第22話 おとぎ話の裏側

 私は気になる事をもう自分自身だけでは整理できなかった。


「今度の連続傷害事件の事で、実は無差別でなくて、被害者には皆共通点があると言っている人達がいます」


 その言葉に相手は物凄く反応したのを感じた。


「それを言っているのは誰なんですか?」

 

「一人は私の祖父で、もう一人は友達です」


「お祖父様はどんな共通点があると言っているんですか?」


「それが共通点があるって言うだけで、あまりハッキリと明かさず口をにごすんです。ただこの町に馴染なじんでいない、居場所がいない連中は損をするとは言っていました」


 私は以前あまふり町が大きいか小さいかという話をおじいちゃんとし事を思い出した。その後、もう一度、その話を出して「こんな全国区の缶詰工場があるんだからこの町も捨てたもんじゃないよね」と言った事がある。すると、おじいちゃんは渋い顔をした。


「祖父はこう言ったんです。『いや、こんな小さい町に大きな会社があるから尚の事厄介やっかいになる』と。意味深でしょう?」


「分かる気がします。お祖父様は聡明な方ですね。もう一人のご友人はあまふり町の住人ですか?」


「住人ではないですけど、今度の事件を新聞で読んで自分でも色々調べたそうです。私と同い年ですが、私と違い、論理的に物事を考えられるタイプなんです。牧村さんがさっきおっしゃられたように現在進行中の事に何かすべき…と言うのなら、一度会ってみませんか?」


 相手が答えるより早くガラス窓の向こうに見慣れたシャツとメガネが見えたかと思うとドアベルのカランカランという音が聞こえた。

 トミボンだった。


「ごめんなさい。実は今日ここで牧村さんと会う事をその彼には話してて。彼、勤務先が目の前なんです。土曜日で仕事が正午まであって、それが終わったら同席し、直接聞きたいってさっきメッセージが入って。でも私、牧村さんに話してみないと分からないって話したんですけど」


「それがあの彼処にいるカレ?」

 牧村さんはポカンとしてトミボンを見ていた。


 トミボンは白衣を脇に抱えたまま突っ立っていた。

 牧村さんは言った。

「ここに座って下さい。店の人も困ってるようですし…」


「はじめまして。湯本富之と言います」

 トミボンは私の右隣の席に座った。


「はじめまして。牧村といいます」


 牧村さんは面白そうにトミボンを見た。

「湯本君ですか? 君はなんであまふり町なんかに興味を持ってるんですか? まるでゲームの好きな学生みたいにしか見えないんだけど…」


 二人は対照的だった。トミボンはいつも変わった柄の入ったダサいシャツ、だけど清潔なシャツを着た秀才風の、だけど明るい夏の雰囲気がする若いコ。男性というより男の子と言った方が似合う。


「僕は初め亜美ちゃんからあまふり町の事を聞きました」


 トミボンは私の事を他の薬局の人のように「清ちゃん」と呼ばず、いつも名字にさん付けだった。なのにここにきていきなり「亜美ちゃん」なんてどういう風の吹き回しだろうと驚きだった。


「初めて聞いた時、レトロ感あふれるステキな町に思えました。どこか昔の時代の怪談めいた話の似合う…。それでいろいろ調べたんです。地域で一番の企業の缶詰会社があって、そのホームページを開けるとまるでおとぎ話のように幸せな事がたくさん出て来て。『おとひめ』で検索すると良い事しか出て来ないんです。でもそれって違和感しかなくって」


「違和感?」


「物事にはそれを肯定する見方もあれば、同じく否定する見方も当然ありますよね。それが正直なものかと。強い薬には副作用のリスクもあります。だから不気味に思えたんです。それで『ウラシマ』で検索すると…」


「検索すると?」


「『ウラシマ』で検索するといろいろな本音の情報が出てきたんです。職場環境の劣悪さ、ひどい人事、工場排水の処理の不手際、若い社員の苦悩、使用不可な保存料等々」

 トミボンは自分のスマートフォンの手帳型ケースを開けて見せた。そこには確かに様々な人達の噂、怒り、嘆き、失望、絶望、葛藤…様々な心の声が書き込まれていて、その延々と続くような声の波に圧倒された。


「信じられない。おとひめには労働組合もあるんでしょ? 患者さんから聞いた事あるんだけど」

と私。


「労働組合は場合によっては隠れみのになるんですよ」と牧村氏は言った。「労働組合があれば、労基に相談に行く前にまず組合に相談しますからね。痛い目に会った話程、外部に出にくくなる」そしてトミボンに向かってこういた。

「そこに連続傷害事件との関連を匂わす噂も書いてあったというわけなのか?」


「はい。でも書いてある噂に何の根拠もありませんけどね。ただ…」


「ただ?」


 私と牧村氏は身を乗り出した。

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