第9話 光の精霊
目を開ける。
すると、そこには白一色の世界が広がっていた。
ーーここは、どこ?
見たことのない世界に、ミリアは戸惑う。
壁や天井、床のような物が無く、白い景色がどこまでも続いている。
明らかに現実の世界ではない。
足は地に付いておらず、宙に浮いている感覚だ。
「何、ここ」
自らの声が空間に響く。
他に鼓膜を震わす音が無く、静かな空間だ。
ーーえっと、何があったんだっけ。
思い出そうとするが、頭にモヤがかかっている様で考えが纏まらない。
「どうしよう」
不安が疼くが、すぐに解消される。
ーーなんだろう。温かい。
不思議とこの空間が怖いと思わない。
むしろ居心地が良い。
そのまま惚けて空間へ身を預けていると、自分を呼ぶ声が聞こえ始めた。
「ミリア」
初めて聞く声だ。
だが、嫌な感じはしない。
中性的なその声は、むしろ好意的に感じる。
「誰?誰かいるの?」
その声の発生元を探し始める。
「ミリア」
再度の呼び掛け。
近い距離から呼びかけられている感じがする。
そう思い、自身の胸元を見た。
母の形見のペンダントに付いている結晶石が、淡く光っている。
「光ってる。もしかしてここから?」
黄色の優しい光を放つ結晶石を、手のひらに乗せて眺める。
中心部から煌々と光が溢れて温かい。
その光が揺れながら、声が聞こえてくる。
「ミリア」
「貴方は、誰?」
暖かみのある声で、自らの名前を呼ぶ存在に問いかけた。
「僕は光の精霊。君の命が脅かされないように願っていたけど、ついにこの時が来てしまったね」
「光の精霊?」
ミリアは困惑した。
この世界には、精霊が存在している。
土や水、木や風などたくさんの精霊がいる。
その中でも、光の精霊と言えば、闇の精霊と並ぶ最高位の精霊だ。
姿はおろか、話したことがある人物は極端に少ない。
それほど人目に触れる場所には現れない存在だ。
ーー本当なのかな?でも、この空間を作り出すのだから。
半信半疑ながらも、光の精霊は会話を進める。
「能力を使える様に目覚めてしまった。これから君は困難な道を進むことになる」
「能力?」
その瞬間、頭の中のモヤがなくなり、記憶が一気に押し寄せる。
横たわるディーバの側で強く願った自分の姿。
ーーそうだ、私、ディーバさんに治癒能力を使って。でも、どうなったんだろう。
意識が途切れてしまって、どうなったのか結末を見ていない。
そんなミリアの思考を読んだのか、光の精霊が教えてくれる。
「あの子なら大丈夫だよ。死ぬ前だったから、間に合ったんだ。君が治したんだよ」
「そうなの?良かった」
ミリアは安堵した。
彼が助かったのなら、サリーが悲しむ事もないだろう。
その想いが強かった。
あの能力は『癒しの導き手』と呼ばれる。
あらゆる怪我を治すことが出来、失われそうな命を救う事が出来る。
ただし、グランデール家直系の女性だけが発現でき、代々継承する形で受け継がれて来た物だ。
ミリアは今まで一度も上手くいった事は無かった。
今回は上手く発動でき、ミリアは素直に嬉しがった。
そんな気持ちと真逆に、精霊は発動させた事を悔やんでいる。
「君が強く願ったからね。それに応えて解放してしまった。ごめんね」
「何故貴方が謝るの?」
ミリアは謝られる理由が分からないでいた。
あの能力が光の精霊に由来するなら、こちらが感謝しなければならないからだ。
だが、次の言葉がミリアに衝撃を与える。
「君が能力を使えない様に、抑えていたのは僕なんだ」
ミリアの思考は固まった。
ーー何を言っているんだろう。だとしても何のために?
「使えない事で、君に辛くて悲しい想いをさせたのは知ってる。本当にごめんね」
「な、何故そんな事をしたの?」
思考が再び動き出し、辛い記憶が蘇る。
子供の頃、能力の継承者として過度に期待された。
だが、幾ら試しても能力は発現しない。
次第に強制的に練習させられ、苦痛を伴うことが多くなった。
ありとあらゆる事を試され、身も心もボロボロになる。
最後には役立たずと罵られ、存在すら無かった事にされる。
それを、この精霊は知っている。
沸々と負の感情が増幅されて行く。
「何でそんな事をしたの!?貴方のせいで、私、私」
憎しみの感情と辛い過去が涙を溢れさし、言葉に詰まる。
ーー能力さえ使えれば、皆の期待に応えれた。能力さえ使えれば、父に嫌われることも無かった。能力さえ使えれば、閉じ込められることも無かった!能力さえ使えれば!!
