05 がーるず・り・えんかうんたーど!

「あ、ありがとうっ、アシュタちゃんっ! これで、百花ちゃんを助けられるよっ! あとは、パークの警備員さんたちに、百花ちゃんが捕まっている場所を教えてあげれば……!」

『それは、やめておいた方がよいと思うぞー』

「え……?」

 また、イタズラっぽく『にひひ』と笑いながらアシュタが言う。

『まーだ状況がよく分かってないようじゃから、わしが親切に教えてやるが……ソラよ。今のお前は、身も心も冥島本人なんじゃー。「誰かの目には冥島に見える」とかではなく、誰がどう見ても冥島にしか見えん。服装や持ち物はもちろん、体つきや身長体重、血液型から、お前たち人間がDNAと呼んでおる遺伝情報にいたるまで。完璧に、冥島そのものになりきっている状態なんじゃー。そんなお前が、何も知らん警備員や他のヤツの前に出て行ったら、どうなると思うのじゃ? 「逃げ出した脱走犯を見つけた」なんて言われて、取り押さえられるだけじゃないのかのー?

わしが言うのもナンじゃが……「悪魔の魔法で姿を変えている」なんて言って、信じてくれるヤツがいると思うかのー?』

「そ、そっか……」

 そこで、一旦は落ち込んだ表情になるソラ。

 だが、すぐに気を取り直した。


 悪魔のアシュタが素直に願いを叶えてくれないなんてことは、さっき本人から言われるまでもなく、分かっていたことだ。あっさり冥島の居場所を教えてくれて、それで警備員や警察に連絡して一件落着、なんて話が単純に進むはずがない。

 そもそも……ソラは既に、アシュタに新しい願い事をした時点で、覚悟を決めていたのだ。どんなことをしても百花を助け出す、と。

 自分の命を懸けても構わない、と。

「じゃあ……百花ちゃんは、私が直接この手で……」

『ま、そういうことじゃのー』

 そして、強い決意を持ったソラは、冥島の記憶を見て知った潜伏場所に向かおうとした。

『そうそう。それからもう一つ、大事なことがあるのじゃが……』

 と、そこで。


 ガラァ……。


 誰もいないと思っていたその女子トイレの、一番奥の個室の扉が開く。

「え……?」

 そしてその個室から、一人の少女が現れた。


「ふっふっふっふ。まさか、一度はパークを出た私が、いつの間にか再入場しているだなんて誰も思っていないでしょうね。……だって福地さんったら、『イグ・パレ』を見ないで帰るなんて言うんですもの! ありえないわっ! 鷹月イーグルパークに来たら、最後に『イグ・パレ』を見なきゃ、終われないに決まってるでしょっ⁉ 『イグ・パレ』がない鷹パーなんて、シメの雑炊がないお鍋、お揚げがないキツネうどんよっ!」

 それは、蒼と一緒に帰ったはずの水科千尋だった。

「それにしても……福地さんに無理やり退場させられながらも、こっそりスタッフの人に再入場用のスタンプを押してもらっていたあたりは、我ながら中々の英断だったわよね。おかげで、『夕方パス』を買って、これから入ってこようとしていた大量のゲストたちの行列に巻き込まれることなく、再入場者用の特別ゲートからスムーズに戻ってこれたわ。これで、今日は穴場鑑賞スポットに頼らないで、いつも通り二時間前からの場所取りをするだけの余裕も出来たってわけね。

まあこういうところは、福地さんや鷹月さんのようなニワカの素人にはちょっとマネできない、歴戦をくぐり抜けてきた『鷹パーヲタ』ならではの芸当じゃないかしら? この調子なら、もしかしたら私が『鷹匠』なんて呼ばれちゃう日も、そう遠くなかったりして……キャーッ! 本当にそんなことになったら、嬉しすぎるわーっ! どうしましょーっ⁉ うふふふ…………え?」

「あー……」

 しばらくの間、そんなわけの分からないことをつぶやいて、一人で笑っていた千尋。そこでようやく、洗面台の前にいるソラに気付いた。


「ど、どうも……水科さん……あはは」

 呆気に取られていたソラは、そんなふうに、のんきに挨拶をする。しかし、

「……あ、……ああ、……ああああ」

 ソラの姿を確認した千尋は、徐々に表情をこわばらせていった。

「え? あ、そ、そうか……」

 ソラも、遅れてその理由に気付く。


 アシュタの二つ目の魔法によって、今のソラは殺人鬼の冥島の姿になっているのだ。一つ目の魔法でも、ソラは同じ姿の「可愛い弟系イケメン」になっていたわけだが……それはあくまでも、百花の視界だけ。千尋にとっては、今初めて冥島の姿になったソラと出会ったということになる。


