04 がーるず・もちべいてっど!

「ちょ、ちょっと待ってよ待てよ⁉ い、今あなたオマエなんて言ったのなんつった? い、言うにことかいて……鷹月さんアイツが、あのお嬢様のことが好き、とか言ったんじゃないわよねねーだろーな⁉」

 質問と同時に、思わず天乃につかみかかる千尋。それに対して、落ち着き払っている天乃は無表情に答える。

「はい。その通りの言葉を言いました」

「バ、バッカじゃないのじゃねーの⁉ そ、そんなこと、あ、あるわけがないわよねーぜ!」

「ええ、分かります。とても、にわかには信じられないですよね?」

「そ、そうよそうだぜ。そ、そんなバカなことが……」

「本当に、私もバカみたいな話だと思います。まさかあの、近年まれにみる残念お嬢様で、そばにいると嘲笑で笑い死にしてしまいそうになる、あの千本木百花のことを好きになる人類が、この世に存在するなんて……」

「え……? い、いや、オレが言ってのは、そういうことじゃなくてねーよ……。だ、だって、あの千本木さん千本木は確かにいつもわけが分からないキャンキャンこといい声を言うで鳴くイケメンのオレにことになる命令される発情した野良猫飼いならされた犬よりも手に負えなくなる従順になる完全な問題児オレのペットで……。で、でもだ、だから、そういう致命的な欠陥重要な事実を無視すればして……彼女にだってひとのモンに本当勝手ちょっとだけどちょっかいだして良いところもいいと思ってあるんのかよというかっつーか……。私にもオレには、今の鷹月さんアイツの気持ちが、そこまでぜんぜん分からなくはない意味わかんねーというかっつーか……」

「えー? つまりチヒロっちも、モモカっちのことが好きだってことー? だから、ソラっちに先を越されそうになって焦ってるってことー?」

「バッ……」

 からかうような蒼の言葉に、千尋の頬が赤く染まる。

 自分でもそれが分かったのか、彼女は慌てて顔を伏せる。追い打ちをかける蒼。

「わー、図星だー! チヒロっちってば、自分以外に『ライバル』がいるなんて思ってなくて余裕こいてたら、まさかの大外からソラっちが現れたもんだから、大慌てなんだー!」

はぁーっあぁーん⁉ そんなわけんなわけないでしょねーだろーがっ⁉ 女の私このオレ様が、あの、残念お嬢様ただのペットのことを好きだとか……変なことバカなこと言わないで言うんじゃねーよっ!」

「ふぅーん……」

 ツンデレ全開――裏も表も――の千尋に、思わせぶりに微笑む蒼。

アタシオレっちは、意外とそうかもなー……」

 とつぶやく。

「え……?」

「ほら、アタシオレっちって友達多いじゃーん? っていうか、実は『ウチのガッコーの全員と友達になる』のが目標みたいなところあるんだけどねー。でも、あのモモカお嬢様って、どれだけアタシオレっちが誘っても全然ツれなくてさー。それが逆にアタシオレっちのハートに火を点けちゃったってゆーかー……。そんなわけで、結構モモカっちのこと気になってたんだよねー。もう、最近じゃー四六時中モモカっちのことばっかり考えちゃってるってゆーかー……」

「は、はぁっ⁉ ちょ、ちょっとお、おい! あなたオマエまで、そんな変なケンカうるようなことを……」

 さらに慌てふためき始める千尋。

「えー? だってチヒロっちはモモカっちのこと好きなわけじゃないんでしょー? だったらアタシオレっちやソラっちが、モモカっちのことどう思おうが関係ないんじゃねー? 違うー?」

えっとあぁん⁉、だ、だから、それは……!」

「えぇーっと……」

 そこで、天乃が口を挟んだ。

「お二人ともどうか、そんな悪夢のようなご冗談を言い合うのは、その辺りにしていただいてよろしいでしょうか?」

?」「うん?」

 相変わらず全く百花に思い入れがない天乃は、千尋と蒼の言葉を本気にしていないらしい。百花の話題で盛り上がっていた二人にあっさり水を差した。

「お嬢様たちはもうとっくにパーク内に入ってしまいましたので……こちらも、さっさと話しを先に進めましょう」

え、ええあ、ああ……まあ、そうだな……」

「そっすねー。チヒロっちからかうのも楽しいけど、モモカっちとソラっちのことも気になるもんねー」

ちょっとおい……」



「それで……人類史上最も人間を見る目がないと言わざるを得ない、あの鷹月家のご令嬢が血迷って、うちの残念お嬢様のことを好きになってしまっているとして……それで、どうして今の私たちの状況になるのかという話ですが……」

 そして天乃はやっと本題に戻った。

「ここ鷹月イーグルパークには、統一感やバランスを無視した、どこかで見たような有象無象のアトラクションがたくさん作られていますが……その中でも、特に若い女性の間で最も人気があると言われているのが、『頂上で愛の告白をすると必ず成就する』というジンクスがある、あちらの観覧車です」

