第4話 初仕事

 この家に来て、二度目の朝が来る。

 ベッドから起き上がると、背中の傷具合を確認する。

 ーーすごいわ、全然痛くない。

 手を回して背中の傷を触るが、痛みが嘘のように無い。

 包帯を解いて姿見に自分の背中を写す。

 「治ってる」

 傷跡は残っているが、綺麗に引っ付いている。

 今日からは包帯も要らないだろう。

 昨晩、薬を塗って貰った時の事。

 小瓶に入った薬を見たが、普通の軟膏のように見えた。

 少し違うのは、薄く緑ががっていた事くらいだ。

 クレスタでは採取出来ないような、効能の高い薬草が使われているのだろうか。

 一体どんな人物が作ったのか気になった。


 包帯を全て取り除き、緑の葉っぱが刺繍されたワンピースを着る。

 昨日頂いたものだが、体に沿うようにサイズが丁度良い。

 真新しい服に包まれ、嬉しさから鼻歌を口遊む程、気分が弾んだ。


 いつものように髪を結いながら、昨日の街での出来事を思い出す。

 両手で抱え切れないほど、色んな物を頂いた。

 ーークロノの両手にもお菓子が握られてて、嬉しそうにしていたっけ。

 そう思うと、クロノに目をやる。


 昨日の夢でも見ているのか、ベッドで寝ているクロノは時折ムニャムニャと口元を動かしている。

 ーー昨日貰ったお菓子でも食べているのかな?

