第18話 ミリアへの想い
時を遡り、獣人と魔獣の戦いが始まった頃。
クロノはサリーに連れられて、避難所に辿り着いていた。
街の方角から続々と住民達が避難して、あっという間に人でごった返す様になり、クロノはサリーの背後に隠れていた。
「すごい人ですね。座るところもない位」
普段人混みの中には行かないジジも、人の多さに圧倒される。
サリーは頷きながらも、街の反対側を見ていた。
「始まったわね」
地鳴りの様な争う声が鼓膜に届き、戦いの幕が上がったのを知る。
ーー死ぬんじゃないよ、ディーバ。
サリーは息子の無事を祈った。
そんなサリーに男性が声をかけて来た。
「あ、サリーさん!お願いがあるんですが」
「なんだい?」
「できる範囲で構わないんですが、自宅を使わせて頂けないでしょうか?老人や足の悪い人達だけでも座る所があれば助かるのですが」
「構わないよ」
了承して頷くと、ポケットから家の鍵を取り出した。
「鍵を開けるから、ちょっと待っておくれ」
「すみません、助かります」
男性を連れて、サリーは自宅の方へ走って行く。
ジジはクロノの顔を見て、手を繋いだ。
「すぐ戻ってくるから、私と一緒に居ようね?」
笑顔で問いかけるも、クロノは無言で小さく頷くだけだった。
よく考えれば、一緒にサリーの家まで行った方が良かったとジジは思った。
だが離れてしまった以上、ここで待って合流した方が良いと考え留まることにした。
避難道具を詰めたバッグに背を預け、クロノを背中から抱き寄せて座っていると、大きな声で叫ぶ声が聞こえてきた。
「怪我人を通すからどいてくれ!」
衣服に血が滲んでいる牛族の男性が、背負われているのが見える。
ジジは咄嗟に立ち上がった。
「クロノ、ここから動かないでね?すぐに戻るから」
クロノが小さく頷くのを確認すると、急いで男性の元に駆け寄った。
状態を確認する為に覗き込む。
魔獣の仕業だろう。
肉が引き裂かれて大量の出血をしている。
幸いなことに内臓には届いていないと診てとれた。
「出血がひどいけど裂傷だけね。私の傷薬を塗るわ!」
そう言うと、避難道具の中から傷薬を取り出す為に、バッグに駆け戻った。
「何処か屋根のある所に!それと熱いお湯を用意して!」
バッグを漁りながら指示を出す様子を見て、怪我人を担いだ男性が質問する。
「アンタ、医者かい?」
「細かいことは後にして!早く!」
「お、おう!急げ!」
出血が酷いので、急いで止血をしなければならない。
薬の瓶を取り出すと、怪我人に付き添って駆け出してしまう。
ーー早く処置しないと命に関わる。
そんな想いで頭が一杯になり、クロノの存在を忘れてしまう。
一人残されたクロノ。
ジジに動くなと言われ、彼女の背中を目で追った。
慌しく民家に入っていったジジの姿が見えなくなると、不安と孤独感に見舞われる。
ーー寂しい。
俯く頭にミリアの事が浮かぶ。
別れ際のミリアは怖がっている匂いがした。
先程の男性の様に、ミリアも怪我をするかもしれない。
そう考えるとクロノは立ち上がった。
背が届かないのでバッグを横倒しにする。
そして目的の物を取り出す為に、中身を少しずつ取り除いていった。
「あった!」
ジジが先程持って行った、傷薬の瓶と同じ物を見つけて取り出す。
ーーこれで怪我をしてても大丈夫。喜んでくれるかな?
