第15話 騒めき

 「ん?何やってんだ、お前」

 四階に上がって来たディーバは、ドアの前で不自然に蹲るジジに声をかけた。

 「ディーバ!?」

 小さく蹲り俯く姿に、ディーバは幼い頃のジジを思い出した。


 魔人の女に両親を殺されたジジは、意識を取り戻すと自分を責めて塞ぎ込んだ。

 両親が犠牲になったのは、自分のせいだと。

 周りがそれは違うと諭す様に否定しても、受け入れる事はなかった。

 ライノスが到着する前、魔人の女と何を話して何を見たのか。

 ジジが語ろうとしなかったので、今でもそれは分からない。

 だが、悲観して嘆く姿は余程のことがあったのだろうと、容易に察することができた。


 ディーバは、父親のライノスを失った。

 無残な死に様に大いに悲しんだ経験から、あの場で両親を亡くした彼女の気持ちが、痛いほど良くわかった。

 自分より深い悲しみを抱えるジジ。

 ディーバは彼女に寄り添い続け、見守り続けた。

 両親を亡くして孤児となってしまったジジは、サリーに家族として迎え入れられた。

 ディーバの希望があったのも一つの要因だが、夫が命と引き換えに守ろうとした意思を引き継ぎたかったのが大きい。

 そして、引き取ると直ぐにナイタスへ引越しを決定する。

 鳥族だけが殺されて、集落には被害が無かった事から、魔人の女の狙いが鳥族なのは明白だった。

 ジジの為に他人と接しなくても良いよう、郊外の住居を探した。

 街から離れた小高い丘に、誰も住み手がいない家を見つけて住み始める。

 そこで二人は、ジジの心が穏やかになるのを気長に待ち続けた。

 そんな生活の最中、ジジは悩みがある時や不安を感じた時に、小さく蹲る癖があった。

 その度にディーバは側で話を聞いてやり、問題を二人で共有することで、ジジは落ち着きを取り戻す様に笑顔になった。

 そんなやり取りを長年積み重ねたからこそ、ドアの前で蹲る彼女が、何か悩んでいるか不安を感じている事がすぐに解った。


 ーーまったく、大人になっても変わんねぇな。

 内心そう思うが、素知らぬフリで話しかけた。

 「何か悩んでんのか?オレに相談してみろ」

 「な、悩んでなんかないわよ!」

 「あぁ?そんなわけねぇだろ」

 「本当よ!」

 「嘘つけ。早く話せよ」

 ジジは大人になればなるほど、迷惑をかけまいと話をはぐらかそうとする様になった。

 そんな事はお見通しのディーバは、呆れながらも話しを聞こうとする。

 しかし、内容が内容だけに、本人に話をするわけにもいかず、何とか取り繕うとしたジジはこう言った。

 「だ、だから!お、女の子にしかわかんない事だから言えないの!」

 そう言えばディーバも引き下がると思い発言したのだが、彼には予想外の効果を生んだ。

 「あぁ?そうか。んじゃ嬢ちゃんに聞いてもらえ」

 「えぇ?ちょ、ちょっとっ!」

 そう言うとジジを押しのけて、いつもの様に激しく轟音を発生させてドアを開けた。


 「嬢ちゃん悪いな。コイツの悩み聞いてやってくんねぇか?女にしかわからんらしい」

 「え?えぇ、わかりました。えっと、あとでもよろしいですか?」

 「おぅ。嬢ちゃんの都合が良い時でいいからよ。頼むわ」

 ドア越しに全て聴いていたミリアは受けるしかなく、ジジの為に時間をずらす事で誤魔化した。

 その気遣いにジジは感謝していたが、ディーバの背後で、今までで一番と言っていいほど顔を真っ赤にしていた。

 ミリアに目を合わせる事が出来ず、下を向いてモジモジしていると、ディーバは彼女の頭を大きな手で撫でると、笑顔を向ける。

 「良かったな。後で相談に乗ってもらえ」

 「あ、ありが、とう」

 まるで妹にでも接する様な姿だった。

 撫でられたジジの紅潮は、恥ずかしさで最高潮を迎えていた。


 そしてディーバの中では、問題が解決されスッキリしていた。

 そこで、本来の要件を二人に伝える。

 「ちょっと母ちゃんの買い物を手伝うからよ。クロノも一緒に連れてくぜ?」

 「はい、わかりました」

 「おぅ。んじゃあな」

 そう言うと部屋から出て行き、ノシノシと廊下を進む音が遠ざかって行く。


 部屋に残された二人は暫し無言になる。

 二人とも気まずさを感じて動けないでいたが、暫くしてジジが口を開く。

 「あ、あの。ディーバにはその。内緒にしておいて、ね?」

 「は、はい」

 恥ずかしくて、今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出すジジに、ミリアは肯定するしかなかった。


 下に降りて行ったディーバは、二階のキシムの仕事部屋に入る。

 「母ちゃん、伝えてきたからよ。行くか?」

 「ちょっと待ってね」

 サリーはキシムと何か話し込んでいる様子だ。

 ーー何話してんだ?

