最終話 最終兵器幼女 前編

 ヴィル星にある宮廷。その一室で女王マラリアはバルコニーに出て夜空を見上げていた。夜の帳が降りた空には無数の星々が光り、中でも目立つのは陽の光を反射してその存在を煌々と示すヴィル星の衛星であった。


 女王が夜空を見上げ物思いに耽っていると、それを邪魔するかのように扉が叩かれる。返事をして来訪者を招き入れるとそれはノロだった。


「なに用ですか?」


「外を歩いていたところ、あなたの姿が見えましたので。もしや変な気を起こそうとお考えなのかと思いまして」


 憂いた表情でバルコニーに立つ姿が、ノロには思いつめているように見え、身投げしようとしているのではと思ったのだ。


「何を馬鹿なことを。わたくしはそのようなことなど考えていません。ただコビドの無事を祈っていただけです」


 ノロは女王の前まで歩いて片膝をついた。


「恐れながら申し上げますが、マラリア様は人の親である前に世界の行く末を決め、民の明日を導く女王なのです。コビド様の安否に気を取られやるべきことを蔑ろにするのは感心しません」


「わ、わかっています! ですが今はプライペートです。今この時だけでも娘を思うことも許されないというのですか!?」


 マラリアは感情をあらわにする。


「感らしくないではないですか」ノロは冷静に言って、マラリアの長い髪を手で掬い上げながら立ち上がり口づける。「女王は随分とお疲れのようだ。私で良ければ慰めて差し上げますよ」