ミリアの笑う顔を想像しながら、薬の瓶を両手で抱え、運び屋の建物を目指して走り始めた。
丘を下っていくと、避難してきた人達とすれ違う。
皆一様に、小さい子供が一人で居ることを気にかけていた。
だが怪我人やお年寄りを連れていて、それどころではなく、クロノはどんどん街に近づいて行った。
街の中は未だに混沌としており、商人達が荷車に積めれるだけ荷物を積んだり、住民達が家が壊されない様に、補強をしていたりした。
大人達が慌ただしく行動する様を見て、クロノも気が焦り始めた。
「あっ!?」
不意に大きな石に気付かず足を引っ掛けてしまい、前のめりで転んでしまう。
腕に抱えていた瓶は手を離れ、放物線を辿って地面に打ち付けられて割れてしまった。
「痛い」
痛みを堪えながら立ち上がるが、割れてしまった瓶を見て涙が溢れる。
「割れちゃった」
ミリアの為に持ってきた物を、台無しにしてしまった悲しみが沸々とわき、転んでしまった痛みが合わさって泣いてしまう。
ヒザを擦りむいて赤い血が滲み、ジンジンとした痛みが続く。
周りには慰めてくれる人はおらず、しばらく一人で泣き続けるしかなかった。
五分程経っただろうか。
擦りむいた痛みは徐々に和らいでくる。
周囲を見渡す余裕が生まれ、割れた瓶の周辺に、軟膏の塊がいくつかあるのが見つける。
「持っていかないと」
涙を拭い、その塊を小さい手で掬う。
そして、ミリアに逢いたい一心で、再び走り出した。
そしてディーバが特攻の雄叫びを上げた頃、キシムは運び屋の一階倉庫で魔人の女と対峙していた。
スーツは所々破れ、傷跡からは血が滲み出す。
そんな彼に呆れ顔で、魔人の女は口を開く。
「諦めの悪い子、ね?あなたに用がある訳じゃないのよ?」
妖艶な雰囲気を纏い、首を傾げる彼女に、キシムは激昂していた。
「ライノスさんの仇だ!お前は許さない!」
手にした鋼鉄の片手剣で、魔人の女が作り出す触手を、切り裂きながら近づいていく。
ーーアイツの代わりに私が!
この場にいないディーバに代わって、必ず仇を取る。
その想いが剣を握る手に宿り、斬れ味を鋭くしていた。
「フフッ。あの頃とは見違える様に強くなったわ、ね?」
余裕があるのか、笑みを見せる魔人の女。
彼女は紫紺の瞳でキシムを冷めたく見据える。
「ハァァッ!!」
気迫が籠った叫びを上げながら、剣を奮い続けるが、次々に湧く触手に苦戦する。
「良い子だから、邪魔しないの。ね?」
そう言うと触手を何本か纏めて太くすると、横殴りにキシムを吹き飛ばした。
「グゥッ!」
壁が凹む程の衝撃を受けたキシム。
ーー負けられない!
すぐに体勢を立て直し、上階へ続く階段に立ちはだかる。
「上には行かせませんよ!命に変えても、ここは通さない!」
四階にいるミリアを守る。
その為にもディーバ達の援軍が来ることを祈り、時間を稼ごうとしていた。
そんな姿に魔人の女は溜息をつく。
「まったく、困るわ、ね?あの方が愛した種族だから殺したくないのに」
困ったような表情を見せて発した言葉。
「あの方?」
この強い魔人が敬称を使う程の相手。
その人物が獣人を愛したとは、どうゆうことか疑問に思った。
思えば以前も、この女は殺したくない様な発言をしていた。
「貴方何も知らないの、ね?まぁ、知らなくて当然よ、ね」
悲しそうな目をする。
そんな姿に、キシムは見入ってしまった。
ーーなんだ?何の話をしているんだ?
物鬱げに話す内容に困惑していると、彼女はキシムの方を見て、ニコッと笑った。
「壊しちゃうから貴方、逃げた方がいいわ」
魔人の女の触手が一つに集まり、巨木の幹の様な太さになっていく。
「ほら、急いだほうがいいわよ?」
キシムに注意を促すと、頭を大きく振り回した。
「なっ!?」
太さを変えずに伸び続けた触手が、運び屋の壁を薙ぎ払って行く。
ーー此処に居ては建物に潰される!
キシムは咄嗟の判断で、壁が吹き飛んだ箇所から外に出た。
壁の支えを失った上階の建物が、ガラガラと崩れ落ちていく。
圧倒的な力を目の当たりにして、言葉を失うキシム。
そして、彼の視線には崩壊する建物内に留まり続ける魔人の女の姿があった。
ーー何故逃げない?何をする気だ?
そんな心配を他所に、彼女は押し潰されて行った。
魔人の女の行動が理解出来なかったが、ミリアを救う好機と睨み、四階部分を見る。
「今の内に!」
二階部分が押しつぶされて行く中、四階部分は建物の体を成しており、ミリアのいる部屋の窓めがけて飛び込んだ。
「キシムさん!?」
床に倒れ、伏したままのミリアが驚いた。
キシムは会話をせずに、急いで肩に担ぎ窓から脱出した。
「ケガはありませんか?」
「大丈夫で」
ミリアは自身を気遣うキシムの体が、傷だらけで衣服もボロボロになっていることに言葉を失った。
上階で戦う音は聞こえていたが、これほどのケガを負っているとは思わず、治癒の能力を発動させようとした。
「我が名はミリア・グラン」
「使ってはダメです!」
キシムの大きな声にビクつき、ミリアは詠唱を中断した。
その途端、崩れた運び屋の建物が、中央部から爆発した様に飛散する。
「助けるのが早いわ、ね?今ので片付けたかったのだけど。まぁいいわ、貴方が新しい『導き手』、ね?」
瓦礫の中から、突如現れた魔人の存在に慄くミリア。
ーー何で生きているの?この人が私の命を狙う人?
