05 がーるず・り・いんとろでゅーすと!

 学園の制服に着替えて寝室を出た百花を待っていたのは、昨日まで屋敷にいた女性メイドたちではなかった。クール系、ワイルド系、可愛い後輩系、爽やか王子様に、庇護欲をくすぐるショタ、落ち着いた老執事……エトセトラ、エトセトラ。今まで見たこともないような、様々なバリエーションの容姿が整った男性執事や使用人たちだった。


 そしてそれは、学園に到着したあとも同じだった。


まあやあ、千本木さん。ごきげんようおはよう。今日も、貴女キミお麗しいですわねすごくキレイだね嫉妬してしまいますわときめいてしまうよ今度これまで、その美貌たもつ秘訣をどれだけの男を教えてトリコにいただけませんかしらしてきたのかな?」

 ぐふ……。

「千本木先輩っ! あ、あたしボ、ボク学園の生徒会先輩のファンクラブ役員会員です! じ、実は、先輩に相談があって……出来たらでいいんですけど、今年度の予算先輩のぬくもりを少しでも上げてもらえる近くに感じられるように、千本木理事長に千本木先輩と口利きして握手させてもらえませんかっ⁉ ……え? キ、キャーう、うわぁー⁉ 話してこの手はもらえるんですねもう一生洗いません! ありがとうございます!」

 ぐふふふ……。


 昨日までは、自分に絡んでくる女子生徒たちを冷たくあしらっていた百花だったが……相手がイケメンとなれば、話が別のようだ。

「もおーう、皆さんったら! そんなに一斉に来られましても、ワタクシは一人しかいませんのよ⁉ 順番に、順番にお願いしますわっ! お一人ずつでしたら、握手でもサインでもハグでも、もちろん……それ以上でも! ゆっくりじっくり、ねっとりと、対応させていただきますから! お……お、おほっ……おほほっ……おーほっほっほーっ!」

 彼女は、さながら逆ハーレムのお姫様とでも言うように、生徒たちが自分をチヤホヤするのを満喫するのだった。



ちょっとおいっ! 千本木さん千本木!」

 そこで、彼女を呼び止める凛とした声が、学園の廊下に響いた。


 声のした方を振り返る。そこにいたのは黒髪ロングの委員長……ではなく。黒髪ミドルレングスの無造作風パーマがワイルドな、目つきが鋭いイケメンだった。

あなたオマエ、どういうつもりなのよなんだよ!」

「は、はひ……?」

 彼の勢いに押されて、百花は壁際まで追いやられる。自分の顔のすぐ近くに、容姿の整った彼の顔がある。自然と、顔が紅潮する。

私の言ったことオレの言うことが聞いてなかったの聞けねーのかよ⁉」

 バンッと、百花の顔の横の壁を叩くイケメン。

 「ひっ!」と一瞬たじろぐ百花。だが、すぐにこの状況が、自分が夢に見ていた「壁ドン」であると気づき、だらしなく口を緩ませた。

「ふ、ふひひひ……」

 その黒髪パーマのイケメンはそんな百花に更に顔を近づけて、くっつくスレスレのところまできてから、低い声で言った。

「今朝は、学校に来たら私と朝練のオレと会うっていう約束でしょだったろ? サボらないでよ逃げてんじゃねーよ!」

 イケメンに迫られていることへの感動と興奮と、その他の『やらかし』気味の感情で、百花は膝をガタガタと震わせている。彼が言う「約束」なんて全く覚えていなかったのだが、ほとんど無意識に答えていた。

