第2章 第1話 痛みと悲しみと暗闇と
ミリアは目を開ける。
「ここは?」
見た事のない天井に言葉を漏らす。
知らない場所だ。
他の情報を得る為に周囲を見回す。
小さい窓から暖かな日射しが差し込んでいる。
部屋を包む温和な空気に、危機を脱した事が分かった。
「えっと、確か」
獣人の大男が近くに来たのは覚えている。
だが、それ以上は思い出せない。
ーーあの後、どうなったんだろう。あの人が助けてくれたんだよね?
状況的にそう思った。
ーー男の子は!?
幼い男の子の存在を思い出し、おもむろに上半身を起こそうとした。
「痛っ!」
背中にビキっと、引きつる様な痛みが走る。
起き上がるのを止め体を確認する。
「包帯が巻かれてる」
肩口から包帯が巻かれ、上半身全体を包んでいる。
ーー誰だろう。あの人かな?
ポッと浮かぶ大男の顔。
ミリアは顔を赤くする。
ーー裸を見られちゃったな。治療だから仕方ないけど、恥ずかしい。
包帯が巻かれた上半身は、服を着ていなかった。
獣人とは言え男性だ。
異性に裸を見られたと思い、恥ずかしかった。
ふと、動かした左手で柔らかいものに触れた。
ーーなんだろう?
生温かい感触を感じた方向に目線をやる。
掛けられた毛布の中に、自分の体ではない膨らみが見える。
気になり毛布を捲ると、そこに男の子がいた。
自分に寄り添う形で縮こまり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「良かった、この子も助かったんだ」
大男が来てくれたあの時、この子の命は助かると思い安堵したのを思い出す。
絶望の淵から助け出す事が出来て、素直に嬉しかった。
男の子の頬を触る。
氷の様に冷たかった体温が、生き物らしい温もりを取り戻していた。
その温もりに、ミリアはホッと胸を撫で下ろす。
ーー生きてる。良かった。
更に実感が湧いて安堵した。
辺りを見回すが、この場所が何処なのか見当もつかない。
それとなしに、教会にあった自室に似ている。
生活感にあふれ、親近感が湧く。
住居用の家屋なのは分かるが、たどり着いた経緯は分からない。
ーーあの人の家なのかな?連れてきてくれたの?
思い出そうと考えるが、頭にぼんやりと霞がかったように何も浮かばない。
気絶していたのだから当然だろう。
そんな中、部屋の外から音が聞こえた。
包丁で調理を行なっている音だ。
平穏な時間を表すように、トントントンと軽快なリズムを刻んでいる。
ーー誰か居る。大男の人かな?
あの図体で料理などするのだろうかと疑問に思うが、何にせよ接触しようと動き出す。
ベッドから起き上がろうと、腕に力を入れた。
「痛たたたっ」
背中に先程の痛みが走り、苦悶の表情が浮き出る。
だが、それを堪えて上半身を起こした。
改めて見ると、包帯が綺麗に巻かれている。
ーー丁寧に巻いてくれたのね。裸を見られたのは恥ずかしいけど、会ったらお礼を言わないと。
そう心に決めた。
「でも、このままじゃな」
いくら裸を見られたとはいえ、衣服を纏っていない状態で会うのは気が引ける。
ーーどうしようかな。何か覆う物が有ればいいんだけど。
周囲を探すが、めぼしい物が見つからない。
どうしたものかと考えていると、部屋のドアに近づく足音が聞こえてきた。
「ど、どうしよう!」
とりあえず、掛けられていた毛布で上半身を隠す。
ーー誰だろう。
獣人の大男の可能性は高いが、知らない人物かもしれない。
毛布を握る手に力が入る。
そして、警戒する様にドアを見据えた。
ドアノブが回り、ゆっくりとドアが開く。
ドアの隙間から顔を出してきたのは、獣人の女性だった。
傍らで寝ている男の子の様な半獣人ではなく、顔全体が毛で覆われ、獣の姿に近い顔立ちの、正統な獣人だった。
おそらく五十歳代であろう狼族の女性。
何処となく、助けてくれた大男に似ている。
その女性は、ミリアが起きているのを確認すると、表情豊かに部屋へ入ってきた。
「意識が戻ったんだね!」
微笑みながら近づいてくる女性に、害意は感じられない。
同性という事もあり、警戒心は和らいだ。
「お腹すいてない?今、夕ご飯を作った所だから、少しでも食べるかい?」
その女性は食事を勧めてきた。
「食事、ですか?」
急な展開に、戸惑いの表情を見せる。
怯える様なミリアを見て、面白いものでも見たかのように彼女は笑う。
「ハハハッ!心配しなくても取って食ったりしないよ!私の名前はサリー。この家の住人さ。貴方、名前は?」
朗らかな笑いに緊張が解ける。
ーー悪い人じゃなさそう。
