第25話 変わっていった町と止まっている時間

 世の中には思い通りにいく事といかない事とがある。 あまふり町の事も同じだ。翌年の秋が来てやがて深まり公園の銀杏いちょうが色付く頃、おとひめ缶詰は会社名を変えた。工場排水と保存料の問題が大きくクローズアップされ、社会問題となった結果だ。


 一方、通り魔犯は自分の意思でやった単独犯の犯行だと一貫した供述で、当然有罪の禁固刑となった。黒社会との付き合いもあり、第三者からの依頼があったのではないかと一部マスコミでも疑惑を書きたてられるも、それを法で証明する物は何も出て来なかった。陰では牧村元刑事が何度も以前の同僚や検察庁の知り合いに掛け合ったがどうしようもならなかった。

 牧村氏とトミボンの推理や努力は叶わなかったわけだ。あともう少しで真実に近付けそうだったのに、ハリウッド映画のラストのようにはいかなかった。

「どちらにしても十三年前の事件はもう時効なんだ」と牧村氏は小さく呟いた。


 今回の傷害事件の被害者のうちダブルワークの中年男性は会社からの慰謝料を考慮し自分の怪我を労災申請しなかった。それでも缶詰会社は仕事の安全面を見直すようにはなったと言われている。


 工場排水については市民の間に定期的にチェックしてほしいという声が出て自治体が動き始めた。なぜならこの地域の海の風景の美しさがSNSを通じて話題になり、観光面での経済活性化が期待されるようになったからだった。  



 ミスミコーポは取り壊される事になった。その土地をどう活用するかまだ考えていない所有者のため、不動産屋は駐車場としての活用を勧めた。それでもいつかは駐車場でなく建物を建てたいと土地の所有者は言っている、と夏菜ちゃんから聞いた。そして私自身も純喫茶ブランシュを訪れたこの土地の所有者であり素刑事の牧村氏からそれを聞いていた。


 トミボンから聞く、傷害事件の被害者達の後日談は明暗が分かれていた。例の労災男性は怠けグセがついて、未だ無職でギャンブルに興じていると噂されている。高齢女性の顔の紅疹は治り、トミボンは薬剤師らしく、ステロイド剤が効いたのだろうと言っていた。大学生は大学を卒業し、国立の水質汚染の研究センターに特別待遇で迎えられた。文字通り水を得たように活躍しているらしく、当然あまふり町を出て行った。

 一番目覚ましかったのは、皮膚科の女医だった。おとひめ缶詰の保存料問題と紅疹の件では、彼女は一躍時の人となった。すると間を置かず、今度はレーザーによる皮膚の美容治療に関する研究でも世間から注目を集め始めた。実家のあるあまふり町には週末に帰るのみになっていると言う。

 つまり、重要な事はこの傷害事件の被害者の中でその事件の怖さのために、あまふり町を出て行った人はいないという事。

 事件で闇に葬られていた全てを明るみにしたい牧村元刑事とトミボンの努力は一見叶わなかったように見えても、そうではなかった。私はそう信じている。


 私の日常は変わらない。でも療法士としての仕事に少し違いは出てきた。去年の夏まで同僚の能力のある療法士に気が引けて、下向きな気分だったけど、自分の出来る事をやるだけだといっそ開き直ってしまえば怖がらずに前に進めるようになった。

 あの日、凍った湖のような雰囲気の元刑事の牧村さんから聞いた「ヘドロのように十年間へばりついていた」という言葉が衝撃的だったからだと思う。

 トミボンとはその付き合いもあの事件と共にフェイドアウトするかと思っていたけど、意外にも今も時々映画を見に行ったり食事をしたり、その後公園を散歩したりの仲で、処方せん薬局の他の商品スタッフからは、冷やかされている。それでも良き友達だと思っていて、将来の事はまだ考えられなかった。

 なぜなら純喫茶ブランシュに一人で行くのが好きだった私の交友関係の中心には、いつも北極星のように昔のミスミコーポで過ごした夏の日があった。前田君と月島瞳さん。あの町で人生を壊された二人の事を思い、いつも時間が止まってしまっていた。

たまに現れる元刑事も今では純喫茶ブランシュの常連の一人と言えた。そして同じく時間が止まっていた。


 そんなある日、私がトミボンから受け取ったスマートフォンのメッセージには一つのURLが貼ってあった。

         (最終回へ続く)

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