第10話 二人の絆

 意識を無くしてから、ミリアは眠り続けた。

 近くで大きな音がしても、反応すら見せないほどの深さで寝ていた。

 失った体力を取り戻そうと、体が必死になっているのだろう。

 だが時折、悲しそうに涙を溢しながら魘されるのが気になった。

 ーー悲しい夢でも、見ているのかな。

 その涙を拭きながら、ジジは付き添い続けた。


 コンコン。


 ドアがノックされたので、ジジは立ち上がるとドアを開いた。

 「ミリアちゃんの様子は?」

 開口一番に、サリーはミリアの容体を気にかけた。

 「どうぞこちらに」

 ジジは、ミリアの元へサリーを連れて行く。

 ミリアの側に居たクロノは、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。

 ーー何か、あったのかしら。

 クロノの様子に、サリーは不安になった。


 ジジはミリアの状態を話し出す。

 「体には何の問題もありません。ただ、時折、魘されているのが気になりますね。意識も中々戻らないですし」

 「魘されている?」

 「えぇ。悪い夢でも見ているのかな。悲しそうに、涙を流すんです」

 「そうなの」

 体に問題がないと聞かされ、サリーは一先ず安堵した。

 しかし、魘されている事と、意識が戻らない事に懸念を抱く。

 ーー大丈夫かしら。目覚めるまでは、油断出来ないわね。

 そう思い、ジジに提案する。

 「ジジちゃん、私も看病に加わるわ。いつ目覚めるのか分からないから、交代で看るようにしましょ」

 「いいの?助かります!やっぱり、サリーさんは頼りになるなぁ」

 ジジは、サリーへ抱きつきながら感謝した。

 二人には血縁関係などないが、親しげな様子は、まるで親子のようだ。

 「私は一旦家に帰って、ミリアちゃんの着替えを持ってくるわね」

 「うん、分かった」

 ジジがその言葉に頷くと、サリーは部屋から出ていく為にドアノブを捻る。

 しかし、ドアを開けたところで彼女は振り返った。

 「ジジちゃん、寝れるところあるの?」

 ジジは頭を横に振った。

 この建物には、寝具が一つしかない。

 ここに住んでいるのは、彼女しかいないからだ。


 「じゃあついでにキシムちゃんに言って、大至急ベッドと布団を用意してもらう様に伝えてくるわ。それじゃ、また後でね」

 そう言うと、サリーは部屋を後にした。

 彼女が去った部屋で、ジジは思う。

 ーーやっぱり凄いなぁ。いつまで経っても、助けてもらうばかりだな、私。

 ジジは、サリーの気遣いと行動力に尊敬の念を抱いた。


 二時間程時間が流れると、キシムの手配した寝具が、部屋に届く。

 しかし、その部屋に置いたら狭くなるので、ジジの提案で隣の部屋にベッドは据えられる事になった。

 キシムは家具の職人を従えて、指示された場所にベッドの組み立てをしていく。

 バラバラの木材がみるみる形を成し、ベッドになっていく。

 サリーが伝えに言ってから、まだ三時間も経っていない、この建物に寝床が一つ増えた。

 「早かったわね」

 ジジは、キシムの手腕を褒めた。

 「ディーバを助けてくれた恩人に関わる事ですからね」

 キシムは軽く笑みを浮かべ、当然のように答えた。


 そうこうしている内に、日が落ちて外が暗くなる。

 ミリアの側を離れず、ずっと見守っていたクロノは、眠たそうに目を擦り始めた。

 「クロノちゃん、一緒に帰ろう?」

 寝かしつける為に、サリーは帰宅を促した。

 しかしクロノは離れることを嫌い、頑として動かない。

 ーーどうしようかねぇ。

 妙案がないかサリーが考え込んでいると、クロノは靴を脱ぎ捨てベッドへ潜り込んでしまう。

 その様子を見ていたサリーは、ジジと顔を見合わせた。

 ジジが仕方ないと仕草で伝えると、サリーは諦めた。

 クロノはミリアの温もりを肌で感じ、そのまま眠ってしまった。


 翌朝、先に目を覚ましたのはディーバだった。

 あれ程の大ケガを負っていたので、彼の体は動かさない様にしており、その為彼が最初に見たのは倉庫の天井だった。

 ーーあぁ?何でこんな所で寝てんだ?

 ガバッと上半身を起こすと、腹部についた血痕が目に入った。

 「あぁ?血か?そうだ、俺は」

 気絶する前に見た光景が、彼の脳内で再生される。

 意識が朦朧とする中、母親に頭を撫でられていた。

 慈しむ様に自分を見つめる瞳からは、涙が止めどなく溢れている。

 ーー死んだんじゃねぇのか?

