第20話 攻防の結末

 アゲナイに担がれて運び屋の建物を目指した。

 街並みは襲撃前と変わらずに、壊れた所は見当たらない。

 その代わり、いつもの活気溢れる賑やかさはなく、人気がなくひっそりとしている。

 「避難は順調にいったみてぇだな」

 「あぁ、そのようだ」

 犠牲者がいないことに安堵していると、目指す建物が見えてきた。

 普段と変わらない様子の建物と比べ、その異質さが目立つ。

 「ひでぇな、潰れてるぜ」

 顔を顰めながらアゲナイが呟く。

 ディーバの視界にも、崩壊した運び屋が見えた。

 ーーくそ、二人とも無事なのか?

 瓦礫となってしまった運び屋の周囲には、争った形跡が色濃く残っており、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。

 普通に考えて、魔人の女の仕業だろう。

 これほどの被害。

 キシムとミリアの無事を祈るが、なんとも言えない状況だ。


 「おい!あれシャールの爺さんじゃないか!?」


 アゲナイが指差す先に、民家の壁にめり込み、動かない兎族の長シャールの姿があった。

 「行ってくる!」

 担いでいたディーバを下ろし立たせると、アゲナイはシャールの元へ急いだ。

 ーー爺さん、加勢してくれたのか。キシムはどこだ?

 周囲を見渡すと、直ぐに姿が見えた。

 シャールと同様に、大きく亀裂が入った壁の中心部で、グッタリとして動かない。


 「キシム!おい、キシム!」


 足を引きずりながら近づく彼の言葉が届いたのか、キシムは力を振り絞るように頭をゆっくり上げた。

 「ディー、バ?」

 口元から血を流し、喋りにくそうに口籠った声。

 とても苦しそうに喋るが、ディーバを確認すると、虚ろだったキシムの目は使命感で輝きを取り戻した。

 「あの子が、向こうの、通りにいる。早く、行ってくれ!」

 「わかった!オマエはもう喋るな。いいな?」

 吐血しながらも喋る内容を了承し、指し示した方向に急いだ。

 移動する最中、満身創痍だったキシムの姿を見て、自分の不甲斐なさを心の中で嘆いた。

 ーークソ!オレがこっちに早く加勢できていれば。嬢ちゃん、生きていてくれ!

 ミリアの無事を案じて気持ちは逸るが、足が思うように動かずもどかしい。


 「肩を貸しましょう」


 ついて来ていた人間達が支えようとしたが、ディーバは先に行かせる事を選択した。

 「この先にいる。先に行ってくれ」

 「わかった」

 指揮を取っていた男性が頷くと、ディーバを支えた二人を残して走って行く。

 先頭を行く人間が、大きな街道に出ると、道の中央で横たわる金髪の女性を見つける。

 「いました!ラスティ様、こっちです!」

 若い男性が叫ぶと、『ラスティ』と呼ばれた指揮者の男性は急いだ。


 駆けつけて抱き寄せる。

 ミリアは全身が土埃にまみれ、地面に擦れた衣服は所々擦り切れている。

 穴が空いた服からは擦り傷が見え、血が滲んでいた。

 心音を聞く為に胸へ耳を当てると、ラスティは声を荒げて呼びかける。


 「ミリア様!ミリア様!」


 大きな声を聞き、ミリアは呼び起こされるように目を開けた。

 ラスティは少し安堵したかのように顔が綻ぶ。

 「大丈夫ですか?」

 「あなたは?」

 「私は『ラスティ』と申します。助けが遅くなり申し訳ありません」

 名前を聞いたが聞き覚えもなく知らない顔だ。

 だが、『助け』という言葉に安堵した。

 その気の緩みが、全身に負った打撲や擦り傷の痛みで思い出させ、表情を歪ませる。

 「うっ!」

 「大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫です」

 そんなやり取りをしていると、ディーバがその場に辿り着く。

 ミリアの声が聞こえ、生きていると確認できてディーバも安堵した。

 「嬢ちゃん、大丈夫か?」

 その声に反応したミリアは、目に涙を溜める。


 「どうした?」

 「クロノが。クロノが」

 「クロノ?」


 クロノはジジ達と避難場所に居て、この場所に居るはずがない。

 だが、クロノに何かあった事を彼女の涙は伝えている。

 周囲を見渡すが、クロノの姿は無い。


 「クロノがどうした?」

 「魔人に捕まって。死んじゃったかもしれない」

 「っ!?どうゆう事だ?」


 動揺し食い入るように質問するディーバに対して、ミリアは止めどなく溢れる涙を覆う様に、両手で目を塞いで話を続ける。

 「私、飛ばされて。あの子が捕まって」

 ミリアは頭が混乱して、上手く伝えれない。

 目まぐるしく状況が変がしていき、情報が多すぎたからだ。

 「殺された所を見たのか?」

 核心に迫る質問に、ミリアは首を横に振り否定した。

 だが、魔人に掴まれたクロノの姿を思い出し、肩を大きく上下させて泣いてしまう。

 「死んだって決めつけるのは早ぇ。アイツらは獣人を無闇には殺さねぇ。半獣人のクロノも例外じゃねぇはずだ。殺さず連れ去って行ったのかも知れねぇ。嬢ちゃん、いつか見つかる。いや、オレが見つけてやる!だから諦めるんじゃねぇ」


