07 がーるず・ぷりてんでっど!

「へーえ、驚いたなー……」


 床に転がされたソラのもとに、ゆっくりと、冥島が歩み寄ってくる。

「いやー。突然頭の中に女の子の記憶が流れ込んできたときは……ボク、とうとうおかしくなっちゃったのかと思って、自分で自分にひいちゃってたんだけどさー。でも、よくよくその記憶をたどってみると、どうやら、『悪魔が魔法をかけたせい』だって分かってさー。

ほら、こう見えてもボクって、結構ファンタジーとか好きなんだよね。だから悪魔の存在も、意外とアッサリ受け入れちゃったわけ」

 近づいてくる殺人鬼から距離をとろうとするソラ。しかし、さっき強打された背中が痛すぎて、動きが鈍る。その隙をついて冥島が、ソラの腹部に強烈な蹴りを入れた。

「……うあぁぁっ!」

「だからさ。キミがそろそろここに百花ちゃんを助けにやってくるってことは、分かってたんだよね……鷹月ソラちゃん? だってキミ、めちゃくちゃ百花ちゃんのことが好きなんだもんね? 彼女のピンチには、命だってかけちゃうんだもんね?」

 嫌らしい笑みを浮かべながら、冥島は腹を押さえて苦しんでいるソラの前に立つ。そして、足で彼女の顔を押さえつけて、無理やり彼女を自分の方へと向かせた。

「だけどさぁ。まさか、やってきたキミの顔が、ボクと全く同じになってるなんて展開は……さすがに想像できなかったよねぇ。あははは。え? もしかしてそれも、悪魔の魔法の仕業? いや……っていうか、顔も何もかも同じになっているからこそ、ボクたちがお互いの記憶を読むことが出来るようなった、っていうことなのか」

「……っ!」

「……ふーん。やっぱり、そうなんだね?」

 苦痛に顔をゆがめながら、冥島を睨みつけるソラ。彼女が何も答えなくても、冥島はその表情から、自分の考えが正しいことを理解してしまったようだった。


 それから彼は、

「あは、あははは……あっはははははっ!」

 と、邪悪な表情で高笑いをした。

「やっぱりボクってついてるよ! っていうかもう、神様にプロポーズされちゃってるよね、これ⁉ だって、何の苦労もせずに『自分の身代わりスケープ・ゴート』が向こうからやってきてくれたんだもんっ! こんな幸運って、普通有りえないよっ! あっははははっ」

 ソラのアゴを掴んで、自分の顔に近づける冥島。「可愛い弟系ソラの苦痛にイケメン満ちた表情」と「可愛い弟系冥島の残酷なイケメン嘲笑」。二つの同じ顔が、すぐ近くで相対あいたいする形になる。


「ねえ? 今ここでボクがキミを殺して逃げたら……どうなると思う?

あとから遅れてやってきた警察は、キミの死体を本当の冥島実光だと思い込む。そして、『脱走した死刑囚は、逃げ切れないと悟って自殺しました』って感じで結論づけて、それで一件落着。どこかで新しい顔と名前を手に入れたボクは、それからも何の不自由もなく幸せに猟奇殺人を続けました、めでたしめでたし……ってなるんだよ。

あは、あはは……ソラちゃんキミは、ボクを逃がすためにここにやってきてくれたんだよ!」

「そ、そんなわけが……ないっ! わ、私は、百花ちゃんを助けるために……っ!」

「……! ……!」

 部屋の隅から、二人以外の物音が聞こえてくる。さるぐつわを嚙まされて拘束されている百花だ。

 彼女の存在に気付いたソラがそちらに向かおうとするのを、冥島は強引に押さえつけて阻止する。

 そして、道端のゴミでも見るように冷酷な瞳で、百花に向かって言い放った。

「あー……百花ちゃん。キミはもう、いらないや。逃走中の人質にしようと思ってたんだけど、ここに完璧な『自分の身代わりスケープ・ゴート』がやってきてくれちゃった以上、もう用済みだ。悪いね」

「……⁉ ……???」

 ソラと冥島、二人の顔を何度も交互に見る百花。気が動転しているのか、目が泳いでいる。そんな百花の様子を、冥島は心底おかしそうにあざ笑う。

「あっちゃーっ! 百花ちゃんったら、もしかしていまだに、今の状況全然理解できてないんじゃない⁉ ボクたち二人の顔を見て、『あらー? どうしてここに好みの顔のイケメンが二人もいるんですの?』とか思っちゃってるんじゃないの? あーあ、相変わらずの残念お嬢様だね! っていうかもう、残念過ぎて哀れに思えてくるよっ!」