 そんな母親の姿に、自分の死を覚悟していた彼は、未だ現実の世界にいる自分に混乱した。

 何よりも、腹部にあったはずの傷が、跡形もなく完治している事が理解できないでいた。


 そんな彼に歓喜の声が浴びせられる。

 「ディーバ!良かった、目が覚めたんだな!」

 「おい!ディーバが起きたぞ!」

 彼の周囲で夜通し、彼を見守り続けた仲間達だ。

 涙を浮かべ喜ぶ者が多数いた中、数人が嬉しさでディーバに抱きつく。

 「良かったなぁ!」

 「ヤメロヤメロ!オマエら気色悪いぞ!!

 彼らを払い退け立ち上がるディーバは、気恥ずかしいのか、顔を赤らめた。

 「もう、ダメだと諦めたんだぞ?生きてて良かったなぁ」

 「だから、抱きつくんじゃねぇよ!」

 なおも抱きつこうとする仲間に、ディーバは彼らの頭を押さえて抵抗した。


 そんな騒ぎを聞きつけたキシムが駆け寄ってくる。

 ディーバが元気そうなのを確認できて、彼は安心した。

 「大丈夫そうだな。生きてて良かったな、ディーバ」

 キシムの声に、ディーバは疑問をぶつける。

 「キシムか。どうやって治した?傷がまったく無ぇぞ」

 あの時、ディーバは擦れる意識の中でキシムの姿を見ていた。

 あの場にいた彼なら詳しく知っているだろうと思った。


 キシムは誰が救ったのか話し始める。

 「お前が助けて来た人間の娘だよ。あの子が治癒能力を使って治してくれた」

 「治癒、だと?」

 ディーバは思い当たる節があり、その表情は真剣味が増した。

 「そうさ。あの時と同じだな」

 『あの時』と言う言葉に、ディーバは死の淵で見た光景が蘇った。


 視界が暗くなっていき、次第に闇の世界へ落ちていくのを感じて思った。

 ーーあぁ、死んだのか。

 ズブズブと泥沼に嵌っていくような感覚。

 体全てがそれに包まれたら、完全に存在が無くなるのだろうと感じた、

 ーーなんだあれ。死の迎えってやつか?でもアレは見た事が?

