第6話 獣人と人間

 「クロノ、ご飯できたから食べるよ」

 ミリアの言葉が耳に入り、クロノは本から視線を剥がした。

 「ミリア、これ見て!」

 クロノは本に描かれた挿絵を指差す。

 それは、やわらかいタッチで描かれたドラゴンの絵だった。

 そのやわらかい絵を見て、子供向けの絵本だと言う事がわかる。

 「これ、ドラゴン?」

 クロノは、飴細工のドラゴンに似ている挿絵に興味を示していた。


 「そうみたいね。どこから見つけたの?」

 「あれに入ってた!」

 小さな手で矢印を作り、隅に置かれた木箱を指す。

 蓋が開けられたその箱には、子供用の玩具が無造作に入っている。

 「あら?懐かしいわね」

 背後からサリーの声が聞こえた。


 ミリアと同じく、料理が盛り付けられた皿を運ぶ彼女が懐かしむ。

 「あの子が子供の頃に使ってたオモチャね。なんか思い出深くて、捨てられないのよね」

 テーブルに皿を置き、箱を眺めるサリーの顔が綻ぶ。

 「この本も懐かしいわ。あの子に読んであげたっけ」

 サリーは思い出を懐かしんでいる。

 ーーどんな内容なんだろう。

 その絵本に、ミリアは興味が沸いた。


 だが、折角用意した食事が冷めてしまう。

 クロノの側に行き絵本を閉じる。

 「ご飯食べた後に読んであげるから、先にご飯食べよう?お腹空いたでしょ?」

 「うん!」

 本をテーブルの隅に置くと、三人は席についた。


 今日は大きな魚のフライと、付け合わせのサラダ、ジャガイモのスープが並ぶ。

 クロノは嫌う事なく、何でも食べてくれた。

 サラダで苦い野菜が入っていてもだ。

 顔を歪ませて「にがい」と感想を言うが、残す事なく食べている。

 暗い泉で閉じ込められ、食べるという事が出来なかったからだろう。

 クロノは『食べる』という事が嬉しくて、味を感じる事が楽しかったのだ。

 そんな彼の感情を、それとなしに理解していた。

 だからこそ、クロノの成長が嬉しくもあり、悲しくもあった。

 ーーこれからは色々な経験をして欲しい。

 自分の境遇と重ねて、そう願った。


 今日は魚のフライを気に入ったようだ。

 ハグハグと一生懸命食べている。

 その最中、クロノはポツリと呟く。

 「帰ってこないね」

 ディーバの事だ。

 帰ってくるかと思っていたが、未だに姿はない。


 クロノはディーバに会いたかった。

 自分の名前を付けてくれた事で、クロノの中で彼は大事な存在になったからだ。

 そうした想いから、残念そうな顔で玄関の扉を見つめている。

 「そのうち帰ってくるさ。明日の朝ごはんの時は居るかもよ?」

 サリーは戯けながらクロノに言った。

 その戯けた仕草が面白かったのか、楽しそうに笑う。

 「早く明日が来ないかな!」

 そう言うと、椅子に座ったまま両足をパタパタさせていた。


 夕食を済ませ、食器を洗う。

 すると、クロノは絵本を大事そうに抱えて持ってきた。

 目を爛々と輝かせて、此方を見ている。

 「もうちょっと待ってね」

 その言葉に頷くと、クロノはその場で待機した。

 期待が膨らんで、ニコニコしている。


 ミリアは見たことのない絵本の存在が気になっていた。

 「サリーさん。あの本はこちらの国で有名なのですか?」

 その問いに、サリーは自分の体験を交えながら答えた。

 「そうだね。私も小さい頃に読んでもらったよ。子供達へ昔あった事を伝える為に作られた物だからね。この国の子供は、大体の子が読んでもらった事があるんじゃないかしら。ご先祖様は、実際にドラゴンに救って貰ったことがあって、そのお話が元になってるみたい。まぁ、四百年も昔のことだからね。真実かどうかわからないけど、私達獣人達は、今でも信じてドラゴンを敬っているのさ」

