第13話 リディア・グランデール

 瞳を閉じて視界が暗くなる。

 ーー呆気ないもんだな。

 人生の終わりが唐突に訪れ、悟るように思った。

 自分の人生を振り返っていると、瞼を透過して明るい光が見え始める。

 フワッと暖かみの感じる黄色の光。

 痛みは感じなかったが、死んだのだと思った。

 ーー心地良い。

 そう感じて、ゆっくりと目を開け死後の世界を見ようとした。


 そして、目の前の光景に驚いた。

 「なんだ、コレは?」

 目の前で、魔人の女の触手が黄色の光で作られた膜のような物に阻まれている。

 「大丈夫ですか!?」

 背後から声が聞こえ、振り返る。

 ーー人間?

 そこには、人間の成人女性がいた。

 両の手をこちらにかざし、その手の平は黄色の光に包まれている。

 風もないのに金髪の髪が靡いおり、一目で魔法だと理解出来た。


 「みなさんお願いします!」


 呆けるキシムをよそに、その女性が合図した。

 彼女の背後にいた上等な装備を持つ十人ほどの人間が、黄色の光に包まれていく。

 そして武器を構えると、魔人の女と魔獣に立ち向かっていった。

 「止めろ、無謀だ!」

 獣人より身体能力が劣る人間。

 彼らの敵う相手ではないと思い、キシムは引き留めようとした。


 「うぉぉぉ!」


 しかし彼らは魔獣と互角に戦った。

 槍を突き立て、剣で斬り裂き魔獣を屠っていく。

 その光景が理解が出来なかった。

 ーーなぜ人間が。あの光が原因なのか?

 彼らを包む黄色の光。

 アレが何かしらの効果を生み出しているに違いない。

 そうでなければ、説明がつかないのだ。


 そんな彼らの勇ましさも、魔人の女には敵わないようだ。

 攻めあぐねており、触手の打撃を凌いでいる程度だった。

 「光の使い手、ね?もぅ。時間が掛かっちゃうじゃない」

 魔人の女は面倒な様子だった。

 しかし余裕があるのか、微笑みは崩れることはない。

 周りで魔獣達が少しずつやられていくのを見て、魔人の女はため息をつく。

 「まったく。邪魔が入りすぎ、ね?あの傷じゃ、裏切り者は助からないし。もういいかしら、ね」

 そう言うと触手を円状に大きく振り回し、周りを囲んでいた人間達を吹き飛ばした。

 呆気なく散らされる人間達。

 彼女の圧倒的な力が示された瞬間だった。

 「みんな帰るわよぉ」

 間延びした口調で言い、手を叩いて合図をすると魔獣は襲うのを止めた。

 そして彼女の背中を追って行く。


 ーー助かった、のか?

 キシムが安堵していると、魔人の女は振り返った。

 そして妖しい微笑みを見せると、キシムを指さした。

 「貴方、せっかく拾った命は大事に、ね?お友達の命を奪ったのは謝っておくわ。ごめん、ね」

 まさかの謝罪をする言葉だった。

 キシムは戸惑ってしまう。

 見逃してくれた事に感謝しているのか、友を殺された憎しみで怒っているのか、よくわからない感情が登り吐き気がした。


 「じゃあ、ね」


 口元を手で塞ぎ、吐き気を抑える彼に手を振り、魔人の女と魔獣達は闇に消えていった。


 魔人の女が居なくなり、安堵の気持ちから体から力が抜ける。

 キシムは震える足を支えることができなくなり、ガクッと膝を落とす。

 悪い夢を見てきた様な、後味の悪さが胸を突つ。

 強烈な吐き気が、更に具合が悪くして蹲る。

 辺りを包む血の匂いが鼻を突き、気持ち悪さが深みを増して嗚咽を漏らす。

 そんななか思うのは、自分だけ生き残ってしまった事。

 ーー自分だけ助かってしまった。自分だけ!

 血まみれのディーバとジジの横で、人目も憚らずに泣き崩れた。


 「大丈夫ですか!?」


 背後で金髪の女性が叫ぶ。

 だが、どうでもいい。

 このままこの場所で、朽ちてしまえばいい。

 キシムは投げやりな気持ちに支配され、返答する余裕は無かった。


 絶望に打ちひしがれる彼を心配し、彼女は動き出した。

 「結界を解きます!怪我をしている方達を囲んで、周囲を警戒してください!」

 女性が号令を下すと、鎧を着た人間達が、キシムがいる場所を中心として輪に広がった。

 