「……?」

 さるぐつわで言葉を発することは出来ないが、百花の視線は確かに困惑に満ちている。冥島の言う通り、事態がうまく呑み込めていないようだ。

「哀れなお嬢様なんて痛々しくて見てられないから……さっさと始末してあげるのが、優しさだよね……?」

 冥島はそうつぶやくと、ペロリと舌なめずりをした。


 その瞬間、ソラの脳裏にいくつもの記憶が浮かんできた。

 血の生臭さと、耳をつんざく悲鳴に満ちた記憶……冥島が犯行を行っている現場の記憶だ。そして、そのすべての記憶の中で、被害者を手にかける直前に、冥島は今と同じように舌なめずりをしていた。

 その記憶を見てしまったら、ソラはもう我慢していることは出来なかった。どんなことをしても、百花を同じ目になんて合わせるつもりはなかった。


「!」


 残っていた力を振り絞り、自分の全体重をかけて体を後ろに傾けて、自分のアゴを掴んでいた冥島から逃れる。そして、その勢いを利用して右脚を持ち上げて、体勢をくずした冥島のボディに思いっきり突き上げるような蹴りを繰り出した。

「うぐぁっ!」

 小屋の出口の方まで吹き飛ばされていく冥島。すかさずソラは起き上がって、縛られている百花に駆け寄る。

「百花ちゃん!」

 そして、百花の後ろに回り込んで、さるぐつわと手足を縛っているロープを外し始めた。

「ソ、ソラ⁉ ソラなのっ⁉ でも、どうして……? こ、これって、一体どういう……」

「いいから! い、今は早く、ここから逃げなくちゃ……」

「で、でも…………あ、危ないっ!」

 さるぐつわを外し終え、ちょうど手足のロープもほどけたところで……百花が叫び声をあげる。その声に振り返ったソラは、自分のすぐ後ろに立っている影に気付いた。

「てっめぇーっ!」

 それは、顔を真っ赤にして激昂している冥島だ。

 彼は、油断していたソラにつかみかかり、そのまま彼女を床に倒して首を絞め始めた。


「頭空っぽのクソ女のくせに、いっちょ前にこのボクに反抗してんじゃねーよっ! クソ女は大人しく、ボクに利用されて殺されてればいいんだよーっ!」

「く……、うう……」

 自分の首を絞める手を掴み、何とか抵抗するソラ。空いている足で冥島の体の側面を蹴って、彼をどかそうとする。

 しかし、それでも冥島も意地でも首を掴んでいる手は離さない。結果として、二人は取っ組みあったまま横回転でゴロゴロと床を転がっていった。


「ソラ……そいつから離れなさいっ! ワタクシが仕留めるわっ!」

 そこで、ロープから完全に解放された百花が叫んだ。

 彼女は、最初に入ってきたときに冥島が使った角材を拾っていて、上段に構えている。百花は護身用に、剣道を習っていたのだ。

「わ、分かったよっ!」

 取っ組み合いになったまま、ソラはそう応える。そして、自分の首を掴んでいた冥島の手にすべての力を込めて引きはがし、彼を横に押しのけた。その時の全力の力によって、冥島の体は小屋の端に転がっていく。そしてソラも、その力の反動によって反対側へと吹っ飛んでしまう。

「ソ、ソラッ⁉」

 その勢いのすさまじさで、悲鳴のような声を上げる百花。それに対して、「ソラ」はこう応えた。


「私は大丈夫! それより、早くあいつをっ!」「私は大丈夫! それより、早くあいつをっ!」


「え……?」

 角材を構えて、いつでも攻撃に入れたはずの百花は、そこで、動けなくなってしまった。


 小屋の右端と左端。両端に分かれたソラと冥島を、交互に見る。

 当然ながら二人とも、同じ「可愛い弟系イケメン」の顔だ。


「百花ちゃんっ! 早く、あいつを……! あの殺人鬼をやっつけてっ!」

「な、何言ってるのっ⁉ 百花ちゃん、騙されないでっ! 私がソラだよっ! だから、あいつの方をやっつけるんだよっ!」

「ち、違うよっ! 私が本物のソラだよっ!」

「わ、私だよっ!」

「私だってばっ!」



「ど……どういうこと、ですの……?」

 百花の視界の、右と左。

 二人の「可愛い弟系イケメン」は、お互いに自分が鷹月ソラだと主張していた。

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