 「そうなんですね」

 ミリアの絵本に対する好奇心は高まった。

 ーーどんなお話なんだろう。

 自分が子供の頃に聞いたドラゴンのイメージ。

 それとは異なる、獣人達が語り継ぐ物語が知りたくなった。

 「もうちょっと待ってねクロノ。あと少しで片付け終わるからね」

 「うん!」

 彼はその時を楽しそうに待っていた。


 片付けが終わり、ミリアとクロノは横並びで椅子に座る。

 待ちわびた瞬間が訪れ、クロノの目は爛々とした。

 机に本を置き、題名を見る。

 『優しきドラゴン』と書いてある。

 ーー優しい、か。

 その時点でミリアは引っかかる。

 そして、自分の知っているドラゴンの情報を引き出した。

 まず思ったのは、子供の頃に読んでもらった絵本の内容だ。


 『昔々、一匹の大きなドラゴンがいました。

 ドラゴンはとても暴れん坊だったので、皆んなから嫌われていました。

 ある日、人間の子供と獣人の子供がケンカをしていました。

 「もう許してやらない」

 「こっちだって」

 二人とも謝ることができずに、そのケンカは長引いてしまいます。

 それを見ていたドラゴンは、二人が遊んでいる様に見えてしまい、自分も遊んで欲しくて参加してしまいました。

 「僕も遊ばせて」

 すると、力の強いドラゴンにやられて、二人は大怪我をしてしまいます。

 「痛いよ」

 子供達のお父さんは怒りました。

 「悪さをするドラゴンは、懲らしめなければ」

 そこで、大人達が集まりどうしたらいいか一緒に考えます。

 「そうだ、封印してしまおう」

 お父さん達は協力して、ドラゴンが悪い事ができない様に、封印することにしました。

 お父さん達は、封印が得意なエルフに協力してもらう為にお願いしました。

 「エルフさん。どうか助けてください」

 「わかりました。私の力で封印してみましょう」

 お父さん達のお願いを聞いてくれたエルフは、ドラゴンを封印を手伝いました。

 「悪いドラゴンめ。オマエは封印する」

 そうして、暴れん坊のドラゴンは封印されました。

 世界からドラゴンがいなくなり、みんな幸せになりました。

 おしまい。』


 そんな内容だったはず。

 ドラゴンが優しいなど、そんな描写はなかった。

 文字が読めるように成長してから、クレスタの歴史書を読んだ事もある。

 かつてのドラゴンは、戦いの場で殺戮や暴虐の限りを尽くしていた。

 それを止める為に、争いを止めて、種族を超えて協力し合うことにした。

 そのおかげでドラゴンを封印する事ができた、と書かれていた。

 その知識は、人間の間では共通認識だ。

 ーー優しいとは、どうゆうことなんだろう。

 そう思いながら、最初のページを開いた。


 紙一面を使い、大きな挿絵が描かれている。

 黒色のドラゴンと、獣人の子供が笑い合っている構図だ。

 「ドラゴン、カッコイイね!」

 クロノは、ドラゴンの姿に赤い瞳を輝かせている。

 ーー男の子は、カッコイイ物に憧れるのかな?

