2-2 二人の現在地
「ねえ。大丈夫?」
「うぅ……」
軽く肩を揺さぶってみると、小さなうめき声が返ってきた。息はあるようだし、見た限り外傷もない。どうやら気を失っているだけのようだ。
(いや、見かけは無事でも身体の方はどうなんだろう。骨とか折れていないといいけど)
身じろぎ一つしない彼女を見ていると、そんな懸念が浮かぶ。だが、艶のある褐色の肌を見ても玉のような汗がいくつか浮かんでいるだけだ。さすがにその内側の状態までは分からない。
(なんにしても、このままじゃ身体を痛める。姿勢だけでも変えてあげようか)
活発な印象に反して意外と細いその肩に手を掛ける、というところで少女が動いた。
「ん……」
「わわっ」
拒絶されたのかと思い反射的に手を引くが、そうではなかった。形のいい唇から、うわごとめいた声が漏れる。
「あっつ……」
かすかに擦り傷の残る手が額の汗をぬぐうその下で、ゆっくりと瞼が開かれる。
「なんなの……。この蒸し焼きみたいな暑さは……」
身体を包む熱気に起こされたらしい。しかし完全には目が覚めていないのか、少女は悪夢にうなされるように呟いてから、服の胸元をパタパタとあおぐ。
「っくぅ」
吐く息にも熱がこもっていて辛そうだ。さきほどの活発な雰囲気は
「君、大丈夫? 起きられる?」
「ん~? だめ。でも冷たい水があるといいかも」
「水? 水筒が無事だったらいいんだけど」
そう返事をしながら、腰の鞄を探る。
だが、確かめる前に少女が身を起こした。
「なによう。はっきりしないわねえ……。って、え?」
「あ、起きた?」
「え? えええ――っ!」
驚ける程度には意識が戻ってきたようだ。だが、思考はまだ追い付けていないらしい。彼女はきょろきょろと視線を巡らしながら呆然と呟いた。
「ここ、どこ? わたし一体……」
「ここはフソウ……君の言う世界樹の下層だよ。ジャングル以上に高温多湿で、シダの巨木が茂る赤い森」
「……なんで赤いの?」
「空を下に降りるほど大気は厚みと密度を増して、日光の青い成分を薄めるんだって。夕焼けが赤いのと同じ理屈だよ。あと、空気中の細かな
「聞いた? 誰からよ」
「姉さん……ここの管理者」
「あー。そんなこと言ってたわね」
一通りの質問を終え、今の状況を理解したようだ。少女は納得したようにうなづくと、改めて挑発的な視線をヒタクに向けた。
「それで、これからどうする?」
「え?」
「そのお姉さんにわたしを突き出すの」
「……」
彼女の質問に答えようと、ヒタクが口を開きかけたその時。
燃え盛るような日差しが弱まり、急に辺りが暗くなる。
「な、なに!?」
「……ああ」
トンボだ。
人の背丈ほどもある、巨大なトンボの群れが太陽を覆い隠している。
「な、なんなのよ。あれ!」
「この森の住人だよ」
赤い照明を遮るように飛ぶ彼らを見上げながら、ヒタクは説明した。
「ここ、気温も湿度も高いから、草木がよく育って昆虫まで大きくなるんだ」
「うげえ……」
重低音で
「冗談じゃないわ。こんなところで
「あ、下手に動くと危ないよ」
肩を怒らせ背中を見せる少女。この森の危険を知るヒタクは呼び止めたが、しかし彼女の歩みは止まらない。
「知らない。わたしは、あんなお化けみたいな虫のいるところに長居したくないの」
「したくないって……じゃどこ行くの?」
「もちろん自分の舟よ。無茶な操船したから、早く修理しないと」
「無理に動かなくても、姉さんが迎えに来てくれるよ?」
「そしてそのまま捕まるの? いらないわ、そんなお迎え」
「帰り方、分かるの?」
「知らない。樹から落ちて来たんだから、登ってればそのうち戻れるでしょ」
言葉を投げ合ううちに、その後ろ姿は生い茂るシダの陰に消えてしまった。
(どうしよう。この森、本当に危ないんだけど……。でも嫌がってるのを無理に引き留めてもまた喧嘩になっちゃうし。そもそも泥棒の心配する必要あるのかな)
追うべきかどうか迷い、さらに根本的な疑問に思い至り考え込む。
思案しながらヒタクがその場を行きつ戻りつしていると突然、赤い森の空気が震えた。
「きゃあああっ!」
あの少女だ。その今にも泣き出しそうな声音に、ついさっきまでの強気は失せていた。
「こ、こっち来るなあぁっ!」
「ああ、やっぱり!」
ヒタクは大急ぎで羽ばたき機の箱を背負い直し、紐で固定した。レバーを操作し、渦巻きバネのネジを巻く。動く羽は二枚だけだが、何とかなるだろう。
「機動展翅スズメバチ」
ゼンマイ駆動の羽が甲高い音を立てて羽ばたきを始める。同時に樹面を一蹴り、自身の体を浮き上がらせる。
「よし、いける」
重心が少しずれているが、バランスの悪さもうまく利用すれば加速に使える。
「ッ……!」
全神経を集中、頭から下に向け突進。
樹面にぶつかる寸前で水平飛行。
赤い森の中を
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