第5話 ドラゴンの飴細工

 「ご苦労様。疲れたかい?」

 キシムの仕事部屋に入ると、椅子に腰掛けた彼が茶色の瞳を向ける。

 「大丈夫です」

 そう答える彼女の服は埃がだらけだ。

 その汚れた服を見て、キシムには二人が真面目に働いたことが分かった。

 彼は引き出しから何かを取り出す。

 そして、スッと席を立ち立ち上がり近づいてきた。

 「二人共、よく頑張りましたね。こちらが約束の給金になります」

 二人に労いの言葉をかけながら、銀貨五枚をミリアに手渡した。


 自ら労働することで稼ぐことができた報酬に、嬉しさで自然と笑みが溢れる。

 王族生まれのミリアにとって、初めての経験だったからだ。

 手の中に光る銀貨を見て、嬉しそうにするミリア。

 それを見ていたクロノも、自分の事のように嬉くて笑顔になった。

 「クロノ君も頑張りましたね」

 キシムはクロノの頭を撫でながら労った。

 褒められたのが嬉しくて、クロノの鼻の下は伸びていた。


 「では、明日もよろしくお願いします。暗くなる前に帰るんですよ?」

 「あ、はい!明日もよろしくお願いします」

 ミリアは元気良く答えた。

 そして、キシムにディーバの事を聞いていいのかどうか迷った。

 彼なら詳しく知っているのでは、と思ったからだ。


 部屋から立ち去ろうとしない彼女に違和感を感じて、キシムは問いかけた。

 「どうかなさいました?何か心配事でもお有りかな」

 その言葉に迷いが払拭される。

 思い切って問いかける事にした。

 「先程カリムさんから聞いたんですけど、ディーバさんは今日、戻ってきますよね?戻って来るのが遅いと心配していたようなので、大丈夫なのかなと、私も心配で」

 ミリアの心情がわかると、彼は余計な心配かけまいと明るく答える。

 「そうでしたか。まぁ、私達運び屋の商売はトラブルが付き物ですからね。トラブルと言っても、荷車が故障したりとか、道が通れないとかで遅れる事は良くあるんですよ。もし仮に何かに襲われたとしてもディーバは強いですから、まったく問題ないですよ。その内帰って来ます」

