5-4 お土産選び

 活気に満ちた空間が、喧騒けんそうにあふれる時間が、どこまでもいつまでも続く。


 敷物に並べられた彩り豊かな果物。


 胃を刺激する香りに行列の続く屋台。


 羽根飾りを手に取りはしゃぐ若者たち。


(なんかお祭りみたい。向こうなんて踊ってるし……ん?)


 白く輝く熱帯の空にも負けない陽気の中、ヒタクの視線はある露店に吸い寄せられた。


(あ、あれは……)


 幾何学模様の織物を敷いた台に、貝殻を加工したアクセサリーが飾られいる。淡水ではない、海水に生息する生物特有のカラフルな色合いのそれは、空の森ではまず手に入らない代物だ。


(こんなのまであるんだ)


 海の生き物を目にするのは何年ぶりだろう。故郷にいた頃は、毎日のように釣りや潮干狩りをしたものだが。


(懐かしいな)


 大地が空に浮かぶこの世界では、基本的に降った雨や雪は地面に染み込み地底から滴り落ちる。


 だがあまりに大量の降水は、土壌に吸収される前に川として地表を伝い下空に流れ込む。この時、窪地くぼちにたまった末にふちからあふれ、面状に広がる水塊を海と呼ぶ。


 ヒタクの出身地アコナワも小さいながら降水量が多く、陸地を囲うようにして遠浅の海が広がっていた。


 森で暮らす今となっては、決して見られない光景だが。


「姉さんに似合いそう」


 思い出に誘われ近づいたその店は、鮮やかな色合いを引き立てる落ち着いたデザインの品を取りそろえていた。中でも燃えるような赤をまとった髪飾りは、派手でありながらも悪目立ちせず、夕暮れ時の空平線を思わせた。つい手に持ってみると、横合いからアヌエナものぞき込んでくる。


「へえ。意外と趣味がいいのね、あんた」


「そ、そうかな」


「ええ。色もカグヤさんの銀の髪にきっと合うわ。お土産みやげ、これにする?」


 そう言えばお使いを頼まれていたのだった。「うん」と返事をしようとして、ヒタクは根本的なことに気付く。


「あ。僕、お金持ってないや」


「立て替えておいてあげるわ」


「え? でも……」


 思いがけない提案を、さらりとされて戸惑う。するとアヌエナが語気を強めた。


「遠慮しないの。あんたはカグヤさんに頼まれてお使いに来たんでしょ」


「う、うん」


「で、わたしは世界樹の品を仕入れる代わりに、その送迎を頼まれた。だったら、あんたが手ぶらで帰ったんじゃ意味ないでしょ。変に気を使わなくても、立て替えた分はちゃんと後でカグヤさんから取り立てるわ……利子付きで」


「リシ?」


 初めて聞く言葉にヒタクが首をかしげると、今度は得意顔で説明してくれた。


「貸し賃よ。お金だからって、ただで貸すわけにはいかないわ」


「そ、そう」


 取引である以上は対価が必要、ということだ。


 彼女らしい理屈に納得した、その瞬間。


〈ぐぅ~〉 


 少年は、お金よりも切実な問題を自覚した。


「おなかすいた……」



 思えば、空酔いのせいで朝からろくに食べていない。だというのに風魚かざなの襲来で空を飛び回り、島に上陸した後もこうして店を巡って歩き通しだった。


「仕方ないわね……あ、お姉さん。これお願いします」


 アヌエナが軽くため息をつき、店主に声をかける。手早く会計を済ませた彼女は、向かいの通りにある屋台へと足を向けた。


「ちょっと早いけど、もうお昼にしよっか」

 

 戻ってきたその手に握られているのは、タロ芋の蒸し焼きとココ椰子やしのジュース。熱帯であるこの地域ではポピュラーなものだ。芋から立ち上る香ばしい匂いに、ヒタクの胃袋はひどく刺激された。


「はい、あんたの分」


「ありがと……あむ!」


 通りの縁石に二人並んで腰を下ろしたのが我慢の限界だった。ヒタクはむさぼりつくように芋へ口をつけた。


「はむ、ごくっ。おいしい!」


「また豪快な食べっぷりね」


「あむ、らっれほんろに。もぐ、おなかすいれれ」


「なに言ってるか分かんないわよ」


「むぐ。……ほんとにおなかすいてたんだ。君こそ食べないの?」


「食べるわよ」


 時に会話を織り交ぜながら常夏の恵みを味わう。そうして二人並んで食事をとっていると、道行く若い女性の二人組が視線を向けてきた。彼女たちは顔を寄せ合い、何事か話し込んでいる。


(あの子たち、仲良さげだよね)


(そうだね。姉弟かな?)


(どうかな? あまり似た感じはしないかも?)


(じゃあ、もしかすると、もしかして……)


(もしかして?)


(付き合ってたりして!)


『きゃー!』


 最後はささやきにもなっていなかった。明るい、というには鋭さのある声が通りを飛び、ヒタクの耳にも突き刺さる。


(姉にお使いに出された弟と、その案内人です)


「っ!」


 見物客に心の中で説明している隣で、アヌエナが焦った表情を見せた。彼女は慌てたように少年から距離を取り、念押しするようににらみつけてくる。


「い~い? これはただの接待なんだからね。変な勘違いしないように」


「接待?」


「そうよ。商売相手をもてなすためにやってんの。じゃないと、お金にならないでしょ」


 少女の顔は舟着き場の時と同じように赤みを帯びていた。しかし、ヒタクは別のことが気になった。


(この子、お金がどうとかいう割に気前がいいよね)


 その面倒見の良さと、金銭に対する執着が結びつかないのだ。


 単に利益を追求するだけなら、ヒタクがお土産みやげをどうするか気に掛ける必要などない。むしろ、もっと高価なものを勧めてきたはずだ。


「ねえ。どうしてそんなにお金にこだわるの」


 話題の転換を兼ねて聞いてみる。すると彼女は、一転して表情を曇らせ遠くを見つめた。

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