6-8 晴れ上がった空の上

「え?」


「は?」


 ヒタクとアヌエナは目を疑った。


 そこは緑に覆われた空の森や下空の赤い森と違って、草木一本生えていない。左右を見渡しても、白い平らな地面がどこまでも広がっているだけ。唯一、正面のはるか向こうで、色のない荒野を区切るようにフソウがそびえ立っている。


 だが見慣れたはずの樹は枝もなく、鉄塔のように上へ一直線に伸びている。陽光を浴び鈍い輝きを帯びるその姿は、ひどく人工的で空の樹としての面影が完全に失われていた。


 どこまでも白く輝く世界と天高くそびえる鋼の塔。


 想像もしなかった光景を前に、二人は呆気あっけに取られた。


「なに……これ?」


「……雪?」


 ヒタクの疑問にアヌエナが答える。だがその声は、いつになく頼りないものだった。


「昔、一度だけ昇ったクロロネシアの雪山が、確かこんな感じだった」


「そうなの?」


 常夏の地で暮らす人間にとって、降雪という気象現象はなじみが薄い。少し考え込んだヒタクだが、やがて納得したとうなづいた。


「そっか、そうだよね。これだけ寒いと雨も凍るよね。けっこうな高さまで昇ってきたんだし……あ!」


 自分の言葉で今の状況を思い出した。


「舟は大丈夫なの。かなりの衝撃だったけど、どこか壊れてない?」


「うん? まあ炉は無事だし、船体も見たところダメージはないみたいだけど」


「じゃ早く……」


「待ちなさい」


 割れた排気管を補修するべく、副船から道具を出そうとしたヒタクの肩が止められた。


「なに?」


「あれ。気にならない?」


「あれって……。フソウ?」


「そ」


 アヌエナは疑問形の答えを肯定した。


「どう見ても樹じゃないわ。むしろ巨大な柱じゃない。きっと幹を覆って保護してるのよ」


「そっか、そうだよね。これだけ寒いとね。でもそれじゃあ、この平原は……?」


「あんたが言ったとおり、空に降りてきた天人が最初に暮らしてた場所なのかも。なら、これからやることは――」


 思わせぶりに話を振られ、ヒタクも彼女に声を合わせた。


「「――入り口を探す」」


「舟の修理は後でもできるわ。今は少しでもカグヤさんとの距離を縮めないと」


「そうだね。あ、でもヤタは……」


「一緒に探せばいいわ。どのみち、ここから動かないことには始まらないんだから」


 少年の懸念を軽く退け、少女は先陣を切るように颯爽さっそうと舟を降りた。


「じゃ、行くわよ」


「あ、ちょっと」


「なによ」


 つるん。


「きゃっ」


 振り返ろうとしたアヌエナが、凍った地面に足を取られた。滑った勢いそのままに、雪の大地へお尻を思いっきり打ちつける。


「いたたた……」


「ずっと雨だったし滑りやすそうだから足元に気をつけて、って言おうとしたんだけど」


「そういう大事なことは、もっと早く言いなさい!」


「ご、ごめん」


 そう謝りながらヒタクも舟を降りる。真っ白な地面に足をつけると、泥を踏んだように靴底が沈んだ。夜に凍った雪が昼に溶けたのだ。転ばないように注意しながら歩を進めると、ざくりという音と一緒に白い足跡が刻まれる。


「わあ。なんか変な感じ」


「なに遊んでるの! 早く手を貸しなさい!」


 初めての雪の感触に戸惑っていると、アヌエナが怒鳴った。見れば彼女は、へたりこんだまま腰を押さえている。その痛そうな様子に、ヒタクは大慌てで駆け出した。


「あ、ごめ――うわ!」


 ずべしゃ。


 今度は少年がこける番だった。

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