 その姿が可愛く、軽く微笑んだ。


 窓に視線を移す。

 とても暖かい日差しが差し込んでいる。

 今日も天気が良いのだろう。

 ーーいい日になりそう。

 彼女の気分は、さらに明るさを増していった。


 隣にある台所から、『トントントン』と包丁が刻むリズムが聞こえる。

 サリーが起きて朝食の支度をしているのだろう。

 身支度を終え、クロノを起こさないよう、静かに部屋を出た。


 「おはようございます。サリーさん」

 「あら、おはよう。体調はどう?」

 フライパンを片手に、朝食の用意をしていたサリー。

 ミリアに気づくと、挨拶をしながら怪我の具合を心配した。

 「はい、もう痛みは無いですし、大丈夫です。あの薬の効果すごいですね」

 ミリアは良くなった事を喋りながら、食器などを用意するのを手伝った。


 サリーは薬の事を褒められて、自分の言葉のように嬉しそうに話す。

 「そうでしょう?配合が上手なのよ、あの子は」

 「あの子?お知り合いなんですか?」

 ミリアの問いかけにハッとし、少し気まずそうにする。

 「前にここで一緒に暮らしていたからね。本当は、あの子の事他言しちゃいけないの。今の話は、聞かなかったことにして?」

 「は、はい。分かりました」

 サリーが申し訳なさそうにするので、それ以上は聞くのをやめて、今のやり取りを胸にしまい込む。

 「その服、よく似合うわね。やっぱりサイズ感って大事だわ」

 話題を変える様に、サリーは緑の刺繍が入ったワンピースを褒めた。

 ブカブカだったサリーの服に比べ、見違える様に似合っている。

 「ありがとうございます」

 少し頬を赤くし、ミリアは照れた。

 「私の子供は息子一人だけだったの。男の子しか育ててないから、ミリアちゃんが娘みたい思っちゃうわ。こんな女の子らしい服、着させたかったのよ」

 ウットリとした表情で、自身の想いを吐露するサリー。

 ミリアは照れながらも思った。

 ーー母さんが生きていたら、こんな感じだったのかな。

 サリーとのやり取りが、擬似体験の様に思えて嬉しかった。


 二人の楽しそうな声に誘われて、クロノが目を覚まして寝室から出てくる。

 眠たそうに目を擦り、ヨタヨタと歩いて近づいてきたが、テーブルに置かれた焼きたての大きいパンを見つけると、大きな声を出した。

 「大っきいパンだ!」

 興味を示し、トタトタと足音を出しながら近づく。

 「うわぁ!」

 机の端に手をかけ、自分の顔より大きいパンを眺める。

 クロノの赤い瞳は、羨望の眼差しでキラキラと輝いた。


 サリーは可愛いと言わんばかりに、顔を緩めて目を細める。

 行動一つ一つが愛らしいのだろう。

 ミリアは近づいていき、クロノに着替えを促した。

 「おはよう。クロノ、先にお着替えしようね」

 「うん!」

 寝室へ誘導すると、ミリアはクロノの着替えを手伝った。


 クロノの服は、ディーバが子供の頃に着ていたお下がりを借りていた。

 今から着用する上着を両手で広げる。

 子供サイズで、とても小さい物だ。

 「本当に着てたのかな?」

 あの大きな体にも、この小さな服が似合った時期があったのかと思い、ミリアは少し笑ってしまう。

 ーーいつかクロノも、あの人みたいに大きくなっていくんだろうな。

 着替えさせながら、この子が無事に成長していく姿を想像し、子を持つ母親の気持ちが分かったような気がした。


 着替えが終わると、隣の部屋に移動する。

 サリーはテーブルに朝食を配膳し終わり、椅子に腰掛けていた。

 「さ、温かい内に食べましょう?」

 彼女に促されて、ミリアとクロノは隣同士で座った。

 焼きたてのパンが発する、香ばしい匂いが食欲を誘う。

 お皿には、魚の切り身をソテーした物と、サラダが盛り付けてある。

 スープからは湯気が立ち昇り、とても温かそうだ。

 「いただきまぁす」

 お腹が空いていたのか、クロノはパンを一生懸命頬張り始めた。


 ミリアも食事に手をつけ始めると、サリーへディーバの話題を振った。

 「帰って来てないんですか?」

 この場にいない彼のことが気になっていた。

 「よくある事だから、心配いらないさ。仕事柄、配達先で一泊する事もあるしね」

 「そうなんですか?」

 「えぇ。二泊って時もあるからねぇ。いつも突然帰ってくるから、そこはちょっと困っちゃう所ね」

 サリーは笑ってはいるが、少し影のある顔をする。

 「心配ですよね」

 「もう慣れたさ。それに心配なんて要らないよ。見たでしょ?あの子、無駄に体だけは大きいからさ」

 彼女が戯けるので、ミリアは笑ってしまう。

 「サリー。これ『魚』?」

 クロノは、魚のソテーを齧りながら質問をした。

 「そうよ。昨日貰った大きなやつだよ。美味しいかい?」

 昨日初めて魚を見たクロノは、その見た目に興味を示していた。

 食べ物だと教えると、美味しいのかどうか気にしていたが。

 「これ美味しいね!」

 バターの塩気が効いた味が気に入ったのか、ムグムグと美味しそうに頬張った。


 朝食を食べ終えると、後片付けを手伝い、出かける用意をする為に部屋へ戻る。

 大して用意する物などないが、事前にサリーから借りていた二人分のタオルとハンカチを、手提げ袋に入れる。

 初仕事に向かうため玄関へ向かうと、サリーがバスケットを手に待っていた。

 「はい、これ。お弁当。クロノちゃんの分も入ってるからお昼に食べてね」

 「ありがとうございます!」

 ミリアは嬉しさで満面の笑みを浮かべながら受け取った。

 今までなら遠慮をしていたに違いない場面だが、素直に受け取る事ができたのは、彼女が成長した証なのだろう。


 クロノは中に何が入っているのか、知りたそうにバスケットを眺めた。

 「お昼ご飯までのお楽しみよ」

 「わかった!」

 サリーの言葉に笑顔で頷くと、小さな手で、ミリアの手をキュッと握った。

 「それじゃあ、行ってきます」

 「いってくるぅ!」

 家から出て行く二人を、サリーは手を振りながら見送った。

 我が子を送り出すかの様に、彼女はとても幸せそうな表情をしていた。


 二人は小高い丘を下って行く。

 下から吹く風が気持ち良い。

 坂を下っていくと、街が近づくにつれて人々の活気が耳に届くようになる。

 「今日もたくさん人がいるね!」

 買い物客や、仕事をしている人らでごった返す路地を見て、クロノはそう言った。


 食料品を売る店や、日用品を売る店など、多種多様なお店が並ぶ通りを歩く。

 すると、クロノは一つの露店に目を奪われた。

 ーーなんだろう、キラキラしてる。

 そのお店は、串に刺した飴細工を並べていた。

 職人がその場で、一つ一つ手作りしているようだ。

 熱せられて生き物の様にグネグネする飴を、器用に形作っていく。

 その光景が気になり、クロノは歩く速度が遅くなった。


 手を繋いで横並びで歩いていたクロノが、やがて引っ張るように遅れ出す。

 ーーうん?

