第11話 比類ない味

 純喫茶ブランシュの扉を開けて中に入る。いつも通りカランカランというドアべルが鳴る。いつものように一人でくつろげるカウンター席の壁際に座ろうとして、気が付く。

――今日は独りじゃないんだ。後からトミボンが来る――

だからボックス席に座った。今日は注文も後でする。


「お客様、お連れ様のご注文の方は?」


「連れの分も後で来た時に」


と答えるとウェイターに怪訝けげんな顔をされた。


「あの、一緒に入られた女性と女の子は?」


慌てて顔を上げる。

夢だった。



 私は純喫茶ブランシュのボックス席でウトウトしていたのだった。ドアベルの音と一緒にトミボンが現れた。


「こんにちは」 


「こんにちは。これが噂の純喫茶の中なんだね」


「今日大丈夫だった?」


「今日は土曜日で、僕は早上がりだから。この後、進学塾の夏休みゼミに行ってる姉さんちの子ども達を迎えに行く予定なんだけどね」


「いつか都合のつく時って言われて、今日が仕事が午前中だけなのを思い出したの」と私は言って、注文を取りに来たウェイターにレモンティーとホットケーキを頼んだ。

 トミボンも同じメニューを注文しようとしたけど、「待って」とウェイターを呼び止めた。


「僕はやっぱり飲み物はミルクセーキにします」とウェイターに注文の訂正をし、「話題の飲み物、一度、飲んで見ようと思って」と笑った。

それで私もメニューの変更をした。「同じく飲み物をミルクセーキに変えていいですか?」


「ごめんなさい、頼んでおいた昔の同級生の事、ひょんな事から事実が分かったの」

と私。


「…らしいね。メッセに書いてあったから。やっぱりあの不動産屋の友達、行方不明の原因を知ってたんだ」


私はこの間の夏菜ちゃんとの会話を話した。


「実はね」とトミボンが切り出した。「もしかしたらそうじゃないかと思ってたんだ。少年の骨が見つかったニュースは県内の事でもあるし、ちょっと注目して新聞記事を読んだ記憶がある。確かニュースで名前は伏せられてたな。清田さんはそのニュース知らなかったみたいだけど。もしニュースで聞いたとしても身近な人と関連付けられなかったのかも。この間の話を聞いて、もしかしたら、と思ったけど確証がなかったから、それにショッキングな事実だから、慎重に調べてから話そうと決めてたんだ」


「そうなのね。私も前田君に何か起きたんじゃないかって最悪の事は予想してた。でも大人になった前田君に会える希望もやっぱり捨ててなかったの。それが無くなったのがショックで…」


しばらく続いた沈黙をトミボンが破った。


「このミルクセーキって美味しいね。ファーストフード店のシェイクより」


「でしょ?」


「そう言えば…ミルクセーキを作ってくれた人、つまり海へ誘った謎の二階の住人の容疑はこれで晴れたわけか」


「そうね。でもやっぱりその人物が謎。現実にいたって形跡が私の記憶以外にないの」


「記憶以外に? その記憶がいちばんいたって証拠にはならない?」


「私の記憶がいちばんあやしいのに?」


「でもさ、ミルクセーキの味、他で味わった事がないのなら味を憶えてるってのは変だよね? 十三年前の親切な住人は確かに実在したって事になるよ。これ比類ない味だし」とトミボンは言い、不意に思いついて眼を輝かせた。「ね、今から甥っ子達を、迎えに行くんだけどさ、帰りに海に寄るんだ。一緒に行かない?」





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