第16話 族長会

 「どうしたの?急に立ち止まって」

 息子が急に立ち止まったのを見て、サリーは彼の視線を追った。

 その先に、森の奥で黒い何かが蠢いているのが見えた。

 「なんだいアレ!?」

 今にも森から溢れ出してきそうな何かに。サリーはたじろいだ。


 ディーバは蠢きの正体が何なのか大方の予想がついていた。

 八本の足で跋扈するアイツだろうと。

 しかし、確認を取る為に凝視した。


 ーーやべぇな、数が多すぎる!


 続々と森から出てくる魔獣に焦燥する。

 蜘蛛型の魔獣が群れをなして向かってくる。

 ディーバは一人では対処しきれないと悟った。

 「母ちゃん、キシムに知らせてくれ。アイツなら『族長会』を通じて街全体を動かせる。女と子供は避難して、男衆は武器持って集まれってな」

 「なっ!?」

 自分の息子は、他の獣人よりは戦闘力に恵まれている。

 その体格を活かして数々の困難を乗り越えてきた息子が下した判断が、よくない状況が差し迫っている事を告げる。

 「相手の出方次第だが、最悪を見越しておいた方がいい。あの数で一気に来られたら乱戦になる」

 「わ、わかったよ。すぐに知らせてくる!」

 サリーは慌てた様子で、来た道を戻ろうと振り返った。


 「母ちゃん!」


 不意に大きな声で呼び止められ、驚きながら振り向く。

 「クロノ忘れてるぜ。嬢ちゃんのとこに連れて帰ってくれ」

 「え?あぁ!」

 幼いクロノの事が目に入らないほど、サリーは動揺していた。

 「クロノちゃん!早く逃げないとっ!」

 息子の言葉で、少し冷静さを取り戻す事ができたが、早く知らせなければとサリーは気が焦っている。

 しかしクロノは、何を慌てているのか理解出来ないでいた。


 「なんで?」


 その言葉の意味をすぐには理解できず、ディーバは一瞬だけ戸惑った。

 「なんでってオマエ、怖くないのか?」

 「怖くないよ?」

 クロノは魔獣達を見ても怖いと感じていない様子だ。

 その姿に強烈な違和感を感じる。

 ーー普通怖がるだろう。何なんだ?この慣れている感じは。

 だが問いただしている時間が無い。

 時間が過ぎると共に魔獣の数は増えていき、状況は深刻さを増すばかりだからだ。


 クロノをこの場から離す為に話し出す。

 「いいかクロノ。オマエに嬢ちゃんの事を任せるからな。しっかり守るんだぞ?いいな」

 「わかった!」

 憧れのディーバから頼み事をされたのが嬉しく、満面の笑みで答える。

 「じゃあ母ちゃん頼むぜ。あとオレの武器持ってくるように伝えてくれ。買い物って言うから置いてきちまったからよ」

 「わかったよ。アンタ死ぬんじゃないよ!?」

 「おぅ、任せろ」


 走り去る母親の背中を見送ると、近くの民家にあった木製の物干し竿を手にすると、街の外に出て迎え討つ為に仁王立ちした。


 草原を覆い尽くしていく魔獣の群れ。

 ーーなんでだ?

 魔獣を含む魔族達は、基本的に獣人を襲うことはない。

 例外として鳥族のみを襲うが、それ以外では好んで襲って来ないはず。

 だが目の前の光景は、明らかにナイタスを目指して集まって来ている。

 ーージジの存在がバレたのか?

 ジジは運び屋の建物から出ることはほとんどない。

 出たとしても人目につかない時間を選び、変装を施すほど慎重に対処してきた。

 それに街の獣人達が情報を漏らし、裏切るとは思えない。

 ーーキシムが嬢ちゃんに関して、嫌な予感がするって言ったな。この事なのか?