 言った瞬間マラリアの平手が飛んだ。


「何を言うのです、無礼な!!」


 マラリアは顔を真赤にしながら頬を叩いてヒリヒリと痛む右手を擦った。


「これは失礼しました。――ですが全ては民を思えばのことです。辛い現実を突きつけるようですが最悪の事態も想定しておくべきです」


 ノロは真っ赤に腫れた頬を抑えもせず相変わらずの飄々とした態度だった。


「まだ言うの!? 今すぐに出て行って!!」


 感情的になったマラリアは冷静さを失い言葉遣いが普段のそれになってた。それがおかしかったのかノロはフッと笑みをこぼして部屋を出ていった。


 部屋の扉が閉まった瞬間マラリアは崩折れ顔を両手で覆い涙を流した。


「どうして……どうしてこんなことに……」


 その夜、マラリアは延々と泣き続けた。


 ――――


 ノロが女王の宮廷の外に出ると秘書の男が車の前に控えてた。


「今夜はもう遅い。国に帰るのは明日にしよう」


「かしこまりました」


 ノロが車に乗り込もうとすると携帯端末に通信が入った。相手は本国にいる部下だった。


「どうした」


『通信室に通信が入っています』


 それを聞いたノロの表情が強張った。


「本当か?」


『はい』


「私は今宮廷にいる。その通信をこちらの通信室に回してくれ」


『わかりました』


 ノロは通話を切り、


「聞いていたな? もう少しここで待っていてくれ」


 部下に言いつけると踵を返し宮廷内にある通信室に向かった。


 ノロがやってきた通信室は宮廷にはあまり似つかわしくないハイテクな空間だった。ヴィル星にある主要7カ国と同時に通信できる部屋で主にビデオ会議に使わえる部屋だった。

 椅子に座ると自国からこちらに通信が届いていることを示すランプが点灯していた。スイッチを切り替えると正面にある一番大きな画面に映像が映し出された。


「ノロ!? ノロなんだぞ!?」


 そこに映し出されたのは、宇宙船のコクピットに座るコビドだった。最初にヴィル星を旅立った時とは違い左目にはグルグルと包帯が巻かれていた。


「おやおや、これはこれは」


 コビドの顔を見た瞬間ノロの頬が自然と緩む。だがそれは再会を喜んでの笑みではなかった。


 ……………………


 …………


 サズがマズの元に駆けつけた瞬間目の前で爆発した――


 いろは自身その考えがうまくいくかどうかは賭けだったが、機転を利かせた彼女の行動は見事であった。


「マズうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ――!!!!!!」


 サズの悲痛な叫びがガレージ内に響き渡る。


 爆発したマズの体……


 その頭部がサズの足元に転がってきた。その顔は自分の愛しいかわいい妹の顔の面影はなく惨たらしいまでに傷と痣だらけの顔。そこに、最後に見せた笑顔が張り付いていた。


 全身の力が抜け膝から崩れ落ちるサズ。彼女は目の前にあるマズの頭に触れようとした……が、彼女の頭は光の粒子となって消え去り、触れることはかなわなかった。


「いやだ……いやだよ――。お姉ちゃんをひとりにしないでよ!! マズ!! ……マズ……マズ……マズ……」


 茫然自失でうわ言のように妹の名前をつぶやくサズ。


 爆発の被害から身を守るために距離をとって影に身を潜めていたいろははチャンスだと思った。


「手榴弾は後2つ……」


 同じことをやればサズも殺せるのではないかと。


 思い立ったら即行動。ガレージ内の車輌を遮蔽物代わりにして身を隠しながらサズに近づいていく。そしてギリギリまで近づいたところで一気に距離を詰めた。


 ナイフを振り上げそれをサズに突き立てる。


「――!?」


 サズがそれに気づくと同時に彼女の胸にいろはの持つナイフが深々と刺さった。


「ぐぎゃっ!?」


 次の一撃を加えるためいろははマズの体に刺さったナイフを引き抜こうとして、


「――っえ?」


 抜けなかった。


 刃元をよく見るとサズの傷口からにじみ出る血液が凝固しそれでナイフが溶接されたかのように定着してしまっていた。


「なによこれ……」


 不気味な現象を目のあたりにしたいろはが堪らず吐露すると。


「オマエが……マズを殺した……」


 サズが心の底から響く暗く重たい声を発した。


「オマエが殺した!!!」


 サズはギロリといろはを睨みつけたかと思うものすごい速さの拳でいろはを殴った。いろはそれを躱すことができずに直撃を受け吹き飛んだ。


「うがはぁ!」


 いろは背中から地面に落ち強い衝撃に顔をしかめる。だが痛がっている時間などない。そんなことをしている間にも相手はこちら近づいてくるのだから。


 いろはは痛みを堪えてなんとか立ち上がり迎撃体制を取る。幸い相手はフラフラとした足取りで、まだ十分な距離があった。だが安心はできない。今のままでは自分に勝ち目はないことは明らかだからだ。


「なにか……なにか方法を――」


 打開策を見出そうとガレージ内を見渡すと、先程自分が通ってきた通路の方から複数の足音が聞こえてきた。


「隊長! サイコロリアンを発見しました!」


 それは施設内に侵入したサイコロリアンを討伐するために編成された少数からなる一団だった。彼らはガレージに入るなり横並びで列を作り銃を構えゆっくりと歩みを進めるサズに照準を合わせる。


「よし、斉射!!」


 リーダーの号令で銃が一斉に火を吹く。しかしサイコロリアンにとって銃撃など無意味で、それは彼らも重々承知だった。あくまで牽制のつもりだったが銃弾の雨を受けたサズはその場で倒れた。


「む!?」


 それをチャンスと判断した隊のリーダーが特攻の号令をかけると全員が一斉にサズに襲いかかった。最初のひとりが倒れるサズの背中に銃剣を突き刺したその瞬間。


「うわあああ!!! うがあああぁぁぁ!! ごああああああああ!!!」


 サズは大きく背を反らせて天を仰ぎ雄叫びを上げる。後続の兵士たち、そしていろはは地を這うような唸りに気圧され動きを止めてしまった。


 サズの身体にできた痕から血が吹き出す。その血はまるで生きているかのようにサズの体を這い回りみるみるうちに彼女の全身を塗らしていく、血に塗れた体は彼女の能力によって硬化。最終的に全身が赤い鎧で覆われた怪物と化した。


 硬質の鎧をまとったサズはゆっくりと立ち上がり直ぐ側にいた兵士に向かって腕を横薙ぎに払う。すると呆気にとられていた兵士は体から真っ二つになってグチャリと地面に落ちた


「うわあああ!!!?」


 兵士のひとりが情けない声を上げる。


「なんだ!?」


 別の兵士が室内に異常を察知した。


 今しがた真っ二つになった兵士の死体から血が上空に吸い上げられていた。それは死体の上50センチほどの高さに留まり赤い球体が出来上がる。やがて球体だったものは細く鋭い針のような形状に変化した。


 しかもそれだけではない。ガレージ内の他の死体の上でも同じような現象が起きていた。


 いろはがガレージに来る前、この場所ではマズによって多くの兵士が命を落としていた。その全ての死体から血が吸い上げられ、ガレージ内には中に浮かぶ無数の赤い刃が出来上がっていた。


 これらの現象はすべてサズの能力によるものだった。彼女は怒りで我を忘れ己の能力を暴走させ自分でも制御できない状態に陥っていた。


「なによ……これ……」


 唖然としていたいろはがやっとの思いで口にできたのはそれだけだった。


「うわ!? うわあああ!!」


 あり得ない現象を前に気が動転した兵士がその場から逃げ出そうとした。その瞬間宙に浮いていた刃のひとつがその兵士目掛けて高速で襲いかかって、


「ぐおあ!? ……ぁぁ」


 心臓を貫通した。


 それを見た全員がその場から動けなくなった。


 サズは硬質の鎧を纏った化け物となり、一歩でも動けば針で串刺し。ここは絶望と言う名の牢獄。いろははこの時になってようやく思い出していた。


 これが本来のサイコロリアンの力なのだと。かつてコビドに一方的にやられたときに感じた恐怖こそが本物なのだと。


 ガレージ内にいるいろはたちは一歩でも動けば貫かれるとわかって完全に動けなくなっていた。ただ敵にとって完全有利なこの状況でもサズがいろはたちに襲いかかることはなかった。このまま延々と膠着状態が続くのかと思われたが、事はそう単純ではなかった。ガレージ内に浮遊する無数の針が突如として動き出し次々と兵士たちに襲いかかってきたのだ。サズが動きを見せなかったのは能力を発揮する前の単なる予備動作にすぎなかった。