 ミリアは振り返った。

 クロノが飴細工を食い入るように見ており、興味を示していることがわかる。

 「クロノ、あれが気になるの?」

 声をかけると、指でお店を指しながら質問が返ってくる。

 「あれなに?」

 「あれは飴細工だよ。口に入れたら甘くて美味しいよ」

 見たことのない綺麗な物が、甘い食べ物だと聞かされ、さらに興味を持つ。

 「食べられるの?」

 「うん。食べるというか、口に入れておくと溶けていってね、甘い味が広がるの」

 「そうなんだ」

 食べてみたそうに、口元に指をやる。

 ーー食べたそうにしてるな。仕事でお金を貰えたら買ってあげよう。

 そう思い提案をする。

 「今日お掃除を頑張ったら、ご褒美に一つ買ってあげるね」

 「いいの?」

 その問いに笑顔で頷く。

 「やったぁ!」

 ミリアを見上げて、無邪気に喜ぶクロノの顔は、嬉しさで輝いていた。


 再び歩み始めると、楽しみができたクロノは歩調を軽くしていた。

 パタパタと早足で歩くのが可愛らしい。

 運び屋の建物に着くと、一階の倉庫には人が少なかった。

 荷車への積み下ろしが少ないのだろうか。

 遠くで作業している声が、こちらにも聞こえるくらいだ。


 一階を素通りして、二階にあるキシムの仕事部屋に向かう。

 木製の階段を登って行くと、キシキシと登る音が響く。

 彼の仕事部屋の前へ来ると、ドアを軽くノックをする。

 応じる声の後に、ドアを開けた。


 キシムは椅子に腰掛け、書類にサインしているところだった。

 「やぁ、おはよう。今日からよろしく頼むね」

 彼は扉を開けた人物を確認するために、チラリと一瞥した。

 そしてすぐさま書類に目線を落とす。

 ーー忙しそうだな。

 素直にそう思った。

 「おはようございます。忙しい所すみません。どこからお掃除しましょうか?」

 その言葉に彼は書類から視線を外し、背もたれに深く腰掛けた。

 そして、ニコッと微笑み喋りだす。

 「とりあえず一階の倉庫からお願いします。今日は人の出入りも少ないですから、掃除もやり易いでしょうし。掃除の道具は昨日購入しておきましたから、倉庫に居る『カリム』と言う従業員から貰って下さい。あ、それと初日ですので、無理をしないようにして下さいね?倉庫は広いですから、二週間の期間を設けます。その間に片付け頂けたら嬉しいです」

 目を通さなければならない書類が多く、時間を節約したかったキシムは、捲し立てるように一気に喋った。

 「わかりました」

 そう返事をしたミリアは笑顔だった。

 会話の節々に配慮してくれているのが伺え、その気遣いが嬉しかったからだ。


 「あ、それと」

 思い出したかの様に、書類に向けようとした視線をクロノに移した。

 「クロノ君も、ケガしないように気をつけるんだよ?」

 「うん!」

 「よろしい。それでは日が傾く前の、そうですね。午後の三時でその日の作業は終わって下さい。帰り道に何かあっては、サリーさんに申し訳ないので暗くなる前に帰ること。いいですか?」

