13 がーるず・くらいまっくすと!!!

 観覧車の中。

 百花とソラが、向かい合って座っている。

 お互いに無言で目を合わせることもなく、二人を乗せたゴンドラはもう半分以上の高さにまで上っている。


 観覧車のゴンドラが一番上に到達したときに告白すると、その告白は成就する。

 そのジンクスは、経営者の娘であるソラはもちろん、百花も知っていた。


 というより……ソラに遊園地に誘われた時点で、百花は彼女の目的がそこにあることも気づいていた。

 だからこそ、百花はなんとしても今日の「遊園地デート」を断ろうとしていたのだ。百花好みのイケメンの幻が見えているとはいえ……ソラは、本当は女なのだ。そんなソラのことを自分が好きになったりしないし、告白なんてされるまでもなく、その答えは決まりきっている。だから今日は、その断りの言葉を言うために、ここまでやってきたというのに……。


 なのに、なのに……。どうして……!

 心の中で、言い訳を叫ぶ百花。

 だ、だって、仕方ないじゃないのっ! ワタクシはイケメン大好きで、イケメン狂いの、千本木百花ですのよっ⁉ 目の前で「可愛い弟系イケメン」に誘われたら、そんなつもりなかったとしても遊園地デートには来てしまいますし……「観覧車に乗ろう」なんて言われたら、ヒョイヒョイ観覧車にだって乗ってしまいますわよっ! そんなの、当たり前じゃないのっ⁉


 もちろん。こんな言い訳をどれだけしたところで、今の状況が何か好転するわけでもない。せいぜい、彼女の心の中にいるはずの悪魔のアシュタにからかわれるのがオチだろう。

 ……。

 しかし、どういうわけだか今はそのアシュタでさえも、何も言わずに黙ったきりだ。そのせいで百花のその無意味な言い訳は、本当に何の意味もなさないのだった。



「あ、あの……」

「あ、あらっ⁉ あそこに見えるのは、さっきワタクシがヌイグルミを落としてしまった、ボートのアトラクションじゃありませんこと? 近くで見たときはあの滝もなかなか迫力があるような気がしましたけど、ここからだと、大したことありませんわねっ⁉ おーっほっほっほー!」

「も、百花……ちゃん……」

「まあ! あんなところをイケメンマスコットのイーグレッ斗くんが歩いているわっ! ワタクシ、さっき一緒に記念写真を撮ってもらうのを忘れてしまいましたのよねっ⁉ この観覧車をおりたら、急いで彼を追いかけましょうねっ! おーっほっほっほーっ!」

「……」

 ソラがときどき、もじもじしながら何か話を切り出そうとする。しかし、そのたびにそれを無視したり、関係ないことを話して、百花はそれを邪魔する。そして、二人はまた無言になる。さっきからずっと、その繰り返しだった。

 いつの間にかゴンドラは、もうすぐ頂上へと到達しそうなところまで来ていた。



 ど、どうしたら……いいの?

 百花はまた、頭の中で無意味な自問自答をする。

 い、いえ。どうしたらいいのかなんて、最初っから決まっているわよ。だって、ワタクシはイケメン大好きな千本木百花ですもの。だから、ただのクラスメイトの女子に何と言われようと……それに応じるはずがない。そんなこと、決まりきってるじゃありませんの!

 そ、そう。今、ワタクシの目の前にいるのは、イケメンの皮をかぶっただけの、ただの女子……。どれだけ見た目がワタクシ好みだったとしても、け、決して本物のイケメンなんかでは、ないのよ!

 だ、だったら、ワタクシがどうすればいいのかなんて、明白ですわ! きっとこの子はこれから、ワタクシに告白をするのでしょうけれど……それに対するワタクシの答えは、決まりきっているのですわっ!

 そ、そうよ! この遊園地にやってきたときから、ワタクシはその言葉を言うつもりだったんですもの! 何の問題もないわ! ワタクシはただ、当初の予定通り、この子に断りの言葉を伝えて、さっさとこの場を立ち去ってしまえば…………。


 でも……。

 でも…………。


 本当に、それでいいのかしら……。

 視線だけを動かして、目の前の席に座るソラをチラリと見る。

 彼女は相変わらず顔をうつむかせて、モジモジと気まずそうな態度を作っている。


 ソラは日ごろからそれほど活発なキャラではなく、今までも何度か百花に話しかけてきたことはあった。だが、声が小さく挙動不審だったせいもあって、百花は彼女のことを全く相手にしてこなかった。そんな彼女が、今はその普段の態度よりもさらにオドオドと、まるでさっきの暗闇の中で怯えていた百花のように――むしろ、それよりも大きく――体を震わせている。きっと、彼女にとってはそれほど今の状況が恐ろしく、勇気がいるということなのだろう。

 それでも、彼女はそのまま恐怖に負けて、ありもしない深海の底に沈んでしまうことはなかった。とても恐ろしく、成功の確率が限りなく小さく思えたとしても、ソラは逃げたりはしなかった。

 それだけ、彼女が今日まで抱えてきた想いは、大きなものだったのだから。


「百花……ちゃん」


 喉の奥から絞り出したような、か細い声。

「あ、あら⁉ あんなところに、『隠れイーグレッ斗』くんが……」

 さっきまでのように、ソラを無視して誤魔化そうとする百花。しかし、その言葉は最後まで言い切ることは出来ない。チラリとソラのほうに視線を向けたときに、見てしまったからだ。

 しっかりと、自分を見つめるソラの瞳。

 決意に満ちた美しい二つの瞳と、目を合わせてしまったからだ。

 この瞳を、裏切ってはいけない。この瞳を持つ人物の決意に、逃げずに応えなくてはいけない。本能的に、そんな言葉が頭の中に浮かんできたからだ。 


 気づけば、いつの間にかゴンドラは、観覧車の頂上の位置に到着している。

 時間を忘れて遊園地を満喫している間に太陽は沈み始めており、大きな窓から差し込む西日は、ソラのかわいらしい顔にドラマチックな陰影を落としている。

 きっと、「その言葉」を伝えるにはこれ以上ないほどに完璧なシチュエーションだ。

 そして……。


 ソラは、静かに言葉の続きを言った。

ぼくは……百花ちゃんのことが、好き……です。……愛しています」


 その言葉は、はっきりと百花まで届いた。

 両方の耳を通して、心の中の奥の、さらに奥にまで。浸透するにように、響いた。

 百花を内側から揺らす波紋のように体の隅々まで響き渡って、心の奥で反響して……それから、口元からこぼれ落ちるように、百花の本心の気持ちを溢れ出させた。


「ごめん、なさい……」


 二人を乗せたゴンドラは、それからまた静かに、地上に向かって降りていった。

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