 動かなければ殺られないという間違った思考にとらわれていた兵士たちは咄嗟に動くことができず、ひとり、またひとりと刃の餌食となって一瞬のうちに全滅。そんな中いろはだけが器用にそれを躱す。躱した刃は勢いそのままに壁やコンテナ、装甲車にぶつかり砕ける。このまま躱し続ければいつか攻撃の手は終わる――と思っていたが、彼女の目に飛び込んできたのは今しがたできたばっかりの兵士の死体から血が吸い上げられているところだった。しかもそれだけではない。砕けた血の刃が液体に戻って空中に浮かびまた刃の形を形成し始めたのだ。


 相手の弾は無制限。


 それでもいろは諦めなかった。徐々に動きが鈍り飛び交う刃が彼女の身体をかすめ始める。そのさなか彼女はある違和感を感じていた。


 この不可解な現象を起こしているサズ本人に襲って来る気配がまったくないことだった。立ち上がったその場所から微動だにしていない。


 ――動かないんじゃない。動けないんじゃ……?


 彼女は一つの結論を出した。能力を使っているときはそれを使っている本人は動けないのではないかと。

 当たっているかもしれないし違うかもしれない。それでも試す勝ちはあると判断しいろはは飛び交う刃の雨をかいくぐりサズに接近することを考えた。


 最初に血の刃を交わしながら近くに転がっていた干からびた兵士の死体から軍用ナイフを失敬した。そして一気にサズに向かって突っ込んでいった。


「だあああああああああっっ!!!」


 サズは硬い赤い鎧に覆われている。闇雲に突っ込んだところで何の解決にもならない。しかし、いろはの頭の中には考えがあった。


 いろははザズの手が届くギリギリまで走って、そこからスライディングでサズの脇を滑って背後に回った。するといろはを追いかけていた赤い刃は急な方向転換ができずに突っ立ったままのサズにぶつかって砕け散った。


「当たった――!!」


 自分の考えが正しかったことに思わず声を上げる。それは自分めがけて襲ってくる赤い刃をそのまま相手にぶつけるというものだった。相手の攻撃を利用して相手にダメージを与える。ゲームやマンガでよく見る戦法だった。


 そこからいろははサズの近くでサズの攻撃を躱し続けた。同じ材質でできた物同士効果は想像以上でみるみるうちに鎧が剥がれていった。この調子で攻撃をぶつけ続ければと思ったところでサズの攻撃が止まった。


「――へ?」


 それは当然といえば当然だった。サズは自分の攻撃を自分で受け続けるほど愚かではなかった。自分の攻撃が自分に返ってくるのならそれを止めてしまえばいい。ただそれだけのことだった。


 しかも欠けて砕けた赤の破片がまた液状化し、今度はそれがサズの体に纏わりついてより強固な鎧となる。サズは刃の攻撃を完全に捨て去りそのすべてを鎧として纏う。


「そんな……!?」


 望みを絶たれ呆然とするいろは。


「グアああああっっ!!!」


 突如激しい雄叫びを上げるサズ。


「ぐあああああっぅうううっ!!!!」


 目の前で咆哮を上げるサズが右ストレートがいろはの腹にめり込んで、その衝撃で吹き飛ばされた。


「ぐあっ!」


 床にを転がるいろは。すぐさま起き上がろうとして上体を持ち上げた瞬間血反吐を吐いた。


「ぼげぇっ!!」


 相手の攻撃を受けた時ものすごく鈍い感触があった。骨が折れてそれが内蔵を傷つけたのかもしれない。口いっぱいに広がる鉄の味を噛みしめる。


「あんなの……勝てるわけないじゃない。――ぐおええええ!!」


 また血を吐いた。


 するとその血がひとりでに動き出しサズに吸い寄せられていく。自分が傷ついた分だけそれが相手の養分となる。それもゲームやマンガでよく見る戦法だった。


 顔を上げると、赤い化け物が重たい体を引きずるようにして自分に迫って来るところだった。


 万事休す――そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 それでも、諦めるという選択はなかった。さっきまで痛くてたまらなかった体は不思議と落ち着いていて。立ち上がることも容易になっていた。


「そっか……そうだった……私はもう――」


 その時、コンという高い音が足元から聞こえてきた。それはテラペタから託された手榴弾で、立ち上がった瞬間にポーチからこぼれ落ちたみたいだった。


「手榴弾……もしかしてこれなら?」


 もはや考えている時間などなかった。


 いろはは急いで手榴弾を拾い上げる。そしてピンを抜いて、「うわああああああああああああっっ!!!!」鈍重な動きで近づいてくるサズ目掛けて投げた。


 いろははその場で地面に張り付くように姿勢を低くした。その耳に手榴弾が爆発する音が届いた。

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