11 がーるず・ぱにっくと!

 ガタンッ。

 蒼が指を鳴らしたのと同時に、そのアトラクションの建物内のライトが、メインも予備も含めてすべて、一斉に消灯した。


「え……?」

 一瞬の沈黙。それから、

 ガラガラガラッ! ドガーンッ! バァーンッ!

「な、何々、何ごと⁉」「事故⁉ 爆発⁉ ギ、ギャーッ!」「ヤバイヤバイヤバイ! この建物壊れ始めてないっ⁉ し、死ぬぅーっ! イヤーッ!」

 館中から、客たちの絶叫が響き渡る。館内は、一瞬で完全にパニック状態になってしまった。


「え? う、うそ……爆発? お父様が、このアトラクションは先週設備点検したばっかりだって言ってたのに……」

「はあ、はあ、はあ! こ、こんなにイケメンがたくさん……あ、あら? なんだか、いつの間にか騒がしくなってきたわね?」

 ソラと百花も、予想外のアクシデントに驚いているようだ。

 そんな中、どこからともなく取り出した暗視スコープをかけている蒼だけは、落ち着いた様子で周囲を観察していた。


『どういうことです?』

 ピアス型トランシーバーの向こうから、天乃が尋ねる。

「へっへーん。実は……さっきチヒロっちがバカ騒ぎして時間を稼いでくれてた間に、このアトラクションのメインシステムをハッキングさせてもらったんだよねー。だから今や、ここの電気系統はアタシオレっちの思うがママ。ちょーっとライトの電源をシャットダウンして、『爆発音のSEサウンドエフェクト』を大音量で流すとかは、お茶の子サイサイのハイサイおじさんってわけー!」

『SE……。つまり、実際に何かが爆発したり壊れたりしているわけではないのですね』

 今の蒼の左手には、見たこともないような複雑なアプリ画面が表示されたスマートフォンが握られていた。どうやら彼女はさっき指を鳴らしたとき、同時にそれを操作していたらしい。

『でも、いちいち指鳴らす必要はありました?』

「えー? あれは単純に、雰囲気づくりー? だぁーって、何の合図もなしでいきなり爆発音がしても、おもしろくないっしょー? こういうのは、雰囲気ダイジでしょー? キャハハあはははー」

『いや……私的には目的が果たせれば、別におもしろさや雰囲気は必要ないのですけれど……』

 暗闇の中を、悲鳴をあげながら逃げ惑う周囲の一般客たち。その中心で、暗視スコープをかけてのんきに笑っている蒼は、クレイジーなテロリスト……あるいはアメコミ映画の悪役ヴィランのようだ。

 天乃は、福地蒼というこの百花のクラスメイトに協力を求めてしまったことを、今さらながら少し後悔し始めていた。


 そもそも。

 一流のお嬢様のみが通うことを許される私立千本木女子学園に、ただの「勢いだけのパリピギャル」が、存在できるはずもない。明らかに他のお嬢様たちと比べると浮いていると言わざるを得ない福地蒼も、実はかなり特殊な経歴バックグラウンドを持つ、一流の人間だったのだ。

 彼女の両親は、ともにNASAの第一線で活躍している宇宙工学博士だった。その影響もあり、蒼自身も幼いころから工学分野に興味をもって知識、技術を身に着けてきた。やがてその卓越したセンスで、普通の子供が小学校を卒業する年齢には工学博士号を取得し、海外の研究室で親や他の大人たち以上に宇宙開発分野に貢献してしまったという、正真正銘の超天才少女……それが、福地蒼という人間だったのだ。

 そんな彼女が、十五歳になったときになぜか突然「やっべ、学校で友達作るの忘れてたわ!」と言ってその研究室を飛び出し、何食わぬ顔で私立千本木女子学園に入学したことは、世界の七不思議のひとつとも言われていた。



 ひとしきり周囲のパニック状態を観察したあとで、蒼は、天乃につぶやく。

「モモカっちがお化け屋敷を怖がってくれなくて、『吊り橋効果』が期待できないってゆーならー……アタシオレっちは次は、『お化けよりももーっと怖いもの』を用意するしかないじゃーん? 突然爆発がおきて命の危険を感じるー、なんてのは、なかなかの恐怖体験でしょー? ライトをシャットダウンしてるからー、心の支えのイケメンも、今のモモカっちには見えないはずだしねー」

『それにしたって、ちょっとやりすぎな気もしますけどね……』


 暗闇の中で、ソラの絶叫が聞こえてくる。

「み、みなさん、大丈夫です! ア、アトラクション内には、いざというときの非常用出口がありますから! だからどうか、落ち着いてキャストの指示に従って……っていうか、ここのキャストはどこに行ったの⁉ ちゃんと仕事してよーっ!」

 いつもは大人しくて可愛い系のソラだが、パーク経営者の娘の責任感からか、今は声を荒げてゲストを避難させようとしている。だが、さすがにこんな緊急事態の経験はないらしく、だいぶ焦っているのも分かる。

 混乱した誰かが火災報知器のスイッチを押したらしく、けたたましく警報ベルが鳴り響きはじめる。そのせいもあってゲストたちの混乱はさらに加速し、とても避難どころではないようだった。

 もし今この場に、定期的に避難訓練などを行っているはずのアトラクションの責任者がいれば、不慣れなソラよりはもう少し上手に誘導することができたかもしれない。だが、実は蒼が事前に無線システムもハッキングしていて、責任者に嘘の呼び出し連絡を入れていたので、現在この場は責任者不在だった。