「え、えっと……ち、違うんだよ。私……い、いや、ぼくは、あの……殺人鬼の人じゃなくって、ソックリさんというか……。あ、あのね……これには、理由があって……」

「へ……へ……へ……」

 不測の事態で、言い訳を何も考えられなかったソラは、しどろもどろになる。そんな冥島ソラを見る千尋の表情は、次第に、睨むような厳しいものになっていって……。

「こ、この……変態ぃーっ! どうして男のあなたが、女子トイレにいるのよーっ⁉」

 彼女は、ソラに向かって殴りかかってきた。

「へ、変態って……えぇっ⁉ そういう話っ⁉」


 千尋の右正拳突きが、ソラの顔めがけて伸びてくる。

「わわ……っと!」

 ソラはすかさず彼女の手首を掴んで、その軌道を脇にそらす。

「ち、違うんだってばっ! ちょっと話を聞いてよっ、水科さんっ!」

 渾身のパンチを受け流されてバランスを崩した千尋だが、すぐに立て直して第二撃、三撃を放ってきた。

「う、うるさいわねっ! ただの汚らわしい変態のくせに、どうして私の名前を知ってるのよっ⁉ 黙りなさいっ!」

「だ、だからそれは、いろいろと、事情があるんだって……うわっ⁉ うわわっ!」

 もう一度右。それを、同じように手首をつかんで受け流されたところで、その反動を利用して体を回転させ、後ろ回し蹴りを繰り出す千尋。しかし、ソラはそれをギリギリのタイミングでしゃがんでかわす。

 狭い女子トイレの中で、一進一退の激しい攻防を繰り広げる二人。どうやら千尋は空手、ソラは合気道の心得があるらしい。二人とも、お嬢様修行の習い事の一つとして、護身用の格闘術を習っていたのだ。


「変態っ! 痴漢っ! 迷惑行為防止条例違反者っ! 逃がさないわよっ! 絶対に、捕まえて警察に突き出してやるんだからっ!」

「だ、だから私は痴漢じゃなくって……ちょ、ちょっとっ! は、話を聞いてってば!」

 二人の実力は、ほぼ互角のようだ。

 ただ、ソラのことを「女子トイレに入ってきた痴漢」だと完全に思い込んでいる千尋は、ヒートアップして攻撃一辺倒。対して、何も知らない千尋のことを傷つけたくないソラは、彼女の攻撃を受けるのに専念している。

 互角の二人が、攻守の役割にはっきり分かれてやりあっても、なかなか決着はつかないだろう。状況はある意味硬直状態のようでもあった。


『いいのかのー? こんなことをしている間にも、千本木百花は危険な目に合っているかもしれんのにー……』

「わ、分かってるよっ! で、でも……」

 千尋の攻撃をかわすので精一杯で、イヤミったらしく煽りの言葉をかけるアシュタにも、まともに応えることができないソラ。

「でも、どうしたら……!」

 そのとき……。

 またソラの頭の中に、さっきの冥島の記憶が蘇ってきた。


 ……自分の手が、百花を乱暴に地面に叩きつける。

 ……そして、嫌がる百花の体を、ロープで縛りあげる。

 ……百花が、苦痛と憎しみでこちらを睨みつけている……。


「……ああ、もうっ!」

 その瞬間、ソラの体は勝手に動いていた。

 千尋が繰り出していた正拳突きの大振りのモーションの隙をついて、がら空きの足元に足払いをかける。と同時に彼女の腕を掴んで足とは反対の方向に動かして、千尋の体をぐるりと百八十度近く回転させて転ばせてしまった。

「ぎゃうっ!」

 反撃を予想してなかったのか、トイレの床に思いっきり叩きつけられる千尋。

「ご、ごめんっ!」

 反射的に謝って、千尋の身を案じるソラ。だが、かろうじて彼女が受け身をとっていて、頭を打ってはいないことを確認すると、

「ほ、本当に、ごめんなさいっ! あとで、ちゃんと謝るから……!」

 と言って、千尋に背中を向けて、女子トイレの出口に向かって走りだした。


「ま、待ぢなさい……ご、ごの、変態ぃっ!」

 最後の力を振り絞って、ソラの足を掴もうと手を伸ばす千尋。だがその手も、全力で走り始めたソラの足にあっけなくはじかれてしまう。

「あうぅっ!」

 千尋のそんなあがきには気づかなかったのか、もう後ろを振り向かずに、ソラは女子トイレを去って行った。最後には、無様に女子トイレに突っ伏す千尋だけが残された。



「うう……。なんか私って今日……全然いいところなしだわぁ……」

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