第7話 十三年前知らなかった事

 真夏日の続く午後、夏菜ちゃんの実家の不動産屋を訪ねた。ちょうどお客さんの途切れた時間帯で、夏菜ちゃんは私を店の奥のソファに案内し、アイスコーヒーを持ってきてくれた。

 私はいきなり本題に入った。もちろんこの間の不思議な現象について話す勇気はなかったけど。そこまで仲良しでもなかったので方言を使うまいと思っていたけど、知らず知らず土地の言葉が出てしまう。


「ね、公園から続く坂道の下にミスミコーポがあるでしょ? だいぶ古くなったよね? もう住人もいないみたい」


 夏菜ちゃんは、当然という感じで言った。

「そりゃそうよ。もうボロボロやろ? 今うちが取り扱っとるけどね。持ち主が定期的に掃除したり、手は加えているけど、もうあのコーポは無理かも。昔はちょっとオシャレやったけどね」


「ねぇ、小四の時のクラスメートの前田君を覚えとる? あのミスミコーポに住んでたよね?」


 夏菜ちゃんは何気無さそうに「そうだったね」と言ったけど、一瞬その顔に緊張が走ったのを見過ごさなかった。


「私、小四の夏休み、結構前田君と遊んだんよ。遊んだっていうか、いっしょにあのアパートの他の住人の部屋に遊びに行ってたんよ。前田君の上の階に住んでたお母さんと女の子の二人暮らしの部屋」


「そうなんだ。それは知らなかった」


「誰にも言ってないもん。二学期の前に引っ越したしね。前田君がクラスの人に言ってれば別だろうけど」


 夏菜ちゃんは複雑そうな顔をしていた。


「ね、前の住人の事とか分からんよね? 前田家、まだこの街にいるのかな」 


「たとえ分かっとっても個人情報保護法とかで教えられんけどね。でも正直、昔はウチじゃない不動産屋が取り扱っとったんよ。前田家は亜美ちゃんが引っ越してしばらくして引っ越したんよ」


「担任だった弓田先生、実家が学校の近くの酒屋さんだったよね。会いに行ってみようかな」


 私は立ち上がりかけた。それを夏菜ちゃんが引き止めた。

「前田の事聞くん? なら、やめた方がいいと思うけど」


「何で? 同級生の事も個人情報保護法に触れるから聞いたらいけんの?」


「先生を苦しめるからよ」


 無言の私を前に夏菜ちゃんは続けた。

「前田は亜美ちゃんが引っ越した頃、行方不明になったんよ。海に行くと言ったまま帰って来なかったって。その後前田家はこの街を出て行ってその後は知らん」


「海に行くと言って?」



 私はその夜すぐに荷物をまとめ、翌日職場復帰のため都会に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る