02 がーるず・でぃすくろーずど!

 それあとも、しばらく二人だけで会話を続けていたソラとアシュタ。

 アシュタは相変わらずソラ以外には見えなかったので、はたからすれば、彼女が独り言を言っているだけのように見えただろう。だが、同じシチュエーションだった百花と比べても、ソラははるかに常識人だ。今の彼女は、他人に見られてもおかしくない程度の声量と内容でアシュタと話していたので、その様子が誰かの目に留まることはなかった。



「あ、そういえば……最後にもう一つだけ、質問していい?」

 ソラはそう言って、右手の人差し指を一本立てる。

「なんじゃー?」

「アシュタちゃんは、人間の男の子には興味がないんだよね? それって、人間の誰かをカッコいいって思ったことも、ないってことだよね?」

「ま、そうじゃなー」

「じゃあ……『百花ちゃんの視界に映ってるイケメン』って、どうやって作ったの?」

「のじゃー?」

「いや……最初は私、百花ちゃんが見ている『イケメンの幻』って、百花ちゃんの頭の中にある妄想を具体化してるって思ってたの。つまり、『百花ちゃんの頭の中の理想の男性像』が、目で見えるようになってるのかと思ってたんだけど……。でも、よくよく考えたらそれだとちょっとおかしいんだよね。

だって百花ちゃんは、小さいころに男の人と隔離されてから今までずっと、一度も男の人の姿を見てないんだよ? それなのに、そんなにたくさんのバリエーションのイケメンのイメージを作れるなんて、思えない。それにね……百花ちゃん、今日このパークに来たときに言ってたんだよね。マスコットキャラのイーグレッ子ちゃんがイケメンに見えたときに、『完全に意表を突かれた』……、『予想の範囲外だった』って……。

ってことは、百花ちゃんが見ているイケメンって、百花ちゃん自身の頭の中から生まれたものじゃないってことだよね?」

「むっふふーん」

 ソラの指摘に、思わせぶりな表情でアシュタは微笑んだ。

「アシュタちゃんは『人間の男に興味がなく』て、『カッコいい』とかも分からない。だから、どういう男の子のことをイケメンって言うのかが、そもそも分からないはず。でも、百花ちゃんが見ていた幻は、百花ちゃんにはちゃんとイケメンとして見えていたっぽい。そしてそのイケメンのイメージは、百花ちゃん自身の頭の中から来たわけでもない……。じゃあそれって、どこからやってきたイケメンなの?」

「そこは、実はなかなか苦労したところなのじゃがのー……」

 そう言いながらアシュタは、右の手のひらを上に向ける。すると、その手の少し上空が渦巻き状にゆがみ、どこか別の空間とつながり、彼女の手のひらの上に何かを運んできた。

 それは、どこにでもあるような普通の、なんの変哲もない、女性向け週刊誌だった。

「確かにソラの言うように、わしにはイケメンというものがどういうものなのか、さーっぱり分からん。しかし、わしがソラの願いを叶えるためには、千本木百花が好きなイケメンの存在が、必要不可欠じゃ。じゃからのー、実はわしは……おぬしら人間の世界のこういう書物や映像を参照したのじゃー!」

「書物を参照って……例えばその、雑誌を?」

「そうじゃー。こういう書物には、たくさんの写真と言葉が載っておるじゃろー? その中でも、『イケメン○○』という言葉がついている写真の人物は……すなわち、『人間にとってイケメンと認識される人物』ということになる。じゃから、そういう写真の人物を参考にして、千本木百花の見るイメージを作ったのじゃー」

「え? じゃあ百花ちゃんには私たちの顔が、実在のどこかの男の人の顔に見えてたってこと? 雑誌に載ってる『イケメン美容師』とか、『イケメン俳優』の顔に……?」

「ま、そういうことじゃのー。じゃが、それはさして大きな問題じゃないじゃろー?

じゃって、どうせ千本木百花は今まで、そういうイケメン○○の写真を見ることが出来ない環境にいたんじゃからなー? じゃから百花の立場からすれば、自分が見ているイケメンが実在するのかしないのか、分かるはずもない。あやつが見ていたのが有名人や他の実在する誰かの顔だったとしても、それがバレることはないということなのじゃー」

「まあ、それはそうだけど……」

 細かい部分で、アシュタが意外と雑な魔法をかけていたことを知って、驚きと呆れがわいてくるソラだった。


 しかし、アシュタの言うことも、一理あると言っていいだろう。

 アシュタが魔法で作ったイケメンの幻は、百花だけが見ることが出来るものだ。アシュタの魔法は百花にだけ作用して、ソラや蒼をはじめとしたその他の人間には、一切何の影響も与えない。

 たとえ魔法のかかった百花には、ソラの姿が「可愛い弟系イケメン」に見えているとしても、他の人間にとってはソラはもとのソラのままだ。ソラ本人が鏡を使ったり写真を撮ったりして自分の姿を見たりしても……そこにいるのは、いつも通りの「可愛い妹系美少女」の鷹月ソラでしかない。「可愛い弟系イケメン」のソラを見ることが出来るのはこの世界で唯一、アシュタの魔法がかかった百花だけだったのだ。

 だから、その「可愛い弟系イケメン」が本当は、この世界に実在する有名人か誰かだったとしても、数年間男性から隔離されていてその有名人を見たことのない百花は、それに気づくはずはない。その雑な魔法が、何か問題になるようなことはなかったのだ。

 ……ある、一つのイレギュラーな状況を除いては。



「おおっ!」

 そこで、アシュタが何かに気付いたように突然声を上げた。

 そして、歩いているソラの後ろのほうを指さした。

「ほれ。噂をすればちょうどそこに、『千本木百花がソラを見たときのイケメン像』の元ネタが、映っておるではないか! お前の『可愛い弟系イケメン』の顔は、アイツをパクって作ったのじゃー」

「え?」

 ソラは、アシュタが指さす方を振り返る。そして、そこに想像もしていなかったものを見て、愕然としてしまった。


 アシュタが指さしていたのは、この遊園地の情報表示用デジタル巨大ディスプレイサイネージだ。通常は、各アトラクションの混雑状況や、今日これからの天気予報などが映し出されている。だが、それ以外にも地震や災害などの緊急性の高い状況があったときは、それに関連するテレビ番組やインターネットなどの映像を映すことも可能だった。

 そして今、まさにそのディスプレイには、こんな緊急速報のニュース映像が表示されていた。



本日午後、XX県刑務所に収容されていた冥島くらしま実光さねみつ死刑囚が脱獄していたことが判明しました。冥島死刑囚は、その甘いマスクで若い女性を誘い出し、暴行を加えて殺害するという残虐極まりない罪で一年前に死刑判決が確定していました。被害者の数は、現在判明しているだけでも二十名以上と言われており、一部マスコミの間では『イケメン殺人鬼』などというキャッチフレーズでも有名でした。

冥島死刑囚の足取りは現在も捜索中ですが、一部の情報によると東北のとある遊園地の付近で、逃走に使われた車が乗り捨てられていたとも噂されており……。

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