第14話 恋心

 「他に聞きたいことはありますか?ミリアさん」


 キシムが問いかけると、ミリアは光の精霊が話していた『エルフ』について聞いた。


 「あの。エルフについて、教えて欲しいのですが」

 「エルフ、ですか?」

 唐突な質問に、キシムは両方の眉を上げる。

 「どうしても、エルフの女王に会いたいのですが、何か良い方法はないでしょうか」

 「女王に、ですか」

 キシムは口に手を当て考える。

 「あの国に張られている結界はご存知ですか?」

 「はい」

 「なるほど。その結界を越えるには、エルフに同伴してもらう必要があります。その為には、エルフに知り合いがいたら話が早いのですが」

 言葉尻に語気は弱まる。

 「残念ですが、私に知り合いは居ませんね。そもそもこの国では滅多に見かけない種族ですし、会うのは難しいかも知れません」

 「そう、ですか」

 運び屋と言う職業柄、もしかしたら伝手があるかも知れないと考えていた目算は崩れる。

 だが、一つ情報を得れた。

 エルフに同伴してもらえれば、結界が通れるという事だ。

 当面はクレスタに戻りつつ、エルフを探したらいい。


 「どうして女王に?」

 彼の質問は当然だろう。

 話の流れで出た人物ではないし、何故会いたいのか分からないからだ。

 ミリアは光の精霊と会話したのだが、その内容を他者に打ち明けていいのか、少し思い悩む。

 ーー打ち明けていいのかな。だけど、このままじゃ前に進めないし、少しでも情報を得なきゃ。

 彼女には選択肢がなかった。

 女王に会うために小さな情報でも集めなければ、これからどう行動していいのかわからない。

 「あの。信じられないかも知れませんが、光の精霊と会話する事ができまして」

 「光の精霊?」

 キシムとジジは、その言葉に驚いた。


 精霊の中でも、最高位で絶大な力を持つ存在。

 接触できた者は極端に少なく、姿を見た者も限られるからだ。

 ましてや会話したなど聞いた事がない。

 「突然な話で信じられないかも知れません。ですが、光の精霊が忠告してくれたんです。能力に目覚めてしまうと、命を狙われ続けると」

 「命を、ですか?」

 それを聞いたキシムは、顔を曇らせた。

 ーー能力に目覚めると、命を狙われる?誰に。

 「はい。それで」

 「ちょっと待って下さい。誰に狙われるのですか?」

 先を話そうとするミリアを遮り、彼は質問した。

 「えっと、魔族って言ってました。あと、ソウルイーター?にも気をつける様に言ってましたけど、ソレが何なのか分からなくて」

 ミリアが頭を掻きながら言うと、キシムの顔は険しくなった。

 ーー魔族は分かりますが、ソウルイーターとは。

 重い口を開く様に、彼は話す。

 「ソウルイーターは黒衣の鎧を身に纏い、大剣を得意の武器として使う者です。風の噂ですが、不死者ではないかと言われています。真偽の程は分かりませんが、ディーバをやったのも、恐らくソイツの仕業でしょう」

 「そうなのですか?」

 「本人から聞いた特徴が似てますからね。クレスタに魔族が攻め入る原因は、ソウルイーターが関係している。そう言われるほど、魔族にとって重要な存在みたいです。そんな人物が相手とは」

 どうしたものかと考え込むキシム。


 それに、もう一つ懸念すべき事項があった。

 それは過去にリディアが能力を使用した際、ラティスは慌てた様子で、急いでその場を後にした事だ。

 ーーラティスさんは災いを呼ぶと言っていた。もしかしたらここに魔族が来るのか?

 そんな嫌な予感がした。

 だが、今の所何も変わった事は起きていない。

 杞憂であれば良いと感情に蓋をして、彼はエルフの話をした。

 「エルフの国『アステレーナ』は、四百年前から国交を閉ざしています。その為、ドラゴンを封印した英雄の一人として語り継がれる、女王の姿を見た者はいません。光の精霊が言うのであれば、存在しているのでしょうから、王宮に居るでしょうね。他のエルフですが、クレスタで目撃情報が稀に上がります。何でも古い遺跡を調べている、二人組のエルフがいるそうですが、その方々を探すしか方法が無いですね」