 そんな事を思っていると、退屈そうにしていたクロノは、ディーバの足に抱きついてくる。

 そんなクロノにこれからの予定を伝える。

 「話が終わったら買い物行くからよ。また飴買ってやろうか?」

 「うん!」

 満面の笑みを浮かべるクロノの姿に、ディーバの口元は緩んでいた。


 足元のクロノを抱きかかえ、サリーとキシムの会話に耳を澄ます。

 「そうですね、その件は私に任せてください。今の状況では無理かもしれませんが、何かしら掴んでみせますよ」

 「お願いするわ。日常品は私が用意するようにするわね」

 「それがいいですね?男の私では分からないこともありますから。費用は私が持ちますので、必要な分はしっかり用意して下さい」

 「あら、助かるわ」

 「当然ですよ。それくらいはさせて貰います」

 「それじゃあ、買い出し行ってくるわね」

 「えぇ、お願いします」


 サリーは話し合えると、ディーバを連れて部屋を出た。

 「何を話してたんだ?」

 ディーバが質問すると、物鬱げに話し出す。

 「ミリアちゃんの今後のことを話してたのさ。キシムちゃんがね、もしかしたらミリアちゃんは、何かに襲われる可能性があるって」

 「何か、って何だよ」

 「たぶん魔族って話だよ。絶対って訳じゃないけど、そんな予感がするんだって。それだと、私の家じゃ守ってあげれないでしょう?アンタはいつも居るわけじゃないし」

 「あぁ、そうだな」

 「だからね、ジジちゃんの時と一緒の対応したら良いって。この運び屋に住んでもらったら安心でしょう?」

 「そうだな」


 サリーの話を紐解とこうだ。

 かつて三人は一緒に住んでいたが、運び屋の建物ができると、ジジだけ移り住む事にした。

 その方が安全だろうと考えたからだ。

 ここに居れば関係者以外に会う事が少ない。

 そして、昼夜問わず倉庫で誰かがいる。

 例え魔族に襲われても、対処がしやすいのだ。


 「それでだ。ここに住むにしても、色々物入りだろう?それを今から買いに行くから、アンタが運んで頂戴ね」

 「あぁ」

 ディーバが返事をすると、クロノは手を挙げてアピールする。

 「クロノも持つよ!いっぱい!」

 「あらぁ、じゃあ、お願いしちゃおうかしら!」

 「うん!」

 腕に抱くクロノは、無邪気に笑っていた。


 三人は露店が立ち並ぶ通りを目指して歩く。

 露店が近づいてくると、一番手前の果物店の主人が朗らかに近づいて来る。

 「ディーバじゃねぇか。今日は仕事休みか?」

 「おぅ、まぁな」

 「何かいるか?安くしとくぜ」

 「ありがてぇが、また今度な」

 「そうか。この前やられたんだろう?体には気をつけろよ!」

 「あぁ」

 そんな会話をし終わり進むと、今度は精肉を売っている店の女店主に捕まる。

 「ディーバ!アンタ久しぶりだねぇ!」

 「そうか?」

 「そうだよ!アンタの姿、二週間ぶりに見たよ。てか、アンタの子供かい!?」

 女店主はクロノを指差し驚く。

 「違う。これは友達だ」

 「そらまた、小っこい友達作ったね!?ちょっと待ってな」

 そう言ってベーコンを一口サイズに切り分けて、軽く包装するとディーバに差し出した。

 「これ、持っていきな!歩きながらでも食べるといいさ」

 「いいのか?」

 「アンタにゃ旦那が世話になってるからね!ちょっとしたお礼さ」

 「大袈裟だな」

 「そんなことないさ!」

 「ま、ちょうど何か食いたかったからな。貰っとくわ」

 ベーコンの入った包みを受け取ると、女主人はクロノに手を振った。

 忌憚のない笑顔に、クロノも笑顔で手を振った。 


 「クロノ、この肉美味えぞ?」

 「そうなの?」

 ディーバは包みを開けて、クロノに一欠片渡す。

 クロノはそれを口に放り込み噛みしだいた。

 肉の中に閉じ込められていた旨味がジュワジュワと広がっていく。

 「美味しい!」

 「だろ?」

 そうやって笑っていると、また声をかけられる。

 「ディーバさん。この前はありがとうございました」

 「ん?あぁ、元気になったか?」

 「お陰様で!」


 その後も、街の人から声をたくさんかけられた。

 ディーバの面倒見の良さが発揮され、困っている人を手助けしているうちに、街の人達から信頼されて慕われるようなっていたからだ。

 その光景を見ていたクロノは、彼にはたくさんの友達がいるのが凄いと思った。

 自分もこの人の様になりたいと、羨望の眼差しでディーバの顔を見上げていた。

 横で見ていたサリーも、嬉しそうに喋る。

 「人気者だねアンタ。母ちゃん嬉しいよ」

 「あぁ?そんなんじゃねぇよ」

 「私の育て方が良かったんだね!」

 サリーは小さい子供にする様に、ディーバの頭をガシガシと撫でた。

 「やめろよ。もう子供じゃねぇんだから」

 ディーバは母の手を邪険に払うが、嬉しいのか口元が緩む。