 そんな慌ただしさを察知して、ディーバの意識は微かに戻った。

 隣で嗚咽を漏らすキシムに喋りかける。


 「キシム。こいつら、は?魔人、は?」


 ディーバが絞り出した声が耳に届き、キシムは顔を上げた。

 「ディーバ?ディーバ!」

 覚束ない足取りで、彼に近づき寄り添う。

 「魔人は去ったよ。この人達が助けてくれた。助けてくれたんだ」

 そう言いながら、ディーバの衰弱した姿に涙を流した。


 「ジ、ジジは?」


 彼女の容体を聞く問いかけに、声を出すことが出来ず首を横に振った。

 ジジの体は、まだ温もりを感じることが出来た。

 だが、彼女の周りを赤く染める、流れ出た大量の血液。

 キシムは助からないと直感していた。

 「そ、うか」

 父親に託されたジジ。

 それなのに守りきる事が出来なかった後悔を胸に、ディーバは静かに目を閉じた。


 ーー皆、死んでいく。


 キシムも後悔していた。

 いきがって無理について来なければ、こんな事にはならなかったと。

 ライノスが一人だったなら、もっと上手くやれたのではと。

 頭の中がグルグルと回転して、体が動かなくなる。

 そこで朽ち果てるまで、そうして居ただろう。

 だが、救いの手が差し伸ばされる。


 「諦めないでください!私が治しますから、早く手伝って!」

 金髪の女性は青い瞳をキシムに向けて、手伝いを強要した。

 彼女はジジを抱きかかえようとしているが、細い腕では持ち上がらない様子。

 「この子をそちらまで運んでください!早く!!」

 強い意志が宿るその言葉に、キシムは突き動かされた。

 血まみれのジジを抱きかかえ、急いでディーバの横に寝かせる。

 すると、彼女は二人の体に手を置いた。


 女性の周りは淡く光り始め、女性を中心として暖かい光が放射状に広がっていく。

 そこまで黙って見ていた中年の男性が耐えかねて、制止するように声を荒げる。

 「リディア様!ここで使ってはいけません!ましてや獣人の子供。救う必要はありません!」

 リディアと呼ばれた女性は、鋭い視線で彼を見て言い放つ。

 「獣人だろうと関係ありません!ここに救える命があるなら救わなければなりません!」

 「ですが、二人同時など貴方の身が!」

 男性はリディアと呼んだ女性の体を心配して食い下がるが、彼女の体は輝きを増していく。


 「ラスティ、後の事は頼みます!」


 リディアの決意を宿した青い瞳に見られ、ラスティと呼ばれた男は頷く他なかった。

 そして、リディアは祈り始めた。


 「我が名はリディア・グランデール。癒しの導き手を継ぎし者。神よ、私の願いをお聞き下さい。この者達の傷を癒し、平穏と安らぎを与えて下さい」


 直後、直視できない程の光が、辺りを明るく照らした。

 ーーなんだ?何をしているんだ!?

 この現象が理解できないキシムは、目を閉じて、光が収まるのを待つしかなかった。

 彼女は『治す』と言っていたが、信じていたわけではない。

 もし二人が治るならと、半信半疑ながら手伝っただけだ。

 しかし、明らかに魔法の類の光。

 ーー救えるのか?救えるなら、頼む!お願いだ!