 「そんな方がいらっしゃるのですか?」

 「以前ディーバも見かけた事があり、話しかけても無視されたと怒ってましたから、居るのは間違いないです。ですからクレスタで探してみるしかないですね」

 「クレスタ、ですか」

 ミリアの表情が曇る。


 ーー父に会わなければならないだろうな。

 そう考えると気分が乗らない。

 クレスタにエルフが居るのなら、父の権力を使えば容易く見つける事ができるだろう。

 だが、屋敷に閉じ込められた記憶が胸を締め付けてくる。

 「少し考えさせて下さい」

 思い詰めた表情で時間を要求するミリアに、キシムは黙って頷いた。


 キシムはドアノブに手をかけ振り向く。

 「では、私はそろそろ仕事に戻ります。二階に居ますので、何か用があるときはいつでもいらして下さい」

 そう言って彼は出て行った。


 二人きりになった部屋で、ジジが喋りだす。

 「ミリアさんにとって、『クレスタ』はあまり居心地の良い場所じゃなかった?」

 核心を突いた質問に、ミリアは驚き目を大きく見開いた。

 「どうして、それを」

 「何となくだけど、自分の国に戻りたくなさそうだから。嫌な事があったのかなって」

 彼女に悩みがあるなら、力になりたい。

 その想いから出た言葉だった。

 そんな気遣いが、父との確執に悩むミリアの心に深く届いた。

 誰にも話したことのない事で、これからもずっと一人で抱えていくつもりだった。

 しかしながら、キシムが話したジジの身の上話を聞いて、彼女になら話したいと思い語り始めた。


 「私、小さい頃から父に」


 そこまで言いかけると、廊下の方から複数の足音と話し声が聞こえた。

 段々と近づいてきて騒がしくなっていく。

 「ジジちゃんの部屋はどこなんだい?」 

 「おぅ。ジジの部屋は、そこのドアんとこだ」

 「あ、ちょっと、待ちなさい!ドアは私が開けるから!!」

 ドアが、ズドンと大きな音を立てて開いた。

 そしてクロノを腕に抱いた、ディーバの姿が見えた。

 衝撃音に驚き、部屋の中にいた二人は、背筋がピャッと伸びた。

 蹴り上げたその片足は、勢い余ってピーンと横伸びしている。


 なるほど、そうやって開けるのかと、クロノは興奮して鼻息を荒くしている。

 やり方が分かり、恐らく真似をするだろう。

 背後に居たサリーは、その足を慌てて止めようとしたが間に合わず、息子の足を引っ込めながら、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。