 そんな考えも過った。

 この街に魔族が現れた事は一度もないのにも関わらず、ミリアが治癒の能力を使った途端にこれだ。

 そんな現状に、その可能性は拭いきれない。

 ーーどっちにしろ、やる事は変わんねぇか。

 幼なじみと、命の恩人。

 どちらも守ることには変わりがない事を再認識し、魔物の群れを見据えた。


 魔物達は、線が引かれているわけでもないのに、街から一定の距離を保った。

 その後ろには続々と魔獣が集まり絨毯のように広がっていく。

 奇怪な鳴き声が辺りを包み、空気が重たくなるのを感じていると、森の奥から人が歩いてくるのが見えた。

 ーー人間?いや、魔人か!

 若い男性の様な顔立ちで華奢な身体だが、頭部に巻き角を生やし、禍々しい気配を放っている。

 父を殺した魔人の女の特徴が重なり、ディーバはその人物を魔人だと判断した。

 魔人の女と対峙した時の記憶が甦り、『魔人』という事で恨みと怒りが沸々と沸いてくる。

 ーー何しに来やがった。理由によっちゃあ生かしておけねぇ!

 怒りで物干し竿を握る手が、ギリギリと音を立てて強く握られる。


 蜘蛛型の魔獣達は魔人の男を通すために、道を作るように移動する。

 自身の為に出来たその道を、悠々と歩いて魔人の男は近づいて来た。

 声が届く範囲まで来ると、不敵に笑いながら口を開いた。

 「やぁやぁ、出迎えありがとう。君、強そうだねぇ?戦ったら面白そうだなぁ?」

 ディーバの体躯を舐めるように見て、愉快げに喋る。

 挑発とも取れる行動だが、ディーバは堪えた。

 目的を知るのが一番だと考えていたからだ。

 「何の用だ」

 ディーバは無用な争いを防ぐ為にも、怒りの感情を抑えて用件を聞いた。

 「もう本題かい?せっかちだねぇ?」

 魔人の男はもっと喋りたいのか、はぐらかす様に喋る。

 「何の用だ!」

 感情が溢れ強い口調になるディーバ。

 「さっきも聞いたよ。人の話聞いてるのかな?まぁいいや」

 魔人の男は呆れた様に肩をすくい上げた。


 そして、知りたかった答えを漏らした。

 「この街に人間の女がいるだろう?連れてきて欲しいんだけどねぇ?」

 「人間の女?」

 ディーバは惚けて見せたが内心焦っていた。

 ーー嬢ちゃんの方か!キシムの予感ってのが当たっちまったか。どうする。

 ミリアが目的だと判ったが、情報が少ないので引き出そうとした。

 「その女がどうかしたのか?」

 「そんなの君に関係あるのかなぁ?」

 「知らなきゃ分からねぇだろが」

 「そう?そうなのかな?まぁいいか。光の魔法を使うんだよソイツ。だから殺してグチャグチャにしないとねぇ?」


 ーーチッ!やっぱり殺すのが目的か。何とかしねぇと。

 渡すわけにはいかないので、惚けるのを続ける。

 「そんな女知らねぇな。とっとと失せろ」

 「イヤイヤイヤ。居るのは分かってるんだよ?知らないなら探して来てくれない?君達獣人には手を出さないって掟があるからね?殺すわけにはいかないんだよ。まぁ邪魔をするなら?掟は守る必要ないし皆殺しにしちゃうんだけど?」

