第2話 金田少年の事件簿 01
子どもたちの模範となるべき教師がいかがわしい店に出入りするのはいけないことだと彼自身わかっていた。だから教師となるのを機に変わろうと考えた。だが、癖というのはそう簡単に去勢できるものではない。それこそが癖が癖たる所以なのだ。
愛知は抑えきれない衝動を発散させる手段を探した。誰にもバレずに己の欲望を満たす方法を探し続け、彼はひとつの方法にたどり着いた……
……………………
…………
浜内小学校には近頃、校内にオバケが出るという噂が広まっていた。教師陣はどうせ児童たちが勝手に騒いでいるだけだと軽く考えていたのが、先日宿直に当たっていた教師が夜の見回り中に実際にオバケを見たと言い出した。最初はただの見間違いだろうと誰も真面目に取り合おうとしなかったが、その後別の教師が宿直に当たった際にオバケを目撃するという事例が発生した。
相次いで発生したオバケの目撃情報は、つい最近連続して起きていたお弁当盗難事件のこともあり、夜に何者かが学校に出入りしているのではないかという結論に至った。
学校側は安全面を考慮しこれまで1人で行っていた宿直の人数を4人に増やすことにした。
そして今夜宿直を担当することになったのは愛知洋和ほか3人の教師だった。
――――
「さてさて。今日も始めますか!」
夜。見回りを終えて宿直室に戻ってきた愛知は畳の上に座り、持参したノートパソコンをちゃぶ台の上で広げた。
結局オバケや不審者は現が現れることはなかった。
愛知はどちらかと言えば怖がりな方である。だが、今回一緒に見回りをすることになった3人のうちの1人、
見回りは時間を開けて2回行うルールになっている。終わったのは最初の1回目で数時間後にはまた見回りがある。
その合間の時間で愛知は自分の趣味に没頭するのだった。
パソコンを操作しインターネットにアクセスしSNSをを始める。
彼の欲望を満たす代替行為とはこのSNSを使ってフェミニストと呼ばれる人たちに喧嘩を売ることだった。
SNSを頻繁に利用する者は沸点が低い傾向にある。そんなSNSユーザーたちに“罵詈雑言を浴びせてもらう”のが彼の目的。一度女性を差別するような発言を投稿すればフェミニストと呼ばれる面々がそれを嗅ぎつけ罵詈雑言を浴びせてくる。その罵詈雑言の雨霰は愛知にとっては極上の糧となった。
――なぜ喧嘩を売る相手がフェミニストなのか?
罵詈雑言を浴びせてもらいたいなら無差別に喧嘩を吹っかけてもいいが、愛知がフェミニストに目をつけた理由は相手が女性である確率が高いという理由からだ。愛知はあくまで異性に罵られることを目的としているので相手が男性であっては意味がない。もちろんネットの向こう側にいる相手が全員女性だとは限らないが。
そして、なんと言ってもお金がかからないというのが最高の利点と言える。これに味をしめると、わざわざ夜の店に出向いて高い金を払て罵ってもらうのが馬鹿らしくなってくる。
また、このパソコンさえ死守すれば自分の趣味が露見することはない。
「きたきたきたきた!!」
愛知のSNSのタイムラインが罵詈雑言で埋め尽くされる。その文字の羅列を脳内で音声変換し恍惚とした表情を浮かべる。
……そんな彼の背後にゆっくりと近づく存在がいた。
「もっとだ! もっとこいよ!!」
興奮して声を荒げる愛知。何者かがそんな彼の背後に立つ。そして、手にしていたバットを振り上げる。普通ならその気配に気づいてもいい距離。しかし、完全に自分の世界に入り込んでいる愛知はそれに気づかない。
「フェミニズムハザードサイコー!!!!」
愛知が意味不明な言葉を叫びながら両手を天に掲げた瞬間。彼の脳天目掛けて何者かがバットが振り下ろした。
ベキャリ――と、頭蓋が割れる鈍い音が室内に響いた。
愛知は無言のままちゃぶ台の上に伏してピクンビクンと痙攣する。そんな彼を何者かは何度も何度もバットで殴り続けた。
愛知は真の意味での昇天した……
……………………
…………
少年の名は金田真。浜内小学校に通う5年生。
夏休みを目前に迎えた浜内小学校でお弁当盗難事件が発生するようになり、それがオバケの仕業ではないかというウワサが流れはじめた。
今からおよそ7年前、浜内小学校内で実際に死人が出る事件が起き、当時の近隣住民たちを戦慄させた。その事件の真相は語られておらず、それが逆に変な憶測を呼んだ。今回のオバケ騒動も子どもたちはその事件に関連付けてウワサしていた。そのウワサの真相を確かめるべく、真は友人のカオリと秀夫を引き連れ夏休みの夜に学校内に忍び込むことを計画したのだった。
「よし。ちゃんと揃ったな」
真がカオリと秀夫を見て言った。
「うぅぅ……ぼく、オバケとか苦手なんですよぉ……」
秀夫が震えた声で言う。
「仕方ないだろ? おまえがいないとカメラに映像を収められないんだから」
「で、でもぉ」
秀夫はいつもハンディカムを持ち歩いている。そんな彼は誰が言い始めたかみんなからビデ夫の愛称で呼ばれていた。