 最後の時と感じるも、見覚えがあるような気がする。

 その光は、自分を暖かく包み込んで行く。

 ーー暖かいな。この感じ、前にもあったような。

 心地良い光に、眠るように目を閉じた。

 そして再び目を開けると、倉庫内の天井が見えたのだ。


 記憶を辿る様に思い出すと、彼は視線を落として呟いた。

 「グランデールと名乗っていたが、やっぱりそうだったのか」

 キシムは頷きながら話す。

 「そうだね、これで二回目になる。私達は、何か深い縁でもあるのかも知れないね」

 運命を感じるを得ない発言だが、ディーバも同様な気持ちだった。

 「そうだな。また、借りが出来ちまった」

 「あぁ」

 二人とも過去の記憶を思い出し、少し俯いた。


 そして、ディーバは口を開く。

 その声には張りがなく、自分の不甲斐なさで申し訳なさそうだった。

 「キシム、話がある。商人達なんだが全員やられちまった。守りきれなかった。すまん」

 彼は護送の依頼を受けていた。

 バネーゼに来ていた人間の商人達を、クレスタへと送り届ける仕事だった。

 しかし守ることが出来ずに、皆死んでしまったのだ。

 「そうか。お前が瀕死状態になるくらいやられたんだ。仕方ない」

 キシムは責めなかった。

 ディーバは獣人の中で、最強の部類に入る。

 こと戦闘面では、圧倒的な強さを見せる。

 その彼が、あれ程のケガを負ったのだから、仕事は完遂出来なかったとしても、責める事は出来ない。

 だが、その相手が誰なのか知りたかった。

 「誰にやられたんだ?」

 「黒い鎧を着た野郎だ。デケェ剣を持ってた」

 キシムはその特徴にすぐ様思い当たった。

 黒い鎧に、大きな剣。

 そして、ディーバを凌駕する強さ。

 「ソウルイーターか」

 キシムの言葉に驚きつつも、ディーバは納得した。

 「アイツがそうなのか」

 二人は黙り込んだ。


 しばらくすると、ディーバは辺りを見回し始める。

 自分を治してくれたミリアを探すが、その姿が見当たらない。

 「嬢ちゃんは、今どうしてる?」

 キシムは上階を指差した。

 「ジジの部屋で横になっているよ。疲労が酷いみたいで、今は安静にしてもらってる」

 「そうか、ちょっと行ってくるわ」

 「あぁ、静かにな」

 会話が終わると、ディーバは階段を目指して歩き始める。

 「オイオイ!目が覚めたのか!心配したぞ!」

 「くっつくな!暑苦しいだろ!」

 途中、彼の姿を見た仲間が纏わりついてきたが、力尽くて追い払い、彼は四階へ上がって行った。


 彼の姿が上階に消えたのを見ると、キシムは倉庫内に響く様に手を叩いた。

 「さぁさぁ、皆仕事を始めようじゃないか。カリム、今日配達に行ってもらう荷物ですが」

 皆の意識をディーバから剥がして、彼は今日の仕事の指示を始めた。


 ディーバは四階まで上がり、ジジの部屋の前まで来た。

 ドアノブを捻ると、扉を勢いよく蹴りあげた。

 勢いが付いたドアは、可動する限界点まで到達する。

 ドカン!