 彼が話す内容は、先程カリムが言っていた内容と同様だ。

 彼等のディーバに対する信頼感が絶大なのがよくわかる。

 確かに、彼の巨躯を見れば疑う余地がない。

 半獣人も身体的に優れているが、彼のような純粋な獣人は、それを凌駕する身体能力を持つ。

 戦闘においてそれは有利に働き、窮地に陥る可能性は低いだろう。

 ーー私が気にしすぎなのかな。

 キシムの言葉に、そう思った。

 「サリーさんにもそう伝えておきます」

 「えぇ。よろしくお伝えください」

 にこやかに対応してくれるキシムへ挨拶をすると、ミリアとクロノは部屋を出た。


 クロノの手を握り、階段へ向け歩きだす。

 「じゃあ、お掃除頑張ってくれたご褒美に、飴を買いに行こうか」

 その言葉に、クロノの表情は一瞬で明るくなる。

 「早く行こう!」

 急かす様にミリアの手を引っ張った。


 運び屋の建物を出る。

 賑やかな露店の間を通り、飴細工の店を目指した。

 途中、野菜や果物や衣類などを手渡してくれた店主達に会った。

 「昨日はありがとうございました!」

 「お?いい笑顔になったな!アンタは笑ってたほうが可愛いぜ」

 「そ、そんな」

 「サイズぴったりだね。良く似合ってるよ」

 「ありがとうございます!」

 笑顔でお礼の言葉を述べる彼女に、彼等も笑顔を返す。

 朗らかな彼女の姿に、店主同士で安心したような会話も聞こえた。

 ーー良い人達。

 彼等の人柄に触れ、より一層この街が好きになった。


 飴細工の店が見えてくると、クロノの感情は高まり興奮する。

 「早く行こう!」

 手をグイグイと引っ張り、早くと急かす。

 その姿に子供らしさを感じて、ミリアは微笑んだ。

 売り場にはキラキラと艶めく飴細工が並んでいる。

 一つ一つ手作業で作り上げた商品は、動物を模した物、花を模した物、果物を模した物など、形が多種多様だった。

 飴細工に施された彩色も見事な物だ。

 「いらっしゃい。何がいいかな?」

 店主は中年の男性で、落ち着いた雰囲気のある狐族の半獣人だった。

 黄色の毛並みで、耳がピンッと上向いている。


 クロノは瞳を輝かせて、一つ一つ眺める。

 宝石のような輝きを見せる飴細工。

 見惚れるように見ていたが、ある生物を模した物に目が止まった。

 ーーなんだろう、これ。

 その一種類だけ、彩色が黒くて良く目立っている。

 「ねぇ、ミリア。これなに?」

 クロノが指を挿したのは、ドラゴンを模した飴細工だった。

 そこまで精巧な作りでは無いにしろ、ツノや長い尾などが整えられ、それがドラゴンだとわかる細工。

 「それはドラゴンだ!カッコイイだろう?」

 ミリアが答える前に、店主が答えた。

 「カッコイイね!」

 「だろう?ウチで人気の商品だ。いかがですか?」

 店主がミリアの顔を見て勧めてきた。

 しかし、ミリアは疑問を持った。


 ドラゴンと言えば、四百年前に実在した生物だ。

 今は絶滅して存在はしないが、かつて最も恐れられた存在だと伝えられている。

 畏怖の存在であるはずのドラゴン。

 それなのに子供向けの人気商品という事が、どうにも引っかかる。

 ーー怖いと思わないのかな?

 ミリアは店主に問い始める。

 「ドラゴンが良く売れるんですか?」

 「そうですよ?子供に人気があってね」

 店主は笑顔で答える。

 「子供に、ですか?」

 なおも続く質問に、店主は怪訝そうな顔をした。

 だが、目の前の女性が人間だと言うことがわかると理由を話し出した。

 「あぁ、そうか。お嬢さんは人間だもんな。人間にとっては恐怖の対象だったかも知れないが、獣人にとっては守神みたいな存在なのさ。だから、子供向けの絵本でも、ドラゴンは良いやつとして登場するしね」

 「絵本で、ですか?」

 店主の言葉に、自身の記憶を辿る。

 子供の頃、母親に絵本を読んでもらった事がある。

 その絵本には、ドラゴンは悪者として登場する。

 そんなドラゴンを、最後は皆んなと協力してやっつける。

 そんな結末だったはず。

 「そうなんですね。すみません知らなくて」

 「いや、知らない方が普通さ。さて、それが気に入ったかい?」

 食い入るように見ていたクロノは、大きく二回頷いた。

 「それがいいの?」

 再度確認の為にミリアは聞いた。

 「うん!」

 声を弾ませて返事をするクロノを見て、ドラゴンの飴を購入する事にした。


 「それじゃあコレ、一つお願いします」

 「わかりました。僕、好きなの取りな。お母さん、お代は銅貨二枚になります」

 ーーお、お母さん!?

 驚いて背筋が伸びる。

 確かに周りから見れば、親子に見えなくもない。

 なんだか恥ずかしいと言う感情が湧き、むず痒く感じる。

 だが、否定しても説明に困る。

 ここはあえて否定はせずに済ます事にした。


 顔を少し伏せ、銀貨一枚を渡す。

 「おつりです。ありがとうございました」

 おつりを受け取ると、足早にその場を離れた。

 暫くそのまま街の中を進むと、クロノが問いかけてきた。

 「お母さんって、どうゆうこと?」

 ミリアは戸惑いながらも、冷静を務めて話す。

 「クロノを産んでくれた人ってことなんだけど、勘違いしたのね」

 そう聞いたクロノは、何やら考えているような顔付きをする。

 「どうしたの?」

 クロノに声をかけると、真剣な眼差しで此方を見上げた。

 「クロノにも、お母さんがいるの?」


 唐突な質問だった。

 

