第二章

01 がーるず・あとらくてっど♪

 百花の通う学園から十キロ。電車の駅にして二、三駅ほどのところに、とあるテーマパーク施設がある。


 そこは寂れた地方都市の片隅に位置し、関東の某遊園地○ィ○ニーランドのように世界的に有名なキャラクターがいるわけでもなければ、関西の某某○ニバーサル遊園地○タジオのように人気映画の世界を体験できるというわけでもなかったが……。

 後発の利点を最大限に活かして、有り余る敷地内に積極的に前述の二大遊園地のいいとこ取りパクリをしたアトラクションを配置した結果、商業的にはそれなりに成功しているようだった。


 そんな、恥も外聞もなくB級であることを完全に受け入れている正真正銘のB級テーマパークである「鷹月たかつきイーグルパーク」のチケット売り場の前に、場違いとも言えるような超一流――少なくとも、見た目だけは……――のセレブオーラを発している少女がいた。千本木百花だ。

 彼女はどうやら、誰かを待っているようだった。



 しばらくして、その待ち人が現れた。


「も、百花ちゃん!」

 爽やかなショートカットの黒髪を揺らしながら走ってくるその人物は……小柄で華奢な体型に、パッチリと大きな目と可愛らしい顔付きも相まって、一見すると小学生にさえ見える。だが、これでもれっきとした高校生だ。しかも、百花の同級生だった。


「はうぅっ!」

 「彼」のその顔を見た瞬間、百花は全身に電撃が走ったような感覚を覚えた。


 生来のイケメン狂いで、永年イケメンから断絶されていた彼女にしてみれば、ある程度容姿が整った男性の姿を見るだけでテンションが爆上がりして、先日のようにあられもなく取り乱してしまう。それは、仕方ないことだ。

 しかし、今こちらに向かってくる人物については、その「ある程度」の範疇はんちゅうさえも逸脱していたらしい。イケメン狂いの彼女にとっても特別な存在。端的に言って、「どストライク」。

 その「彼」は、完全に百花の理想百パーセントの容姿をしたイケメンだったのだ。


「ご、ごめん……待たせちゃったかな?」

 到着するなりその人物は、上目遣いで百花に不安そうに尋ねる。ここまで走ってきたからか、少し息を切らしていて頬が赤らんでいる。大きな瞳は、わずかに潤んでいるようだ。

 その全てが、百花には魅力的に見えた。

「抱いて……」

「え?」

「い、いえ……ま、間違えましたわ。『全然待ってませんわ』と言おうとしたの」

「ず、随分、アクロバティックな言い間違いしたね?」

「ワタクシも、たった今来たところですわ」

「え? あ、そ、そう? それなら、良かったけど……」

 そのイケメンも、今のこの状況に少し緊張しているらしい。相変わらずの百花の残念お嬢様っぷりに、特に呆れることもなく、

「じゃ、じゃあ……行こうか?」

 と言って、そそくさと、そのテーマパークの入り口へと百花を促した。

「はい……」

 まるで、白馬の王子様を前にしたお姫様のように、おしとやかにそれに従う百花。静かに自分の体を寄せていき、小柄な「彼」の肩に、そっと頭をもたれかけた。


 それは、自分の好み「どストライク」のイケメンを前にした年頃の女子の、自然な行動と言えるだろう。まして今の百花は、その「彼」と二人きりで「遊園地デート」を始めようというところなのだ。だから、こんなふうに人格が変わってしまうほどトキメいているのも、無理はなかったのかもしれない。

 例えその「彼」が、本当はおとこではなかったとしても……。


『おー、早くもいい感じじゃのー? この調子なら、今日中におぬしらが「真実の愛」を見つけて、わしの魔法が解けてしまいそうなのじゃー』

「う……」

 頭の中のアシュタの声で、ポーッと沸騰していたところに急に冷水をかけられたような気分になる百花。冷静さを取り戻すと、さっきまでずっと目を背けていた現実に否が応でも対峙させられてしまう。恐る恐る、その「イケメン」の方に視線を向けた。


「も、百花ちゃんったら、急にぼくにそんなに体を近づけたりして、ど、どうしたのぉ? くすぐったいよぉてれちゃうな……」

 そこにいるのは、百花の積極的なボディタッチに照れて顔を赤らめている、まごうことなきまでに完璧な「可愛い弟系のイケメン青年」の姿だ。少なくとも、百花にはそうとしか見えない。

 しかし……、

『おぬしの目にイケメンに見えているということは……まあ普通に、中身は女子じゃなー。そやつは、おぬしの学園の同級生で「可愛い妹系美少女」の、鷹月たかつきソラじゃー』

「う……う…………うっぎゃぁぁぁーっ!」

 そこでようやく完全に正気を取り戻した彼女は、奇声をあげながら慌ててソラから離れた。

「ああ、もおうっ! な、なんなのよ、これはぁーっ⁉」

「え? ど、どうしたの? 百花ちゃん……?」

「ワタクシは、イケメンが好きなんですわっ! イケメンだけが生きる目的で、女なんて、微塵も興味ないんですわっ!」

「え?」

「な、なのに……なのに、なんでこんなことに…………うぅっ⁉」

 さっきまでの、「ソラに体を寄せてウットリとしていた自分」を思い出す百花。ショックによる顔面蒼白と、恥ずかしさによる顔面紅潮が、ハーフ&ハーフのピザのようになって現れる。

「だ、大丈夫? 百花ちゃん、気分でも悪いの……?」

「うひぃっ⁉」

 更には、相変わらず彼女の視界の中だけには、「どストライク」のイケメン青年もいるわけで……気を抜くと、さっきと同じように彼に対するドキドキがぶり返してくる。


「な、なんで……なんで、こんなことにぃーっ⁉」

 百花の心はパークに入る前から、ジェットコースターのように激しい乱高下を繰り返していたのだった。

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