がーるず・いけめないずど!

紙月三角

第一章

01 がーるず・いんとろでゅーすと!

 一日の終業を知らせるチャイムが鳴る。

 すると、教室内のそこかしこで、美しい鳥のさえずりのような少女たちの話し声が聞こえてきた。


 XX様、来週のパーティーではどのようなドレスをお召しになるのかしら?

 実はわたくし、今週末から世界一周のクルーズ旅行に行く予定で……。

 あら? それは残念ですわね。今回は、政界の重役の方も多数参加されますのに。

 ええ。その方たちにはまた今度、私の誕生会にでもご挨拶することに致しますわ。


 あまりにもハイグレード過ぎるそんな内容の会話も、特に違和感はない。ここ――私立千本木女子学園――は、各界のVIPの息女のみが入学を許されるという、一流のお嬢様学園だったのだから。


「……」


 帰り支度を済ませた千本木せんぼんぎ百花ももかは自席を立つと、他の女子生徒たちのようにクラスメイトと話しこむこともなく一直線に教室の出口へと向かっていった。


 まるで、悪夢でも見ているのかと思うほどに巨大なドリル形状のカールを巻いた金髪が、歩くたびに上下に揺れる。それは、土地の狭さにおいては定評のあるこの日本では、もはや無神経と言っていいほどのボリューミーな髪型だったが……それが周囲の少女たちと接触事故を起こすことはなかった。教室内でも廊下でも、周囲の少女たちの方が、彼女の通り道を開けてくれていたからだ。

 名前からある程度想像できるかもしれないが、この私立千本木女子学園を設立、運営し、理事長をもつとめているのは、実は千本木百花の母親である。そういう意味で、彼女は周囲のお嬢様女子高生たちとは一線を画す存在であったわけだ。

 だが……実は彼女の特殊性は、それだけではなかった。


「ちょっと、千本木さんっ⁉」

 廊下の真ん中を歩いていく百花の背中を、少女の声が呼びとめる。億劫そうに立ち止まった百花は、頭だけを動かして後ろを見やった。

「……」

「あ、あなたっ、また勝手に帰ろうとしてるでしょっ⁉ 今日こそは、ちゃんと部活に参加してもらいますからね⁉ 理事長の娘が幽霊部員だなんて、そんなの……あ、こら! ちょっとっ!」

 そこにいたのは、黒髪ロングの真面目そうな少女。百花のクラスの、クラス委員長だ。しかし、彼女の姿をひと目確認した百花は、すぐに前に向き直って、何も言わずにまた歩きだしてしまった。無視された格好の少女は、慌てて百花を追いかける。そして、彼女の肩に手をかけて、無理やり立ち止まらせた。

「話してるそばから、帰ろうとするんじゃないわよっ! 今日という今日は、逃がしませんからねっ!」

「ち……」

 うんざりするように、小さく舌打ち。それから百花は、ぼそりとつぶやいた。

「……いるのかしら?」

「え?」

 今度は、はっきりと語調を強めて言う。

「そこに、イケメンはいるのかしらっ⁉」

「は、はあっ⁉」

「その『部活』という場所に行ったら……ワタクシはイケメンに会えるのかしら、と聞いているのよっ! ねえ、どうなのっ⁉」

「い、いや……。あ、あなた、何言って……」

 突然、大声で詰め寄られたということもさることながら……何より、百花の言ったその言葉の内容に驚いている委員長。半ば困惑の表情で答える。

「あ、会えるわけないでしょ⁉ だって……だってここは、女子高よ⁉ そ、それに、あなたは……」

「ほーら、みなさいなっ! じゃあ、もうこの話はこれでおしまいねっ!」

 その瞬間に、まるで鬼の首をとったかのように百花は勝ち誇る。

「イケメンがいない空間なんて、何の価値もありませんわっ! そんな場所に、このワタクシが行くはずがありませんでしょう⁉ 悔しかったら、イケメンを連れてきてから出直してらっしゃいっ!」

 ピシャリとそう言い捨てると、今度こそその場を立ち去ってしまった。


 そんな百花の様子に、委員長の少女はもちろん、廊下にいた他の女生徒たちも、あっけにとられて立ち尽くしていた。



 それからも……。


 帰宅を急ぐ百花の前には、茶髪のギャルがなれなれしく抱き付いてきたり……。

「うぇーい、モモカっちー! 今日、ヒマー? アタシらとカラオケ行かなぁーい?」


 下駄箱の前で、大人しそうな少女が勇気を振り絞るように話しかけてきたり……。

「あ、あの……百花ちゃん……。よ、よかったら今度の週末……い、一緒に映画とか、どうかな? も、もちろん『検閲済み』のやつだから……百花ちゃんでも、安心して見られるし……」


 校庭で練習していた運動部の生徒たちから、黄色い声援が上がったりしたのだが……。

「きゃーっ! 千本木百花先輩ですわー! 今日もお美しいーっ!」


 百花は、先ほどの委員長と同じように怒号を浴びせて彼女たちを退けたり、あるいはそれすらもせずに、ただ無視をしてその場を通り過ぎてしまう。

 そして、校門の前で待ち受けていた真っ白なリムジンに乗り込むと、さっさと学園を後にしてしまうのだった。

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