 そして、ジジの声が響く。

 「もぉ!!ドア壊れちゃうじゃない!優しく開けなさいよ!!というか、その前にノックしなさいよ!!」

 ジジは怒りで眉が吊り上がり、怒気を纏ってディーバに迫って行った。

 「あぁ?壊れてねぇよ。心配すんな」

 「そうゆうことじゃないのぉ!」

 ディーバはチラリとドアに視線を送り、確認した後そう言った。

 今回こそはしっかりお説教してやろうと、ジジはディーバの目の前に立ちはだかり、語気を強めて言い放つ。

 「女性の部屋に入るなら、ノックくらいしなさいよ!それに、ドアも優しく開け閉めしないと壊れ」

 聞くのが面倒なディーバは、言葉を被せて宥める。

 「オマエ、綺麗な顔立ちで美人なんだからよ。そんな怒んな」

 「んなっ!?」

 不意にディーバの口から美人だと言われ、怒りに燃えていた炎は瞬く間に鎮火し、替わりに顔は紅く染め上げられていく。

 ジジは嬉しさと恥ずかしさで、その後の言葉が出ずモジモジしてしまう。

 それを、ディーバは押しのけて部屋の中に入る。

 「あらあら」

 ディーバの背後で、そのやりとりを見ていたサリー。

 ジジの気持ちを初めて目の当たりにし、嬉しそうに微笑んでいた。


 そんな事は気にもならないディーバは、いつもの調子だ。

 「よぉ嬢ちゃん起きたか。世話んなったな。身体なんともねぇか?」

 彼は腕に抱いていたクロノを下ろして、お礼の言葉と共にミリアの体調を気遣った。

 「大丈夫です。痛いところも無いですし、元気ですよ」

 そう伝えると、クロノが抱きついてくる。

 「痛いところない?」

 「大丈夫だよ」

 クロノの頭を撫でると、彼は子犬の様に喜び、ミリアの腹部に顔を埋めて幸せそうにしていた。

 「良かったよ、元気そうで」

 その様子を見ていたサリーは、ミリアの元気そうな姿に安堵する。

 余程心配していたのだろう。

 薄らと瞳を潤ませながら近寄ると、彼女の手を握った。

 「ミリアちゃん。ディーバを助けてくれてありがとう。貴方が居なかったと思うと、本当に感謝しかないわ」

 「いえ、お役に立てて良かったです。ディーバさんも、元気そうで良かった」

 ミリアはディーバの方を見やり、腹部の傷があった場所を見てそう言った。

 今まで成功した事が無かった治癒能力について、その効力の高さを実感していた。

 止め処なく血が溢れ出る程の裂傷だったのに、跡形もないほどに塞がり、全身についていた小傷も治っていたからだ。

 ーー本当に良かった。お母さん、私も出来たよ。

 ミリアは亡き母に報告した。

 母の助力があったわけではないが、代々受け継いできた治癒能力を継承できたことを喜んだ。


 ディーバは照れ臭そうに鼻を掻いてお礼を言う。

 「嬢ちゃんのおかげで助かったわ。ありがとな」

 お礼を言い終わると真剣な表情をする。

 ーーなんだろう。

 その変化にミリアは身構えた。

 しかし、それは杞憂だった。

 「嬢ちゃん、ちょっと聞きてぇんだけどよ。リディアって名前の女を知ってるか?」

 先程聞いた話が、再度繰り返されると思うと可笑しく、含み笑いをしてしまう。

 「あぁ?」

 ディーバが訳わからず困惑している姿を見て、ジジもつられて笑い始める。

 「なんだ?なんか可笑しい事、言ったか?」

 「さっきね、昔の話をしてたの。ほら、リディア様と私達が会った時の話」

 「あぁ、そうか。で?」

 「リディア様はミリアさんのお母様なんだ、って話をしたばっかりだったから」

 「やっぱり、そうなのか?」

 母親に二人は親子だと言われて、半信半疑だったディーバは、改めて親子だと伝えられ愕然としていた。

 救って貰った時は意識は失っており、リディアの容姿を見ていなかったから尚更なのだろう。


 サリーは息子の背中をバシッと叩く。

  「リディア様に救ってもらって、ミリアちゃんにも救ってもらうなんて、感謝しなさいよアンタ」

 「お?おぉ。困ったことがあんなら力を貸すからよ。なんでも言えよ?」

 「あ、はい。ありがとうございます」

 みんなが口々に、助力を申し出てくれる事が嬉しかった。

 嬉しさで思わず笑顔が弾けた。


 「これ、昼ごはん用で作ってきたから、二人で食べて」

 そう言って、サリーは弁当籠を差し出した。

 「私の分もあるの?嬉しい!ありがとう!」

 ジジが飛び上がりながら受け取ると、サリーは扉を開いた。

 「それじゃ、キシムちゃんに話があるから、行ってくるわね」

 「おぅ、そうだな。クロノ、行くぞ」

 「うん」

 クロノはディーバに連れて行かれたが、嫌がるそぶりはなく普通について行った。

 ーー仲が良いのね。

 知らない間に、クロノが成長している事に驚きつつも嬉しかった。

 自分へ依存していたクロノが、離れても平気な姿を見て、少し寂しさはあるものの、微笑ましかった。


 サリーが持って来てくれたお弁当を食べる為に、ベッドから立ち上がり隣の部屋に移動した。

 「この部屋は、ジジさんの仕事部屋ですか?」

 その部屋には、壁面へ据え付けられた棚がいくつもあった。

 薬草や木の実、動物の角や牙などがたくさん収納されており、恐らく薬の調合材料だろうと伺える。

 「そうよ。ここで薬の調合をしてるの。ほら、大きなテーブルがあるから、食事するにはちょうど良いでしょ?」

 そう言いながら、テーブルの上に置いてあったアルコールランプや、すり鉢などを片付けた。

 テーブルが広くなり、お弁当を広げる。

 お手製のサンドイッチが綺麗に詰められている。

 今回のは、魚の切り身を照り焼きにして野菜と一緒に挟んでおり、艶のある魚の照りが食欲を誘う。

 思わずお腹のなるミリアとジジ。

 「いただきまぁす」

 そうして二人は食べ始めた。

 甘辛く焼かれた魚が、とても美味しい。

 野菜のシャキシャキ感がアクセントになり、咀嚼を楽しませる。

 「美味しいですね」

 「ホント!サリーさんの手料理は、やっぱり美味しいなぁ!」

 そうして、二人はお弁当を堪能した。

 