 どう答えるべきか少し考える。

 ーー生まれたからには母親がいるはずよね。何か覚えていたらいいんだけど。

 そう思いつつ話す。

 「クロノにも、お母さんがいるよ。何処にいるんだろうね?何か思い出せる?」

 クロノは顔を横に振る。

 「そっか。きっと何処かに居るはずだから、一緒に探そうね」

 「うん!一緒に探す!」

 無邪気に喜んでいるクロノ。

 しかし、ミリアは心の中で、見つからないかもしれないと思っていた。

 何せクロノの記憶には、その鱗片すらなさそうだ。

 手掛かりが何も無い状態で、見つけるのは困難だろう。

 だが、悪戯に目の前の幼い子供を傷つける必要はない。

 いずれ何かを思い出してくれるまで、あまり触れない様にしようと思った。


 日が少し傾く中、二人は帰り道を行く。

 クロノは串に刺さったドラゴンの飴を、宝物の様に眺めている。

 よほど嬉しかったのか、上機嫌だ。

 不思議なのは、時間が経っても食べる様子がない事。

 「食べないの?」

 そうと聞くと、ミリアを見上げてニコッとする。

 「サリーに見せるの!」

 「そっか」

 クロノは視線を宝物に戻し、見つめていた。

 小高い丘の坂道を、二人は手を繋ぎ、並んでゆっくりと歩いた。


 「サリー!」

 家に着いた途端、クロノは叫んだ。

 ドラゴンの飴細工を握りしめ、甲高い声を発しながら、サリーの元へと駆け出す。

 「あら、おかえりなさい。どうしたの?」

 「コレ見て!」

 クロノは宝物を自慢する様に、サリーに飴細工を見せる。

 「わぁ、カッコいいね!」

 誇らしげに見せるドラゴンの飴細工に、サリーは驚いてあげる。

 その反応に、エヘヘと声を出して喜ぶクロノ。

 その背後で、ミリアが帰宅した事を告げる。

 「ただいま戻りました」

 真新しいワンピースは、埃がかかり少し汚れている。

 ーー頑張ったんだね。

 サリーはそう思うと、二人を労った。

 「お帰りなさい。頑張ったわね!」

 「頑張った!」

 サリーの言葉に、クロノは誇らしげにそう言い胸を張る。

 そして、サリーに見せた事で満足したのだろう。

 ドラゴンの飴の包みを外して、頬張り始める。

 口の中で、砂糖の甘味がジワジワと広がっていく。

 甘い味が気に入ったのか夢中になって舐めていた。


 サリーは夕食の調理をしている。

 ミリアは手を洗い、それを手伝いながら二人は話し始めた。

 「今日のお仕事はどうだった?」

 「初日だったので、大きなゴミをまとめるだけで精一杯でした。サリーさんが『男ばっかりで掃除しない』って言ってた意味がよく分かりました」

 「ははは、そうだろ?やったらやりっぱなしなんだから、男はさ」

 「中身の入ってない麻袋とか、書類をクシャクシャに丸めた物とか、たくさんありました」

 今日の出来事を思い出しながら、話していくうちに可笑しくなる。

 自然と笑みを溢しながら、しばらく話していた。


 サリーは食器に手をかけて、思い出したかの様にミリアに質問する。

 「今日、ディーバは帰って来そうだったかい?」

 息子の分を用意するべきかどうか、判断する為だ。

 ミリアは、カリムとキシムから聞いた話を伝える。

 「今日帰って来る予定みたいでしたけど、まだ帰って来てませんでした。『よくある事だ。サリーさんによろしく伝えてくれ』ってキシムさんが言ってました」

 「そうかい」

 それを聞いて、四枚手に取っていた皿を三枚に減らした。

 「じゃあ、今日も帰って来ないかもしれないね。一応四人分は作ったんだけど、とりあえず三人分用意しましょう」

 そう言って、作った料理を盛り付けていく。

 「よくある事なんですか?」

 「そうね。ニ、三日帰らないことはよくある事だから。帰って来たら来たで、メシだの洗濯しといてだの手間が掛かるから居なくてもいいけど!まぁ危ない事もある仕事だからね。親としては心配だよ」