そう思い自己紹介をした。
「申し遅れてすみません。私はミリア・グランデールと申します」
それを聞いたサリーは、一瞬だが表情が固まった。
その変化にミリアが疑問を抱く前に、再びサリーは話し出した。
「ミリアちゃんね。こっちの子は?ミリアちゃんの子供なのかい?」
その問いかけは少し訝しげだ。
関係性が分からなくても当然だろう。
ミリアは十八歳と見た目通りに若い。
そんな娘が五歳くらいの子供を連れているのだから。
何と伝えればいいだろうか。
「この子は私の子供ではなく」
そこで言葉が詰まった。
結晶石から現れたと言っても、理解に苦しむだろう。
それに、気味が悪いと嫌悪感を抱かれるかもしれない。
この子の為にも、真実を全て伝えるのは得策に思えなかった。
そこで、真実を織り交ぜながらも濁すようにした。
「神殿で倒れている所を保護したので、私も詳しくはわからないんです」
「そうなのかい?大変だったね、それは」
サリーが納得した様子を見て安堵する。
だが、自分で言った通りだ。
この子の事は分からない事だらけ。
なぜあの場に現れたのか、なぜ衰弱していたのか、何者なんだろうかと疑問は尽きない。
そんな思考を他所に、サリーは自分の思っていた事を伝える。
「ミリアちゃんが若そうに見えたから、違うかなとは思ったんだけど、この子が側を離れようとしなかったからね」
「どういう事ですか?」
「ちょっと前に、この子が目を覚ましてね。お腹が空いているだろうと思って、ご飯用意したんだよ。でも、ミリアちゃんの側から動かなくてね。仕方ないから、ベッドの上で食べさせたのよ」
サリーは苦笑いしながら言った。
たしかに男の子の口元に、パンのカスが付いている。
その出来事は実際にあったのだろう。
ーーなぜだろう。それよりも起きていた時があったんだ。
この子が動いている所を見た事がないミリアは、起きている時の事を知りたくなった。
「その時に、この子の様子はどうでした?何か言ってました?」
「あの時はね」
そう言い掛けると、思い出し笑いをする。
「お腹が空いてたのね!用意してたパンを持って来てあげたんだけどね。見たことがないのか、不思議な顔をしてたよ。だから『美味しいよ、食べてみて』って小さくちぎって、食べさせてあげたの。気に入ったのか、その後夢中で食べててね。もう可愛いったらなかったわ!」
余程可愛かったのだろう。
サリーの目尻は下がり、恍惚の表情をしている。
「用意したスープとかも全部食べちゃってね。お腹がいっぱいになったから眠くなっちゃったんだろうね。今みたいにミリアちゃんの側で寝出してね」
話し終えると、サリーは寝ている男の子の頭を撫でた。
撫でられたのが気持ち良いのか、男の子の頬が緩む。
その姿を穏やかな顔で、サリーは見つめていた。
一頻り撫で終わると、サリーは視線をミリアに戻した。
「人間と獣人の親子は珍しいけど、いないわけじゃないからね。この子の動きで、あなた達がそうゆう親子なのかと思ってたわ」
なるほど、とミリアは納得がいった。
しかし、何故そこまで懐いているのか分からない。
ーーでも、嫌な気持ちはしないな。私の事を頼ってくれているみたいで嬉しい。
今まで他人に頼られることがなかったので、感じた事のない感情を抱いた。
スヤスヤと眠る男の子が可愛く思え、そっと頭を撫でる。
その温もりに反応して、男の子は頬を緩ませた。
「可愛いですね」
本心からそう思った。
ミリアの言葉にサリーは頷く。
「この位の小さい時期が一番可愛いわね。行動の一つ一つが愛らしくて」
その言葉に子供を育てた事があるのが伺える。
子育てした経験からくる言葉に、説得力がこもっているように聞こえた。
会話が途切れたのを見て、ミリアは助けてくれたお礼を切り出す。
「助けてくださり、ありがとうございした」
サリーは朗らかに笑う。
「お礼は息子に言ってあげて。喜ぶと思うから」
「どうゆう事ですか?」
「ミリアちゃん達を助けたのは、息子のディーバと息子の仕事仲間のカリムさ。バネーゼとクルストの国家間で、運び屋の仕事をしてるんだけどね。国境付近で二人を助けたって言ってたわ」
「そうだったんですね」
何処となく似ている感じがしていたが、自分を助けてくれた大男とサリーが親子だと分かると、より一層感謝の念が強まった。
「二人に感謝しないと。私、あの時死を覚悟してましたから」
意識が無くなりかけた光景を思い出して、ミリア俯いた。
その顔には、あの時感じた恐怖が滲み出て、痛々しかった。
突如悲痛な顔をして、俯くミリアにサリーは驚いた。
