第6話 窓の中の亡霊

 休暇中の私がこれら十三年前の出来事を思い出した時、アパートは昔の面影はなく古びた建物になって目の前にひっそり建っていた。そんなアパートの今の姿に何だか悲しくなった。前田君が足を投げ出して座っていた部屋には今では誰も住んでいないようで表の庭には雑草が生い茂っていた。と言うより全ての部屋に人が住んでいる気配はなかった。


 ――そうよね。あれからもうずいぶん年月が経ったんだもの――


 建物にも老朽化が進み、昔はキレイで若い層の家族が住む集合住宅というイメージだった事を考えると自分自身の年齢の重みさえ感じた。

 その時、二階のあの度々訪問していた部屋の閉められたカーテンが少し揺らめいた気がしてハッとした。窓が閉められているはずだから風で揺らぐはずもなかった。私はまぶしい夏の陽の下で起こった目の錯覚と言い聞かせ、心臓の鼓動を抑えようとした。


 翌日も坂道を上った。おばあちゃんのおつかいで坂の途中の小さなスーパーに買い物の用事があった。もう夕刻で夏の陽は落ちかかっていた。そろそろ街中まちなかの家の灯りが灯る時刻だった。

 ミスミコーポの前を通りかかると、どうしても見るとはなしにあの二階の部屋に視線がいくのだった。そんな私の眼に飛び込んできた突然の光。それはいきなり点いたあの二階の部屋の灯りだった。カーテン越しなのにまぶしい位に感じた。そして私は見てしまった。カーテンの隙間すきまが少しだけ開いているのを。まるでそこから誰かがのぞいているように。


 もうなるべくあのミスミコーポの前は通るまいと決めた私だった。なのに今度はクリーニング店にどうしてもその日じゅうにおじいちゃんのスーツを取りに行かなくてはならなくなった。私は自転車で行き、帰りに坂のふもとに差し掛かっても決してミスミコーポの方を見るまいと決めていた。それでもその場所に近づいた時、その光は視界の隅に否応いやおう無しに入ってきた。私が近付いたタイミングで突然灯った灯りとカーテンの隙間すきまは偶然だとは考えられない気がした。


 私はこの街に住む数少ないかつての知り合いを思い出した。小学校のクラス委員だった夏菜ちゃんが今回この街に滞在している間、買い物している私に気付いて声をかけてくれたのだ。夏菜ちゃんは実家の不動産屋を手伝っていると言っていた。

 私は思い切って夏菜ちゃんにミスミコーポの事をいてみる事にした。

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