03 がーるず・いんさいてっど!
千本木百花が、遊園地の入り口付近でイケメン欲と理性の狭間で、もがき苦しんでいた頃……。実は、そこから少し離れたところで、その様子を監視している少女たちがいた。
「……ふむ。やはり、私の思った通りですね」
監視者の一人は、千本木百花の家のメイド、
いつも通りのメイド服姿の彼女は、百花たちに視線を向けたまま、大げさな口調で言った。
「『百花お嬢様の挙動がおかしい』こと自体はいつものことでしたもので、この結論にたどり着くまでに時間がかかってしまいましたが……これまでの事実を考えると、ほぼ間違いないと言っていいでしょう。
……どうやら今の百花お嬢様は、『周囲の女性が男性に見えている』ようです」
「
天乃の隣には、学級委員長の
だが、もしもこの場に百花がいたならば、そんな彼女も……「シンプルな白カットソーに黒のジャケットを羽織り、ワイルドなダメージジーンズを履いた俺様系イケメン」にでも見えてしまっていたのだろうが……。
千尋は驚きを隠せない表情で、誰に尋ねるわけでもなくつぶやく。
「だ、だけど、どうしてそんなことに
「えー? 理由なんて、この際何でもよくなーい? とりあえず、相当面白いことになってるってのは、間違いなさそうなわけだしー!
千尋の反対側で、茶髪の
蒼は、大きめのパーカーにデニムのショートパンツ、金ラメの装飾が入ったニットキャップをかぶっている。露出した太ももが、秋めいた今の季節には少し寒そうにも思えるが……百花の目を通せば「カラフルなペイント柄の入った太めのデニムパンツを履いたチャラ男」に見えるはずなので、案外大丈夫なのかもしれない。
千尋と蒼は、ファッションの趣味やキャラクターが全然違うことからも推測できるように、本来はそこまで親しい仲ではない。同じ学園の生徒としてお互い名前を知っている程度で、これまで一緒にどこかに遊びに行ったりはなかった。だから、今ここで百花たちのことを隠れて観察しているのは、「彼女たちが偶然この遊園地に一緒に遊びに来ていたから」……ではなかった。
全然違う二人の唯一の共通点として、千尋も蒼も以前から、学園で百花によく絡んでいたという事実があった。それを理由に、今日の「百花とソラの遊園地デート」のことを知った千本木家の毒舌メイドの――あるいはイケメン毒舌執事の――天乃に、呼び出されたのだった。
「り、理由なんて何でもいいとか……
「うーん……モモカっちがイケメン狂いなことについては、一ミリの異論もないけどー……。でも、だからってこれって、それほど大変なことかなー? だって、モモカっちはこれまでも『周囲にイケメンがいないこと』でストレス爆発して、普段からいろいろと問題起こしてたよねー? それが今度は、『周囲にイケメンの幻が見えること』で性欲爆発して、問題起こすことに変わるだけっしょー? 方向性が違うだけで、モモカっちが問題ばかりの残念お嬢様であることは、何も変わんないんじゃねー?
それから、申し訳程度に天乃に向かってフォローを入れる。
「あ、お嬢様に仕える
天乃は――百花に忠誠心が微塵もない
「いえ。うちのお嬢様のことをとてもよくご理解いただけているようで、話が早くて助かります」
と言った。
「で、でも……」
それでも食い下がろうとする千尋だったが、
「付け加えさせていただくならば……先ほど水科千尋様は、今のお嬢様の『女性が男性に見えている』という状況を、『奇病』と表現しましたが……それは、私共の見解とは少し違います。正直申し上げまして、私共はこれについては病気と呼ぶほどのことでもないと考えているのです。単純に、イケメン狂いのお嬢様があまりにイケメンを渇望するあまりに見てしまっている幻視幻聴……。砂漠で迷っている最中に、水を欲するあまり実際にはない場所にオアシスの蜃気楼を見てしまうような、ある種の事実誤認……そんなふうに考えているのでございます」
「う……」
百花がイケメン狂いの残念お嬢様であるという、あまりにも大きな共通認識の前では、「女性が男性に見える」という超常現象ですら
「ま、まあ……それはそうかもしれ
結局は千尋も、今現在百花の身に起きている異変の原因については、深く考えるのも無駄だと考えたようだった。
残念お嬢様の残念さのおかげで、今の状況の裏に超自然的な力が働いていること……ましてや、悪魔のアシュタの存在についてなんて、誰も気づくことはないのだった。
「
しかし、一旦は納得したらしい千尋は、天乃にまた別の質問を投げた。
「今の
「はい……」
そこでやっと視線を百花たちから離した天乃は、今度は真剣な表情で、千尋と蒼を交互に見つめる。その、圧の強い視線に千尋は少し圧倒されてしまう。
「な、
「あー、もしかしてもしかしてー、
そう尋ねた蒼に、少し驚いたように天乃は目を大きく見開く。それからニッコリと微笑んで、「実は、そうなのです」と頷いた。
「現在お嬢様とご一緒されている鷹月ソラ様は、お嬢様と同じ学園に通う同級生であり……同時に、国内最大のリゾート運営会社である鷹月
「
「鷹月って言ったらー、無数のセレブが通うウチのガッコーでも、モモカっちの次くらいの総資産を誇る、超超超ブチ上げなガチ鬼セレブだよねー? そこのお嬢さんがモモカっちと一緒にいるとー、なんか困ることがあるのー?」
「え、ええ……実は……」
そこで天乃は、少し言いづらそうに目線を落とす。
しかし、すぐに意を決したように気を取り直して、続けた。
「どうやら鷹月ソラ様は、百花お嬢様のことが好きなようなのです」
「
「ほほぉーう……」
「もちろん、鷹月ソラ様が今の百花お嬢様と同じように、『女性が男性に見える幻覚』にとらわれているわけではありません。一応、万が一の可能性も考えて千本木家の者に調査させましたが、それはあり得ないということは既に分かっています。彼女の視覚は私たちと何一つ変わらず、女性は女性として……お嬢様のことも、金髪ツインドリルの頭悪そうな高飛車女として見えています」
「いや、言い過ぎ
千尋の当然のツッコミを無視して、天乃は結論を言った。
「そんなソラ様が、あくまでも女性として、女性のお嬢様のことが好きなようなのです。愛しているらしいのです。つまり……鷹月ソラ様は、ガチ百合なのです」
「………………は、はあーっ⁉」
千尋が、整った顔を崩して叫ぶような声を上げた。
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