06 がーるず・さぷらいずど!

 千尋を倒して、女子トイレをあとにしたソラ。

 それからは、百花が拘束されている小屋に向かってまっすぐ走り続ける。あとはわき目もふらず、自分の出来るかぎりの全速力で、百花のもとに向かう……つもりだったのだが。

「う、うう……っ!」

 その途中で、彼女はときどき立ち止まって、気を落ち着けるために休まなければいけなかった。

 冥島が百花をさらっていった道をたどるためには、自分の頭の中にある冥島の足跡そくせきを辿らなくてはならない。しかし、そうやって彼の過去の記憶を掘り起こそうとするたびに……。それ以外の、見たくもない「殺人鬼の記憶」までもが、思い出されてしまったのだ。


 ……百花とは違う、見たこともない少女の首に両手をかけ、ギリギリと力をこめて絞めていく記憶。

 ……別の女性を縛り上げ、体の各部に次々とナイフを刺していく記憶。


 どの記憶も、被害者となった女性は恐怖と苦痛に満ちた痛々しい表情で泣き叫んでいる。そして、何よりソラの気持ちを乱したのは……そんな彼女たちを見ている自分冥島が、震えるほどの快感を感じていたことが、分かってしまうことだっだ。

「うっ……うげぇっ……」

 あまりの嫌悪感に、激しい吐き気に襲われる。

 フラフラと、まるで酔っ払いのように壁によりかかるソラ。このまま、座り込んで気を失ってしまいたくなる。

 しかし。

 今までそんなおぞましいことをしてきた殺人鬼の冥島に、今まさに、自分の想い人の百花が捕まっているのだ。それを考えたら、立ち止まってなどいられなかった。

 ソラは近くの壁に手を突いて体を支えながら、気力を振り絞り、震える足を無理やり動かして進み続けた。


 そして、ついに冥島が逃げ込んだ小屋の前にまで到着した。



 ソラが持っている冥島の記憶は、途中でプッツリと途切れている。アシュタが二回目の魔法をかけた瞬間に、ソラは冥島と同一化して彼の記憶を手に入れた。だから、それ以降の冥島の記憶は持っていないのだ。もしも冥島が、あのあとで百花を連れて場所を移動していたとしたら……ソラにはもう、二人がどこに行ったのかは分からないことになる。

 しかし、ソラには確信があった。

 自分が持っている記憶から想像する冥島の性格なら、一度潜伏した場所から下手に動いたりはしない。百花という人質を手に入れている以上、たとえ誰かに隠れている場所が見つかっても逃げ切れる。ならば今は、パークの営業が終了して誰もいなくなるのをじっと待つべきだ。

 自信家でありながら、妙な慎重さも持ち合わせている冥島なら、きっとそんなふうに考えているはずだ。


 だから、その油断をついて奇襲する。潜伏している小屋に突入して、自分の格闘術を使って一撃で仕留める。それが、ソラの作戦だった。

 息をひそめて、小屋の扉に耳を付ける。中からは、何かを話している男の声が聞こえる。ソラの想像は、間違ってはいなかったようだ。


 扉のノブに手をかけ、静かに深呼吸する。体勢を整え、飛び込む準備をする。

 大丈夫。護身術の合気道教室で、相手の動きを止める技はマスターした。もちろん自分は格闘術の達人なんかではないが……しかし冥島の記憶を見る限りは、彼が自分よりも格闘術に優れているとも思えない。無防備なところに奇襲をかけることが出来たなら、絶対に作戦は成功するはずだ。

 勝負は、一瞬できまる。頭の中で、何度もイメージトレーニングをしてみる。……大丈夫だ、いける。


 三、二、一……。

 そしてソラは扉を開けて、さっき男の声が聞こえた方向に向けて、素早く攻撃を繰り出した。

 これで、一撃で汚らわしい殺人鬼を仕留めて……、


「百花ちゃんを助けられる……なーんて、思っちゃった? 残念だったね」

「⁉」

 次の瞬間、ソラは背中に強い衝撃を受けて、小屋の中に吹っ飛ばされていた。ドアのすぐそばに隠れていた冥島が、彼女の背中を角材のようなもので思いっきり撃ちつけたのだ。


 意表を突かれ、受け身をとることも出来ずに薄暗い小屋の床を転げまわるソラ。背中の激痛でぼんやりとしてきた頭の中で、アシュタが悪びれもせずに何かを言うのが聞こえた。


『おおー。そういばさっき、大事なことを言おうとして忘れておったわー。

わしの魔法でソラが冥島と同一化したということは……「ソラが冥島の記憶を見れる」ようになっただけじゃなく、反対に「冥島もソラの過去の記憶を見れる」ということじゃからなー?』

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