「に、逃げたわけじゃ……ないですわ」

「じゃあ、どうして部室オレのところに来なかったのよんだよ! オレ……あなたオマエのこと、ずっと待ってたのに……」

 彼が、少し顔をうつむかせる。

 その瞬間百花は、「強気キャラが好きな娘だけに見せる、ちょっと弱気な表情きましたわぁぁぁぁぁーっ!」と心の中で絶叫する。

「そ、それは、その、あの…………えっ⁉」

 そこで彼は、百花のアゴを右手でクイッと持ち上げた。いわゆる、「アゴクイ」を決めたのだ。

「え⁉ え⁉」

あなたオマエは……オレがしっかり手伝ってあげないと調教してやらねーと、ダメみたいだな……」

「そ、それって……それって……」

 そ、束縛⁉ 束縛ですのっ⁉ 愛の重さゆえの、ゆき過ぎた独占欲⁉ ワタクシを縛って、閉じ込めて、独り占めしようと言うのね⁉ ああん! でも、イケメンならばそれもまた良しっ、ですわっ! 迷惑防止条例は、イケメンだけには適用外なのですからっ!

 百花の残念過ぎる妄想は当然聞こえないそのイケメンは、更にこう続ける。

明日いまからオレあなたオマエに、モーニングコールでも自分の立場ってもんをしてあげようか分からせてやろうか……?」

「そ、そんなの、そんなの……」そして百花の興奮も、更に青天井となる。「願ったり叶ったりですわっ! 完全に、バッチコイですわっ! ワタクシ、貴方のような方に厳しく管理されるのが、何よりのご馳走なんですわよっ⁉」

へ、ふん。変なことそんなこと言わないでよ!言っていいのかよ?

「はうぅぅ……。と、とびきりキツイ感じで、お願いしますわ……」

「……分かった明日あとになってからやっぱり眠いからツラいから二度寝するゆるしてなんて言っても、見逃してあげないからねやらねーからな?」

 妖しく笑うイケメン。それだけで、男性に対する免疫のない百花は、震えるほどの快感を感じてしまうのだった。

「ふひ……ふひひひ……」

「あとは……部活調教で使うあなたペット用の水着首輪でも用意しないとねしてやるかな

 そう言って、そのイケメンが百花の体に手を伸ばしてきたとき……。


「キャッ!」

 突然、別の誰かが百花の手を引いて、彼女を引っ張っていった。

ちょおっちょっと待ってよおい、待てよっ⁉」

 俺様風イケメンが後ろから叫ぶ。

 だが、百花の手を引いている茶髪のギャル……いや、茶髪のホスト風イケメンは、その声を無視してそのまま廊下を走っていく。そして、途中にあった空き教室に百花を連れ込んだ。


「はあ、はあ、はあ……」

 そこは、資材置き場として使っているようだ。無数の段ボール箱が山積みになっており、室内はカーテンを閉め切っていて薄暗い。もちろん、誰もいない。

 突然の出来事に驚いている百花。そんな彼女に、毛先が飛んだり跳ねたりして遊びまわっているホスト風の彼が、笑いかけた。

「ちょっとちょっと、モモカっちー? そりゃないんじゃなーい?」

「え……? あ、あの……」

 軽薄そうな口調とは裏腹に、不思議と、見る者に安心感を与える笑顔を作るホスト風の彼。

アタシオレっちが誘うときは、いつも塩対応だったくせにさぁー……。さっきのって、どーゆーことー? チヒロっちと、すっげぇーいい感じだったじゃーん?」

 あえて否定的に表現するならそれは、「なれなれしい」と言うべき態度だ。

 百花の反応を待たず一方的に、まるで、十年来の親友にするように接してくる。本来ならば、胡散うさん臭さを感じて、すぐに心の距離をとってしまってもおかしくないだろう。

 しかし、そのときの彼の、仔犬のような可愛らしいタレ目気味の瞳で微笑まれると、そんな態度でも何故か許せてしまう。

「フツーに……、け、ちゃ、う、んですけどー?」

「べ、別に、さっきの方とは……そういう関係では……」

 ホスト風の彼は、百花の巨大なツインドリルに手を伸ばす。そして、愛撫するかのようにその髪を優しく撫でた。

アタシオレっちとは、カラオケも一緒に行ってくんないってのにさー……。もしかして、アタシオレっちよりもチヒロっちの方が好きってことなのー?」

「そ、そんなことは……⁉」

 彼の指が、百花の髪から首筋へと移動する。

 ゾクゾクっという、寒気にも似た快感が、彼女の全身に駆け巡る。さっきまでの息切れが興奮のドキドキとまじりあい、新しい感情を生み出す。

アタシオレっちなら、チヒロっちよりもっと楽しいこと、出来るよ? モモカっちが経験したことないような、気持ちいいこと……」顔を寄せてきた彼が、百花の耳にふうっと息を吹きかける。「……したくない?」