 そんな事を思いながらも次のページへめくり、ゆっくりとした口調で読み始める。


 『むかしむかしのお話です。

 ある所に、獣人達が住む小さな村がありました。

 お日さまが出て、とても天気が良かった日のことです。

 獣人の子供『ガルフィール』君は、村の外に行って一人で探検していました。

 「今日は何があるかな?お宝見つけれたらいいな」

 そんな事を言いながら林の中を歩いていると、楽しそうな声が聞こえてきました。

 「なんだろう?楽しそうだな」

 ガルフィール君は、声のする方に近付いていきました。

 小さな広場に出ると、人間の子供達が遊んでいるのが見えました。

 とても楽しそうに遊んでいたので、ガルフィール君も仲間に入りたくなり、声をかけます。

 「ぼくも一緒に遊んでもいい?」

 人間の子供達は、ガルフィール君を見て「ダメ」と言います。

 「なんでダメなの?」

 ガルフィール君は聞くと、人間の子供達は、頭に大きな耳がついてる変なヤツとは遊ばないと言います。


 そこまで読むと、絵本のガルフィールによく似た自分の耳を触りながら、クロノは聞いてきた。

 「クロノもついてるよ?変なの?」

 「変じゃないよ」

 ミリアは、クロノの頭を撫でながら続きを読む。


 人間の子供達は、「バケモノはあっちいけ」と、石を投げつけてガルフィール君を追い払いました。

 「やめてよ」

 ガルフィール君は怖くて、その場を急いで離れます。

 だけど、石が当たってしまいます。

 頭には大きなタンコブが出来ました。

 「痛いよ」

 痛くてわんわんと泣きながら、ガルフィール君は自分の村へ戻って行きます。』


 「クロノもバケモノなの?」

 クロノは、ガルフィールと自分を重ね、悲しい表情を見せる。

 自分が絵本のように石を投げられるのかと、心配になったからだ。

 「違うよ。クロノはバケモノなんかじゃないよ」

 ミリアは頭を撫でながら否定した。

 クロノが安心したように、絵本へ視線を戻したのを確認して、読み進める。


 『しばらく歩くと、林の中で大きな黒いドラゴンに会いました。

 「なんで泣いているの?」

 ガルフィール君は、泣きながら答えます。

 「人間に、僕は大きい耳がついてるから変だって、石を投げられたの」

 それを聞いて、ドラゴンは言いました。

 「君は獣人だから、大きな耳がついている。私はドラゴンだから、大きなツノがついている。当たり前の事だから、あなたは変じゃないよ」

 そう言ってくれました。

 「僕は変じゃない?」

 ガルフィール君は、確かめるように聞きましたが、ドラゴンは大きく頷いてくれます。

 「また石を投げられたら、その時は私が守ってあげるから安心して」

 「本当?ありがとう」

 ドラゴンはそう約束して、どこかに飛んで行きました。

 次の日、ガルフィール君が友達と遊んでいると、昨日の会った人間の子供達がやって来ました。

 「バケモノめ!」

 人間の子供達は、ガルフィール君を見つけると、石を投げて来ます。

 その石は、ガルフィール君に当たってしまいました。

 「痛いよ。やめてよ」

 痛くて泣いていると、ドラゴンが怒ってやって来ました。

 「やめなさい!」』


 クロノは、石を投げられたガルフィール君の事が心配でハラハラしていた。

 そして、ドラゴンの登場に表情を明るくした。

 「ドラゴンきたね!よかったね!」

 そうやって嬉しそうに喜ぶ姿は、とても可愛らしい。


 『「痛いことをしたらいけません!みんな仲良くしましょう」

 人間の子供達は、ドラゴンに怒られて反省します。

 「ごめんなさい、もうしません」

 ガルフィール君に謝ると帰って行きました。

 約束通りにドラゴンは助けに来てくれました。

 ガルフィール君は喜びます。

 「ありがとう、助けてくれて」

 ガルフィール君がお礼を言うと、ドラゴンはニコッと笑いました。

 「君が困っていたら、また助けてあげるからね」

 優しいドラゴンが好きになり、二人は友達になりました。

 その後、ガルフィール君は、ドラゴンと一緒に、仲良く幸せに暮らしましたとさ。

 おしまい。』


 絵本を閉じると、興奮した声で話す。