 壁に激しくぶつかり、大きな衝撃音を発する。

 「ひゃっ!?」

 声を出して振り返るジジは、ディーバの姿を確認すると怒り出した。

 「驚かさないでよ!びっくりしたじゃない!」

 だが、そんな事は気にも留めない。

 「ん?いたのか。嬢ちゃんの具合は?」

 ジジの部屋なのだから、居てもおかしくない。

 それなのに彼女をぞんざいに扱い、当たり前のように歩を進める。

 「ちょっと!女の子の部屋に、ヅカヅカ入って来ないでよ!」

 身を挺して侵入を拒むが、チョイッと抓まれる。

 「あぁ?別に良いだろう。減るもんじゃねぇんだから気にすんな」

 身を挺して侵入を拒むが、体重の軽い彼女は、ディーバにチョイッと抓まれ退かされる。

 「もぉ!恥ずかしいから入らないでよ!」

 「うるせぇなぁ。用が済んだら出ていくから我慢しろ」

 「もぉ!」

 呆気なく突破されて諦めるしかなかった。

 しかしながら、好きな男を自分の部屋に入れた気恥ずかしさが残る

 ジジは顔を赤くした。


 その騒ぎに目が覚め、クロノは布団から顔を出す。

 「ディーバ?」

 「お?チビ助も一緒だったか」

 ディーバはチビ助と呼んだが、クロノは反論をする。

 「クロノだよ?」

 自分の名前はチビ助じゃない。

 クロノという名前で呼んで欲しかった。


 ディーバは思い出しかのように言う。

 「おぉ!そうだったな、クロノ」

 「へへっ!」

 彼に名前で呼んでもらい、嬉しくて笑顔になるクロノ。

 ディーバも笑顔を返すが、騒がしくしても目を開ける事のないミリアを見て、ディーバは少し不安気な表情をした。

 「起きねぇな。大丈夫なのか?」

 「大丈夫だと思うけど」

 ジジは容体について説明をした。

 おそらく能力を使うのに、大量に体力を使った事。

 その反動で、体力を回復するために休息を取らなければならない事。

 体力さえ回復できれば意識は戻るだろうか、どの位時間がかかるかはわからない事。

 そして、今は安静にしておくしか方法がない。

 そう伝えた。


 「そうか、待つしかないか。礼を言いたいんだが、目覚めてからだな」

 ディーバは慈しみの感情を宿して、ミリアを見つめていた。

 だが直ぐにクロノへ視線を移すと、片腕で抱き寄せる。

 「クロノ、メシ食いに行こうぜ。腹減ったわ」

 唐突にそう言った。

 おそらく目覚めたばかりのクロノを見て、自分と同じく空腹だと思ったのだろう。

 しかし、クロノは抵抗する。

 「クロノ、ここにいる!」

 ミリアから離れるのを嫌がるそぶりを見せた。


 だがそんな抵抗など、ディーバには意味を為さない。

 「嬢ちゃんは、どこにも行きゃしねぇよ。心配すんな。さ、行こうぜ」

 クロノの意志など無関係に、強引に連れ出した。

 「ここにいる!ここにいるの!」

 そうやって叫ぶが、彼の力になす術なく連行されて行く。

 「ここに居たってメシは出てこねぇよ。んじゃあな、ジジ」

 「え、えぇ」


 ジジはそのやり取りを呆けて眺めていた。

 ーー相変わらず強引ね。

 そんな事を思っていると、ディーバは去り際に振り向いた。

 「そういやオマエの部屋、なんか良い匂いがすんな。何の匂いだ?」

 「んなっ!?知らない!早く出てけ!」

 「なんだよ?押すなや!」

 ジジは顔を真っ赤にして、ディーバの背中を押し込んだ。

 部屋から追い出すと、ドアを勢いよく閉める。

 恥ずかしさから、彼女の顔は最高潮に赤く染まる。

 そして、心音が聞こえるのでは無いかと思うくらい、心臓は高鳴りを続けた。


 部屋を追い出されたディーバは、ジジが怒っている理由がわからない。

 「何なんだよ、まったく。ま、いいか」

 そんな調子で気にするのを止めて、クロノを抱えて階段を降りていった。


 ディーバに抱き抱えられ、運び屋の建物を出る。

 「うわぁ」

 いつもと違う高い視線に、クロノは感動して思わず声が出た。

 お店に陳列されている商品がよく見える。

 「いっぱい見える!」

 今まで見えなかった光景に喜んでいた。

 「あぁ、そうか。クロノは小せぇからな。大人になったらこんな感じだ。よく見とけ」

 「うん!」

 クロノは大人目線の景色を堪能していく。


 露天が密集する所に出ると、ディーバの姿を見た街の人々が寄ってくる。

 「ディーバ!もう大丈夫なのか?」

 「あんた、無理しちゃダメだろう」

 「ディーバが怪我をするなんて、そんな事があるんだな」

 皆口々に、彼に声をかける。

 ディーバが怪我をして、死際を彷徨っていた話が街中に広まっていたからだ。


 当の本人は気恥ずかしい様子。

 「大丈夫だ!平気だから近寄るんじゃねぇよ!」

 そう言って、押し寄せる人並みを払い退けていく。

 彼が焦った仕草を見せるので、クロノは可笑しくて笑う。

 その群衆の中に飴細工の主人の姿があった。

 「あっ!ドラゴン作る人!」

 「あぁ?ドラゴン?」

 その言葉が何のことかわからなかったが、クロノが指差す飴細工の主人を見て察する。

 ーー飴屋のオヤジか。

 飴が好きなのかと思い尋ねる。

 「クロノ、飴が好きなのか?」

 その質問にクロノは笑顔で答えた。

 「うん!ドラゴンのやつ好き!」

 「じゃあ買ってやるよ、行こうぜ。おっちゃん、頼むわ」

 気恥ずかしさからその場を離れたい気持ちもあり、飴細工の主人を連れて、彼の店に向かった。


 店に着くと、ディーバは飴細工を一つ手に取った。

 「オレはコレだな。牙が生えてカッコイイだろ?」

 ディーバが見せたのは、狼を模した飴細工だった。

 牙を誇張した造形が特徴的だ。

「カッコイイね!」

 クロノもその意見に同調した。


 「んじゃあコレとドラゴンの奴な」

 「ありがとさん。また来てくれよ」

 ドラゴンと狼の飴細工を買い、店を後にする。

 「ドラゴンの飴!カッコイイねぇ」

 ドラゴンの飴を手に入れて、クロノは上機嫌だった。


 サリーの家に向かう途中、小高い丘にある坂道を登りながら、ディーバが話し始めた。

 「クロノ、オマエの父ちゃんと母ちゃん、どこにいるんだ?」

 「知らない」

 何度か受けた質問だが、クロノの答えは変わらない。

 「クロノは、オレと同じ耳が生えてるからな。父ちゃんか母ちゃん、どっちかは狼族だろうな」

 「そうなの?」

 ディーバは自分の耳を触らせて教えた。

 「あぁそうさ。だからオレとオマエは仲間だ」

 「仲間ってなに?」

 新しい単語に、クロノは質問をする。

 「そうだな」

 どう答えたら理解出来るか少し考えて、彼は喋りだす。

 「友達だな。オレとクロノは友達って事だ。だから困った事があったら、なんでも言えよ?助けてやっからよ」

 クロノは張り切る仕草で答える。

 「分かった!クロノもディーバを助ける!」

 「おぅ、そん時はよろしくな」


 青空の下、二人は笑い合いながら家を目指した。


 ドアノブを捻り、いつもの様に開ける。

 バン!