「は、はううぅぅぅ……」

 百花は全身から力が抜けてしまって、その場にへたりこんでしまいそうになる。彼はその瞬間を見逃さず、左腕を百花の腰に回して、彼女を優しく抱きしめる。

「ひゃうっ⁉」

 彼の腕の筋肉、体の感触が、ダイレクトに百花に伝わってくる。がっしりとしていて、安心感を覚えるほどに力強い。嫌悪感などは微塵もない。ただ、とっさのことに体が自動的に反応して、百花は彼の腕から逃れようとした。しかし……。

「ちょ、ちょっと……」

 茶髪の彼は、彼女を離してくれない。どれだけ抵抗しても、彼の拘束から逃れることが出来ない。

「は、離して、くださらないと……」

「やだ……離さない」

 こ、これって……まさか……。

「そ、そんな……。こんなところで……だめ、ですわ……」

「これ、今までアタシオレっちのこと放置プレイしてた、お仕置きだから……」

 彼の茶髪の頭が、自分の頭にもたれかかる。爽やかな香水の匂いと、温かい彼の呼吸を、すぐそばで感じる。やがて彼の両手が、百花の体をまさぐり始める。荒い息が、百花の耳元を心地良くなでる。

こしょ、こしょはあ、はあ……こしょこしょこしょはあはあはあ……」

 今まで体験したことのないような感覚に、全身の震えが止まらなくなる百花。

「あ、ああ……あああ……っ!」耐えがたい快楽に包まれ、全身で悶える。「こ、これはもしかして……。ワ、ワタクシの……初めての……」

こしょこしょはあはあこしょこしょはあはあ……くすぐりの刑お仕置き、だよ」

「ああああぁぁーっ! ワ、ワタクシは今日ついに! お、大人の階段を、上ってしまうのですわねーっ⁉」


 快楽の海に全身と全神経が溺れて、百花は窒息寸前だった。もう、あと一秒でもこれが続けば、本当に何かを『やらかし』てしまいそうなところで……制止が入った。

こーらおーいアナタたちおまえらー? こんなところでなーにしてるのよなーにやってんだー? もう授業、始まっちゃうよ始まっちまうぞー?」

 部屋のドアの前に立っていたのは、無精ひげがダンディな、男性教員だった。


「あーもー、金見かなみセンセーかよー。空気読んでよー」

 茶髪ホスト風の彼は軽い感じでそう言うと、百花の体をくすぐってまさぐっていた手を、あっさりと離す。そして、スキップでもするように軽快に、部屋の外へと出て行った。

 しかし、廊下へ出た後にすぐひょっこりと顔を出すと、「モモカっち、また遊ぼうねー」と言って手を振ってから、またその顔を引っ込めるのだった。


 教員は、去っていく茶髪と百花を交互に見ながら、

「あー、なんか……ごめんねわりぃな? もしかして先生オレ、二人のお邪魔だったかな邪魔しちまったか?」

 と、気まずそうに尋ねる。

「え……? いえ、それは別に……」

「でも先生オレ、ちょっと安心しちゃったなガマンできなくてさ千本木さん千本木同級生の娘オレ以外のやつと仲良くしてるのなんて、初めて見た見てらんなかったからさ……」

 それから彼は、大人の男の哀愁を帯びた微笑みを、百花に向けた。


 それを見た百花は、

 ああん、もう! ヤンデレ俺様イケメンとチャラ男の次は、教師と生徒の禁断の恋ですのっ⁉ モテる女は、忙しいですわねっ!

 と、まんざらでもない感じで鼻息を荒くするのだった。

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