 「ドラゴンすごいね!」

 クロノは目を爛々と輝かせ、ドラゴンの事がとても好きになった様子だ。

 再度絵本を開き、挿絵を見返す姿は実に子供らしく。


 ミリアはその姿を眺めながら、絵本の内容を考えていた。

 ドラゴンがいた四百年前は、人間と獣人の間で、大規模な争いがあったのは事実だ。

 争いの場には必ずドラゴンが現れて、甚大な被害をもたらしたと記録されている。

 人間から獣人を守る為に、混沌とする戦場に来ていたのだろうか。


 答えを知る為、向かい側に座り、ハーブティーを飲みながら聞いていたサリーに聞いた。

 「サリーさん。ドラゴンは獣人を守る為に、戦っていたのですか?」

 それを聞き、彼女は視線を少し落とした。

 「ドラゴンが生きていた頃の時代はね、獣人はバケモノとして恐れられ、人間に迫害されていたんだよ。彼等は自分達と違う姿を恐れていたみたい。獣人達は、迫害から逃れる為に抵抗をしたんだけど、それが段々と大きな争いになっていってね。どちらかが滅ぶまで続いてしまうような、戦争に発展してしまったのよ」

 手にしたカップ内側の水面を見つめ、サリーの表情は悲しそうだった。

 それでも話を続けてくれた。

 「獣人と人間、双方多大な死者が出て、それはひどいものだったらしいよ。その争いを鎮めるために、ドラゴンは戦場を飛び回り、争う場を破壊するように暴れ回ったらしいね」

 視線をミリアに移す。

 「ただ、ドラゴンと心を通わせた獣人がいたの。その絵本の登場人物で、ガルフィールという人よ。その人がドラゴンと仲良くなったらしいわ。そして、ドラゴンは平和の為に戦っているんだって言い出したの。その人は、当時の獣人達の代表みたいな存在でね。争うことは、もう終わりにしようと決断するの。だから、今でもその考えは尊重されていて、私達獣人は争うことを嫌うのさ」

 サリーはカップに入ったハーブティーを一口飲む。

 「今でも人間とは多少のいざこざはあって、完全には争いは無くなってはないけど、基本的に私達からは手を出すことはないのさ。この国を救ってくれた、ドラゴンが願った事だからね」

 サリーが絵本を見つめる。

 「ドラゴンとガルフィールが夢見た争いの無い世界。そんな平和な世界を作るために、この絵本を通して子供達に教えていくんだよ。私達は争う事をしないってね」

 絵本に込められた強い想いに、ミリアは考えさせられる。


 子供の頃に母が読んでくれた絵本は、人間側の解釈で描かれた物で、不都合な部分を切り取った物語だと思った。

 ドラゴンが恐怖の対象だったのは、人間側から見たらそうだったのかも知れない。

 戦場に突如現れ、破壊の限りを尽くす姿を見ていたら、そう思うしかないだろう。

 しかし、獣人側の話を聞くと、戦場で暴れていた理由にも納得がいく。

 人間達の異物を恐れる恐怖心が、全ての始まりなのではと思い始めた。

 申し訳ない気持ちが心に広がる。

 「ごめんなさい」

 ミリアは人間である事が恥ずかしくなり、自然と言葉が出た。


 サリーは、両眉を上げ驚く。

 「ミリアちゃんが悪いわけじゃないのよ!?」

 慌てて宥めるも、俯いたままのミリア。

 サリーは困った様子だったが、隣に座っていたクロノが笑顔でミリアに言う。

 「ミリアは悪いひとじゃないよ?優しい匂いがするから」

 そう言うと彼女に抱きつき、顔を胸に埋めていた。

 ーーありがとう。

 クロノの発言に、ミリアは心が少し軽くなるのを感じた。

 そのまま彼の髪を撫で、自身の気持ちを落ち着かせた。


 撫でられ心地良くなったのか、まぶたを重そうに上下しだすクロノ。

 「クロノ、眠い?」

 「うん」

 抱きつくクロノの力が抜けていくのを感じて、寝室へ向かおうとする。

 「サリーさん、クロノがもう眠たそうなので、一緒に寝ますね」

 「そう。ミリアちゃんも働いて疲れているからゆっくりおやすみ」

 サリーは寝室のドアを開けてくれ、クロノを連れて行く。

 クロノは目を瞑り、彼女に身を預けた。

 「おやすみなさい、サリーさん」

 「おやすみ」

 ドアを閉めてもらい、二人は眠りについた。

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