恐怖に震えるミリアを背に、キシムは剣を構えた。
ーーこの女、強すぎる。私では倒せないかもしれない。だが!
必ず守ると決めた。
リディアの為にも、そうしなければならないと気を引き締める。
そんな彼の背後で震える人間を見て、魔人の女は感想を漏らす。
「フフッ。親子なのかしら、ね?前のと良く似てるわ」
前の導き手に良く似た容姿をする人間に対して、親子だと思い発した言葉。
ミリアは動揺した。
ーー親子?前のって母さんの事?
その感情を察したキシムは、急いでミリアに耳打ちをする。
「ミリアさん!私が食い止めますから、その間にディーバの元に走って下さい」
自分に意識を持ってこさせ、動揺を鎮めようとしたのだ。
咄嗟の判断だったが功を奏する。
ミリアは意識をキシムに戻し、彼の指示に頷き肯定した。
魔人の女は服に付いた埃を払いながら、それを見ていた。
「貴方に私が止められるの?フフッ。それに逃したりしないわ、ね?」
言い終わると軽く手を二回叩いた。
すると、瓦礫の山から犬型の魔獣が十匹程姿を見せ、彼女の背後に並んだ。
ミリアを追いかける為なのだろう。
魔人の女は冷たい微笑みを崩さずに、ゆっくりと近づいてくる。
まるで死神の様に映り、キシムも死を覚悟せざるを得なかった。
「私が盾になります。諦めないでください」
小声で伝えると、ミリアの手を引き走り出した。
「諦めが悪いわ、ね?行きなさい」
魔人の女が手で合図すると、魔獣達は唸り声を上げて、勢いよく追い出した。
魔獣の脚は早く、人間の女性の脚力では追いつかれてしまう。
「私の背後に!」
建物の壁を背に、キシムは魔獣達に切っ先を向ける。
囲まれてこれ以上動きようがない。
魔獣達は唸り声を上げて、こちらを威嚇してくるが、襲ってくる気配はない。
その光景に、ミリアは恐怖でガタガタと震え出す。
あの時と同じタイプの魔獣が放つ咆哮で、身がすくんでしまった。
ーーもうダメだ。助からない。せめて彼のだけでも。
ミリアは震える声で願い出た。
「わ、私を、お、置いて行って下さい。それでキシムさんが、助かるのなら、わ、私は」
顔を引きつらせながら、自己犠牲で救おうとする姿に、キシムは自分を奮い立たせる。
「見捨てません!必ず助けます!」
剣を握る手に力が篭る。
ーー何とかしなければ!
そんな彼を見て、悠然と近づいて来る魔人の女は微笑んだ。
「フフッ。頼もしいわ、ね?貴方の決意は固いようだから、ソレと一緒にお別れ、ね?」
キシム諸共殺す覚悟が決まったのか、魔人の女は『お別れ』という言葉を使った。
ーー私の身体を犠牲にして、一瞬だけでも隙を作らねば!
