第4話 出会い
握りしめた指の間から、黄色の光が漏れ始める。
時間の経過と共に強さが増していく。
閉じていた瞼にも光が差し込み、ミリアは静かに瞼を開けた。
「何?これ」
光を放つ自身の手に驚く。
握っていた手を開くと、抑えられていた光が弾けた。
放射状に広がる光が神殿を照らす。
それ程の光量にも関わらず、結晶石は熱くなかった。
暖かみを感じるといった所だった。
その光に、ミリアは魅入られていた。
黄色の輝きが妙に落ち着く。
怖いといった感情はなく、むしろ安堵するような優しい光だった。
ーー暖かい。
神殿内の冷たさもあり、余計にそう感じた。
結晶石を見つめていると、その先にある泉に目が行った。
泉の中からも同じ輝きが見えたからだ。
水底から光っているのだろうか。
そんな事を考えていると、神殿の天井へ向かい光の柱が出来上がる。
「何が起こっているの?」
目の前の現象に、理解が追いつかない。
聖水を捧げてきたが、今までこんな光景は見た事がない。
そのまま呆けて見ていると、光源が顔を出した。
綺麗に整った菱形の黒い石。
それが黄色の光に包まれている。
水面から空中を登っていき、二メートル程浮遊した所で留まりを見せた。
ーー嫌な感じはしないけど、何なんだろう。
目の前で起こっている不思議な現象。
それが自分に利するものなのか、害をなすものなのか判断できず、ミリアは動けなかった。
黒い石を囲む光は、次第に強まっていく。
「眩しい」
目を開けていられない程の光量が、神殿を覆い始める。
顔の前に両腕をかざして、ミリアは光を遮った。
光が徐々に薄まっていく。
ーー光が収まっていく?
遮っていた両腕を下ろしながら、未だに輝く場所を目を細くしながら確認した。
「えっ?」
ミリアはその光景に驚いた。
先程まであった黒い石の代わりに、男の子が浮いている。
体や顔立ちは人間そのものだが、頭部に獣人特有の獣耳がついている。
五歳くらいだろうか。
小さな男の子だった。
獣の耳は凛とした形をしており、狼族の物だと伺える。
頭髪は、この世界では珍しい黒髪だ。
服を纏っておらず、顕になっている肌は白い。
ここは神に聖水を捧げる神殿。
ーー助けに来てくれたんだ。
現れた男の子を神の使いだと思い、勝手に期待をしてしまう。
男の子を包む光が弱まっていくと、比例する様に高度が下がっていく。
ーーこのままでは泉に落ちてしまう。
そう思い、咄嗟に駆け寄り男の子を抱き寄せた。
その瞬間、肌に感じた男の子の体温にギョッとする。
「冷たい」
男の子の身体は、まるで氷の様に冷たい。
しかも、その温度は感じたことのあるものだった。
あの時の母と一緒だ。
戦場で命を落とした母は、棺に入って帰って来た。
その母の頰に触れた時、氷の様に冷たかったのだ。
その後握った母の手も、同様に冷たかった。
ーー死んでいるかもしれない。
そう思った。
だが、念の為に男の子の胸に耳を当てた。
ひんやりした体温が、自分の熱を奪っていくのを感じていると、鼓膜が震えた。
トットットッ。
弱々しく消えてしまいそうだが、心臓は正確なリズムを刻んでいる。
「生きてる」
そう呟いた時だった。
「あったかい」
男の子の口から声が聞こえた。
弱々しく消え入りそうだったが、ハッキリと聞こえた。
「大丈夫?聞こえる?」
男の子に呼びかけるが反応はない。
意識を失っているのだろうか。
ミリアの落胆は大きかった。
自分を助けに来た存在だと期待していたが、そうでは無いと悟った。
あまりにも弱々しく、ぐったりと衰弱している子供。
おおよそ守ってくれる存在ではない。
そう感じざるを得なかった。
しかし、男の子の存在はミリアの心に変化をもたらした。
これから何をどうしたらいいのかわからない中、この子を助けるという目標を見出したからだ。
何かをして、気を紛らわしたいだけなのかもしれない。
それでも彼女は、腕に抱く男の子を助けると決めた。
もう目の前で、誰かが死ぬのを見たくなかったのだ。
「必ず助けるからね!」
男の子に決意を伝えると、ミリアは動き出した。
まず、氷の様に冷たい体を温める為に、肩に巻いていたストールで男の子を包んだ。
ストールに残った彼女の温もりに、男の子の表情が和らぐ。
その反応に、確かに生きている事を確信する。
そこで、自分の体も冷え切っていることに気付いた。
今まで絶望に苛まれ、動かずに蹲っていた。
あの間に、冷たい床や壁に体温を奪われ、特に接していた部分の冷えは顕著だった。
「ここから出ないと」
この寒い場所では、男の子の体温を温めるのは難しい。
温かい所に移動しなければ、この子を助ける事が出来ない。
ミリアは、男の子を抱えて神殿の広間から一歩を踏み出た。
足音を立てない様に、警戒しながら洞窟を進んでいく。
出口に近づいて来たが、魔獣の唸り声は聞こえない。
ーー油断は出来ない。
結界の効力が届く端で、洞窟から顔を出し周囲を伺う。
森の中は、依然として不気味な静けさに覆われている。
恐らくは未だに徘徊しているのだろう。
洞窟正面に、赤黒い血溜まりが見える。
先程はあれほど動揺したはずなのに、今は違う感情で見ていた。
ーードルフさん。私も、貴方のようにこの子を助けてみます。
そう思ったのは何故か。
それは自分が死した時に、ドルフへ堂々と顔向け出来るようにする為だ。
彼に救って貰った命が誇れる様に、彼の行動を真似て、彼のような人であろうと思ったのだ。
だが、単純に考えても道のりは困難を極める。
ドルフは自分が住う村の方から駆けてきた。
その後を魔獣が追ってきたと言うことは、村が魔獣に襲われている可能性が高い。
下手をすれば壊滅している可能性がある。
教会に避難することも考えた。
だが、教会の造りは頑丈とは言えない。
大型魔獣の猛攻に、耐えられる場所は存在しない。
隠れたとしても、長くは保たないだろう。
それらを踏まえて導き出した答えは、ドルフの村とは反対方向にある大きな街に避難する事だった。
常駐の守備兵士が沢山いて、魔獣にも対処できる。
この辺りでは、一番安全が確保できるだろう。
問題は、走っても三十分はかかる事だ。
男の子を抱えて行くなら、より時間がかかるに違いない。
その間に魔獣に襲われる事も考えられる。
だが、助ける為には危険を冒して向かうしかなかった。
ーーここに居ても助からない。行くしかないの!
そうやって自分を追い込み、震える脚に喝を入れる。
走り出す前に、男の子の顔を見た。
緊迫した状況を知らない男の子は、ミリアから伝わる体温を感じて安らいでいた。
表情が和らいだ事で、愛らしい顔をしている。
ーー私が助ける!
ミリアは決意を固めた。
男の子を腕で強く抱きかかえると、最初の一歩を力強く駆け出した。
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