第16話 安音寺

 安音寺は商店街の駅の裏手の高架下を抜け、ずっと歩いた場所にひっそりとあった。商店街と言っても昔賑わっていた場所で、一時代前を思わせるような店構えの大衆食堂、洋食屋、美容室等が並んだ場所だ。あまふり町の現在の繁華街は駅の正面側に別にある。フルーティウォークと呼ばれる歩行者専用道路が数十メートル続いていて、両側に商店が軒を連ねている。おとひめ缶詰が企画した町おこしの一つ。フルーティウォークの両側にはプラスティックで作られたイミテーションのフルーツが区画毎に飾られていて、夕暮れ時になるとライトアップされた。幼い子が本物の果物と間違え、「美味しそう」と手を伸ばす事もあった。

それと町の北側の端の缶詰工場のある地域。この町はおとひめ缶詰の工場と従業員の寮がある。この地域も大型スーパーマーケットが出来、活性化されている。


 寺務所と書かれた一室に案内された私は、そこで安音寺の住職に会った。住職は蝉時雨せみしぐれの中、私を敷地の一角の無縁仏が供養されている場所に案内してくれた。横に小さなお地蔵様があった。


「無縁仏…なんですか?」

私はお寺とか供養とかに詳しくはなかったけど、無縁仏というのは天涯孤独な人物や身元の分からない人専用の墓の事だと思っていた。前田君にはちゃんと前田透という名前があって、家族はたとえ亡くなっていても親戚がいるはずだった。

住職は言った。

「家族が死を認めなかったんです。亡くなり方も憐れで、私達で供養してあげようという事になって、ここにお地蔵様も作りました」


現代風にかわいい顔で作られたお地蔵様の前にはこのような場所には不釣り合いな明るい色合いので可憐な花がブーケのように生けられ、チョコレートが供えられていた。

「マリーゴールドですね」

「家内がいつも花を欠かさないんです。このお地蔵様の横の小さな墓石が彼のものです。お友達だったんてしょう? 参ってあげてください」

住職は、私を故人と二人だけにしてあげたいと配慮するようにその場を離れた。

私はこの無縁仏の墓石の前に座り、手を合わせた。


――前田君、一緒にアサガオをよく見たよね。前田君にはこんな明るい色の花が似合ってるよ。あの時は別れの挨拶もせず引っ越していってごめんね。ずっと探さなくてごめんね。そして辛かっただろう事に気が付いてあげられなくてごめんね。私はずっと昔のボッチの夏休み、前田君からアサガオ見ようって声かけてもらえたのがうれしかったのに――


 蝉時雨せみしぐれが一瞬止んで、淀んだ熱気を払うような風が吹いた。その時、唸り声と叫び声が交わったような奇声が耳元でして、背中に強い衝撃を受けた。さらに背後から鈍器のような物で打ち付ける誰かに対し、必死に抵抗した。

 不意に横から小さな何かが、私を押さえ付けている大きな物にぶつかった気配とチリンチリンという音が聞こえた気がした時に意識は混濁していた。



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