キシムはその言葉に、覚悟を決めた。
「さようなら」
魔人の女が手を捻り合図をすると、一斉に襲いかかる魔獣達。
キシムはミリアの逃げ道を作るために、一匹でも多く道連れにするつもりで、剣を構えた。
目の前に居た三匹に意識を集中させていると、高速で動く白い影に、魔獣達が吹き飛ばされているのが視界に飛び込んできた。
目の前に居た三匹以外も吹き飛ばされ、代わりに現れたのは兎族の族長と同族の二人だった。
「ホッホ。加勢してやるぞい」
「シャールさん!」
兎族は強靭な脚力で、圧倒的な速度を生み出し、高速で移動することができる。
そのバネを活かして魔獣に体当たりをして、吹き飛ばしていたのだ。
だが体重の軽さもあり、魔獣に致命傷を与える事は出来ていなかった。
すぐさま体勢を立て直すと、再度向かって来ている。
それでも今の状況では、彼らの登場は明るい兆しとなり、希望が沸いた。
「トドメは頼むわい」
「助かります!」
襲い来る魔獣を弾いてくれ、キシムは一匹ずつ確実に仕留め三匹を倒すことが出来た。
その様を見ていた魔人の女は、微笑を引っ込めて雰囲気が一変した。
「あら?可愛い兎さん、ね?でもさすがに」
辺りを包む空気が急速に弛緩して行く。
魔人の女が何かを繰り出すのだろう。
キシムは急いで指示を出す。
「ミリアさん!今のうちに!」
「はい!」
ミリアは駆け出した。
そんな状況に魔人の女が怒気を含んで動き出す。
「もうお終いの時間よ!」
積極的に体を使い、触手を操る本気の姿。
キシムとシャール達は圧倒され始める。
今までの動きが遅く感じるほど、高速でうねり出した触手に、対応が難しくなっていく。
「ホー!?これは長く持たんぞい!」
「逃すだけの時間を!」
キシムは防戦に徹するが、触手の衝撃が体に突き刺さって行く。
ーーぐっ!強すぎる!
シャール達は魔獣を吹き飛ばしながら、触手を掻い潜った。
「しまった!?」
だが一際歪な形をする触手に、仲間の一人が絡めとられてしまう。
「反抗する貴方達がいけないんだから、ね!」
魔人の女が言葉尻に語気を強めると、捕らえられた兎族の男性は、一瞬で干からびたようにシワシワになり、動かなくなった。
「な、なんと!?」
驚くシャールを横目に、キシムは触手を切り裂いて足掻き続けた。
人数が減った事で魔獣に対応しきれなくなり、シャール達の妨害をすり抜けて、魔獣三匹がミリアを目指して駆け出してしまう。
「シャールさん、行けますか!?」
「無理じゃ!」
気づく事は出来ても、触手の猛攻に阻まれ、どうする事も出来ない。
ーーどうする?どうする!?誰かいないのか!
歯を食いしばりながら、増援が来ることを祈った。
ーー追って来てる!
逃げるミリアは、魔獣が後を追って来ているのが、足音ですぐに分かった。
追いつかれるのは時間の問題だが、キシム達が命をかけて作った時間を無駄にするわけにはいかず、愚直に走り続けた。
その時、建物の陰から小さな黒い影が飛び出して、こちらを目がけて走って来るのが見えた。
見覚えのある小さな獣耳。
それを上下させながら、笑顔を浮かべている。
ミリアは叫んだ。
「クロノ!?来ちゃダメーー!」
ミリアの大声を受けて、クロノは立ち止まった。
近づいてはいけない理由がわからず、その場で立ち尽くし待とうとした。
動こうとしないクロノに再度叫ぶ。
「クロノ!逃げて!!」
言い終わると同時に、魔獣に追いつかれる。
魔獣は目の前にいる人間の動きを止めるために、力の限り体当たりをかました。
「あぅっ!?」
突然の衝撃に、ミリアの喉を言葉にならない声が通る。
そして体は、クロノの頭上を飛び越えるほど吹き飛んでいく。
地面が近づいてくるが、なす術なく強く叩きつけられた。
衝撃で息ができない。
叩きつけられた痛みが鈍痛のように響き、ミリアはそのまま動かなくなった。
ヒューヒューと苦しい呼吸が続く。
そんなミリアを狙い、魔獣達は動き出す。
タッタ、タッタと軽快な足音を刻み、大口を開けて迫って来ていた。
クロノは進路上に立ちはだかり、両手を広げて叫んだ。
「ダメ!」
手に掬った薬の事など忘れて魔獣を制止しようとした。
クロノは魔獣を見ても怖いと思う事はなく、むしろ友好的に言う事を聞いてくれると思っていた。
その思いは半分叶う。
魔獣達はクロノを襲うような事は無かった。
一瞥したものの、フイッと顔を背けて通り過ぎて行く。
そんな魔獣に対して、再度大きな声で叫ぶ。
「ダメェェ!!」
だが、魔獣達は止まる気配がない。
餌を食べる様に、大きな口を開けてミリアに迫る。
ーーミリアが食べられちゃう!