 圧倒的な光景を目の当たりにして、先ほどの言葉が真実で、二人の命が繋ぎ止められる事を期待した。


 光が薄まっていくと、ラスティと呼ばれた側近の男が、光の元へ駆け出した。

 光源の場所には、リディアがうつ伏せの状態で倒れていた。

 「リディア様!リディア様!ダメか」

 ラスティは抱き起こして声をかけるが、リディアは意識がないのか動かない。

 血まみれの地面に倒れたせいで、衣服や顔に血が付いている。

 それを布で拭いながら、キシムの顔を見た。

 「少年!この辺りに、安全な場所はあるか?」

 鬼気迫る顔に気圧され、呆けていた意識を正常に戻すキシム。

 「近くに集落がある。自分達の集落だ」

 キシムが答えると、ラティスはリディアを抱いて立ち上がった。

 「そこまで送ろう。私達も急いでここを離れなければならない。行こう!」

 ラティスは仲間にディーバとジジを担がせ、キシムに道案内を頼んだ。


 先頭で道案内をしながら、時折後ろを振り返り、ディーバとジジの様子を見る。

 傷は綺麗に塞がり、血の滲んだ皮膚や衣服だけが不自然に残っていた。

 だが、生きているのか分からない。

 確認をする間もない展開だったからだ。

 ゆえに、キシムは質問した。

 「二人は助かったんですか?」

 ラスティは頷く。

 「治癒の能力だ。今は意識がないが、二人とも治っている。良かったな」

 治癒能力など初めて聞いた。

 だが、あの光景を見たキシムには疑いようもない。

 「助けて頂いて、ありがとうございました」

 丁寧にお礼を述べるも、ラティスは浮かない顔をする。

 「どうかしましたか?」

 「ん?いや、何でもない。急ごう」

 彼は何かに怯えている様だった。

 その思いを振り切ろうと、先を急いでいたのだろう。


 集落に着くと、周囲の警戒をしていた大人達は、人間に担がれているディーバを見て驚き慌てていた。

 「キシム?どうした、何があった?」

 「それが」

 キシムは鳥族の家族が、魔人に襲われていた事を話した。

 「ライノスは?ライノスは何処にいる」

 その姿が見えない事に大人達は質問をしたが、キシムは涙を滲ませながら報告した。

 「助ける為に、犠牲になって」

 そこまで言うと、癇癪を起こした様に泣き出してしまった。


 大人達はそれ以上聞かない様にした。

 辛い体験をしてきたのを、容易に察する事が出来たからだ。

 代わりに背後の人間に話しかけた。

 「アンタ達は?」

 ラティスは答える。

 「ここに来る途中に、偶然争う音が聞こえて、助けに入ったんだ」

 「ありがとう。おかげで子供達が助かった。ここが目的地なら、アンタ達が薬を買いに来る予定だったお客さんかい?」

 その言葉に彼は頷いた。

 「そうかい!お礼もしたいから、ゆっくりしていきなよ」

 大人達は滞在を勧めたが、ラティスは丁重に断る。

 「すまないが、それは出来ない。私達がここにいては、災いを呼んでしまうかもしれない」

 「災い?」

 「あぁ。薬だけ買い取りたい。出来ますか?」


 その空気を察して、大人達は引き止めるのをやめて、薬を渡した。

 「すまない、これがお代だ」

 そう言ってラティスは懐から袋を差し出すが、大人達は受け取らなかった。

 「この子らを助けてくれたお礼さ。持っていってくれ」

 それでも渡そうとするが、頑として受け取らない獣人達を見て諦め、懐にしまい直した。

 

 「では」

 そう言い残すと、足早に去って行った。

 結局、リディアは最後の別れまで目を覚ます事はなかった。

 彼女に直接お礼を言えなかったのが、心残りだった。



 「あの日起きた出来事と、私達がリディア様に出会った時の話は以上です」

 話終わると、キシムはジジのそばに寄り添った。

「大丈夫かい?」

 そう声をかけるキシムの姿に、ミリアは何と声をかけたら良いのかわからず押し黙っていた。

 それほどに重く、悲しい話だった。


 ジジの両親が亡くなった事。

 そして、背中の翼の真相。

 ディーバの父親の死。

 どれを取っても痛々しく、感情移入すると悲しかった。


 「私が生きているのは、リディア様のおかげなの」

 俯いていたジジが、ポツリと話し出した。

 まつ毛を濡らした瞳で、こちらを真っ直ぐ見つめている。

 「私の両親は亡くなってしまったし、翼が無くなってしまって、空を飛ぶ事も出来なくなったけど、命を救い生かしてくれた事に、私は感謝しているの」

 ジジはキシムに視線を移した。

 「キシムやディーバ、サリーさん、運び屋の人達と思い出を重ねていく事が出来たから、リディア様には恩返しがしたい。ずっとそう思っていたの。だから、私に出来る事なら何でもするからね」

 言い終わると同時に、彼女はミリアへ笑顔を向けた。

 「わかりました。その時は、お願いします」

 ミリアはこれからについての不安もあり、好意を素直に受け取ることにした。


 そして、今の話を思い返す。

 十年前といえば、母が亡くなった年と重なる。

 戦場に赴いていた母は、兵士のために薬を求めに来たのだろう。

 背中の傷を簡単に治すほど高性能な薬だ。

 戦場では必要だろう。

 意外な接点があったのだと思ったが、なぜ魔人が鳥族を『裏切り者』と軽蔑するのか気になる。

 魔人と言えば、魔族の中でも人型の生命体を指す総称。

 その個体数は極めて少ない。

 高い知能を持ち、強大な力を有する事で魔獣達を従える。

 魔族の中でも高位的な存在なのだ。


 キシムやジジにとって、魔人の事や鳥族の事を聞くのは酷だと思う。

 だが、この際だ。

 「あの。魔人と仰ってましたが、その。鳥族とは、どんな関係があったんですか?」

 その質問に、ジジの表情が暗くなった。

 やはり触れるんじゃなかったと後悔し、胸が痛んだ。

 重い空気の中、キシムが口を開く。

 「ハッキリとした理由はわかりません。ですが『裏切り者』と魔人の女は言ってましたので、何かしらの因縁はあったのでしょう。それがジジの両親が由来するものとは考えにくいですがね」

 キシムは顎に手をやり、考えながら話す。

 「古い話で、四百年前にドラゴンが封印された時代まで遡ります。定かではないのですが、その封印には鳥族が協力していた、との言い伝えがあります。私達獣人の歴史書にその様な記載はないのですが、ドラゴンが封印されると、魔族の動きが活発になり、鳥族を狙い始めるようになったみたいです。ですから何かしらの因果関係はあると思います。あ、そうだ」

 キシムは大事なことを思い出し、ミリアの目を見据えた。

 「ミリアさん、一つお願いがございます。ジジは、鳥族最後の生き残りになります。私やディーバは勿論ですが、運び屋の仲間達と一緒に、魔族からこの子を匿って来ました。どうかジジの事は、内密にしておいて欲しいのです」

 「わかりました。誰にも話しません」

 ミリアは素直に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る