09 がーるず・はっぴーえんでっど♥

 到着した警察によって簡単な事情聴取を受けたあと、ようやく解放されたソラと百花。二人は冥島によって受けた傷を診てもらうため、同じ車に乗って病院に向かっていた。


 高級車のゆったりとした後部座席に、並んで座っている二人。すっかり気分は落ち着いて、他愛のない雑談などをしている。その途中で、ソラが言った。

「あ、そうだ。一個、百花ちゃんに聞きたいんだけどさ……」

「何かしら?」

「私とあの殺人鬼が、どっちも『私がソラだ』って言ったとき……どうして百花ちゃん、あの殺人鬼があっちだって分かったの? だって私、あのときも今も、あいつとおんなじ顔をしてるんだよね? 全くおんなじ顔の人間が、全くおんなじ記憶を持っていて、どっちも『自分が鷹月ソラだ』って言ってたのに……あのときの百花ちゃんは、どっちが私でどっちが殺人鬼の男なのか、もう分かってたみたいだったじゃない? それって、なんでなの?」

「え……」

 硬直する百花。

 何か言いづらいことがあるのか、次第に顔が赤く染まっていく。

「え、ええっとぉー……そ、それは……」

「それは?」

 無邪気な表情で、かわいらしく百花を覗き込むソラ。その表情を直視することができず、目をそらす百花。

「え? それは? それは?」

 しかしソラも、あきらめずに百花の目線を追いかける。とうとう我慢できなくなってしまった百花は、露骨に誤魔化した。

「そ、そ、そ、それはもちろん、ワタクシがイケメン大好きでイケメン狂いの、超一流のイケメンソムリエ……千本木百花だったからに決まっていますわっ! イケメンソムリエのワタクシにかかれば、本物と偽物のイケメンを見分けることなんて造作もありませんのよっ⁉ あ、あんなイケメンくずれの汚らわしい男なんか、の偽物! あ、あなたのような本物のイケメンと、取り違えるはずがありませんわーっ! お、おーっほっほっほーっ!」


「のじゃー? それは、おかしいのー?」

 と、そこで。

 突然、二人が乗っている車の中に、悪魔のアシュタが現れた。

「あ、アシュタちゃん! ありがとうね! おかげで、百花ちゃんを助けることが出来たよっ!」

「にひひひ……」

「な、何がおかしいのよっ!」

 さすがに車の後部座席ではいつものように自由に飛び回るわけにもいかないらしい。今のアシュタは、百花とソラの膝の上でゴロゴロと寝っ転がっている。それから百花の顔を見上げると、からかうような表情で言った。

「千本木百花よ……。おぬしがあのときソラと冥島を見分けることが出来たのは、そういう理由じゃないじゃろー? もっと明白な、あからさまな理由があった……というか、そもそもおぬしはあのとき、『見分ける』必要なんてなかったはずじゃぞー?」

「は、は、はああぁぁ? な、何を言っているのかしら、全然意味が分かりませんわっ! 全く、これだから貧乳悪魔はっ! 胸元と同じように、脳みそまで貧弱なのかしらっ⁉」

「え? あのときの百花ちゃんには、私たちを見分ける必要がなかった……? な、なんで?」

「じゃーってあのときの百花は、『ソラの顔が、誰か別の顔に見えてなんていなかった』のじゃからなー」

「え……? ど、どういうこと?」

 キョトンとした表情で尋ねるソラ。

「だって、アシュタちゃんは確かに私に魔法をかけたんだよね? あの殺人鬼だって、私が同じ顔をしてるからこそ『身代わりスケープ・ゴート』とか『自分が鷹月ソラだ』なんて言ってたわけだし……。わ、私も、なんかアシュタちゃんが言ってる意味が、よく分からないんだけど……」

「もちろん、わしはさっき、ちゃーんとソラに魔法をかけたぞー? じゃから、殺人鬼の冥島が言っていたことは、ソラの思っている通りじゃ。さっきの冥島の目には、確かにソラの姿は冥島とまったく同じに見えておったじゃろーなー。

いやいや、冥島だけではないのー。それ以外にもこの世界に住むすべての人間……あるいは、この世界を物語として見通すことのできる神のような存在がいたとしたなら……そいつにとってでさえ、あのときのソラは冥島だったはずなのじゃ。じゃが、そんな中で唯一百花だけは、そうではなかったのじゃなー」

「な、な……!」

 顔を真っ赤にして何か反論しようとするが、言葉が出てこない百花。だが何も言わなくても、そのときの彼女の表情は「ある二文字」を如実に表現していた。「図星」という二文字だ。

 アシュタは続ける。

「そんな百花にしてみれば、さっきの出来事は相当困惑していたと思うぞー? じゃーって……自分を助けにやって来た『可愛い妹系美少女のソラ』のことを、全然似てない冥島が『身代わりにする』とか、あろうことか『自分がソラだ』なんて言い出したのじゃからなー? 内心、『何言ってんだ、こいつ?』って思っとったじゃろー?」

「え? え?」

「だ、だ、だから! 言ってることが、全然、全然分かりませんわよーっ! だ、だ、だってワタクシは、イケメン大好きの千本木百花ですのよ⁉ だ、だ、だから、今のワタクシには、目に映るすべての女性はイケメンに見えていて……」

