第19話 凍った湖のような男

「亜美ちゃん、こちらが私の言ってた人。亜美ちゃんに聞きたい事があるそうよ。実はミスミコーポの現在の持ち主なの。亜美ちゃんもミスミコーポの事、知りたがってたでしょ?」


 夏菜ちゃんが紹介した。


「はじめまして。牧村高志と言います」


 夏菜ちゃんがオトコマエと言っていた意味が何となく分かった。小柄な中年男だけど、眼が澄んで寡黙な印象で、昔のセピア色をした映画に出て来そうな俳優といった感じだ。凍った湖のような雰囲気で寒々しい。

 その人は私の様子に話をすべきか躊躇ちゅうちょしていた。夏菜ちゃんが無言の相手の思いを見るに見かねて声にした。


「亜美ちゃん、本当に大丈夫? 何かすごい事になったね」


「え?」と壁に架けられた鏡で確認すると私は後ろから殴られた際に地面に顔を叩きつけられていたようで、顔の青あざや細かな傷が無数にあり、ひどい状態になっていた。


「清田さんさえ良ければ、また違う機会にします。さっきの刑事がまた聞きに来るって言ってましたし、幸い連続通り魔事件の犯人も捕まったようですから」


 ――何? じゃあ通り魔事件と今回の事はやっぱり繋がりがあるの? 刑事さんは関係ないような事を言っていたのに――


 どこか私の都合の良い場所でいつか話を聞きたいという相手に私は遠くて良ければと純喫茶ブランシュの場所を教えた。相手は遠い方が好都合という意味不明の内容のつぶやきを残し、去って行った。

 二人が救急外来を出て帰る際、牧村という男性は二人の刑事のうち中年の方に会釈をしていた。いや中年の刑事の方が先に会釈していた。


 私がその後の刑事達の事情聴取の際に、「不動産屋の宮本夏菜子さんと牧村さんという男の人と会う約束をしていました」と話すと、中年刑事はうなずいていた。


「確かに牧さんにも確認したよ。話をする約束になっていて、行ってみたらあんなふうに前田のやつから暴力を受けてたって」


「え、さっきの牧村さんが?」


「知らなかった? さっきの牧さんが君を助けてくれたんだよ、襲われた時に」


「何も知らなかったから私、お礼も言っていません」


 私の中では、自分を助けてくれたのは小さな影で自転車に乗って去って行ったと感じていた。二人の刑事にも診察した医師にもそう話したけど、錯覚という事で片付けられてしまった。


「まあ牧さんなら小さいな」と中年刑事は少し笑っていた。「それに自転車で走り去った人物の目撃なんてなかったよ。自転車のベルって風鈴の音色に似ているから聞き間違いだろう。ほら安音寺にも大きな風鈴があるからサ」

「あるからサ」と言われても境内の様子をそんなにくまなく見てはいなかった。

 私は牧村さんをしつこい位ニックネームで呼ぶ事について、この刑事に質問したり突っ込んだりするタイミングを完全に逃していた。













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