 そう言ったサリーの表情は、少し悲しげだった。

 「ま、図体がデカくて頑丈な子だから、余計な心配しなくていいさ!明日の朝、ドアを勢いよく開けて入って来るだろ」

 朗らかに言うが、アレがいつもの光景なのだろう。

 ミリアもあの音に驚いていたので、すぐに思い浮かべる事ができる。

 あの時は、三人とも驚いて口を開けていた。

 その光景が可笑しく、自然と笑みが出る。

 「今日の朝みたいに、バン!って大きな音で」

 「いつかドアが壊れるからやめなさいって何回も言ってるのに、全然聞かないんだから!もう!」

 サリーは怒りながらも、その顔にいつもの笑顔が戻る。

 「ミリア!大変!」

 唐突に声を出して、クロノが近寄って来た。

 飴がなくなり、空になった串を突き出している。

 「甘いのがしなくなったら、なくなっちゃった!」

 驚きと戸惑いの表情で、焦るクロノを見ていたら、二人は笑いだした。

 なぜ笑っているのか分からず、呆けて此方を見ているクロノに、ミリアは優しく話しかける。

 「飴はね、口に入れていたら、溶けてなくなっちゃうの。また食べたい?」

 「うん!」

 「じゃあ、明日も一緒にお掃除頑張って、また買いに行こうね」

 「わかった!明日も頑張る!」

 また買ってもらえると、目を輝かせるクロノ。

 見ていたサリーは、恍惚の表情を出し悶える。

 「可愛いわねぇ」

 その言葉に、ミリアも軽く頷き肯定した。

 飴を買う約束をした事に満足して、クロノは再びテーブルのある部屋に戻っていく。


 キッチンで二人きりになると、ミリアはサリーに話を切り出した。

 ポケットの中に入れていたお金。

 その全部を取り出すと、サリーに差し出した。

 「サリーさん。今日稼げたお金です。クロノのご褒美に少し使ってしまいましたが、受け取って下さい」

 ミリアは、怪我の治療から食事の用意などで、費用がたくさんかかっている事を申し訳なく思っていた。

 その為、少しでも足しにして欲しい願いから取った行動だった。


 しかし、サリーは受け取らない。

 「ミリアちゃん、気持ちは嬉しいわ。でも受け取れないの」

 軽く微笑むと、その理由を話し出す。

 「ミリアちゃんがクレスタに帰る時に、運び屋に頼んだとして、安くても銀貨百枚はいるの。その時の為に、コレは貯めておかないとね」

 差し出された手の平を自らの手で包み、ミリアに銀貨を握らせる。

 「でも!」

 それでも食い下がる彼女を、サリーは優しく宥める。

 「その分私の手伝いをしてくれたら十分よ。ミリアちゃんとクロノちゃんがいてくれるから、この家が明るくなったし、寂しくもなくなったしね。対価はそれでいいの。ね?」

 彼女の意思は固く、何を言っても受け取ることはないだろうと思う。

 その言葉を肯定する為に頷くと、ミリアは差し出したお金をポケットに戻した。

 「ありがとうございます。甘えさせてもらいます」

 素直に応じてくれたミリアの顔を見て、サリーは微笑む。


 その微笑みに、ミリアは誓いを立てた。

 ーーいつか必ず、恩返しをしよう。

 そう決断した。


 盛り付けが整い、テーブルに運んだ。

 すると、どこから見つけて来たのか、クロノは一冊の本を開いて見ていた。

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