慌てて彼女に寄り添うと、落ち着かせる様に背中を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だから。ここは安全だから、ね?」
優しく諭すように話され、ミリアは目を閉じた。
あの様な経験は初めてだった。
自分の命が脅威に晒され、行動を誤れば死んでしまう。
ーー怖かった。
改めて思い、感情を整理する為に、暫く押し黙っていた。
その間、サリーは背中を摩り続けてくれた。
彼女の優しく手の温もりが、妙に落ち着いた。
雰囲気を変える為に、サリーは話題を変える。
「さて、ミリアちゃんお腹すいてない?怪我を治す為にも食べて体力付けなきゃ」
にこやかに笑顔を見せ、自らの手を叩き、ミリアに食事を促した。
温かい食事を取れば、気分も落ち着くだろう。
そんな考えもあった。
教会でパンを食べた後、丸一日何も口にしていない。
お腹が空いているのは当然だったが、目まぐるしく変化した状況に、空腹感を気にする余裕が無かった。
だが、緊張と警戒を解いた事で、忘れていた空腹感が顔を出した。
「お腹すきました」
恥ずかしそうに、顔を赤らめながら言った。
その言葉を受け、サリーは満面の笑みを見せる。
「用意してくるから待ってて。美味しいスープ作ったから!」
そう言うと、食事の支度をする為に部屋を出て行った。
静かになった部屋で男の子は見る。
ーー起きないな。
あれだけ喋っていたのに起きる気配がない。
男の子の小さな手を触る。
暖かい体温が伝わり、改めて生きている事を実感できる。
救う事が出来た。
しみじみ思うと、ドルフの事を想った。
ーードルフさん。私、やり遂げることが出来ました。貴方のおかげで、私も生き残ることが出来ました。ありがとう。
感謝の想いで、一筋の涙がこぼれ落ちた。
その涙は次第に増えていく。
ミリアは顔を覆いながら泣いた。
ーードルフさん。ドルフさん!ドルフさん!!
彼の顔が、いくつも浮かんでは消えて行く。
感謝と罪悪感が混じり、感情が抑えられなかった。
彼の死を受け入れる為にも、ミリアは泣き続けた。
コンコン。
ドアをノックする音がした。
慌てて涙を拭っていると、サリーが食事を持って入ってきた。
「お待たせ。あら、どうしたの?」
涙に濡れた瞳を見て、サリーは驚いた。
「す、すみません。何でもないです。気にしないで下さい」
慌てて繕うとするミリア。
サリーはベッドの横にあるサイドテーブルへ、用意した食事を置いた。
そして椅子に腰掛け、彼女に寄り添った。
ミリアの背中を摩ると、穏やかに口を開く。
「辛いことがあったんだね」
その言葉が突き刺さり、ミリアの顔はクシャクシャになる。
サリーは彼女を優しく抱き寄せた。
「私、何も出来なくて。見てることしか出来なくて」
自分の無力さを嘆き悲しむミリア。
サリーは何も言わずに背中を摩り続けた。
ーーあれ程の怪我を負ったんだ。大事な人を亡くしたんだね。
背中の傷の手当てをしたのはサリーだった。
彼女の言葉がどういう意味なのか、すぐに察する事ができた。
軽はずみな発言はしない方がいいだろうと、彼女が落ち着くのを待った。
ミリアは、サリーの胸を借り泣き続けた。
彼女に背中を摩られた事で、気持ちが落ち着いてくる。
そこで、ドルフへの気持ちを整理した。
彼が命を懸けて繋いでくれた自分の命。
大事に精一杯生きようと思った。
少しずつ涙が収まり、冷静さを取り戻していく。
ーードルフさん、ありがとう。
あの想いを最後に、涙を拭った。
「落ち着いたかい?」
その声にハッとして、慌てて離れた。
「ご、ごめんなさい!」
サリーは、未だに濡れる彼女の頬をハンカチで拭う。
「泣きたい時は、思いっきり泣いた方がいいのさ。その方が、気持ちに整理がつくもんさ」
その通りだった。
ミリアはドルフの事を話した。
この人になら、話したいと思ったからだ。
彼は日頃から優しくしてくれ、最後は命を犠牲にして救ってくれた事。
ミリアの話を聞いたサリーは、ゆっくりと話し出す。
「その人はミリアちゃんを守りたかったんだね。その人の思いを受け止めて、しっかり生きていかなきゃいけないね」
ミリアは深々と頷いた。
サリーは動き出す。
「その為に、ご飯食べましょう!冷めないうちにね?」
転調を交えながら、明るく食事を勧める。
トレーには、温かそうなスープと焼きたてのパンが乗っている。
「はい!」
気持ちに整理がついたこともあって、ミリアの返事は明るかった。
スープには、クレスタ国では見たことのない野菜が入っていた。
ーー何だろうこの野菜。美味しいのかな?