「もう! ビデ夫くんってばだらしないわね。男の子でしょ?」
「まぁまぁ、そう言うなってカオリ。ここまで来たってことはビデ夫もやる気はあるってことだ。だからビデ夫もリッパな男ってことだ。な!」
真は確かめるように秀夫の肩を叩いた。
「さ、話はこんくらいにして中に入ろうぜ!」
「中に入るって簡単に言うけどどうやって入るつもりなのよ?」
「じつはな。この学校のグラウンドに面している保健室の扉は立て付けが悪いんだ。だから内側からちょっと細工をしておけば鍵がちゃんと閉まらなくなるんだ」
3人はグラウンドを横切って目的の場所へ。そしてドア手をかけ軽く力を込めると真の言ったとおりそれはいとも簡単に開いた。
「よし! 入れ入れ!」
3人は保健室から校内に侵入し廊下に出た。廊下は非常灯の淡く鈍い光に照らされているのみだった。
「ぶ、不気味ですねぇ」
秀夫の声は相変わらず震えていた。通い慣れているはずの学校は夜というだけでこんなにも違って見えるものなのかと思う。
真とカオリは持っていた懐中電灯を点けた。
「なんだ? ビデ夫は懐中電灯持ってきてないのか?」
「はい。でも大丈夫ですよ。こうすれば――」
秀夫はハンディカムの暗視モードをオンにして廊下を映す。すると、肉眼では暗くて見えない廊下の先が液晶パネルに映し出される。黄緑がかった映像だが肉眼より遥かにマシだった。
「おお! すげぇな!」
「なにせ最新型ですから」
秀夫は鼻を高くして胸をそらした。
浜内小学校は『L』字型の新校舎と『I』字型の旧校舎の2棟からなっていて、校舎は東西に伸びるように建っていてる。旧校舎側のいくつかの教室は今でもそのまま使われており、2つの校舎は渡り廊下でつながっている。初めは真たちが侵入した新校舎側から見て回ることにした。
3人はそろりそろりと廊下を歩きながら『L』棟の1階を見て回った。その後2階に上がった。
「あの……」
それまで無言でいた3人だったが、秀夫が声を発したのは校舎の2階を探索しているときだった。
「うん、何だよ?」
秀夫に呼び止められた真が振り返った。
「ぼく、トイレに行きたくなっちゃって……」
「なんだよまったく……。待っててやるから行って来いよ」
「え!? ついてきてくれないんですか!?」
「当たり前だろ? トイレくらいひとりで行けよ」
「むむむむむりですよぉ。お願いだからついてきてくださいよぉ」
秀夫が情けない声で懇願すると、真は仕方ないなとぼやく。結局3人は廊下を引き返してトイレに向かった。彼がトイレに入るのを見届けた2人はその場で秀夫が用をすませるのを待った。
「こういうのって普通事前にすませとくもんでしょ?」
「ビデ夫は怖がりだからな。怖くて震えが止まらなくなってトイレに行きたくなったんだなきっと」
真とカオリがトイレの前で立ち話をしていると、突然、耳を割くような女性の悲鳴が聞こえてきた。
「なになになになに!? なんなのよ!?」
カオリが身を縮み上がらせる。
「カオリも聞こえたのか!? 今のって人の叫び声だよな!?」
「まさか!?」
「確かめてみようぜ! たぶん旧校舎の方だ!」
真の中にあった若干の恐怖心は好奇心によってかき消され、言うやいなや旧校舎に向かって駆け出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ひとりにしないでよ!」
カオリが慌ててその後を追った。
2人は一階に降りて階段の近くにある渡り廊下を走って旧校舎に到着する。すると廊下の突き当りにある宿直室の方から明かりが漏れているのが見えた。そしてその部屋を覗き込んでいる女性がいた。その女性は口元を手で抑えて驚愕している。足元には懐中電灯が転がっていた。
「あ、福岡先生だ! 先生何がったんですか!?」
「え!?」突然自分の名前を呼ばれた女性――
福岡先生は真たちの行く手を遮るように両手をハの字に広げて通せん坊する。
「何かあったんだろ先生? さっきの悲鳴って先生の悲鳴だろ?」
「なにもないのよ。とにかく君たちはこっちに来ちゃダメ!」
「でもさっきの叫び声って先生のだよな!? もしかしてなにか事件が起きたんじゃないか!?」
真は福岡の脇をすり抜けて宿直室の中を覗いてしまった。
「うわあああ!!!」
その凄惨な光景を見てその場で尻餅をついた。
「カオリ。お前は見るな!!」
真に続いて宿直室を覗こうとしたカオリに向かって叫んだ。
「なによ! 真だけずるいじゃないの!」
「そういう問題じゃないんだよ! とにかく事件だ。こういうときはうんち探偵の出番だよ!!」
言うが早いか真は立ち上がって一目散に駆け出した。
「あ、コラ。君たちどこへ行くの!!」
「ちょっと待ちなさいよ真!」
福岡の注意を背に2人はうんち探偵のもとに走った。
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