 魔人の男は不気味な笑顔で楽しそうに笑う。

 皆殺しの方が好ましいのだろう。


 ーーコイツだけなら問題ねぇだろうが、蜘蛛をどうする。

 魔人だけを相手にするなら、今の自分なら何とかなる。

 だが、蜘蛛達の相手にする余裕はない。

 仲間を集める為には時間を稼がなければならない。

 そこで、嘘をついた。

 「わかった。三十分だけ時間をくれれば見つけて連れてくる。だから街の人には手を出さないでくれ」

 「そうそう。素直にしてくれたら嬉しいね?まぁ君をグチャグチャにするのも楽しそうだけど?フフッ」

 魔人は不気味な笑顔を崩す事なく、蜘蛛の背中に腰掛けてくつろぎ始めた。

 「三十分だけだよ?それ以上は我慢できなくなっちゃうから覚えておいてね?」

 「あぁ、覚えておく。ちょっと待ってろ」

 「ハイハイ。大人しく待ってるよ?」

 ディーバは振り返ると、目的地目指して走り出した。


 その背中を見て魔人は呟き笑う。


 「フフッ。忠実な犬みたい」


 ディーバは街の中心部にある建物を目指した。

 ーー急がねぇと。早く避難を始めねぇと被害が大きくなる。

 魔人の登場に危機感を感じたディーバは焦っていた。

 キシムに頼んだ部族会の場に行き、窮状を伝えなければならないからだ。


 部族会は、この街に住んでいる各族長が話し合う集まりだ。

 街で起きた揉め事の仲裁や、法律を作ったりする組織になる。

 キシムは狼族の代表として名を連ねており、会員を緊急招集できる権限があった。

 部族会が開かれる場所は街の中心に位置する大きなテントで行われるのが習わしだ。


 テントが近づいてくると、入り口で警備をしている狐族の女性がディーバに気づいた。

 「あら?ディーバじゃないか。ん?」

 ディーバの走る速度が緩む事がない事を察知すると、長柄の槍を横に構えて止めようとした。

 「ディーバ?ちょっと!今は部族会議中だよ!」

 「時間が無ぇ!通るぜ」

 ディーバは軽い跳躍で彼女を躱し、テントに潜り込んだ。


 突然入って来たディーバに対して、キシムを含む四人の族長達は、一様に驚き身構えた。

 ディーバは飛び込むなり、時間が無いため簡潔に伝える。 

 「すまねぇ。皆、手を貸してくれ」

 いち早く反応したのはキシムだった。

 「どうゆう状況だ?」

 サリーから端的に聞いただけで、詳細は知らない。

 現状の把握しなければ行動が定まらないからだ。

 「キシム、魔獣を大量に引き連れて魔人が一人来やがった。嬢ちゃんが目当てだ」

 その言葉に族長達は驚く。

 「魔人じゃと?」

 「この街に?」

 「なんとっ!?」

 他の族長が驚く中、キシムだけは驚かなかった。

 ーーやはり。ライノスさんはコレを危惧していたのか。ミリアさんをどう守る。

 自身の悪い予感が当たった事に、今後の対策を考え始めた。


 「女、子供は避難させてくれ。戦える男達は」

 「ちょっと待て、嬢ちゃんとは誰のことだ?」

 ディーバの言葉を、牛族の長『アゲナイ』が遮った。

 彼は牛族の純血。

 闘牛の様な角が印象的で、太い腕を組み、鋭い眼光でディーバを睨みつけた。

 「人間の女性です。運び屋の建物で保護しています」

 キシムが答えると、扇子を広げて口元を隠した狐族の長『リピテル』が冷淡に返す。

 「差し出したら良いではないか。この街と人間一人、天秤にかけなくてもわかろう?」

 豪奢なドレスを纏った半獣人の女性。

 美しい容姿とは裏腹に、冷徹な瞳をキシムに向ける。

 たった一人の者。

 それも獣人ではない人間の命。

 街に住む大勢の人の命を同列に考えるなど、正気ではないと言いたげだ。


 「それは」

 自分たちには命の恩人で大切な存在だが、無関係である彼女の言葉は正しく、キシムは言葉に詰まってしまう。

 そんなキシムの代わりにディーバが喋る。

 「そうだな。すまん勘違いしてたぜ。これはオレとキシムの問題。オレらが嬢ちゃんと一緒に、この街から去ればいいだけの話だな」

 狐族の長リピテルの言葉に、無関係な人を巻き込んでいるのは自分達だと気付かされ、ミリアを連れて逃げる事を決意する。

