第2話 休暇をとった春

 その怖い出来事の発端は子どもの頃にさかのぼる。ただほんの一ヶ月前にまでは忘れていた、いや、記憶の何処かにはいつもあったものの、あえて思い出そうとはしないエピソードだった。

 それを思い出したのは1ヶ月前に休暇をとった事がきっかけだった。仕事のストレスが溜まっていて退職の願いを出していたところ、それなら一、二週間ほど有給休暇をとって休んで旅行でもしてよく考えてみたらどうかと院長に言われた。

 私にはまだとっていない有給休暇が二週間分残っていたし、また勤めているクリニックは近所に最近出来た整形外科の人気もあり閑散としていた。

 私はこの二週間を県内の祖父母や両親の住む田舎で過ごす事にした。それは私が小学校を卒業するまで過ごした小さな田舎町、あまふり町。私は祖父母の住む大きな日本家屋の離れを使わせてもらえるようになった。

 転勤族だった父は今ではこの町の地元企業に転職している。それでも両親は弟夫婦と同居しているので、私は祖父母の家の離れの方が断然居心地が良かった。今では健康そのもので草野球チームの豪腕ピッチャーでもある二才年下の弟は昔は体が弱く、私が小4の時に半年程入院していた。その頃母は病院の個室で弟にずっと付き添っていた。その時私が預けられていたのがこの祖父母の家だ。小4の頃の私は、離れに寝泊まりしていたわけではなく、祖父母と居間で過ごし、寝るのもおばあちゃんの隣だった。

 ただ夏休みの宿題をする時など、この離れは涼しくて、それに庭の植物や池を見て和めるので快適そのものだった。おばあちゃんと一緒に作ったゼリーと麦茶を持って離れに行き、そこで庭を見ながら食べるのは最高だった。そんな私を見ておじいちゃん、おばあちゃんは風流の分かる子だと笑っていた。


 久しぶりに訪れたこの家の離れは昔と変わらなかった。クーラーなんて使わなくても天然の風が涼しくて快適だった。


「ここは昔と変わらんね。こんなに涼しくて風が気持ち良くって」


 そう言う私におばあちゃんが言った。


「亜美ちゃん、もうずっとここに住めばいいんよ。そんなに都会で苦労せんでも」


「ばあちゃん、私の働いている町も都会やないよ。田舎の一部みたいな所。都会のオシャレなお店なんて全然無いし」


 そんな私の言葉におじいちゃんが反論を唱えた。


「いや、亜美の住んどる所はウチらから見たら都会やけ。あの町にある道路もデパートもここにはないけんね。あるのは缶詰工場位やけ。でも亜美がもしここに住もうっちゆう時には仕事口位探すけ安心しとき」


 そんな言葉が私にはうれしかった。



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