 パークのちょうど中央に位置する、今いる入り口からでもよく見える巨大な観覧車を指さす天乃。千尋と蒼がそちらに視線を向けて確認するのを待ってから、天乃は先を続ける。

「私共の調査の結果……鷹月ソラ様は今日のこの遊園地デートの最後をあの観覧車で締めくくる、という計画を立てているようです。つまり、お嬢様と一緒に乗ったその観覧車がちょうど頂上までやってきたときに、ジンクス通りにそこで告白をするつもりらしいのです。

ソラ様としては純粋に、女性の彼女が女性のお嬢様に百合告白をするつもりなのでしょうが……。妄想に取りつかれている現在のお嬢様にとっては、『観覧車の中で二人きりのときに自分の好みの男性から告白される』という、絵にかいたようにロマンチックなシチュエーションです。私の考えでは……お嬢様はほぼ間違いなく、その告白を受けてしまうでしょう。しかし、それは非常にまずいのです」

「あ、当たり前でしょだろーがっ! そんなこと、していいはずがないわねーだろっ! そ、そんなことになったら……た、鷹月さんアイツ千本木さんオレのペットが、こ、こ、恋人同士として、付き合うことになっちゃうなっちまうじゃないじゃねーかよっ⁉」

 またしても取り乱す千尋に、冷静に首を振る天乃。

「いえ。別に、うちのお嬢様が誰かと付き合うこと自体が問題ではないのです。わたし的には、そんなことには全然興味はないですし。本心としては『んなもん、どうとでも勝手にすればいいやん』と思っているのですが……。

でも、もしも仮にそうなってしまうと……お嬢様と、鷹月家のご令嬢がお付き合いすることになってしまうと……あの『イケメン狂いのお嬢様』が、実は『イケメンだけじゃなくて女性もイケるくち』だということになってしまうのです。それが、非常にまずいのです」

「は……?」

「ふーん……」

「詳しいお話については、私の勤め先である千本木家の名誉をおとしめることになってしまいそうですので、割愛させていただきますが……。千本木家では、過去にあの残念お嬢様が『やらかした』ことのせいで、お嬢様の愛だ恋だという話題が、とてもデリケートなことになっているのです。

千本木家当主である奥様にしてみれば……イケメン狂いのお嬢様を男性から完全に隔離している今の状況は、いわば、『やらかし病』にかかったお嬢様を、無菌室に閉じ込めて集中治療しているようなもの。この状況にいる限りお嬢様は絶対安全で、過去の難病の発作を抑え込むことが出来ている……と思っているはずなのです。

しかし……もしもそんなときに、実はあのお嬢様が男性だけでなく『女性に対しても好意をもつ可能性がある』なんてことになってしまったら……。あの奥様のことです。今度は、お嬢様が女性相手に『やらかし』を再発するに違いない。もうこうなったら、お嬢様を男女関係なく完全に人類全体から隔離するしかない、なんて言いかねません」

「そ、それは、さすがに……」

 天乃の予想を否定しようとする千尋だったが、その言葉は途中で止まってしまう。

 実際に目にしたことはないが、かなりの権力を持ちながら、その性格もそうとうエキセントリックだと噂の千本木の当主なら、あるいはそれくらいのことはやりかねないかもしれない。

 例えば、百花を屋敷の地下に幽閉するとか。無人島に島流しにするとか……。

 百花を男性から隔離するために学校を作って、周囲の街ごと女性だけにしてしまうような人間だ。本気を出せば、何だって出来そうだ。

千本木さんがオレのペットにそんなことになるのはするのは、さすがにかわいそうだわナメすぎだぜ……」

 自分のことのように体を震わせて、つぶやく千尋。

「そーだねー。それは確かにモモカっちにとって……それに、ソラっちのためにも。このまま何もしないのはまずいかもねー」

 これまでひょうひょうとふざけていた蒼も、そこで初めて真剣な表情になった。

「はい」

 そんな二人に、真剣な表情でうなづき返す天乃。

 しかし……、

「っていうか……そうなってしまうと、女の私も今の仕事クビになってしまいますしね」

「え?」

「お、おー……? 急に、話が怪しくなってきたよー?」

 メイドの天乃の心配事は、あくまでも百花とは関係ないことのようだった。


「正直……今のこの千本木家のメイド執事の仕事、お給料が破格なんですよね。同年代の相当稼いでいる人と比べても、桁が二つは違うんです。適当にストレス解消しながらワガママ娘のお守りをしているだけで……あと数年もすれば、残りの一生遊んで暮らせるくらいの貯金がたまる計算なんです。なのでどうしても私……、今のこの仕事を失いたくないのです」

 これまで見たこともないほどにまっすぐな、澄んだ瞳で話す天乃。

 今の彼女のセリフを、マザーテレサがノーベル平和賞を受賞したときのスピーチ音声と差し替えたとしても全く違和感がなさそうな表情で、あまりにも俗っぽい内容を言っていたのだ。