 食べ終わると、サリーの家にもあった薬の容器がミリアの目に入る。

 ーー背中の傷に塗った物と同じだ。

 容器はたくさん用意されており、棚一列を占有している。

 それを見ている事に気付いたジジが口を開く。

 「私が調合した傷薬でね、それをキシムに販売してもらって生計を建ててるの。といっても、私の場合は匿って貰ってるから、ちょっとだけお小遣いを貰う以外は、売り上げのほとんどを運び屋の資金として活用しているの」

 「匿って、ですか」

 「そう、魔族に見つからない様にしなきゃいけないからね。おかげで命を繋ぐ事が出来てるし、恩返しにもなるしね」

 ジジは明るく話すが、切ない話だと思った。


 何故そこまでするのか理由があった。

 ジジは自分の命を救う為、ライノスが犠牲となってしまった事に責任を感じていた。

 だからこそ運び屋の事業を上手く発展させる事で、ディーバやサリーに少しでも恩を返そうと思っていたのだ。

 だがその気持ちが彼女に負い目となり、自らの恋心に蓋をする形になっていた。


 そんな事は知らず、ミリアは薬の効能を再び褒める。

 「あの薬は凄いです。背中の傷があっという間に治りましたから」

 「ありがとう。フフッ」

 「どうしました?」

 思わず含み笑いしてしまうジジに問いかけた。

 「ディーバが薬を取りに来た時を思い出すと可笑しくて。急に来て『オイ、一個持ってくぞ』って勝手に持ち出すんだよ?納品予定の物なのにさ!」

 「そうだったんですか?」

 「そうよ、本当に自分勝手な奴なんだから。何に使うのか聞いても『あぁ?気にすんな』だよ?」

 そう言って彼のモノマネをする。

 その様子がよく似ていて、ミリアは笑った。

 「まぁ人助けの為だと分かっているから、別に構わないけどね!」


 そこには確かな信頼が伺える。

 ミリアにはそんな二人の関係が羨ましく映った。

 なぜなら、自分には信頼し合える人が少なく、心の底から信頼出来る人は、サリーしかいないからだ。

 この国に来てから、優しさを向けてくれる人にたくさん出会えた。

 だが信頼関係を築けているかと言えば微妙で、その表情は少し固くなる。


 その変化に気付いたジジ。

 「どうしたの?」

 「ごめんなさい。ちょっとだけ」

 ミリアは言葉に詰まってしまう。

 胸の内を曝け出して良いのか、少し迷ったのだ。

 人の顔色ばかりを気にして生きてきた彼女は、自分の気持ちを前に出す事が苦手だった。

 かつての彼女であれば、そのまま言葉を飲み込んで何も言えなかっただろう。

 しかし、この国に来て少し変わった。

 サリーとの出会いが彼女を成長させていたのだ。


 「その。深く信頼し合える二人の関係が羨ましくなって。変な話でごめんなさい」

 素直に羨ましいと言えた。

 だが、その言葉はジジを焦らせる。

 「深く信頼?そ、それって。わ、わたしとディーバはまだ何もないから!何もないんだからね!?私はあいつの事好きだけど」

 勘違いから自分の好意を口走ってしまう。

 思わぬ言葉に、ミリアも衝撃を受けて焦ってしまう。

 「す、好きなんですか?」

 「わぁ!?そうじゃなくて、そうじゃないの!違うのよ?だからその。もぉ!今の話は聞かなかったことにして!お願い!」

 そう願われるが、焦ったミリアは勘違いなフォローを連発する。

 「あ、あの、他人を好きになることは良いことですよ?そこから結婚して二人で暮らして」

 「結婚っ!?」

 「そうしたら子供が出来たりして」

 「子供っ!?ディーバと私の?」

 「き、きっと幸せだと思います!」

 「そ、そんな!」


 顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるジジ。

 ミリアの言った事を一つ一つ想像してしまう。

 特に二人の子供の姿を想像した時、きっとこんな顔だと考えてしまい、ニヤつきそうになる。

 そんな顔を見られたくなく、慌てて部屋を出た。

 「はぅ」

 閉めたドアにもたれかかると、その場で座り込んでしまう。

 心臓が高鳴りをしているのがわかる。

 そうなったら幸せだろうなと想像する。

 だが遠くを見る様に細めた瞳で、一点を見つめて呟いた。

 「私の血は呪われてる。そんな幸せを望んじゃいけない、望んだらダメなの」

 ジジはその場で小さく蹲った。

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