更に大きな声を絞り出し、叫んで懇願した。
「やめてぇぇ!!」
その叫びを吐くと同時に、クロノの心臓はドクンと大きく脈打った。
そして主電源が落ちたように、意識がブツッと消える。
入れ替わるように、別人の様な大人びた声を発した。
それは目に見えるほどの黒い衝撃波を伴い、魔獣達を平伏させる事になる。
「ヤメロ!」
衝撃波を当てられ、魔獣達はその場に座り込む。
先程まで荒ぶっていた気性も、嘘みたいに大人しくなり、何かに怯えている様子。
ーー何あれ。
吹き飛ばされた痛みで動けないでいたミリアは、正面からそれを見ていた。
クロノの赤い瞳は、より赤みを増して輝き、黒い瘴気を全身から放っている。
可愛らしいクロノからは想像できない立ち姿に、ミリアは困惑した。
ーークロノ、なんだよね?
姿形はクロノで間違い無いが、存在感がまるで違う。
黒い瘴気が圧力を生み、怖く感じる程だ。
ーー何が起きたの?アレが本当の姿なの?
以前から疑問に思っていたクロノの正体。
それが垣間見える出来事だが、あまり嬉しく思わない。
そう思わせる程、クロノから発せられる黒い瘴気に、恐れを抱いていた。
魔獣達が大人しくなったのを確認すると、黒い瘴気は消え去っていく。
ミリアがホッとするのも束の間、操る糸が切れたみたいに、クロノは前のめりで倒れた。
「クロノ!?」
ミリアは、痛む身体を無理矢理動かして、クロノの側まで移動すると、倒れるクロノを抱き寄せた。
呼吸や鼓動を確認するが、しっかりしており、眠っているようだった。
そんな二人を取り囲む魔獣は、大人しく座りこみ、新しい命令を待っているかのように、クロノを見ている。
迂闊に動くことが出来ず、ミリアは固唾を飲みながら魔獣の動向に注視した。
黒い衝撃波は、魔人と争うキシム達にも届いていた。
衝撃を受けて大人しくなった魔獣と、動きが止まった魔人の女。
その場の全員が発生源に視線を送っていた。
送らざるを得なかったのだ。
「なんだ!?」
キシムは驚いた。
衝撃波は怒気を孕んでおり、誰もが不吉な事を予想してしまう物。
そんな経験したことのない黒い瘴気を放っているのが、クロノだと言うことが分かり、驚愕せざるを得ない。
ーーあの子が?あの黒い瘴気は何なんだ?
幼い子供が放っていいものではない。
情報を整理しようと、頭を働かせようとした時、魔人の女は先手を取った。
「退きなさい!」
いち早く動き出した魔人の女に、キシム達は反応が遅れて、全員触手に吹き飛ばされる。
ーーしまった!
失敗を悔やむ時間もなく、建物の壁が迫る。
「ぐぅぅっ!」
勢いよく建物の壁に打ち付けられ、痛みが全身を駆け巡る。
ーーぐっ!動け、動けよ!
衝撃で骨が折れた感触もあり、キシムは動きたくても動けなくなった。
シャールと兎族の仲間も、死んだのか気絶したのか、判断はつかないが動かない。
突如訪れた絶望的な状況に、キシムはミリアに視線を送る。
ーーミリアさん、逃げるんだ!
声を出すことが叶わず祈る様に願うしかない。
だがその願いも虚しく、凄まじい勢いで魔人の女は近づいて行った。
ミリアは魔人の女が迫るのを視界に捉える。
ーークロノが殺されちゃう!
そう思うと庇おうとした。
「この子は殺さないで!」
「邪魔よっ!」
魔人の女はクロノを掴むと、ミリアを触手で容赦なく吹き飛ばした。
ミリアは建物にぶつかる事は無かった。
だが地面に打ち付けられた後、勢いがなくなるまでゴロゴロと転がり続け、意識は遠のいていく。
ーークロノが、殺されちゃう。
擦れる視界で、魔人の女がクロノを腕に抱いたのを確認すると、ミリアの意識は闇へ消えて行った。
クロノを抱いた魔人の女は歓喜する。
「やっと見つけたわ」
目に涙を溜めながらそう言った。
愛おしそうに抱きしめ、顔を近づける。
「良かった。生きていてくれて」
彼女の頬を涙が伝っていく。
今まで見せていた冷たい微笑が嘘のようだ。
暖かみのあるような、慈母に満ちた笑顔をクロノに向けている。
「お前達、急いで帰るわよ」
クロノを抱きながら、スッと立ち上がる。
そして当たり前のように魔獣の背に座った。
「行きなさい」
号令をかけると魔獣は走り出す。
魔獣に揺られながら、クロノへ愛情の籠もった笑顔を向ける。
「これからはずっと一緒よ。どんな事があっても、貴方の側を離れないから、ね?」
魔人の女は慈しむように、そう言った。
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