「え、えっとぉー……。そ、それでそんで結局、オレたちは、何のために呼ばれたんだよ?」

 これ以上話を聞いていても、天乃のゲスい部分が出てくるだけな気がしたので、千尋はスルーすることにした。

「はい。そこで、お二人の出番というわけです」

 天乃も、特に悪気を感じる様子もなく、話の結論部分にうつった。


「お嬢様が今見ている『女性男性化』の妄想は、何も、鷹月ソラ様だけに適用されているわけではありません。お嬢様の周囲のすべての女性……水科千尋様や福地蒼様……そればかりか、この私ですら、今のお嬢様の目には男性に映っているはずなのです。

だから、その状況を逆に利用して……お二人にはこれから、お嬢様と鷹月ソラ様の間に割って入っていただいて、あの二人の邪魔をしていただきたいのです。

イケメン狂いで、男だったら見境のないお嬢様のことです。別に鷹月ソラ様じゃなくてお二人が誘っても、欲望のままにヒョイヒョイとついてくるはずです。そうやって、お嬢様があの気色悪い妄想から目を覚ますまで、ガチ百合の鷹月ソラ様とお嬢様が結ばれるのを、回避して欲しいのです」

「そ、それって……。オレたちに……千本木さん千本木を誘惑しろってことっつーことかよ……? 彼女アイツオレたちのことを男に見えているというっつー前提で……男として、彼女アイツに好かれるような行動をとれっていう……」

「そうです。鷹月ソラ様をこのまま放っておいたら、男性の幻に惑わされた愚かなお嬢様とくっついて、お嬢様を事実上の百合にしてしまうのも時間の問題です。

しかし、既にこの状況を理解しているお二人ならば……お嬢様と完全に結ばれることなく、奥様に『お嬢様が百合に目覚めた』なんて思わせずに、付かず離れずお嬢様を翻弄することが出来るはずです。私が今お願いしているのは、それです。

……つまり端的に言うと、お二人には、お嬢様の好意を引きつけて、あの方の心をもてあそんで欲しいわけです」

「そ、そんなことっ! 出来るわけがっ……!」

 即座に否定しようとする千尋。

 しかし、その隣から蒼が、

「ヤバーっ! 何それ、めちゃくちゃおもしろそーじゃん! やるやるー!」

 と口をはさんだ。

ちょちょっとおいっ、福地さんオマエ⁉ 軽すぎるわよだろっ⁉」

「えー、だってー。どうせモモカっちって、女のアタシらありのままのオレっちたちのことなんてこれまで全然眼中になかったんだよー? きっとこのままだといつまでたってもアタシオレっち、モモカっちと友達になれないと思うんだよー? でもでもー、今はそんなアタシオレっちたちがモモカっち好みのイケメンに見えてるってことなんでしょー? つまり、モモカっちの好感度的に入れ食い状態のフィーバータイムなわけじゃーん? そしたら、今ならようやくモモカっちとアタシオレっち、友達になれるかもってことじゃーん!

っていうか……下手したら、友達なんか余裕で飛び越して、もっとディープでナカヨシな関係性になっちゃうかもしれないけど……。でもまあ、相手がモモカっちなら、全然アリかなー……」

 チラリと、千尋に思わせぶりな視線を送る蒼。

 その瞬間、千尋は本心を見透かされたような気持ちになってビクッと体を震わせてしまった。

 それから、

あ、あなたたちオ、オマエら! 千本木さん千本木気持ち飼い主がだれか、ちゃんと考えているのわかってんだろーなっ⁉ そんな、お金カネのためとか、友達になるツルむために千本木さんをオレのペットに騙すようなことをしてちょっかいだして……彼女が正気に戻っオレがキレたら、ど、どう思うかなるか……!

あ、あなたたちオ、オマエらになんか、任せてられないわオレのペットはやらねーよっ! 妄想にとりつかれてしまってる今の彼女オレのペットは、オレ責任をもって守るわ完全に管理するっ!

も、もちろん! 何も知らないとはいえ、鷹月ソラさん鷹月のヤツにこのまま告白もさせたりしないわしねーからなっ!」

「それってー、チヒロっちがモモカっちのこと独占したいだけじゃないのー?」

「ち、違うわよちげーよっ! 全然違うわよちげーよっ! だ、だいたい、オレは別に千本木さんペットのアイツのことなんて……」

「チヒロっち……もっと、自分に正直になればいいのに……。本音と建て前の板挟みで、めちゃくちゃセリフが分かりづらいよー?」

「う、うるさいわねうるせーなっ! あなたたちオメーらが、裏表なさすぎなのよんだよっ!」


「ふう……」

 言い合う千尋と蒼。

 そんな二人を他人事のように静観しながら、天乃は、


 とりあえず、引き受けてもらえたみたいで良かったです。もしもお二人がダメだったら、最悪私がお嬢様を誘惑しなくちゃいけなくなるところでしたよ……。

 うげ……。その展開、考えただけでも胸ヤケしますね……。


 と、苦笑いを浮かべているのだった。

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