 結局、白々しすぎるほど真っ白なシラを切るだけの百花。そんな百花を無視して、アシュタはわざとらしく何かを思い出したように、言う。

「おお? そーかそーか。そーいえば、ソラにはまだ説明してなかったかのー? わしがかけた魔法を無効化する、唯一の方法を」

「え? 魔法を無効化? そ、そんなことが、できるの?」

「そうじゃー。実はわしら悪魔の魔法は、ある『非常にシンプルな方法』で、無効化することが出来るのじゃー。じゃから今の百花は、とっくにわしの魔法の呪縛から逃れていて、ソラの顔をいつも通りに見れているのじゃー。ちなみにそれは、遥か古より伝わる由緒正しい方法で、すでに百花には伝えてあるのじゃがー……」

「あーっ! あーっ! あーっ! ちょ、ちょっと貧乳悪魔っ! それ以上言うんじゃないわよっ! ソラ、もうこんなやつの話を聞くのはやめなさいっ!」

「ちょっと百花ちゃんっ! 大事な話なんだから、邪魔しないでよっ! え? その、シンプルな方法って……?」

「じゃからそれは、真実の……」

「あーっ! あーっ! あーっ!」

「真実の、Trueチュルー……」

「わーっ! わーっ! わーっ!」

「ちょっと百花ちゃん! 静かにしてよ、聞こえないからぁーっ!」

「にひひひ……」


 最大限にじらしながら、「悪魔の魔法を無効化する条件」を伝えようとするアシュタ。そんなアシュタを邪魔して真実を隠そうとする百花。そして、その「条件」に興味津々なソラ。

 三人はそれからも、楽しくにぎやかに騒いでいた。



 そんな三人が乗る高級車を運転していたのは、千本木家のメイドの天乃だ。彼女は相変わらず悪魔のアシュタを見ることができないし、その魔法の詳細を知るよしもない。

 ただ……。

 実はそんな彼女は、『お化け屋敷ホーク・テラー・マンション』でソラが百花を助けたときに、あることに気付いていた。


 あのとき百花は、騒音で何も聞こえないような状態だったのに……誰かが自分を呼んでいることに気付いた。そして、ソラが百花を抱きしめたときに、真っ暗で顔が見えなかったはずの彼女のことを、「ソラ」と呼んだ。

 それはきっと百花が、あの時点でソラのことを「女性」として認識していたからだ。

 イケメンたちが悲鳴をあげて逃げ惑う中で、たった一人だけ「女性の高い声」が聞こえた。そして、自分を抱きしめたその人物の「胸の柔らかさ」や、シャワー直後の「甘いシャンプーの香り」に気づいた。だから、その人物のことを「ソラ」と呼んだのだ。つまり、百花にとってソラはそれだけ「特別な存在」なのだ…………というところまで、天乃は既に推理していて、

「はあ……やっぱり新しい仕事、探さなくちゃいけませんかね……」

 と、ため息を漏らすのだった。




 ――――――




 それから、数日後。


「ちょっと、千本木さんっ! 今日こそ、私と一緒に部活にきてもらいますからねっ!」


 私立千本木女子学園では、「いつも」と同じような光景が、繰り広げられていた。


「ま、まあっ⁉ イケメンの貴方が誘ってくれるなんて、な、なんて光栄なのかしらっ⁉ 水泳部の部活ということは……も、もしかして、貴方がワタクシの服を脱がせて、着替えさせてくれるというのかしらっ!」

「は、はあっ⁉ そんなこと、するわけないでしょっ! 着替えくらい自分で出来るようになってって……私、前に言ったわよねっ⁉」

「も、もう! 恥ずかしがらなくても、いいんですのよっ⁉ イケメンの貴方でしたらワタクシ、生まれたままの姿をさらしても……」

「バ、バッカじゃないのっ⁉ お、おかしなことを言わないでよっ! なんで私が、千本木さんの裸見て、恥ずかしがらなくちゃいけないのよっ! そ、そりゃあ、あなたにくらべれば私は全然スタイルよくないし、胸だってないけど…………って、何言わすのよっ! い、いいから、今日こそ絶対に部活に来るのよっ⁉ 分かったわねっ⁉」

「プ、プールサイドで、デ、デートってことですわね⁉ よ、よくってよ! よくってよー! おーっほっほっほーっ!」

「あー、もおーうっ!」



『百花は、相変わらず残念なやつじゃのー』

「うふふふ……」

 そんな百花と千尋のやり取りを、少し離れた場所から見ている、ソラとアシュタ。

 最初は百花に対して呆れていたアシュタだったが、やがてその感情を、ソラの方へと向ける。

『というか……そろそろ、あやつに教えてやったらどうじゃー? ソラが、もう「悪魔の魔法を無効化する方法」を知ってしまっていること。そのせいで「一つ目」も「二つ目」も……わしがかけた魔法は全部、とっくに解けてしまっておるということを』

「えー?」

 イタズラっぽく笑うソラ。

「どうしよっかなー? 必死に魔法が解けてないふりしてる百花ちゃんが面白いから、もうちょっとだけ、このままでもいっかなー?」

『ソラ、おぬし……あの殺人鬼と記憶を共有してから、ちょっとSっ気が出てきたんじゃないかのー……』

「そーう? そうなのかなー? 私、ちょっとわかんないなー」

 そうやって、ソラはまた微笑む。


 そんな彼女の視線の先では……百花が、またいつも通りのバカなことを言って騒いでいた。

 それは、相変わらずのイケメン大好きな残念お嬢様で……悪魔の魔法さえも凌駕する「真実の愛」を見つけた、幸せなお嬢様の姿だった。

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がーるず・いけめないずど! 紙月三角 @kamitsuki_san

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