレ様の服が濡れたりしたら風邪コイツらひいちゃうただじゃでしょうおかねーし?」

「そ、そうですわよね……」

「……」

それじゃあほな行きますよいきまっせー! はーい、突入ーっ!」


 ぱしゃっ。


「キャッ!」

 アトラクションの小さな滝に、百花たちを乗せたボートが突入する。ボートには屋根がついており、さらには、滝にもボート進入用の水の切れ目が入っている。千尋の言った通り、肌寒い日もある今の季節にゲストに水がかからないようにと、パーク側で十分に配慮されているのだろう。

 しかし……。

 百花は、そんな配慮が行き届いた滝に対して、あまりにもオーバーなリアクションをとった。まるで、恐ろしいジャングルの猛獣が襲ってきた、とでも言うかのように。目をつぶって、隣の席に座っていた千尋に抱きついたのだ。

ちょちょっとおいオマエっ! せ、千本木さんこ、こんなところでっ⁉ ……でへへ」

 千尋の驚きの顔は、すぐに、思いがけない幸運に対する喜びの表情に上書きされる。頬をピンク色に染めて、らしくもなく、少しニヤけてしまっている。

「え、えぇぇーっ⁉」

 一方、前の席のそんな二人の様子を見せつけられて、ただただショック百パーセントのソラの顔は真っ青になる。


 そのとき。

 抱きついた拍子に百花の手から何かが落ちた。


 それは、実は途中のグッズショップで彼女が買って、ここまでずっと抱きしめていた、このパークのマスコットキャラクターのヌイグルミだ。

 ヌイグルミなんて子供っぽいものは、とっくに卒業していたはずの百花だったが……テーマパークという非日常空間が魅せる夢と魔法の効力と、何より、マスコットのメス鷹ですらもイケメンオス鷹に見えるというアシュタの魔法のせいでテンションが上がり、ついつい買ってしまったのだ。

「あ、ああっ⁉」


 そのイケメンヌイグルミが今、ジャングルを模した濁った川に落ちてしまった。滝が作る水流にはあらがえず、それは徐々にボートから離れていく。

「あ、ああ! ワタクシのヌイグルミがっ⁉」

 抱きついていた千尋から離れて、ボートに乗り出して手をのばす百花。しかし、その手は届かない。

ちょっとお、おいっ⁉ やめなさいよなにやってんだよっ!」

 後ろから、千尋が百花の体を引いて席に戻らせる。

危ないことダセェことを、しないでよしてんじゃねーよっ⁉ ヌイグルミならあんなもん、あとでまたオレが買ってあげるからやるからよっ!」

「で、でもっ……」

 その間も、ヌイグルミはどんどん百花たちから離れていく。しかも、その柔らかい生地が水を吸って、徐々に水中に沈んでいるようだ。その様子から、百花は目が離せない。

「う、うう……」

 今の彼女はまるで、自分もそのヌイグルミと同じ状況に陥ってしまった、とでもいうようだ。水に沈んで呼吸が出来ないかのように、息苦しそうな表情になっていた。



「百花ちゃん……」

 突然、ソラが立ち上がった。

「え……」

「あれ、大事なものなんだよね? 百花ちゃんの、大好きなものなんだよね?」

 質問とも、ただの独り言とも取れるような静かな声。

 百花は深く考えるわけでもなく、ただ、それに対して無言でうなづく。

「そっか……じゃあ、ぼくにまかせてよ!」

 そう言ってソラは、沈んでいくヌイグルミをしっかりと見つめたまま、ボートの淵に足をかけた。


「あ、あのー、お客さま……?」

た、鷹月さんな、なんだよオマエ……? 落とし物なんてなんかキャストがキャストのヤツに後で拾ってくれるからひろわせれば……」

 ソラの意図がよくわからないボートの船長役のスタッフと千尋が、首をかしげながら声をかけようとする。だが、それよりも早く……。


 ざっぱーんっ!

 ソラが、川の中に飛び込んだ。


ちょっとおいっ⁉」

「お、お客さまーっ、な、何してるんですかはるんですのー⁉ って……っていうか、も、も、も……もしかして、ソラお嬢様ですかやないのーっ⁉」


 教科書通りの綺麗なフォームのクロールで、すぐにヌイグルミのところまで到着したソラ。完全に沈んでしまう直前のそれを回収して、水中から、百花に笑顔を向けた。

「も、百花ちゃん……! あ、安心、して! ヌ、ヌイグルミは、ぶ、無事だから……うわっぷっ!」

 全力で泳いだらしく、息は上がっている。泳ぎは得意なようだったが、当然私服のままの着衣泳だったので、足を取られて一瞬溺れそうになる。


「た……鷹月さん……」

 そんなソラを、百花はさっきと変わらず居心地の悪そうな表情で見ていた。

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