 「はい!」

 最終事項を伝えられ、ミリアは大きく返事をした。

 「では三時が来たら、またここに来て下さい。今日の分のお給金をお渡ししますので」

 「はい!」

 「よろしくお願いしますね」

 そう言うと、彼は書類に視線を落とした。


 ミリアは感心していた。

 色々考えて手配してくれていると思ったからだ。

 運び屋を経営しているだけあり、手腕は確かなのだろう。

 尊敬の念を抱きつつ、彼にお辞儀をした。

 「では、失礼します」

 クロノも真似をして頭を下げる。

 そんな二人を、キシムは小さく手を振り見送った。


 部屋を出ると、クロノは聞いてきた。

 「クロノは何すればいいの?」

 「とりあえず下に行こうか」

 「うん!」

 一階の倉庫へ向かう為に、階段を降りていく。

 ーーあ、あそこにいる。早く見つけれて良かった。

 階段の中腹で、荷車が出入りする大きな入り口付近に、カリムの姿が見えた。

 荷車に何を積むのか、指示を出しているようだ。

 ーーあそこに向かおう。

 一階に降りると、カリムを目指し倉庫内を歩いた。


 あちらこちらに置かれた荷物。

 その多さが、この運び屋が大きい事を物語っている。

 大きな荷車用の出入り口に近づくと、二人の姿に気付いたカリムが近寄ってくる。

 「おはようございます。キシム様から伺っていますので、こちらへ来て下さい」

 彼は倉庫内にある小さな建屋に、二人を案内した。


 建屋内に入ると、箒や塵取り、バケツや雑巾などの掃除用具一式が置いてあった。

 どれも新品で真新しい。

 「これで掃除をお願いします。水はここにあるのを使って下さい。掃除したゴミは、荷車用の出入り口を外に出た所に、ゴミを集めている所がありますので、そちらに。他に質問ありますか?」