 「一つだけ頼めるか?逃げる準備をするから少しだけ時間をくれ。長くはかからない。オレらが街を出たら魔人に逃げたと伝えればいい」

 「かまわぬ」

 「あぁ」

 ディーバがそう言い放つと、牛族の長アゲナイと狐族の長リピテルは納得した様子で頷いた。

 「おいキシム。急ぐぞ。あまり時間が無い」

 キシムは黙って頷き、席を立った。


 「ちょっと待てディーバ。何処に逃げるつもりじゃ?」

 今まで黙って話を聞いていた兎族の長『シャール』は長い髭を摩りながら尋ねた。

 兎族の純血で、毛に覆われているにも関わらず、年輪を刻むシワが目立つ。

 小柄だが、刻んだシワの数だけ知識を蓄えており、部族会のまとめ役として活躍している。

 そんな彼は、ディーバ達の行く末を慮った。


 「さぁな。なんとかするさ」


 行く当てなど漠然とクレスタへ向かう事しか浮かばない。

 その後どうするかなど、分かりようがなかった。

 しかしながら、この街を守る為にはミリアをここに置いておく訳には行かない。

 街を出るしか選択は無く、行き当たりばったりで行くしか無い。

 魔人と約束した時間が迫って来ているのだから。


 シャールは疑問に思う。

 そんな不確かな逃避に身を任せようとする二人に。

 「なぜその人間に、そこまで肩入れをするんじゃ?」

 ディーバは彼の瞳を見て答えた。

 「オレやキシム、ジジの命を救って貰ったからな。今度はこっちが救う番。それだけだ。じゃあな」

 そう言うと視線を外し、キシムと共に歩き出そうとした。

 「待て待て、まだ話は終わっとらんじゃろう」

 「あぁ?」

 引き止める言葉に二人は歩くのをやめ、兎族の長シャールに目をやった。

 「爺さん、時間が無ぇんだ」

 「まったく、命を救って貰ったからじゃと?お前らしいのぉ」

 「あぁ?」

 シャールの真意がよく分からず、ディーバは表情を歪めた。

 シャールはつぶらな瞳でアゲナイとリピテルを見る。

 「ワシらの仲間が、お前にどれだけ助けて貰ったことか。その理屈を通すなら、今度はワシらが助けてやらんと話がおかしくなるわい。そうじゃろ?」

 牛族の長と狐族の長を諭す様にそう言った。


 アゲナイは肩の力を抜き、鼻で少し笑う。

 「ハッ。しょうがねぇな。爺さんの言う通りだ。お前らが居なくなっても困るしな。その人間の事は知らねぇが、協力してやるよ」

 その言葉に続く様に、リピテルは口元に広げた扇子を折りたたみ、その扇子の先をディーバに向けた。

 「其方の日頃の行いに感謝して、妾達も手伝ってやろう。嬉しいか?」

 口調は目上から話す様に偉そうだったが、ニコリと笑った顔には優しさが溢れていた。


 「おぅ。助かるわ」


 ディーバは嬉しそうに笑みを浮かべたが、横で見ていたキシムには、無理して笑っているのが分かり気になった。


 「ではワシら兎族で街中に避難を呼びかけようかの。戦いは不得意じゃが、足は速いからのぅ。子供達と女性、それと戦えない者を逃すとして、避難場所はどこにするんじゃ?」

 しゃがれた声で喋るシャールの言葉に反応して、アゲナイもディーバに向けて喋りだす。

 「魔人達は、どっちの方角から来た?」

 「街外れの『リリルカ布団専門店』の方角だ」

 リピテルは再び扇子を開いて、口元を隠しながら自分の意見を言う。

 「それなら反対側の小高い丘の上が良いと思うぞ?状況が変化しても対処しやすいじゃろう?」

 「そうだな。それが良いだろう」

 リピテルの提案に頷き、アゲナイは役割を申し出た。

 「オレら牛族は前線で壁となり、避難する時間を稼ごう」

 「大丈夫か?」

 危険度が高い前線での役目を引き受けたアゲナイを心配して、ディーバは確認のために声をかけたが鼻で笑われる。

 「ハッ!心配など必要ない。オレらの頑丈さは知ってんだろ?」

 「だな」

 獣人の中でも牛族は体が大きく、筋肉質で耐久力が高い。

 頑丈さでは他の種族に負ける事はないだろう。

 アゲナイの言葉は正しいのだが、肯定するディーバの顔は何処か晴れない。


 そんな異変を感じとっていたのは、幼なじみとして付き合いの長いキシムだけだった。