ミリアの感情は爆発する。
「全部貴方のせいだったの!?何で!?酷すぎる!」
顔を涙でグチャグチャにしながら、精霊を糾弾した。
彼女は能力が使えなかった為、酷い仕打ちを受けてきた。
特に十歳の頃から、屋敷に軟禁され続けたのが心に深く傷を残した。
他人に見られぬ様に、屋敷から一歩も外に出ることは許されず、客人が来た時は、存在を知られぬ様に、暗い部屋に閉じ込められた。
そんな生活が八年も続いたのだ。
彼女の怒りはどんどん積み上がって行く。
「ずっと苦しかった!何年も何年も辛かったのよ!」
「ごめんね」
精霊は申し訳なさそうに謝った。
なおも汚い言葉で罵ろうとしたが、先に話したのは光の精霊だった。
「リディアに頼まれて、君が能力を使えない様に抑えていたんだ」
「えっ?」
聞き覚えのある名前に、ミリアの思考は再度固まる。
ーーリディア?リディアってお母さんの事?
光の精霊は、ミリアの考えを読み取る。
「そうだよ。君のお母さんだ。彼女が最後に強く願ったんだ」
意味が分からなかった。
何故、母がそんな事を願うのか。
考えても答えなど出るはずもなく、固まる。
「母さんが、何で?」
「君は、何故リディアが死んだのか、知らないんだろう?」
確かにそうだ。
まだ幼かったし、母の死を受け入れたくは無かったから、詳しいことは聞いていない。
「どういう、事?」
「君の母親も、その能力が原因で命を狙われたんだ。その結果、命を落とす事になった。だからこそ、愛する君が同じ道を辿らない様に、僕に頼んだのさ」
「そ、そんな」
ミリアは絶句した。
ーー母さんが、私を守る為に?
先程あった憎しみは吹き飛び、母の愛情に頭は混乱する。
ただ、確かなのは自分を不幸にしたかったわけでは無いこと。
自分に笑顔を向ける母の顔が脳裏に浮かぶ。
ーーお母さん。逢いたいよ。お母さん。
母を思い出し、涙を溢した。
今まで封印していた感情を洗い流すように、涙が流れ続けた。
彼女が落ち着くのを待っていたが、光の精霊は言い聞かせる様に話し出す。
「ミリア、よく聞いて。能力を解放した事で、君の命は狙われる事になる」
「誰に、狙われるの?」
素朴な疑問だった。
自分もそうだが、母は何に狙われたのだろうか。
精霊は答える。
「その能力を嫌い、抹消しようする者さ。必ず魔族の誰かが君の前に現れ、命を奪おうとする。君が死ぬまで追い続けて来るだろう」
「な、なんでそんなことを」
ミリアはゾッとした。
死ぬまで追い続けると言う言葉が怖かった。
「どうしたらいいの?」
その質問に、光の精霊は声のトーンを下げる。
「僕は君を守ってあげる事はできない。結晶石を通して会話することしか出来ないんだ。それも、次に話せるようになるのはいつか分からない。だから、エルフの女王に会いに行くんだ。きっと力になってくれる」
「エルフの女王に?」
難しい事を言うと思った。
エルフの国には結界が張られており、エルフ以外は出入りする事は出来ない。
ましてや一国の王を務める存在。
簡単には会う事は出来ないだろう。
「そう。彼女は結界を上手に作る事ができる。だから」
「どうやってそこまで行けばいいの?」
かぶせる様に喋るミリアの発言に、精霊は言葉を失う。
「エルフの国は結界が張られている。誰でも通れる場所じゃないのに」
ミリアは泣きながら訴えた。
たった一人で、たどり着けるわけないと。
だが、光の精霊にはどうする事も出来ない。
「ごめんね。でも、諦めないで欲しい。リディアが守ろうとした命を、大事にして欲しい」
その言葉に、ミリアは思い直す。
ーーそうだ、お母さんが守ろうとした命なんだ。
母の想いを無駄にする事は出来ない。
ソレを無くしたら、母との繋がりが無くなってしまう。
そんな気がした。
「ごめんなさい。貴方の言う通りね。簡単に諦めちゃダメだよね」
涙を拭き決意を新たにする。
「こうして話していられるのも、あと少ししか時間がない。いいかいミリア。魔族に気をつけるのは勿論なんだけど、『ソウルイーター』にも気をつけるんだ」
「ソウルイーター?」
初めて聞く単語に、ミリアは聞き返した。
「彼は人間全てを憎んでいる。元々は魔族ではないから、君の存在を嗅ぎつける事は出来ないけど、見つかったら君一人では助からない。今はアレを倒す手段が無いんだ」
「どうしたらいいの?」
その質問を投げかけたところで、白い世界が徐々に暗くなっていく。
胸元に輝く結晶石も、段々と光が弱々しくなり消え入りそうだ。
「いつか、あの男の子がきっと」
精霊の声は小さくなり、雑音が混ざる。
「男の子って誰のこと?クロノのこと?」
薄暗い世界にその声は響いたが、返答は返って来ない。
「ねぇ!?」
空間が闇に包まれていく。
それと同じくして、ミリアの意識も暗くなった。
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