 「ま!せっかく褒めてあげてるのに。大きくなると可愛げがないねぇ?クロノちゃんくらいの時が一番可愛いわ。このまま大きくならなかったらいいのにねぇ?」

 そう言いながらクロノの頭を撫でた。


 だが、撫でられながら言葉の意味を考えて、クロノは悲しそうな顔を見せる。

 「どうしたの?」

 サリーが聞くと、泣き出しそうな顔で答えた。

 「クロノは大きくならないの?」

 クロノはディーバの様に大きくなって、ディーバの様に格好良くなりたかった。

 それなのに、小さいままの方が良いと言われて、このまま成長しないのではと心配になったのだ。

 顔のパーツは中央にキュッと寄せて、思い詰めた表情をする。

 「そうゆう事じゃないのよ!?」

 サリーは慌てた。

 余計な言葉を口にしてしまったと後悔し、慌てて否定をしたが、悲しい表情は崩れない。

 

 困った様子の母親を見かね、ディーバが声をかける。

 「クロノ。今のは、オレもオマエみたいに小さい頃があったって話だ。オレみたいにデカくなりたかったら、メシをいっぱい食わないとな。出来っか?」

 憧れのディーバの言葉に、クロノの顔は明るくなる。

 「うん!いっぱい食べたらいいの?」

 「そうだな」

 「頑張る!」

 笑顔を見せ、いつもの調子に戻ったクロノを見て、サリーは安堵する。

 助かったよと息子に目配せすると、ディーバは呆れた様子で肩を竦ませた。


 「んで?何を買うんだ?」

 露店を歩いてきたが、何も購入する素振りがない母に質問を投げかける。

 「布団を探しているんだよ。あそこには、ジジちゃんの分しか無いからねぇ」

 「布団か」

 大きな物だけに、露店ではあまり見かけない。

 だが布団と聞いて、高級な物から安価な物まで取り揃える店が、街外れにある事を思い出す。

 「ちょっと離れるが街の外れのとこに専門の店があったな。あそこになら良いのがあんだろ」

 「そうなのかい?なら、そこに案内しておくれ。せっかくだから良いのが買いたいしね。それに、お金の心配は要らないし!」

 サリーの意地悪そうな顔を見て、先程の会話を思い出す。

 キシムは費用を持つと言っていた。

 どんな反応をするか想像すると、思わず笑い声が出る。

 「ハハッ!キシムの奴、請求額に驚くかもな!」

 「フフッ。一番良いの買っちゃおうかしら!」


 二人共含み笑いをしながら、街外れの布団店を目指した。

 ーーこんな事、久しぶりね。

 こうして親子で買い物をするなど久しぶりで、サリーは気分が高揚し、二人の会話は途切れなかった。

 その話の中で、息子に今後のことを聞き始めた。


 「アンタ、仕事はいつから復帰するんだい?」

 「ん?まぁ、体はなんともねぇからな。明日からでも行けるけどよ。嬢ちゃんの事があるから、暫く様子見だな」

 「そうかい」

 「どうせクレスタへの街道は、今も封鎖されたまんまだしよ。それだと護衛が必要な仕事もねぇから、カリムに任せておいても大丈夫だろ」

 「ふむ」

 サリーが考え込む様な仕草をする。

 「ん?どうした?」

 「キシムちゃんから聞いたんだけど、ミリアちゃんはエルフに会いたいそうなんだ」

 「エルフだぁ?滅多に見かけんやつだな」


 ディーバはエルフに何回か会った事がある。

 だが、いずれもすれ違う程度の話。

 一度だけ話しかけた事があったが、相手にされなかったのをよく覚えている。

 「あいつらに話しかけても、相手にしてもらえねぇかもな。でも、何でエルフに会いてぇんだ?」

 「キシムちゃんに聞いただけだから、私も詳しく知らないんだよ。ただ、身を守る為に協力してもらう必要がある、みたいな事を言ってたね。エルフの居そうな場所の情報は集めるって言ってたから、まだ先の話になるだろうけど、そうなった時はアンタが護衛して送ってあげるんだよ?」

 「おぅ。それが嬢ちゃんの役に立つなら、引き受けるわ」

 「頼んだよ」


 そんな話をしていると、目的の布団店が見えてきた。

 『リリルカ布団店』と大きな看板を掲げている。

 寝具だけを扱う店として知られ、庶民向けの安価な物から、高級志向のお客にも対応できる専門店だ。

 街の外れに位置するので、二階建ての建物が目を引く。

 近づくにつれ、街の外の景色が開けてくる。


 何となく見ていた遠くの森。

 その景色に対して、ディーバは違和感を感じた。

 ーーなんだ?

 普段の景色と何かが違うと思い目を凝らす。

 木々に住う鳥たちが、騒いでいる。

 互いに警戒し合うように囀り、その鳴き声は大きくなっていく。

 何が契機だったのか判らないが、鳥達が一斉に飛び立った。

 ーー何か来やがる!

 ディーバの警戒心は最高潮を迎えた。

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