「さて、と……」

 落ち着いた様子で、足元を見下ろす蒼。

 そこには、さきほどからずっとゾンビのハリボテに抱き着いている少女の姿がある。

 今の彼女は、

「う、うう……うう……」

 全身をガタガタと震わせ、嗚咽のようなものをこぼしている。これまで平然としていた彼女もさすがに自分が置かれている状況を理解して、恐怖で震えているのかもしれない。それは、蒼の作戦通りの状況だった。

「モモカっち、大丈夫だよっ!」

 蒼は震える彼女の手を握り、立ち上がらせる。

 そして、そのままその手を引いて非常用出口とは反対側……アトラクションのスタッフ用の隠し控え室へと、彼女を連れて行った。


「はあ、はあ、はあ……。ここまでくれば、もう大丈夫だよ!」

 部屋の扉を閉める蒼。

「……う、うう……で、でも」

 スピーカーや火災警報のアラームは、この部屋にはないらしい。『爆発音のSE』やけたたましい警報ベルはだいぶ弱まっていて、ゲストたちの絶叫もかすかにしか聞こえない。だが、まだ完全に安心できてはいないようで、蒼が掴む彼女の手はかすかにふるえていた。


「大丈夫。もう、大丈夫だから……。いつだって、どんなときだって……アタシオレが守ってあげる。これからも、ずっと……」

「……」

 普段とは違う、大人びた声色こわいろ。普段とは違う、真剣な口調。蒼のその言葉に何かを感じ取ったのか、彼女の手の震えは少しずつ収まっていく。やがて、怯え切ってうつむいていた顔を、ゆっくりと上げるのが分かった。

 彼女の吐息が、蒼の顔にかかる。

「大丈夫、だから……」

 つぶやいて、蒼も自分の顔を近づけていく。

 蒼は既に、暗視スコープを外していた。おかげで、近づいていく二人の唇の間を邪魔するものは、何もない。

「ふ、福地……さん」


 パチン……。

 蒼はそこで、空いた手を使ってスマートフォンを操作して、その部屋にある小さなスポットライトの電源だけを復旧させた。

 暗い室内で、スポットライトに照らされている二人。

 それはまるで、舞台の上の恋人同士のようだ。あまりにもロマンチックで、完璧すぎるほどに完璧なシチュエーション。

 そして二人はその淡い光に照らされながら、優しいキスをする……。


ごめんなさいわりぃ……」

「……え?」

 直前で、「彼女」が蒼を拒絶した。


オレやっぱり出来ないわやっぱ、できねーわ……。オレには、ほかに心に決めたこういうことを大切なしてーと思うヤツが、いるから……」

「あ、あれ?」

「で、でもでもよ……福地さんオマエがそんなふうにオレを想ってくれてるってこと……、うれしかったわ悪い気はしなかったぜ。だから、そんなに落ち込まなくていいいーんじゃからねねーの……」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って待って待って……」

 状況がのみ込めず、「彼女」から一旦距離を置く蒼。

 改めて、自分の目の前にいる「彼女」の顔を、よく見てみる。淡いスポットライトしか光源はないが、それが誰なのかははっきりと分かる。それは…………どこからどう見ても、優等生で口が悪くてツンデレ美少女俺様イケメンな同級生、水科千尋だった。

「な、なんでーっ⁉」


「な、なんでって……何がよなにがだよっ⁉」

 突然目の前で大声を出されて、今までの「いい雰囲気」をぶち壊されて、驚きと怒りで叫び散らす千尋。

ふ、福地さんオ、オマエが先に、オレの手を引いてこんなところに連れてきたんでしょうがだろーがっ!」

「だ、だ、だってアタシオレっちは、てっきりモモカっちの手を引いてたと思って……って、てゆーかっチヒロっちは、シャワー室に取り残されてたはずでしょー⁉」

「は、はあーっ⁉ オレは、はぐれてしまったちまったあなたたちオメーらに何とか追いついて、後ろから様子をうかがってたのよんだよっ! そしたら千本木さんオレのペットが、ゾンビのハリボテに体当たりしてるのが見えて……。だから、ハリボテにキズとかできてないかねーか調べていたところだったのよんだよ! もしも知り合いオレのペットがパークの備品を壊したりしてたら、弁償しごまかさなくちゃいけないねーと思って……。そ、それなのに……あ、あなたオ、オマエが! い、いきなり、オレをこんな暗がりに連れ込んで……あ、あろうことかこのオレに、キ、キ、キスなんて……しようとしてしやがってっ!」

「あ、あっれー……?」


 思い返してみれば……。

 ゾンビのハリボテに抱きついていたから、蒼はそこにいる人物を完全に百花だと思いこんでしまっていた。だから、ここに連れてくるまでの間に、わざわざその人物の顔を確認したりしなかった。普通に考えれば、金髪で派手な百花と、黒髪の千尋を間違えるなんてありえないが……暗視スコープ越しの色味が失われた映像では、その特徴がはっきりと分からなかったのだ。

 しかも、この部屋に来てからは、キスをするために早々にその暗視スコープさえも外してしまっていた。つまり、蒼が連れてきた「彼女」の顔をちゃんと見ることが出来たのは、スポットライトを付けたあとだったのだ。


「じゃ、じゃあー……モモカっちは? い、今、どこに……?」

「はあっ⁉ そ、そんなの、知らないわよしらねーよっ!」

 なんだか分からないうちにもてあそばれたような状態になって機嫌が悪い千尋と、呆気に取られてしまってしばらく動くことが出来ない蒼。


 暗闇の中でも、二人の会話から状況を読み取っていた天乃は、

『全く。あなたたち、何をやってるんですか……』

 と、完全に呆れかえっていた。

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