 励まそうと力強く喋るディーバ。

 ミリアは顔を覆いながらも大きく頷いた。


 「ラスティとか言ったなアンタ。嬢ちゃんを頼むぜ」

 「あぁ、必ず連れ帰り安全を確保する。落ち着いたら手紙を出そう。君の名は?」

 「オレはディーバだ」


 二人のやりとりが理解できないミリアが口を挟む。

 「連れ帰るってどうゆうことですか?」

 濡れた瞳で見つめられ、ディーバは頭を掻きながら話し出す。

 「嬢ちゃんは暫く魔族に狙われる。守ってやりてぇが、オレら獣人達じゃ力不足でな。守りきれねぇんだ。すまん」

 申し訳なさそうに視線を落とすディーバ。

 「そんな、謝らないで下さい」

 事情を知ったミリアの胸の内は複雑だった。


 出来れば人間の国に帰らずに、ずっとここに居たかったが、自分が居ればこの街に迷惑がかかる。

 仕方ないと理解していても、この街が好きになっていたミリアは、後ろ髪を引かれる思いだった。


 「時間がありません。行きましょう」


 ミリアを抱きかかえると、ラスティは足早に去ろうとした。

 ディーバは引き止めて、ミリアに誓う。

 「クロノは必ず見つけてやる。それまで、嬢ちゃんも無事でな」

 武器を杖代わりにして、体を支えながらお別れを言うディーバ。


 彼の格好はボロボロで、体も傷だらけだ。

 守る為に無茶をしたのだろう。

 「ディーバさんも、危ないと思ったら無理しないで下さいね」

 「あぁ、そうする」

 素直に頷いたが、ディーバの頭は魔人の女の事を考えていた。

 ーー必ず見つけ出して、クロノを助け出してやる!

 体勢を整えたら、魔族の住う場所へ乗り込んでやると怒りに燃えていた。

 しかし今は、命の恩人との別れを惜しんで平静を装っていた。

 「命を救ってくれた事、感謝してるぜ。ありがとな」

 「いえ」

 不意に出てきた感謝の言葉を受けて、ミリアは照れ臭そうにした。


 「じゃあな」


 別れの言葉に小さく頷くのを確認すると、ラスティは歩を進め出した。

 街の外郭からは闘いの音が少し聞こえるが、終息の時は近い。


 ーーなんとか、凌げたな。そういやアイツ生きてんのか?


 一息ついた所で傷ついたキシムの存在を思い出し、ディーバは駆け寄って行った。


 ラティスと共に大鳥の背に乗るミリア。

 ーー痛い。でも我慢しなきゃ。

 上下する揺れに体が痛む。

 魔人の女に吹き飛ばされた時に、骨にヒビが入ったのだろう。

 肩や肋骨あたりがキシキシと痛んだ。

 「鳥車まで辿り着けば横になれますから、あと暫く我慢をお願いします」

 「は、はい」

 彼の言う通りに我慢するしかないが、目的とする鳥車が見えない以上、この状況が永遠に続くように思える。

 だがそれが、かえって良かったのかもしれない。

 余計な事を考えずに、逃げることへ意識を専念出来たのだから。


 「くっ!やはり大分押し込んで来ているな」

 ラティスが呟く先に、光の結界が輝いているのが見えた。

 先程見た結界と違うのは、膜が三層ほどに重なっている事だ。

 その結界に多種多様な魔獣が阻まれ、奇声を上げ続けている。

 「ミリア様、あと少しです。ご辛抱を」

 ミリアは頷き応えたが、その後身が竦んだ。


 「ガルゥゥアァ!」


 聞いたことのない声量の咆哮だった。

 咆哮と同時に、バキャンと何かが壊れるような音が鳴り響く。

 「何!?」

 ミリアは驚き、音のする方向をみると、三層あったはずの膜が一つ減っている。

 「まだ二層ありますから大丈夫です。ですが急がないと!」

 そう言ってラティスは手綱に力を入れる。

 大鳥の速度が一段階速くなり、揺れも激しさを増す。

 痛みに耐えながらも、ミリアは結界付近を見ていた。

 何か禍々しい気配を感じたからだ。


 そして目撃する。

 何かの皮膚を加工して出来た、黒い兜や全身鎧。

 剣と呼ぶには憚れるほど、刃こぼれした大剣。

 それらを携えし長身の人物。

 ーーあ、あれは!?

