第8話 能力の目覚め

 その場にいた全員がキシムとミリアのやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。

 ーーこの少女が、ディーバを救う可能性がある。

 自然と人垣は割れていき、ミリアを通すために道が出来る。

 皆んな彼女に期待していた。

 そんな眼差しは、ミリアにとって過去の記憶が呼び起こされる物だ。

 出来もしないのに勝手に期待され、そして失望されると存在が無かったことにされる。

 正直恐ろしく、歩みを進める足は微かに震えていた。

 それでも進み続けれたのは、ディーバを助けたいと思ったからだ。

 歩を進めるミリアは、母の形見であるペンダントの結晶石を握りしめていた。


 サリーとジジと呼ばれた女性は、最後の希望に縋る思いでミリアを見ていた。

 その時はもうディーバには意識がなく、グッタリとしている。

 傍らに座り込むと、右手をディーバの腹部の傷に置き、左手で結晶石を強く握りしめ、静かに目を瞑った。


 暗くなった視界に、母の姿を映し出す。

 ーー母さん、力を貸して下さい。この人を救いたいんです。この一度だけでいいの。お願い。

 そう思うと、ミリアの体が淡い黄色の光に包まれ始める。

 「おい、光り始めたぞ!」

 「魔法だ」

 それを見ていた人達は、驚き響めく。

 そんな声が届かないほど、ミリアは精神を集中していた。

 子供の頃、集塵監視の元で何度も唱えた文言。

 もう二度と唱える事は無いだろうと思っていたが、ディーバの為に唱え始める。


 「我が名はミリア・グランデール。『癒しの導き手』を継ぎし者。神よ、私の願いをお聞き下さい。この者の傷を癒し、平穏と安らぎを与えて下さい」


 ミリアの体を包む淡い光は、文言を言った直後に強い輝きに変わり、ディーバの体も輝きに包まれる。

 周囲で見ていた観衆は、何かが始まったと感じて傷が治ると思った。

 だが、傷口は開いたままで何も変化は起きない。

 光の中心地に居たミリアも、手応えを感じていなかった。

 ーーお願い!この人を死なせたくないの!

 ミリアは目を見開き、より一層強く願い祈った。


 「我が名はミリア・グランデール。癒しの導き手を継ぎし者。神よ、お願い!力を貸して!この人を助けたいの!」


 その瞬間、目を開けていられないほどの強い光が、ブワッと発生した。

 影の存在を許さないほど、強烈な光が倉庫内を照らす。

 「なんだ!?眩しい!」

 その場にいた全員を包み込み光源から、目を逸らしたり、腕で光を遮りながら、その光が収まるのを待った。

 その圧倒的な現象に、ディーバが助かる事を期待した。

 