 何か思う所があるのだろうと考えるが、今はそんな話をする場面ではない。

 キシムは狼族の長として、自らの役割を話した。

 「我ら狼族も前線で戦いましょう。魔獣相手なら拮抗できるでしょう。魔人はディーバ、お前が退けるんだ」

 魔人に対抗できる戦闘力を有するのはディーバしかいない。

 そう思いディーバに指示を出す。

 「あぁ、そのつもりだ。サシなら何とかなる」

 十五歳の時体験した魔人の強さは、近づく事すら難しくて触れる事も出来なかった。

 あの時は圧倒的な力の差を感じたが、いつか父親の仇を討つために鍛え上げてきた肉体は、魔人と対抗できる段階まで来ていた。

 その自信があり、ディーバは魔人の男を引き受けた。


 「妾達狐族は、避難の誘導と警護を引き受けようぞ。妾は魔獣を切り裂きに行くがな」

 開いた扇子の奥で微笑しているのか、目を細めるリピテルの声は楽しげに声を上づらせる。

 「無理はするなよ」

 「なんじゃ?妾の強さを疑うのか?」

 眉間にシワを寄せ、眉尻を吊り上げて不快感を示すリピテルを見て、ディーバは胸の内を曝け出した。

 「そうじゃねぇ。元々オレらの事情だから、出来れば誰にも死んで欲しくねぇんだ」

 自分達の都合で巻き込んでしまい、恐らく誰かが犠牲になってしまう。

 そんな未来が予想出来てしまい、これでいいのかと引っかかっていた。

 話が順調に進んでしまい、後には引けない状況になっても、ディーバの心は迷っていた。

 「心配せずとも、妾は死なん。強いからの?」

 「言いてぇのは、そうゆうことじゃ」

 惚けているのか天然なのか判断がつかないが、こちらの意図を意に返さず、相変わらずの上から物を言うリピテルが面倒になり、ディーバは考えるのを止めた。

 そして流れに身を任せる事を決心した。

 「チッ!じゃあ行くか!頼んだぜ?」

 ディーバの言葉に覚悟を決め、キシムは号令の様声を出して促す。

 「行きましょうか!」

 それを受け族長達は立ち上がった。

 「ホッホ。頼まれてやるわい」

 「やってやんぜ!」

 「久方ぶりに妾の血が騒めいておるわ」

 それぞれの役目を果たすために、皆その場を後にした。


 各族長達はそれぞれの役割を目指して散り散りになり、ディーバはキシムと共に、運び屋の建物を目指して走った。

 「オメェの悪い予感が当たったな」

 「あぁ。リディア様の時も災いを呼ぶと言っていた。恐らくこうゆう事だったようだね」

 「そうだな」

 そんな事実を知り、ディーバは改めてリディアに感謝した。

 ーー自分の身が危なくなるってのに、救ってくれたんだな。アンタの娘は必ず守るぜ。約束だ。

 心の中でリディアに誓った。

 救ってくれた恩に報いる為にも、ミリアを魔族から守りきると。


 キシムは違う事を考えていた。

 「他人を助けると自らの命を狙われる、か。可哀想な力だね」

 治癒の能力は素晴らしいが、代償が大きすぎると。

 彼はリディアとミリアの事を想い、節目がちで遠くを見るような目をする。

 「オレとオマエで守ってやったらいい」

 一片の揺らぎもなく喋るディーバ。

 「そうだな」

 キシムは軽く視線を落としながら肯定した。

 「ジジはどうする?」

 「奴らの狙いは嬢ちゃんだ。ジジは他のみんなと一緒に逃げてもらうとして、オマエは運び屋の建物に残って嬢ちゃんを守れ」

 「それは構わないが、それだと」

 キシムは魔神に立ち向かうディーバをフォローできないと思った。

 何を言おうとしているのかわかるディーバは、被せるように頼んだ。

 「いいんだ、オマエにしか頼めない事だ。コッチは何とかなる」

 走りながら横目で見たディーバの目は、固い決意を宿してこちらを見つめていた。

 「わかった、私が守る」

 親友の決意を尊重し、頷きながら引き受けると二人は視線を前方に戻した。

 「嬢ちゃん達はあそこに居るんだな?」

 「あぁ、逃げる準備をする様に言ってある」

 目指す運び屋が見え始めると、会話をやめ全力で駆け出した。

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