 ミリアが驚いたのは、その容姿ではない。

 見覚えのあるものが、目に映ったからだ。

 その人物は黒い瘴気を放っていた。

 先程見たクロノが放った衝撃波と酷似している。

 「よく似ている」

 ミリアの呟きにラティスが気付く。

 「似ている?」

 「あ、いえ」

 ミリアは直感的に、クロノの事は話さない方が良いと思い、口を噤んだ。


 ラティスは説明する。

 「あれはソウルイーターです。あの大剣に貫かれると命を吸い取られてしまいます」

 光の精霊が言っていた人物だ。

 「あれが?ソウルイーターなんですか」

 「はい。魔族の長ではないかと予測しています。現状、あれを倒す手段が無く、侵攻を抑えるしかないのです」

 「倒せないのですか?」

 「そうです。あらゆる攻撃を試しましたが、まるで効かない化け物です」

 「化け物、ですか」


 ミリアの胸中は複雑だった。

 ソウルイーターを倒す手段がないという事は、光の精霊が言っていた通り、命を狙われ続けることになる。

 確かにそれは怖いのだが、クロノがソウルイーターと同じような存在かもしれない、という仮説が成り立つ事がショックだった。

 ーーでも、私を守ろうとしてくれた。そうじゃないと信じたい。

 クロノが化け物ではない事を、祈るしかなかった。


 「倒す手段があるのかもしれません」

 ミリアは突如口にした。

 それは、光の精霊が話していたことによる。

 光の精霊はエルフの女王に会いに行けと言った。

 という事はエルフの女王なら何かしらの手段を知っている可能性が高いのだ。


 ラティスは驚く。

 そうだとしたら、今の状況を好転させ、安全に逃げる事ができるからだ。

 「本当ですか?今すぐ出来る事ですか?」

 「いえ、今はどうしようも」

 「そうですか、では後程伺いましょう」

 落胆を見せるも、後続の部下へ指示を出す。

 「リズ!結界部隊に伝えるんだ。『ミリア様は確保した。結界を張りつつ後退せよ』と」

 「ハッ!」

 リズと呼ばれた女性は列を離れ、数人の部下と一緒に列を離れた。

 彼女が向かい始めた瞬間、二度目の咆哮が空気を裂く。


 「ウルガァァァア!」


 轟音と共に、また一つ膜が消え去り、結界が薄くなった。

 残り一枚となり、ミリアに不安が過ぎる。

 ーー破られたらどうするの?また、私のために犠牲が出てしまう。

 そんな事を思ってしまうと、ナイタスで起きた出来事に意識が向かう。

 戦ってくれた人々に、どれほどの犠牲が出たのだろう。

 避難した住人達は、どうなったのだろう。

 確かめもせずに、逃げる事になってしまった。

 巻き込んでしまった申し訳なさが胸を突く。

 ーー全部、私のせいだ。私さえ居なければ。

 再度繰り返されてしまいそうな状況に、居た堪れなくなる。


 そんな心情を宥める台詞をラティスは呟いた。

 「もう少しで二枚目を展開する。間に合うな」

 その言葉通り、二枚目の膜が張られて結界が厚くなる。

 「よし。これで逃げ切れる。ミリア様、あと少しです」

 ミリアは小さく頷いた後、感じた。

 彼の緊張が少し解けたような気がする。

 想定していた窮地を脱したのだろうと思った。


 それを証明するように、遠方に鳥車が見えるような所まで来ていた。


 鳥車の姿に安堵するのも束の間、異変に気付く。

 鳥車を護衛していた兵士達が慌しくしている。

 「な、なんだ?」

 ラティスは向かうのを留まり、その場で目を凝らした。

 すると、反対方向から鳥車に向けて、新手の集団が迫って来ているのが見えた。

 未だ遠い距離から目視できたのは、その姿が巨大だったからだ。

 柱の様に聳え立つ大きな巨人族。

 身長は五メートル程だろうか。

 二十体位の個体が集団を成し、近づいて来ている。

 「マズイ!『結界壊し』だ!」

 「結界壊し?」

 初めて聞いた単語だったが、目の前で起こった現象で、理解できるのは早かった。


 鳥車を囲む様に張られた結界。

 その結界に巨人族が触れる前に、バキンという轟音が鳴り響き、結界が消失する。

 子供だろうか。

 背が低い。

 遠目でよく分からないが、髪の長さから女の子のように見える。

 その人物が集団の先頭に立ち、結界を壊した様に見える。

 巨人達がなだれ込み、迎撃しようとした兵士達がゴミ屑の様に潰され、蹂躙されていく。

 そして目指した鳥車は、巨人の棍棒で宙を舞った。


 「すまない」

 ラティスは悲痛な表情を浮かべる。

 犠牲を嘆いているのだろう。

 それでも彼は冷静に指示を出す。

 「リズに伝令だ!「結界壊しが来た。五人一組で小隊を作り、各々帰還せよ」急げ!」

 「ハッ!」

 伝令を任された男性が駆けていく。

 「ミリア様、このまま逃げる他ありません。痛むでしょうが、ご辛抱下さい」

 ミリアは歯を食いしばりながら頷き覚悟を決めた。

 振動で骨が軋み、鋭い痛みが続く事になるが仕方がない。

 自分の為に命を落とす者達が居るのに、文句など言えようがないのだ。


 ラスティは手綱を奮い、クレスタに向かい動き始めた。

 ーーどうか、これ以上犠牲が出ませんように。

 ミリアは痛みに耐えながら、兵士達の無事を祈った。

 背後から聞こえる鬨の声に、何度も繰り返し祈り、その場を後にした。


 

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