 しばらくすると、事切れた様にフッと光が消える。

 「ミリア!ミリア!」

 クロノの叫ぶ声が聞こえた。

 光が消えたそこには、傷口が完全に塞がっているディーバと、倒れて地に伏せるミリアの姿があった。

 クロノは、倒れて動かない彼女を揺さぶっている。

 ジジと呼ばれた女性が、ミリアの容体を確認するために、急いで近づき手を取る。

 脈を測る為に手首や首筋に手を当てがうと、次に口元へ手を翳した。

 「脈はある。呼吸もしっかりしてる。気絶してるだけみたい」

 最後にミリアの胸へ耳を当て、心音を確認しながらそう言った。

 「大丈夫なの?」

 クロノは泣きそうになっている。

 動かないミリアが心配だったのだ。

 「大丈夫だよ。そのうちに目を覚ますよ」

 ジジが優しく微笑みながら言った事で、クロノの表情は少し和らいだ。


 ジジはキシムに視線を送る。

 「この子を四階にある私のベッドへ。大丈夫だと思うけど、安静にしておいたほうがいいわ」

 「そうだね」

 キシムは頷くと、横たわるミリアを抱きかかえた。

 そんなミリアの手を、ジジは軽く握りながら感謝を述べた。

 「ありがとう、救ってくれて。貴方に会えて良かった」

 ジジは心の底から彼女に感謝していた。


 クロノは心配そうにミリアを見ている様を見て、キシムはクロノを誘った。

「大丈夫だよ。一緒においで」

 そして上階へ繋がる階段を目指した。

 言われるがままに、クロノは後を追っていく。


 キシム達を見送ると、ジジはディーバの容体を確認した。

 「すごいわ。綺麗に塞がっている」

 全身にあった切り傷が見事に無くなり、腹部の大きな裂傷も跡形がない程完治している。

 流れ出た血の跡が、傷口にあった場所に不自然な形で残るだけ。

 意識が戻っていない様子だか、苦しそうな感じは一切なく、眠っているかの様に穏やかだった。

 心音や脈拍は正常なリズムを刻み、彼が窮地を脱したことに安堵する。

 「良かった、大丈夫そう」

 その言葉に、状態がわからず困惑していたサリーは安堵した。

 「良かった。本当に良かった。本当に」

 諦めていた命が息を吹き返した。

 喜びを噛みしめるように言い、涙を流しながら息子の顔を覆う様に抱きかかえた。

 それを見ていた仕事仲間達も、大いに喜んで歓声を上げた。

 ディーバが皆んなにどれ程慕われているのか、一目でわかるぐらいに、盛大な歓声が辺りを包んでいた。


 キシムとクロノは、階段で四階に上がって来た。

 クロノの歩調に合わせる様に、キシムはゆっくり歩き、ジジの部屋を目指した。

 彼は、一つのドアの前で立ち止まる。

 「クロノ君、このドアを開けてくれるかい?」

 「うん」

 クロノは手を目一杯伸ばして、ドアノブを捻り扉を開いた。

 女性の部屋らしく、可愛らしい小物が飾られた部屋だ。

 この部屋の住人の性格を表す様に、綺麗に整えられている。

 その部屋のベッドに、キシムはミリアをそっと寝かせた。

 ミリアは全身の力が抜けているのか、体がグッタリとしている。

 彼女もディーバと同様に意識は無く、安らかな寝息を立て、寝ている様だった。


 階下から、喜びの歓声が聞こえてくる。

 その歓声が何を意味するものか、キシムには容易に想像できた。

 ーー良かった。助かったんだな。

 そうして、一雫の涙を流した。

 彼の顔を見ていたクロノが聞く。

 「悲しいの?」

 「嬉しいのさ」

 キシムは頬を伝う涙を拭い、微笑んだ。


 歓声が鳴り止まぬ中、ジジが部屋に入ってきた。

 「ディーバは無事よ!助かったのよ!」

 無事に助かった事を裏付けられ、キシムは安堵で肩の力が抜けた。

 「良かった」

 二人は安堵の笑みを見せ合い、ディーバの無事を喜んだ。


 喜びがひと段落すると、ジジは改めてミリアの容体を確認する。

 脈や心音や体温を確認して、異常がないことを確かめていた。

 「疲労による精神負荷が原因ね。おそらく、あの治癒能力を使用した代償で、体力を大幅に消費したんじゃないかしら。しばらく休めば体力も回復するだろうから、このまま寝かせて様子を見ましょ。後は同性の私が付き添うから、ディーバの様子を見てきてあげて」

 ジジの見立てに、キシムは頷いた。

 「後で誰かをこちらに寄越しますので、必要なものがあったら言ってください。何でも用意します」

 そう言い残すとクロノに手を振り、部屋を後にした。


 ジジは、初対面のクロノに自己紹介をした。

 「私はジジ。君と同じ獣人だよ。君は狼族みたいだね?私は鳥族。ほら、ここに羽が生えているでしょう?」

 そう言って、頭に生えている羽を、クロノによく見える様にしゃがんで見せた。

 その羽は艶があり、純白と言っていいほどの美しさがある。

 「綺麗だね」

 「ありがとう」

 クロノは下にいる時から視界に入っていて、気になっていた。

 この街に同じ羽を持つ人がいなかったからだ。

 いざ間近でみると、綺麗な羽に目を輝かせる。

 「触ってもいい?」

 「くすぐったいから少しだけね?」

 彼女は嫌がることなく触らせた。

 「フワフワ」

 手触りが良く柔らかい羽に、クロノは感動していた。

 「フフッ。君の名前は?」

 ジジは、少しハニカミながら名前を聞いた。

 「クロノだよ!」

 「そっか、この人はクロノのお母さん?」

 その問いにクロノは首を振る。

 「ちがうよ」

 ジジは、クロノの予想外な返答に少し戸惑った。

 ーーお母さんじゃないんだ?関係性がわかんないなぁ。

 そう思うも、話を続ける。

 「じゃあ、大切な人かな?」

 「大切って?」

 「ずっと一緒にいたい、って思う人かな」

 「一緒にいたい!良い匂いがするから」

 「良い匂い?」

 二人の関係性はいまいち掴めないが、クロノがミリアを想う気持ちは良く分かった。


 「ジジは、ディーバが大切なの?」

 クロノの突拍子もない質問に焦るジジ。

 「えっ?そ、それは。た、大切だよ?うん」

 自分で説明した『大切』と言うワードに対して、顔を赤らめる。

 そんな自分の想いを口外しない様に、釘を打つ。

 「誰にも言っちゃダメよ?」

 「なんで?」

 幼すぎて通用しない彼に、ジジは焦る。

 「二人だけの秘密にしてね?」

 「?」

 クロノは解っていない様子で、不思議そうな顔をする。

 ーー失敗したな。でも、小っちゃい子だしね、仕方ないか。

 諦めて話題を変える。

 「クロノ、喉が乾いたとかお腹が空いたりしてない?」

 「お腹空いた。下にご飯があるの」

 「下に?」

 「うん。お掃除の部屋」

 騒ぎのせいで、お昼ご飯を少ししか食べていない。

 ーー掃除の部屋?どこの事だろう。キシムに聞いたら分かるかな。

 そう考え、後でキシムに聞くことにした。


 それまで時間がかかるので、空腹を訴えるクロノの為に、引き出しからある物を取り出した。

 「あとで誰か来るから持って来てもらうとして。とりあえずコレ食べてて。私の髪の色と似てるでしょ?」

 ジジが差し出したのは、飴細工のお店で売っている飴だった。

 鳥を模して作られており、緑の彩色がしてある。

 細工も細やかで、今にも羽ばたきそうで、とても綺麗な物だった。

 「うわぁ、綺麗」

 「フフッ。そうでしょ」

 思わぬ所で飴細工が目に飛び込み、クロノは喜んだ。

 角度を何度も変えて飴を愛でた。

 その様子が可愛らしくて、ジジはクロノの頭を撫でた。

 「ミリア大丈夫?」

 クロノは彼女を見上げる。

 「疲れているから、ゆっくり寝させてあげよ。元気になるから大丈夫よ!」

 その言葉に安心して、クロノは鳥の形の飴細工を口に頬張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る