そんな事を思いつつ、新しい味と食感を楽しんだ。
温かい食事が、空っぽだった胃袋を満たしていく。
体が暖まった事で、気分も上昇していった。
食事中に、ここに来た事情をサリーが話してくれた。
運び屋の仕事で、人間の国クレスタと獣人の国バネーゼを往来する、サリーの息子『ディーバ』。
彼もまた、クレスタからバネーゼへ帰る途中で、例の魔獣に襲われていた。
魔獣が獣人を襲うことはないみたいだが、あの時の魔獣は違っていたらしい。
国境付近に犬型魔獣がたくさんおり、振り切る為に全速力で荷車を走らせる。
そして、ミリアに遭遇したそうだ。
助けを呼ぶ声に応じ、魔獣を打ち払い救ってくれたが、魔獣の多さに、クレスタに送り届ける余裕はなく、バネーゼへと連れ帰ってきた。
それが一連の流れだ。
そこまでは淡々と話してくれたが、その後の出来事には御立腹な様子だった。
「怪我してるから、あと頼むわ」
突然押しかけてくるなり、人間の女性と男の子をベッドに寝かすと、息子は家から出て行こうとする。
訳もわからず慌てて女性に目をやる。
「人間の子?どっから連れてきたんだい!えぇっ!?ケガしてるじゃないか!何で!?」
女性から血が滲み出ているのに驚きながらも、矢継ぎ早に質問を浴びせた。
すると、息子は面倒臭そうに振り返り口を開く。
「襲われてたからよ、助けたんだ。女の方だけ怪我してっから、持ってきた薬塗ってやってくれ。じゃあ次の仕事があるからよ。頼むぜ母ちゃん」
そう告げると、ぶっきらぼうに出て行った。
回想を話しながら、サリーは呆れた仕草を見せる。
「人助けはいい事だし、それが出来るような大人になってくれたのは嬉しいわよ。ただ詳しく説明もしないで丸投げって、まったくあの子は」
そう言いながら眉を片方上げ、呆れた顔をしていた。
「何にせよ、ケガが良くなるまでゆっくりしていったらいいさ」
「すみません、ご厄介になります」
背中の傷が痛くて動けないミリアは、好意に甘える事にした。
その後、サリーが話す息子への愚痴を聞いたりしていると、いつの間にか日が落ちていた。
ミリアの側で寝ている男の子は、騒がしくしていたにも関わらず、起きることはなかった。
ーー朝まで起きないかな?
そう思い、ミリアも休む事にした。
動くのに苦労するミリアを気遣い、サリーは色々介助はさてくれた。
寝る準備が整い、部屋の明かりをサリーが消す。
暗い部屋の中で、今後のことをぼんやりと考えた。
ーーケガが治るまでどれくらいかかるだろう。
傷に塗った傷薬は、獣人の中でも一、二を争う薬師に調合してもらったものらしい。
サリーは、明日には痛みも和らぐと言っていた。
そこまで優れた薬は聞いたことがないが、明日の様子を見てみないと何とも言えない。
ーー怪我が治ったらどこに行けばいいんだろう。クレスタに戻れるのかな。戻れたとしても屋敷に戻るのは嫌だな。屋敷に戻る位なら、教会の方がいいな。教会はどうなったのかな。
暗い天井を見つめ色々考えているうちに、ミリアの目蓋は重くなり始める。
そっと目を閉じると、明日のことを考えた。
ーーとりあえず、ディーバさんに会いたいな。きちんとお礼を言わないと。
その想いを最後に、ミリアは眠りの世界に誘われていった。
その時、男の子は夢を見ていた。
夢というより、記憶と言ったほうが正確だろう。
暗闇の世界で、動けずに泣いている自分。
自我が目覚めてから、長い年月見続けた光景が広がり、周囲には誰もおらず、暗い世界で一人蹲り泣いている。
周囲を取り囲む水が冷たく、体を冷やし続けて苦痛を生み出す。
そんな永遠と続く暗闇が怖かった。
「寒いよ。痛いよ。怖い。誰か出して、お願い」
ポロポロと涙を流すが、その願いは誰にも届かない。
虚しく震える声が、闇に響くだけだった。
だが、突如として暖かい黄色の光に包まれる。
その輝きは、優しさの匂いを含んでおり、男の子を安堵させた。
ーーあったかい。
そう思うと、黄色い光が心地よく、ゆっくりと目を閉じた。
再び目を開けると、月明かりが差し込んでいるが、暗闇が視界に飛び込んできた。