 要点を簡潔に伝える説明だ。

 「大丈夫です」

 質問がない事を伝えると、カリムは小屋を出た。

 しかし、すぐ様振り返る。

 「もしわからないことがあったら、いつでも聞いてください。今日は倉庫内にいますので」

 「ありがとうございます」

 そのやり取りを済ませると、自分の持ち場に戻っていった。


 「よぉし!頑張ろう!まずは掃き掃除ね」

 「頑張ろう!」

 最初は倉庫を端から掃いていく事にした。

 箒と塵取りを手に取ると、二人は建屋を出た。

 倉庫の隅に移動する最中、通路や荷物との間に、藁や紙屑や麻袋などのゴミがあちらこちらに見えた。

 長い間放置されていたのだろう。

 ホコリが積もって白く見える物もある。

 箒を持ってきたが、先に大きなゴミを片付ける必要性があった。

 ーー箒じゃ掃けない。それにしても沢山あるなぁ。

 広い倉庫に放置されたゴミは、とても多くてその量に圧倒される。

 だが、一人暮らしで培った自活の精神が役に立ち、どう解決していくか頭の中で順序を整理していく。

 「クロノ、先に大きなゴミから片付けして行こうか。その後で掃き掃除ね」

 「わかった!」

 箒と塵取りを置き、近くに放置されていた麻袋を掴むと、その中にゴミを入れていく。

 クロノはミリアの指示通りに、紙屑や藁などの小さい物を集めて回った。


 「いっぱいあるね!」

 小さい子供なら、すぐに飽きてしまう作業だが、初めて触る物や、見たことのない物が沢山あり、クロノは楽しそうに手伝っていた。

 そして、一つ目の麻袋はすぐに一杯になる。

 「もう一杯になっちゃった」

 袋の口を縛り、次の麻袋を手にしてまた集め始める。

 ーーサリーさんが言ってた意味が分かるなぁ。

 男ばっかりで掃除しないから汚いと言っていた事に合点がいく。

 必要無くなった書類を丸めて放置していたり、空いた袋もそのままだ。

 可笑しくなりクスリと笑った。


 二人はゴミを集める作業を続けたが、お昼休憩を取ろうと一旦中断した。

 クロノは一生懸命やっていたので、顔のあちこちに黒い汚れがついている。

 ミリアは持って来たタオルで汚れを拭いてあげる。

 「クロノ、頑張ったね。えらいえらい。お腹空いたでしょ?サリーさんのお弁当食べよ」

 「うん!」

 クロノは褒められたのが嬉しくて、満面の笑みで返事をした。


 倉庫内の建屋で、埃で黒くなった手を洗う。

 洗い終わると、バスケットを手に荷車用の出入り口へ移動を始める。

 今日は天気が良いので、外で食べようと思ったからだ。

 「お外で食べるの?」

 「そうだよ。今日は天気が良いからね」

 「お外で食べていいんだ!」

 今まで外で食べたことのないクロノは、ウキウキしている様子を見せた。


 倉庫を出てすぐの場所に、カリムが言っていたゴミ置き場があった。

 空の木箱や袋、壊れた荷車の部品などが、乱雑に置かれている。

 ーーここの事を言ってたのね。

 捨て場所を確認でき、午後からは集めたゴミを持ってこないとな、と思いながら通り過ぎる。


 少し歩くと、大きな木が自生していた。

 ーーここでいいかな?木陰があって涼しそう。

 木陰に座り、バスケットから取り出したお弁当を広げる。

 サリーが朝焼いたパンに、チーズとハムを挟んだサンドイッチと、剥いていない状態のリンゴが入っていた。

 「ハイ。美味しそうだね」

 「うん!」

 クロノにサンドイッチを手渡すと、お腹が空いていたのか、夢中でハムハムと食べ出す。

 「おいしいね!」

 クロノの食べる姿が可愛らしく、微笑ましい。

 「後でリンゴ剥いてあげるね。クロノ、リンゴ好き?」

 ミリアはサンドイッチを食べながら質問した。

 「食べたことないからわかんない」

 クロノは首を横に振りながら答えた。


 ミリアは思う。

 ーー食べたことない、か。

 昨日の事だが、魚を食べた事が無いと言っていた事を思い出す。

 知らない事も多いし、過去の記憶もない。

 ーーこれから色々教えてあげないとな。

 そうしてあげたいと思った。


 「そっか。甘くて美味しいから、きっと好きになると思うな。後で一緒に食べようね」

 「うん!」

 サンドイッチを食べ終わると、りんごの皮を剥いてあげる。

 初めて食べた甘いリンゴを、クロノは美味しいと言いながら頬張った。

 食べ終わると、クロノは満腹感から眠くなりウトウトし始める。

 ゴミ集めをした疲労も相まったのだろう。

 それに気付いてそっと抱き寄せると、気持ち良さそうに寝てしまう。

 ーー寝ちゃったな。疲れたよね。

 起こさないように抱いたまま立ち上がり、建屋まで移動する。

 建屋に入ると、大きめの長椅子にクロノを寝かせ、ミリアは大きく背伸びをした。

 「ん。よし!午後からも頑張ろう」

 自身のやる気を奮い立たせ、麻袋に集めたゴミを両手で抱え、外の捨て場まで持って行った。


 何度目かの往復時に、荷車用の出入り口にカリムが現れた。

 彼は外を見つめ、不安そうな面持ちをしている。

 その姿が気になり、ミリアは声をかけた。

 「カリムさん。どうかなさいました?」

 彼女の問いかけに、ハッとした表情をして顔を向けた。

 「アニキの事でちょっと」

 そう言いかけて喋るのを止めた。

 「アニキって、ディーバさんの事ですか?」

 「え?えぇ、そうですが」

 何やら歯切れの悪い物言いをする。

 ーーディーバさんに何かあったのかな。

 ミリアは心配になってきた。

 「ディーバさんに何かあったんですか?」

 「いえ、何かあった訳じゃないんですよ。そろそろ帰って来てもいい頃なんですが、まだ姿が見えないんでね。まぁ、アニキなら問題なく、大丈夫でしょうが」

 そう言うが、表情は少し影があるように見える。

 その姿が余計に心配を募らせたが、彼は話題を変えた。

 「そろそろ三時になりますね。今、運んでいる分をゴミ捨て場に置いたら、今日は終わりにしましょう。あと、キシム様の所に行くのも忘れずに」

 カリムはにこやかに努めようとしていた。

 その無理矢理作った笑顔が印象に残り、引っかかりを残した。

 ーーでも私がどうこうできる事でもないし。

 気にはなるがどうしようもない。 

 「わかりました。これを運んだら終わりにしますね」

 彼の言う通り、今日の掃除はここまでにする事にした。


 ゴミを運んだ後、建屋から持ち出していた箒と塵取りを元に戻す。

 「クロノ、起きて。帰るよ」

 「ん?帰るの?」

 「うん、行こ?」

 寝ていたクロノを優しく起こし、二階に向かう。

 階段の中腹から、荷車用の出入り口に立つカリムの姿が見えた。

 先程と同様に、外を見据えている。

 ーー無事に帰ってくれればいいな。

 そう祈りながら、階段を上がっていった。



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