第17話 犯人

 気が付いた時には、警察官の姿があり、また救急車の赤いランプがすぐ近くにチラチラとしていた。私は取り敢えず「助かったんだ」と思った。襲われた時には一瞬、命を落とす覚悟をした。そして意識がなくなる前の瞬間に聞いたチリンチリンという音が何の音だったかを思い出した。


――そう、あれは自転車のベルの音だ――


 前田君がどこに行くのにもスイスイ走らせていたあの自転車のベルに似ている気がした。私を襲った何かに体当りした小さな影はもしかしたら…。


 警察官の声が近くでした。

「大丈夫ですか? 犯人は捕まりました」

どこかで住職が話しているのが聞こえてきた。

「申し訳ございません、管理が不行き届きで…」


 訳も分からないまま病院に運ばれたのはこの数カ月で二度目だった。救急外来で診察を受け、全身のレントゲンと頭のCTを念のために撮らされ、またベッドで休んでいるように言われた。

今回はさすがに驚いた両親が祖父母と一緒に病院に駆けつけていた。


 それでも身内と話す前に警察が事情を聞きたいと待っていた。背の高い若い刑事と中年の刑事が救急外来のベッドの脇の椅子に腰掛けた。


「私、何も分からないんです。お墓参りに来て、突然後ろから殴られて…」 


 若い刑事が聞いた。

「清田さん、あなたがお参りして何分後に犯人はやって来たんですか?」

まるで教科書を読み上げるようなき方だった。


「たぶん住職さんがいなくなって五分も経っていないです。かがんでお参りしてていきなり唸り声がしたかと思うと、石のような物で首の辺りを殴られたんです。声に驚いて振り向こうとしたから首の辺りだったけど、そうでなかったら頭を殴られていたと思います。でも誰かが助けに来てくれたような。犯人は本当に捕まったんですか?一体誰なんですか?」


「それが…。貴方のお参りしていた無縁仏の父親のようです。その事で私達も話を聞きたくて」


「え? そんなはずはありません。私がお参りしていた昔のクラスメートは両親が亡くなっているはずですが」


「かん違いしてないですか? ずっと故郷を離れていたんでしょう? 貴方のお参りしていたのは前田透君。彼の父親は重症の肝硬変で何度も病院に運ばれていますが生存していますよ」

中年の刑事が言った。そして粗っぽく付け加えた。

「まぁ、厄介者のようですね、息子の件もあるし。今回も病院を勝手に抜け出しての犯行だったようですよ」


「でもなんで私が襲われないといけなかったのでしょう? 自分の息子のお参りに来たのに」


「病気のせいか耄碌もうろくしてて、自分の息子は死んでないと思い込んでいるようですね。骨を返せって何度もこの寺にやって来ては無茶を言っているみたいです。骨からまた生き返るみたいな、わけの分からない事を言って住職を困らせていたようで。息子は自分が殴って動かなくなっただけだって言い張るんです。本当に身勝手ですよ」


 最後の言葉に若い刑事も大きくうなずいていた。病院の外では突然のにわか雨が降り出しているらしく窓の外が暗かった。

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