夢で見た空間と違い、自由に動くことが出来るが、再び閉じ込められると思い恐怖した。
「イヤーーっ!」
突然の悲鳴に、ミリアの意識は呼び起こされた。
驚きすぎて、思わず上半身を起き上げた。
「うっ!」
背中の傷がズキッと痛む。
痛みに悶絶しながらも、横で寝ていた男の子を見た。
小さい体をさらに小さく丸め、恐怖の混じる悲鳴を上げて泣いている。
小さい体は小刻みに震え、何かにひどく怯えていた。
そっと背中に手を回し、男の子を気遣う。
「どうしたの?」
その声に男の子が反応した。
「暗い、怖い」
そう言いながら、泣き続け怯え続ける。
暗いのが怖いのだとすぐに理解出来た。
だが、明かりを付けようにも、背中の痛みで動く事が難しい。
どうしようかと悩んでいた所に、男の子の悲鳴に気付いたサリーが、部屋へ飛び込むように入って来た。
「どうしたの?何かあったの?」
慌てた様子でミリアに質問した。
「あの、明かりをつけてもらえますか?」
「え?えぇ」
サリーは木槌で部屋の明かりを灯して行く。
部屋が明るくなったことで、男の子の震えは止まる。
だが、顔は恐怖に引きつっており、涙をポロポロと流している。
ミリアは男の子を抱き寄せて、背中を軽く叩いた。
「もう大丈夫だよ。怖くないよ」
落ち着く様に、優しくなだめた。
男の子は泣きじゃくりながら、こう言った。
「暗いのは嫌。あそこに閉じ込めないで。お願い」
嗚咽を漏らしながら必死に懇願していた。
とても怖いのだろう。
肩がガタガタと震えている。
「閉じ込めたりしないよ。大丈夫だよ」
ミリアはゆっくりと優しい口調で、そう諭した。
男の子はミリアの顔を見つめる。
「ほんと?」
確かめるように質問し、瞳をうるわせた。
「ほんとだよ。大丈夫だよ」
ミリアは、落ち着かせる為に優しく微笑んだ。
その言葉を信じたのか、男の子は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
暫くすると、腕の中で再び眠りにつく。
傍で、心配そうに見ていたサリーにお願いをした。
「サリーさん、明かりはそのままにしておいて頂けますか?」
サリーは頷き肯定すると、ポツリと呟いた。
「暗闇が怖いんだね」
「そうみたいですね」
ミリアもその言葉を肯定した。
「何かあったら、隣の部屋にいるから呼んでね」
部屋を後にするサリーの背中を見送り、ミリアは男の子の顔を見ながら考えた。
ーーこの子は、泉の中の結晶石から出てきた。暗闇が怖いのは、あの暗い世界で閉じ込められていたから?でも、なぜこの子が?
疑問は尽きないが、答えは出ることはない。
涙の跡が残る男の子の顔を見つめ、この子が封印される様な邪悪な存在では無いことを祈った。
しばらくすると、男の子は深い眠りに入っていった。
先程まで感じていた体の強張りがなくなり、力が抜けて節々の関節が柔らかくなる。
そんな弛緩を感じていると、部屋のドアが開いた。
「もう落ち着いたかい?」
サリーが心配そうに、小声で聞いてきた。
ミリアが小さく頷くと、部屋に入り二人の側までやってくる。
「抱くの替わるよ。ミリアちゃんは体を労らないと」
そう言いと、男の子を抱いた。
起きるのではと思ったが、ムニャムニャと寝言を言い、起きる事はなかった。
子育てをした事がある人には容易い事なのだろう。
感心しつつもお礼を述べる。
「ありがとうございます」
自分を労ってくれる行動に、感謝の気持ちを小さく頭を下げることで表現した。
「ここにいたらミリアちゃんが寝られないだろうから、向こうの部屋に行くわね。ゆっくり休んで」
そうして、サリーは部屋を出ていった。
一人になり静かになった部屋。
ミリアは眠る為に目を閉じた。
胸の辺りに、男の子の温もりが残っている。
ーーなんか、寂しいな。
何とも言い難い感情を抱きながら、彼女は眠りについた。
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