 勢いよく開いた扉は、衝撃音を発した。

 普段通りの開け方をして、普段通りに要求する。

 「おぅ、帰ったぜ。母ちゃんメシ」

 いつもなら、この横暴に怒りながら対応するのだが、サリーは一目散に息子に駆け寄り抱きついた。

 「良かった。体、なんともないのかい?」

 そう言い、彼女は息子の体を気遣った。

 「あぁ、なんともねぇよ」

 ディーバは母親を邪険に払う事はせずに、上を見て気恥ずかしそうにする。

 「本当に良かったよ。本当に」

 サリーは喜びを噛みしめる様に言い、そして安堵の涙を流した。

 ーーチッ、調子が狂うぜ。

 久々に見た母親の涙に、払う事を我慢した。

 心配をかけて申し訳ないと思ったからだ。


 しかし、耐えきれなくなり邪険に追い払う。

 「いつまで引っ付いてんだ!子供じゃねぇんだからやめてくれ!オレは腹減ってんだ。メシ!」

 そんな態度を取られても、サリーは不機嫌になる事は無かった。

 いつものやり取りができる事が嬉しく、彼女は笑った。

 「ちょっと待ってね。お弁当にして持っていこうとしていたのがあるから、それをお皿に出すわ」

 彼女は涙で濡れた頬を拭いながら、笑顔で台所に向かって行った。

 そして、お弁当籠に詰めていた料理を取り出し、皿に盛り付けていく。

 冷えたスープを温め直し、スープ皿に移すと、食卓へ並べていった。


 ディーバはそれを、がっつくように食べる。

 一昨日の夜に襲われて以降、何も口にしていなかったので、胃袋は空になっていたのだ。

 行儀の悪さが目立つが、サリーは喜んでいた。

 なぜなら息子が死際に放った言葉が、自分の作るご飯を食べたいだったからだ。

 再び食べさせる事が出来て、心底喜んでいた。


 一方で、ディーバの食べ方を見ていたクロノは、彼の真似をしようとした。

 だが、小さな口ではたくさん詰め込む事が出来ず、終いに咽せてしまう。

 「クロノちゃん?ゆっくり食べなさい」

 サリーに注意されると、大人しく食べていた。

 そんなクロノの横で、ディーバはおかわりを要求する。

 「足らんな。もっとあるか?」

 あっという間に平らげ、お皿の上には何も残っていなかった。

 その様子にサリーは微笑む。

 「あるわよ。お皿貸して」

 お皿を持って台所に行くと、おかわりを用意しながら息子に話しかける。

 「ミリアちゃんの具合はどうだった?」

 深夜の時間帯にミリアの付き添いをしていたが、日が昇ると同時にジジと交代した為、その後の情報が知りたかった。


 ディーバは、先程見聞きした事を伝える。

 「オレにはよくわからんが、見に行ったらまだ寝てたな。ジジは大丈夫だって言ってたぞ」

 「そう」

 ーーまだ、目覚めてないのね。

 そう思いミリアを慮った。

 「意識が戻るまで心配ね」

 サリーの言葉に頷くと、ディーバは黙り込んだ。

 そして、情報を整理し終えると彼は口を開く。

 「あの嬢ちゃんなんだけどよ、王族の人間だった」

 母親は知らないと思った情報だったが、サリーは驚く事なく鼻で笑う。

 「あんた今更何を言ってんの。グランデールと名乗った時から察してるよ」

 「なんだ、知ってたのか」

 逆に驚いていると、サリーは話を続ける。

 「あんた達の命を救ってくれた恩人の名前を忘れるわけないだろう?それにあの子は、リディア様によく似ているしね」

 「そうか」

 驚くだろうと思い切り出した話題だったが、肩透かしをくらい、ディーバは頭をポリポリと掻いた。

 「まったく、あんたは鈍感なんだから。あの時の恩を返そうとしたけど、また息子の命を救ってもらうとはね。いくら感謝しても、足りなくなっちゃったわ」

 サリーは、自分の息子の鈍さを嘆いて頭を抱えたが、昔を思い出しながらミリアを想った。

 「リディア様の恩に報いる為にも、あの子が何かを望んだなら、それを叶えてあげましょう」

 母親の言葉に息子は頷く。

 「そうだな。そうするわ」


 その後二人は、恩に報いる為にはどうしたら良いか真剣に話し合っていた。

 今の所、ミリアの望みが何なのかわからない。

 だが、彼女のために協力する事を約束し合った。


 それをジッと見つめていたクロノ。

 彼の目の前に置かれた皿も、すでに空になっていた。

 ディーバを真似て、おかわりをしたかったが、二人の真剣な話し合いに入っていけず、子供用のフォークを握りしめて押し黙っていた。

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