5-3 市場にて

 森は賑わいに満ちていた。


「ヤム芋の蒸し焼きはいらんかね~。ホカホカで美味しいよー」


「紋様入りのキルトだよ! 風除かざよけはもちろん魔除まよけにもなるよ!」


「ウラネシア産の飛鉱石はいらんかね~。純度が高く良く浮くよ~。……おおっと!」


「おい、どこに目え付けてやがる! 危ないじゃないかっ!」


 緑豊かな熱帯雨林の直中ただなかに市が立つ。樹々が開かれ青空がのぞく広場に、数多あまたの露店と大小様々な品が並ぶ。それらの隙間とも通りともつかない合間を縫って、大勢の人が行き来し言葉を交わす。騒々しくも活気あふれる喧噪けんそうに、空を渡る少女の声が重なる。


「これはそんじょそこらの島に転がる石ころとは違うわ。空を貫き天まで至る、世界樹の実りなのよ」


「せ、世界樹だって?」


「そうよ。空に生まれたなら一度は耳にしたことあるでしょう。大気の奥底に根を張り蒼穹そうきゅうの果てへと枝を伸ばし、この世界を支えているという途方もなく巨大な樹の伝説。これは、その樹の樹液が石化したものなのよ」


「そりゃ時間がてば樹液も固まるが……こんなきれいな宝石になるのかね。せいぜいがやにだろ」


「高温高圧の環境にさらされると、樹脂でも石化するらしいわ。ほら、大気って下層ほど気温も気圧も上がるじゃない? これはね、樹液が固まって宝石になるぐらい下空で採れた物なのよ」


 これを世界樹の実りと言わずして何と言う、とばかりに胸を張るヌエナ。だが得意満面のその顔を、露店の主人は胡乱うろんげに見返した。


「らしいって、誰から聞いたんだ?」


「え? ん、と。そこに住んでるヒ……ト? 管理人っていうか、番人っていうか。なんかそんな感じの」


「管理人だあ? 空を貫く樹に世話なんて必要か? というか人に管理できるものなのか。伝説じゃ世界を支えてるんだろう? ならそいつは、神様の仕事じゃないのか」


「あー、それは、あれよ。神様に授けられた巫女みこ的な? 能力で」


 さすがに生きた人形だとは言えず少女の言葉が濁る。それに応じて男の顔が渋くなる。


「いきなりウソ臭くなったな」


「う……いいわよ、もう! 無理に信じてくれなくたって。ほか当たるから」


「な!?」


「それじゃおじさん、また今度」


「ま、待て、待ってくれ! 初めて見る代物なんで慎重になっただけだ。もう一回、もう一回だけ見せてくれ!」


「だ~め。今回はこれで終わりよ。次に機会があれば寄らせてもらうわ」


 絶対だぞ、と声を張る店主に手を振ってアヌエナが歩き出した。ヒタクはその後を追いながらも、背後が気になって肩越しに振り返った。


「……いいの?」


「いいのいいの。貴重な宝石なのよ。ぼったくられないためにも、何軒か回った方がいいだから」


「貴重も何も。必要があるなら、それなりの量を採るのは難しくないって前に姉さんから……むぐっ!」


「黙らっしゃい!」


 前を向くのと彼女の手に口を押さえつけられるのは同時だった。顔に息を吹きかけられるような形で、脅すように言い聞かされる。


「余計なことは言わなくてもいいの。商いってのは夢と希望を交換して成り立つんだから。お客様のロマンを壊さない」


「う、うん」


 その夢や希望は、きっとお金色かねいろに輝いているのだろう。


 世間知らずのヒタクにも、それぐらいは理解できた。しかし言葉そのものにはうなづかざるを得ないほど、自分の今いる場所は明るい空気に満ちている。


(ほんと凄いや。人や物でいっぱいだ)


 改めて見回すと、故郷の島ではまずお目にかかれない光景が広がっていた。


 祭りでもないのに所狭しと並ぶ露店や屋台。


 時に笑い時に怒鳴り、果ては肩を組んで歌い出す人々。


 森の中へと伸びる道を、煙を吐きながら進む四輪の車たち。


「……んぬ!?」


「なに? どうしたの!?」


「え、その……四輪車が普通に走ってるから驚いて」


 驚きから出た調子外れの声を聞かれたのが気恥ずかしく、ヒタクはしどろもどろに説明した。しかしアヌエナは特に気にせず、納得したように「ああ」とうなづいた。


「小さな島だと二輪で十分だもんね。せいぜい、外から来た大型の荷を運ぶぐらい?」


「う、うん」


「ま、別に車輪が四つあるからって何か変わるわけじゃないし? 地面の上を移動するなら自分の足だけで十分だし?」


 つまらなそうに言う彼女だが、しかしその口ぶりは明らかに相手を意識したものだった。きまり悪さをごまかしたいヒタクは、つい同調してしまって愛想笑いを浮かべる。


「そうだね。僕たちなんて空を渡って来たもんね」


「そう、そう! 車輪がいくつあったって、島の中しか移動できないじゃねー」


風魚かざなの群れにも会えないねー」


「そうよねー。地面をってるだけじゃ、絶対味わえない体験よねー」


「「ねー」」


「クァ」


 不自然なほど盛り上がる二人を、朱色のカラスはこずえの上からじっと見守るのだった。

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